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第4章 逃走中 ~その3~

 意識が戻ると、ワタルの視界に見知らぬ天井が入ってきた。

 ベッドが硬い固いせいか、やたらと背中が痛い。

 改めてワタルは現代文明の凄さを知る。

 普段、自分が使っていたベッドの、何と寝心地の良かったことよ!

 ワタルが意識を失ったのは精神的な疲労からだ。

 睡眠を取り目が覚めた今なら問題無く体は動く……、はずだった。

 かちんかちんのベッドを拒否するように、ワタルは勢いよく上体を起こす。

「!! ……目が覚めましたか?」

 いかにも素朴そうな少女が、怯えた目をワタルに向けていた。

 どうやら驚かせてしまったようである。

「あ、ああ。ごめん……」

 気まずい様子でワタルは頭を掻いた。

「い、いえ。元気になってよかったです」

 そうは言うと、少女はじっとワタルのことを見つめている。

 ただ恐れているのではなく、珍しい物を興味深げに観察するといった感じだ。

 ワタルが怪訝な顔をすると、

「黒髪の人を見るのは始めてだから、つい……」

 申し訳なさそうに少女はそっと目を逸らした。

「そうか、そうだよな」

 さもありなん。

 言葉が通じてしまうから違和感がなかったかもしれないが、ブリストル島においてはワタルは外国人扱いだ。

 確かに金髪や銀髪だらけの人種しかいない場所に黒髪の人間がいたら、さぞかし珍しいだろう。

「少しですが、食べ物を用意しました。お連れの方も隣の部屋でお待ちしています」

 少しの案内で、というより少女が戸を開けると通路などなく本当に別の部屋と繋がっており、そこにイゾルデとユーフェミアがテーブルの席に着いていた。

「ワタル殿、やっと起きたか」

 そこへ座れとイゾルデは形の良い顎をしゃくる。

 見るからに硬そうなパンと味のしなさそうなスープの置いてある席だ。

 大人しくワタルはその席に腰かけた。

「クレアさん、今までワタル殿の看病をよくやってくれた。礼を言う」

 イゾルデにはユーフェミアの護衛という役目がある。

 そこで素朴そうな少女、クレアに看病を頼んだのだ。

「いえ、村を助けてもらったのだから当然です」

 恭しく頭を下げたあと、クレアはワタルに意味深な視線を送る。

 よくわかっていないワタルはヘラヘラと、曖昧な笑顔を返しておいた。

 騎士のイゾルデや王女のユーフェミアとは違い、庶民のクレアは一番親しみを持てる相手である。

 だが今はクレアの視線よりも、テーブルの席に着いている自分たち3人のことを、遠巻きに囲んでいる村人たちがワタルは気になって仕方なかった。

 ワタルが部屋に現れた途端に、ざわつきだしたのだ。

「白い魔法使い様……」

「ありがたや、ありがたや」

「村の守り神じゃ」

 口々に村人たちはワタルのことを白い魔法使いとして褒め称え、崇拝の念を送り拝みだす。

 いや、違うから!

 とツッコミを入れるほど、ワタルは空気を読めない、融通の利かない人間ではなかった。

 村人たちは悪し様に罵っているのではなく、賞賛しているのだ。

 決してワタルは悪い気分ではなかった。

 白い魔法使いと呼ぶのは勘弁して欲しかったが。

 ていうか『白い魔法使いアルバス・マグス』って、マジなんなん?

「ワタル様、お体はもう大丈夫なのですか?」

 白い細面のユーフェミアは、張り詰めていると表現した方が相応しい顔色だった。

 実際、心配で仕方なかったのだ。

「もう大丈夫。全く問題無いですよ」

「本当ですか? 丸一日、目を覚まさなかったのですよ?」

「えっ!?」

 ワタルは何度も目を瞬いた。

 あの固いベッドで丸1日もの間眠りについていたということは、かなり危険な状態だったということか……。

 言われてみれば、確かに空腹を感じていた。

 空腹を感じるくらい回復したともいえる。

 まずワタルはコップを手にし、水を一気に飲み干す。

 土臭さを感じさせる水だが、こういうものなのだから仕方ない。

「通りで喉がカラカラで、お腹も空いているわけだ」

 あえてワタルはおちゃらけてみせた。

 みんなの不安を和らげるという意味もあったし、体調に全く異変を感じなかったのである。

「どうぞ」

 心得たもので、クレアが気を利かせて水のおかわりをもってくる。

「ありがとう」

 礼を言いつつ、空腹を満たすためワタルはパンを手でちぎり口の中へ放り込んだ。

 手でちぎった段階で嫌な予感がしたが、

「これホントにパンか?」

 と疑いたくなるような硬度で味もしない。

 次にスープに手を伸ばすが、こちらは薄い塩味しかしなかった。

 どうしようか悩んだ末に、ワタルはちぎったパンをスープに浸して咀嚼することにした。

 これに比べれば一斤100円以下の食パンと、お湯で溶かす粉末のコーンスープが物凄いご馳走に思える。

 それでもワタルは黙って律儀に全て平らげた。

「ふうっ。少し落ち着いたよ」

 アルバート港湾都市には、もっとマシな食べ物があって欲しいとワタルは切実に願う。

「その調子なら、本当に大丈夫そうだな。しかしワタル殿、よく食べられたな?」

 どことなくイゾルデは笑いを噛み殺しているように、ワタルには見えた。

「ワタル様。私とイゾルデは果物しか口にしていませんよ?」

 ユーフェミアも笑いをこらえている。

「そうなのか……」

 呆れたワタルは肩で大きな息を吐く。

 ワタルに出された食べ物は、下賤の者が口にするものという事か。

 それでもこの村では精一杯の馳走なのは、白い魔法使いと村人が崇めていることから察せられた。

 だからワタルは文句一つ言わずに食べたのである。

 それにもっと美味い食べ物があると確認できただけでも、良しとしておこう。

「まあ、それはいいとして、一体これはどういうことなんだ?」

 ワタルは周囲をぐるりと見渡す。

 恐らく村の住人の全てが、この家屋に集まっている。

 その理由が判明しなかった。

「そのことなんだが、ワタル殿の判断を仰ごうと思ってな」

「俺の判断も何もイゾルデさん、アルバート港湾都市に向かうときめたじゃないですか?」

 月の森を出発する際に、そう決めたはずである。

 そこに村人が介在する余地はない。

「まあ、その通りなんだが……」

 どうにも奥歯に物が挟まったようなイゾルデの返答に、ワタルは全く要領を得ない。

 何か問題でも生じたのだろうか?

 それに、この部屋を取り囲んでいる村人たちの表情が、絶望に満ちたものに変わっている。

「ワタルさん、この村に残っていただけませんか?」

 直截的な提案をしたのはクレアだった。

「村の男たちは皆、兵隊に取られてしまい、残っているのは女子供と年寄りだけです。今度、盗賊に襲われたら、この村は……」

 下唇に噛み締めたクレアは、すがるような目でワタルに助けを求める。

 ここに、村人たちが集まっている理由の全てがあった。

 事の重大さにワタルは天を仰いだ。

「少し、考えさせてくれないか?」

 そう簡単に答えが出るはずがない。

 ワタルは部屋を退出し、クレアに井戸のある場所まで案内してもらう。

 無性に顔を洗いたい気分だった。

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