第4章 逃走中 ~その2~
「は、はい!」
言われた通りにユーフェミアはワタルについて回る。
その際、ワタルの魔法の邪魔にならないようにするのと、胸の鼓動が早鐘のように鳴るのを悟られないよう、とても気を使わなければならなかった。
「派手にかまして、ビビらせるか!」
今回、ワタルは始めて直接攻撃魔法を行使する。
派手ではあるものの効果は一瞬で、瞬間的な殺傷力は高いものの総合的に見れば与える威力は少ないことから、これまで敢えて避けてきたのである。
だが今回は派手さを優先した方が良いと判断した。
ここでの目的は盗賊を殺すことではなく、村人を守ることである。
ならば追い払えば、それで十分だった。
とにかく目立つ魔法で、盗賊たちに恐怖を与えればいい。
ワタルはそう考えたのだ。
「爆発(エクスプロ―ジョン)!」
印を結び終えたワタルの右手から、小さな火球が放たれる。
狙った地点に火球が達すると同時に、轟音を轟かせ大地が爆ぜた。
火柱が立ち上り、村にいた全ての人間の耳目が集中する。
その場の破壊力が強過ぎるため、村人を巻き込まないように誰もいない場所へあえて放った。
もちろん盗賊も倒せないが、ワタルは思惑通りである。
「もう一丁!」
さらに爆発が起き、火柱が増殖した。
ワタルが魔法を放つ姿を目撃した盗賊が1人腰を抜かしている。
「ま、魔法使いだ、魔法使いがいる! 白い魔法使いが現れたんだ!!」
その盗賊は心の底から怯え、まるで化け物を見るような目をワタルに向けていた。
――白い魔法使い。
ワタルの聞き慣れない呼称が広まると、たちまち村中が騒然となる。
「白い魔法使いってなんだ? 俺は魔法騎士ワタルだ!」
感情を露わにし、ワタルは大声で吼えた。
大事だから!
ここ大事だから!!
ワタル的には譲れない一線である。
そのアニメをどんだけ好きなんだ?
という話だが……。
だが誰もワタルの叫びを聞く耳を持たない。
盗賊たちは恐れ慄き、村人たちは希望に顔を輝かせる。
もちろんワタルは村の救出のために戦っているのだから、どちらの期待にも応えなければならない。
「大地の震動!」
トドメとばかりにワタルは局地的な地震を引き起こした。
「な、なんだ?」
「地面が揺れている」
「やっぱり白い魔法使いだ!」
盗賊たちは悲鳴や涙混じりの声をあげて慌てふためく。
混乱に陥って、右往左往するばかりだ。
「その話、俺は知らないから! いい加減にしないと、お前ら全員ぶっ殺すぞ!!」
勝手に白い魔法使いとやらに認定されて、ついにワタルはキレたのである。
怒髪天を突く勢いで一喝した。
魔法の威力と鬼のような形相のワタルを目の当たりにした盗賊たちは、蜘蛛の子を散らすように逃走を始めた。
好機と見たイゾルデは追いかけようとするが、
「イゾルデさん!」
ワタルの鋭い声音に足を止める。
村人の安全の確保が最優先で、逃げる盗賊の追撃は二の次だ。
そんな余裕があるなら、まだ村に居残っていたり隠れているかもしれない盗賊を探したりした方がいい。
手傷を負った村人の介抱もある。
ワタルの意図を察したイゾルデは、戦いで高ぶった気持ちを抑え村の中をしらみつぶしいに注意深く歩いた。
「何か、何かないか?」
一方、せわしなくマビノギオンをめくっているワタルは沈痛な面持ちである。
「わ、ワタル様、どうなさったのですか?」
ただならぬ様子のワタルが心配になり、ユーフェミアはか細い声を発した。
一瞬だけワタルは無言でユーフェミアに毒気を抜かれた顔を向け、すぐにマビノギオンに目を戻す。
「…………?」
なぜそんな顔をされたのか、ユーフェミアにはわからなかった。
逆にワタルは、なぜユーフェミアが平気な顔でそんな事を口に出来るのか、さっぱり理解できない。
張り詰めていた気持ちが、急速に萎んでいく。
そうでなければ、ワタルはユーフェミアを怒鳴りつけていただろう。
「魔法は万能でなくちゃ駄目なんだ……」
まるで喘ぐようにワタルは声を絞り出した。
目的の効果が得られる魔法をなかなか見つけ出せない。
焦燥が募り、マビノギオンをめくる手の平が汗ばむ。
「くそ!」
手をタオルで拭い、ワタルはさらにマビノギオンを読み進めていく。
いい加減、脳内に情報が溢れ混乱しそうだった。
「……ん? これならイケるのか? というより、こんな精霊がいるのか」
手頃な大きさの石を拾い、ワタルは地面に魔法陣を描き始める。
精霊を呼び出す召喚魔法や、巨人を作成する創造魔法は手間がかかるのが難点だった。
「これで、いいはず……」
気が急いていはいたが、ワタルは間違えずに模写したつもりだ。
自分は信じて印を結び始める。
「召喚! 大樹の精霊!」
直接治癒できる魔法がないことに、ワタルは非常にがっかりした。
どうやらそれはマビノギオンに記載してある魔法とは、別系統のものらしい。
「森の癒し!」
しかしドリアードを召喚して使役することにより、間接的に外傷を治せるのだ。
ワタルの周りには程度の差こそあれ、盗賊に傷を負わされてうずくまったり、横たわっている村人が大勢いる。
その人達を、
「運がなかった」
の一言で見捨てられるほど冷酷な人間ではなかったし、度胸もなかった。
すぐ目の前で人の命の灯が消え去ってしまうのが、怖いのだ。
もちろん戦乱の只中にあるブリストル島において、これは甘い考えであることはワタルでもわかる。
それに、これまで戦闘で自分の手も血塗られてしまった。
だから傷付いた人を助けたいというのは、単なる偽善かもしれない。
それでもワタルは放っておけなかった。
ドリアードが森の癒しで村人の怪我を治癒する度に、魔力を吸い取られる。
魔力がガンガン削られていき体が鉛のように重くなっていくが……、ワタルは無視した。
「ワタル様!」
文字通り身を削ってまで他人を助けようとする、その行為をユーフェミアは信じ難いといった顔で眺めていた。
深手を、致命傷を負ったら死ぬ。
それが自然の摂理というものだ。
ジークフリートがバルムンクを振り上げたときは、ユーフェミアも死を覚悟した。
戦や野盗の襲撃、または天変地異で死ぬことをブリストル島の人々は運命と割り切って受け入れているのだ。
だが、ユーフェミアを死の淵から救ってくれたのは、ワタルではなかったか?
そして今また、死の瀬戸際にある命を拾い上げようとしている。
「どうして、そこまで……」
知らず知らずのうちに、ユーフェミアの頬を涙が伝っていた。
必死に人の命を助けようとするワタルのひたむきさに、胸を打たれたのだ。
誰かのためにここまで尽くせる人間を、ユーフェミアは見たことがなかった。
ますますワタルが自分の中で大切な存在となっていく……。
このような気持ちになったのは始めてだった。
「ワタル殿!」
とうとう限界に達し、崩れ落ちようとしていたワタルの体を支えたのはイゾルデである。
自分の華奢な腕ではワタルの体を支えることができないのを、ユーフェミアは痛いほど知っていた。
しかしワタルが他の女性と触れ合っているのを見ると、例えそれが不可抗力であっても、どうしようもなく胸が締め付けられてしまう。
ユーフェミアは少しでも、ワタルの役に立てる人間になりたかった。




