第4章 逃走中 ~その1~
「新土居って、言うときは言うんだな」
教室内でクラスメイトの男子に声をかけられるのは、普通なら日常のことである。
しかしワタルには友達がおらず、クラスに新土居という名字の生徒は自分1人しかいないと知りながら、同姓の別の生徒に声をかけたのだろうと勘違いしてしまった。
「ホントホント、凄かったよ」
他の男子もこちらを向いている話しかけてきたので、そこでワタルはやっと自分に声をかけてきたのだと気付く。
「クラス委員だからって、生活態度に文句をつけちゃ駄目だよな」
どうやら先ほどのワタルと女子生徒のやりとりについて言っているらしい。
白眼視されるものだとばかり思っていたが、意外にもワタルに同情的な意見である。
「クラス委員だったんだ」
なるほど。
どおりで上から目線で非難するわけだ、とワタルは納得した。
「新土居、それ本気で言っているのか?」
「クラス委員が誰なのか、知らなかったの?」
まさかのワタルの発言に、男子生徒達は目を丸くしている。
「ああ。今聞いて、始めて知った」
抑揚のない口調でワタルは言った。
女子だし、あまり接点がないから関心がなかったのだ。
学園生活に何も期待していないことの裏返しでもあった。
「マジかよ!?」
「ウケる!」
男子生徒達は大爆笑だった。
ワタルには何が面白いのかイマイチ理解できない。
「まあ顔は可愛いし、成績もいいけど……」
「何かと押し付けてくるんだよね」
「自分が一生懸命やっているんだから、あなた達も同じようにしろって」
この男子生徒達の言い分からすると、どうやらクラス委員の女子は嫌われているらしい。
心底、ワタルにとってどうでもいい事なのだが、
「他人に自分の考えを強要するのは、確かに良くないな」
本音を、つい口にしてしまう。
趣味の魔法について難癖をつけられたら、ワタルはキレる自信があった。
偏見は良くない。
「だよな! 新土居のおかげでスカッとしたぜ」
「大体、新土居のが成績良いのに、文句を言うのがおかしいっての!」
「完全に八つ当たりだろ?」
うんうんとワタルを囲っている男子生徒達は、しきりに頷いている。
ひとしきりクラス委員の女子生徒に対する批判が終わったあと、
「みんなでメシでも食いに行くか?」
稀有なことに、その『みんな』の中に自分も含まれていたので、ワタルは誘いを受けることにした。
高校生の小遣いなどタカが知れている。
許容範囲のラーメンチェーン店に入り、せいぜい餃子をつける程度だ。
それでもワタルはそれなりに楽しかったし、好きなアイドルの話題で会話が弾んだときは少し驚きもした。
なんとか話を合わせられて、家に帰ってから安堵したのは内緒だ。
ただ、この年頃の若者は自尊心が肥大化し、抑制が利きづらいのも事実だった。
そんな生徒達をまとめなければならないクラス委員など、誰もやりたくないに違いない。
「しんどいわ、タルイし」
確実にワタルなら投げ出してしまうだろう。
だからといって他の生徒を責めていいことにはならないので同情はしなかったが、クラス委員の女子の事を少しだけ見直した。
「どうしてこうなった……?」
萎えた表情で、ワタルは盛大な溜息を吐いた。
月の森を出発して、およそ1ヵ月。
どうにかこうにかワタルたちはアルバート港湾都市に到着した。
背後に大勢の人間を引き連れて……。
どうやら北海帝国の軍勢と勘違いされたようで、アルバート港湾都市は門をがっちりと閉じ、臨戦態勢に入っている様子だった。
状況を説明するためにイゾルデとユーフェミアが交渉に赴き、2人は都市の中に入れたのだが、待てど暮らせど何の音沙汰もない。
「どうしてこうなった……?」
同じ台詞を、同じ溜め息をワタルは繰り返した。
肩ごしに振り返れば、たくさんの女子供と老人が不安そうな顔をこちらへ向けている。
「大丈夫! きっとユーフェミア王女が何とかしてくれる!!」
自分自身でさえ信じていない嘘だとしても、ワタルは皆を安堵させるために言わなくてはならなかった。
正直、ワタルが他の誰かから先行きを保証してもらいたい気分だ。
「かといって、見捨てるわけにもいかないよなあ」
間違っても、
「しんどいわ、タルイし」
などと口走ってはいけない。
だがワタルの肩に、これほど多くの人間の命は重過ぎた。
他人に言うことを聞かせたり、まとめたりするのは非常に骨が折れる。
緊張の度合いが全く違うとはいえ、クラスをまとめようとしていたクラス委員の女子生徒は、偉いものだったんだなとワタルは自嘲気味の笑みを浮かべた。
なぜ、ワタルがこれほど大勢の人間を引き連れてアルバート港湾都市までやってきたのか?
話は月の森を出発するところまで遡る――。
「ワタル殿は、馬には乗れるのか?」
このイゾルデの質問に、
「無理!」
もちろんワタルは即答だった。
普通の高校生に乗馬という上級スキルを求めてはいけない。
「ならば馬車、せめて荷車が必要になるな」
腕を組んでイゾルデは考え込む。
移動手段は切実な問題だ。
車輪のついた乗り物で引けば、ある程度の速度までなら辛うじて走ることが可能な路面状態だった。
現代の我々のエコな乗り物である自転車などでは、マウンテンバイクなどの特殊なものでなければ、とても走れたものではない。
ある程度の重量があり、それを一定の馬力で引っ張るから安定する。
この時代のブリストル島の街道は、残念ながら石畳ですらないうえに、石や穴があっても放置されていた。
それはさておき、着の身着のまま?
何の準備もせずにティンタジェル城から脱出したため、馬どころか水や食料さえ心許ない有様である。
そこで月の森から真っ直ぐにアルバート港湾都市へ向かうのではなく、まず最寄りの村に立ち寄って準備を整えようという話になった。
多少の手持ちがイゾルデにはあったし、いざとなればユーフェミアが普段から身に付けている装飾品と交換すればいい。
この点については、
「少しでもお役に立てるのでしたら……」
ユーフェミアも快く了承してくれた。
こうして一番近くの村を目指し、月の森を出発したのである。
歩き続けること半日かけて、ワタルたち3人は目的の村に到着した。
村というよりは、集落と言った方がしっくりくる風情をしている。
そこで待っていたのは村の人達との暖かい交流……、などではなく村を襲っていた盗賊団だった。
「お決まりのパターンだな」
軽口を叩いたつもりだったが、ワタルの表情は緊張で硬くなる。
盗賊たちがかよわい女子供に乱暴狼藉を働いているのを目にすれば、胸がきゅっとするのが自然だ。
さすがというべきか、騎士として鍛えられたイゾルデはとっくに斬りこんでいた。
頭に血が上っているせいか、盗賊がどれくらいの人数で村を襲っているとか一切お構いなしである。
「ユーフェミア王女は、俺の傍から離れないで下さい!」
ワタルはユーフェミアを自分の背で庇いつつ、イゾルデを援護するべく印を結び始めた。




