プロローグ 旅立ち
伝承にはこうある。
白き国が滅亡の危機に瀕したとき、何処からともなく白い魔法使いが現れ、救世主となると……。
――俺には他人と違う、特別な力がある!
それが何かはわからない。
しかし、自分が特殊な力を備えているのは間違いない。
新土居ワタルは根拠など全くないが、そのように確信していた。
すでに高校1年生だというのに、とても痛い少年だ。
高校生なのだから、それなりに勉強もこなすし運動も疲れが残らない程度には頑張ったりもする。
それでもワタルは暇さえあれば、やれ魔法の本だの魔導書もどきの書籍などを見つけては、目を通していたりした。
例え周囲から冷たい目で見られようともだ。
それが一番楽しいのだから仕方ない。
超能力では駄目なのだ。
魔法に、ワタルはロマンを感じていた。
「いずれ人類は、この魔法騎士ワタルの前にひれ伏すだろう! はあ~っはっはっ!」
ときどき誰もいない部屋にて大声で叫んでいたりした。
ツッコミどころは魔法『騎士』なのに、悪の親玉みたいな部分か?
もちろん魔法騎士というのは、その昔流行った美少女3人組が異世界で活躍アニメの影響を受けているからだ。
常日頃から、こんなことを妄想しているワタルが異世界に召喚されてしまうのは、ある意味で必然だったのかもしれない。
「熱っ――!」
突如として、ワタルの右手が焼けつくような痛みに襲われる。
激痛が引くと、右手の甲に解読不能な文字で描かれた魔法陣らしき模様が刻まれていた。
「おお~!」
ワタルは1人快哉を叫んだ。
得体の知れない事態に怯えたりするのではなく、歓喜して小躍りしてしまうのがワタルのワタルである所以かもしれない。
ここが自分の部屋で良かった。
誰かの目に留まっていたら頭のイカレた危ない人間として、容赦なく警察に突き出されていただろう。
そして……。
「この扉の向こうに、魔法騎士ワタルに相応しい冒険の舞台が待っているんだな?」
新土居ワタル、始まったな!
ぐっと拳を握りしめ、ワタルはガッツポーズをする。
知らぬ間に殺風景なワタルの部屋の中央に、扉が鎮座していたのだ。
当然のように、ワタルは扉のノブを魔法陣が甲に描かれている右手を回そうとする。
しかし、これまでアニメ、ゲーム、漫画、ライトノベルで培った知識がワタルの頭に冷静さを取り戻させた。
――全くの手ぶらで旅立って大丈夫だろうか?
ワタルは周囲を見回し、まずリュックサックを掴んだ。
そして下駄箱へ行きスニーカーを三足、冷蔵庫から500mlのペットボトルの水を数本、タンスからタオルを数枚かっさらい、リュックサックに放り込む。
あまり時間をかけてはいけない気がして、それだけの準備でワタルは躊躇なく扉をくぐった。
その先に待っていたのは絶世の美女などではなく、蝋燭の仄かな灯りだけに照らされた薄暗い石造りの部屋に、よれよれのローブを着た、よぼよぼの老人が古びた椅子に腰かけていたのだ。