漆黒と夏蜜
(yahooブログ掲載中)
常盤東高のグラウンドは極小のテニスコートを含めて全部で12面。
地価の安い敷地が有り余っている地方地区という訳じゃない。
ここは東京都内だ。
そして、体育学校でもない。俺の頭で入学出来たのが奇跡と言わしめる名門進学校だったりする。
この学校の設立が大正時代、常盤地域初の華族が通う女学校で、
国から特別に広大な国有地を設立者が借り受けたのだそうだ。
現在は設立者が戦中に死亡したことで国へ返上、都立高校になっている。
由緒ある高校は、都立高校であってもそういった身持ちの人間を呼ぶらしく、
俺のクラスメイトの中に、大企業のご子息ご令嬢の類が紛れ込んでいるらしいと噂に聞いた。
だか、心得たものだ。彼らは自らの素性をわらない。
小説やアニメである、あからさまにお嬢様ぶって言いふらしてるような奴は、
大した身分の奴じゃないって事なんだろうな。
フットサル用の第一グラウンドへ向かう俺の右手に雑木林、
ゴルフの打ちっぱなし場なんてのもある。ふざけた高校だ。
朝、雑木林で都会にいるはずのないカッコウのさえずりを聞いたときに俺は、
本気でドン引きした。
「おっせーぞ~、博史!出しといてやったぞ。籠。」
「あっ。悪りぃ、サンキュ、雅也!!話し込んじゃってさ眼鏡と。」
第一グラウンドで俺にパスをつないだ武部雅也が、
サッカーボールを仕舞う台車の付いた大きな籠を運び出して、
その籠に寄りかかっていた。
雅也の足元の半径4メーター以内にクラスメイトの数だけボールが転がっている。
「拾ってくれはしねーんだ。」
何だからしくて笑ってしまう。そして雅也の返事もお見通し。
「俺様は、鍵当番ですから。人様のお仕事に手を出す野暮はしませんて。お前が無職になっちゃうだろ?」
「はいはい。分かったよ。」
雅也は、人差し指に鍵に取り付けてあるリングを通し、くるくると回して可笑しそうに俺を見る。
182センチ長身の漆黒の髪と目。
やけに肌が透き通るほど白く、黒とのコントラストが際立つハンサムだ。
卓越したサッカーセンスを持つ俺とワンツーで組める程、
雅也は運動神経がいい。
俺と同様、日々運動部からの入部攻勢に逃亡中、意気投合。
俺たちは仲良く茶道部に入った。
茶道部の1年は三人。
俺と、雅也と、あと一人・・・。
あ!
そうだ。思い出した。もう一人は眼鏡だ!!
だけど、眼鏡は茶道部に1度しか出たことがない。
眼鏡にそのことを聞こうと思って!!
苗字が分からなくて尋ねるのを断念して!
聞くことを忘れてた!!
「博史、お前さ、眼鏡と何話してたの?」
胸がドキリッとした。
俺がたまたま眼鏡のことを考えていたタイミングで雅也が質問してくるなんて。
いや、それよりも、雅也もやっぱりあいつのこと眼鏡って普段呼ぶよな・・。
「ああ、俺の活躍、井戸端やってる奴等がいて
サッカー部がおかんむりだった処に、
眼鏡がフォローしてくれたんだよ。
ってかさ、あいつ無自覚だったみたいだけど。礼言っただけ。」
「へー。お前結構、律儀だよね。」
雅也が俺から顔を背けたような気がしたのは気のせい?
「それよかさ、お前、眼鏡の名前知らない?名前!苗字何ていうの?」
「え?知らないの?お前!」
しゃがみ込んだ姿勢でボールを拾い集めている俺へ
覆いかぶさるようにして驚きを隠さない雅也が小馬鹿にした口調で言う。
「マジで知らんから聞いてる!」
「呆れたぜ。ほーんとお前って自分の関心無いことにはぜんぜん記憶が進まないよな。
だからあいつ呼ぶの眼鏡でずっと済ませてたのか。」
雅也は鋭い。本音を言い当てられて気持ちがへこんだ。
「で?何ていうの?」
「夏蜜。夏蜜寿太郎。」
「夏蜜?珍しい名前だな。夏蜜っていうのか。」
「一回聞いたら忘れないくらいインパクトあるのに、
それを覚えられないお前の脳みそを疑うよ俺は。
クラスの自己紹介と、茶道部の入部の挨拶と
あいつの口からお前は最低でも二回は、聞いてるはずだぜ。」
「もう、覚えたよ。」
雅也と会話をしていると時の経つのが早い。
話しながら拾ってきたボールは最後の一個になっていた。
その一個をバスケットボールの三点シュートさながら籠に投げ入れる。
ゴトンっと音を立てて中へ落ちた。
後は、籠を倉庫にしまったら、
雅也が施錠、それを体育教官に返却して俺たちの担当分は終了だ。
籠の載った台車を誰もいなくなったグランドで二人して押していく。
結構、重かった。さび付いた車輪が、鈍い金属音をたてる。
「眼鏡がさ。」
言い出したのは雅也だ。
「女かもしれないって都市伝説知ってる?」
「は?」
いきなり何だよ。唐突過ぎて俺が今度は驚いた。
「何だ食いつき悪いな博史。」
「なわけねーよ。胸ねーじゃん。ぜんぜん、着替えで俺たちの前で脱いでるし。
それとさ夏蜜て言ってくんない。俺、覚えるから。」
「ああ、分かった。夏蜜、つるぺったんなのかも。」
俺は、男を女に変換妄想せざるおえない、
こいつの女無し禁断症状があまりにも哀れで言葉を失った。
「連れションでもして確かめたら?」
「誘ったよ!でも、何でですか?って逆に質問攻めにされちゃって、駄目だったんだ!」
わざと、俺から突っ込まれたいからって体をうねらすのを止めろ。
「キモイ!」
そこでにやけるな!
「じゃ、いいんだ。お前は。寿太郎の素顔は可愛いんだよ。」
何だ。一瞬、雅也の表情に酷く陰りが射した。
歪んだ唇の端が、
パッと笑う。
「あっ女子!!」
雅也が大きく右腕を180度回転させてまっすぐに一点を指さす。
その方向へ俺は光の速度で首を振った。
俺だってお年頃の男だ。短パンにときめいて何が悪い。
女子の太ももにパブロフの犬宜しく条件反射する男子はいたって正常なんじゃないのか。
が、残念なことに俺達とは一番離れた第三グラウンドの円周でマラソンをしている姿は豆粒ほどだ。
しかも上下小豆色のジャージで・・・。