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少女の帰還

少女は、木造の格子窓の屋敷が連なる古い街並の中にいた。

石畳の道を一人歩いている。


車がすれ違うだけの道幅しかないその道には車が通ることはない。

それどころか日中だというのに人一人すれ違わないのだ。


商店はあるものの、入り口のカーテンが閉められている。


人が住んでいる街なのだろうかと

常人なら疑うところだろう。

しかし、人が間違いなくこの街に住んでいることを少女は知っていた。


皆、自分の屋敷の中にいる。

必要以上に他との接触を嫌う因習を持つ街人を少女は

今なら陰惨だと感じることが出来る。


つい5年前まではそれがごく当たり前の世界共通の常識であると勘違いし、

街人同様、少女は素直に因習を受け入れていた。


少女の靴音だけが石畳に響く。


コツリ。

足を止めた。



「銀モクセイの香り・・・。もう直ぐ。」


少女は香りの強い方向へ駆け足になった。


電気屋、文房具屋、雑貨屋、個人商店の道を横切り、

昔風情の駐車場を抜け、近道をする。


長い下り坂だ。

そこから今まで以上に強く銀モクセイが香る。


少女が駆け下りるよりも早く

坂の天辺の縁に、老人の顔が見えた。


黙々と実にゆっくり上ってきてる。

杖を突く音だ。


そして上半身が見える頃、

少女に笑った。



「おかえりやし。影美。」


「おおばあちゃん!!!」


少女は一度足をとめて飛び上がると、

大きく手を振りながら老人の下へ駆け寄った。


「東京から遠かったろう。一人で来たんやね。偉かったよ。

さ、疲れたやろう。ご飯出来てるでえ。」


老婆は、少女の見上げると嬉しそうに目を細めた。


「それよりも、おおばあちゃん。十太郎は?」


「ほれ、影美の帰ってくるの。賢く待っとったで。見てみい。」


坂の途中で底に立つ一軒屋の大きな門の方を木を杖で指した。

遠くて少女にはまだ見えない。


しかし、老婆には全てが見えているようだった。

いくら目を凝らしても目視できない少女は、痺れを切らして言った。


「おおばあちゃん!先に見に行ってもいい!」


「あいよ。」


老婆が古い錠前を少女に手渡す。


「うん!」


少女は坂を転げ落ちる速度で足を動かし、屋敷の門へたどり着くと

カンヌキを開けた。

扉を開くと玄関の両脇に大きな夏みかんの木。


気配は右の木からした。


「十太郎!!」


カサカサと葉が擦れる音とともに、一番低い枝に一匹の女郎蜘蛛が現れた。


「ただいま。十太郎。」


少女は懐かしい親友に向ける面差しで声をかけた。

蜘蛛は、枝の先の方へ歩いてくる。


その動作を見て少女は地面に落ちていた1メーター弱の小枝を拾い、

それを蜘蛛の方へ向けて高く上げた。


すると、蜘蛛は糸を吐きながら器用に少女の枝に飛び移り、

楽しんでいるのだろうか?枝の上を行ったり来たりしている。


そして、少女の頭の上にふわっと着地した。


「これ!影美。ご飯の前に蜘蛛と遊ぶのはやめとき。」


いつの間にか少女の真後ろまで追いついていた老婆が

優しい声で叱る。


「は~い。だって聞いてた?十太郎。私の部屋で待ってて。」


そう言って、少女は枝を使い頭から蜘蛛を移動させ、

枝に乗ったままの蜘蛛を屋敷の窓の隙間にトンと付けた。


少女の意図を汲んだかのように

さっと蜘蛛は屋敷の中へ入っていった。

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