156話≫【END】
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全てが終わった後も、俺はカーディリアの地図を眺めていた。
モニターに映る帝国との戦いは何処からともなく現れた七光の活躍もあり、ほぼ一瞬で集結した。
レベルが違うのだ。
与えられた偽りの力だったとしてもやはり力。
存在昇華を経たプレイヤーと経ていないプレイヤーとのレベルの差は歴然としているのだから。
帝国は近いうちに瓦解するだろう。
地図の上に投影されるモニターから見える地上の出来事をみていると、どうやら帝国の要人は観察者カルマに洗脳という無属性精神系統下位魔法をかけられていたようだ。
それが観察者カルマの死と共に解除されたなら、帝国の要人達は一気に顔を青くさせるだろう。
侵略を続けてきたために周辺国がこぞって敵に回っていると言う事もあるし、
王国が身に覚えのない怒りを全力でぶつけてくるのだから。
そして魔物は無理矢理眷属化させられていたんだろう。
血を浴びて消滅したのではなく、観察者カルマが死した事によって眷属としての責務を終え死を共にしたのだろう。
一部の市民や兵士達は神がなんちゃらとか言って祈り出している様だが、変にタイミングが良かったせいかいらぬ誤解を産んでしまったみたいだ。
俺自身は。この体内に蠢く正体の分からぬ力の存在を持て余していた。
観察者カルマを倒した時、死した身体は散り散りになって消え去った。
そして観察者カルマの内に秘められていた得体の知れぬ力は俺に流れ込んできた。
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職業【観察者】を獲得しました。
称号【神殺し】を獲得しました。
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[種族]
:【上位魔狂神】
[レベル]
:【LV.100】
:【LV.ーー9】
[職業]
:【剣士】
:【戦舞技師】
:【全属性大魔術師】
:【虐殺者】
:【古の戦士】
:【神殺し】
:【観察者】
[名前]
:【雪埜 奏】
[経験値]
:【28450/40000】
[能力]
:【戦舞技補正:強】
【体力補正:強】【筋力補正:強】
【解析の眼】【弱点解析】
【縛りの咆哮】【竜種の咆哮】
【野生の本能】【下克上】【隠密】
【暗視】【魅了】
【砂塵の爪甲】【並列思考】
【瞬間移動】【予測の眼】【血分体】
【下位従属】【超回復】
【粘糸精製】【識字】【色素調整】
【剥ぎ取り補正:弱】【異次元収納】
【毒耐性:弱】【麻痺耐性:弱】【雷耐性:弱】
【炎耐性:弱】【氷耐性:弱】【武器作成:ⅠⅠ】
【格闘術補正:中】【幸運補正:弱】
【虐殺者】【古の戦士】
【剣豪:ⅠⅠ】【超思考加速】
【魔力抵抗】【見切り】【食いしばり】
【魔狂神】【明鏡止水】
new!【全能】
【祖なる魔導師:II】〔8〕
:【全属性魔法】
:【魔法威力補正:強】
:【魔法命中率:強】
:【魔法操作:強】
:【魔力量増大:強】
:【魔力探知:強】
:【消費魔力半減】
:【魔力回復速度上昇:弱】
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[クラン]
:【七光】
[Point]
:【39】
[所持金]
:【6102万3千6百エル】
[称号]
:【魂を鎮める者】
:【英雄の国の者】
:【心の枯れた英雄に華を、水を…】
:【限界突破】
:【歪みの昇華】
:【神殺し】
[!]経験値98885を獲得。
[!]Point3を獲得。
[!]Levelが3上昇。
職業【観察者】
観察者たる神を下した事により観察者の権利が移行した。
これより全ての権限は新たなる観察者の物となる。
付与スキル【全能】
称号【神殺し】
世界を統括する存在を下したものに与えられる。
全体の能力に常時30%のブーストがかかる。
観察者と言う職業を受けついた俺の脳内には一瞬にしてカーディリア全土の情報が流れ込んできた。
あり得ないほど膨れ上がった情報量を少しずつ整理しながら俺は辺りを見渡した。
帰還するためのポータルは見当たらない。
この地図の部屋ではなく、俺が観察者カルマと戦った部屋に置かれているのだろう。
観察者カルマの存在した空間には他に生活する様なスペースは見当たらなかった。
何もない空虚な部屋に一人取り残された俺は、七光のメンバーとアマツキに声が届く事を観察者自身の能力で把握したあと、
乾き切った唇を舌で濡らし、ゆっくりと息を吸ってから言葉を紡いだ。
「ユカナ。ソフラン。キバ。アルシェイラ。シルフェさん。カム爺。アマツキ」
名前を呼び終えた後、閉じていた瞼を持ち上げ、モニターを覗くと驚いた様な彼らが見れた。
俺はその姿に苦笑しながら、
自分でも驚くほどに優しげな声色で言葉を続けた。
『皆は、帰りたいか?』
全員の声を俺が聞ける様に今は彼らの心の中に響く様に言葉を話している為か、ユカナは垂れた目を数度瞬かせると、首を傾げて不思議そうに自分の胸を抑えていた。
『帰りたいけド…皆ともう会えないんだよネ…』
ユカナは自らの中で帰りたいと言う気持ちと、仲間と離れ離れになる事の恐怖が綯い交ぜになって、答えを出せないでいる様だった。
ソフランは兜の奥の緑色の綺麗な瞳を悲しそうに揺らめかせ、ただ一点、虚空を見つめていた。
その瞳が俺を射抜いて居る様で、ひどく落ち着かなかった。
『記憶は残しておいてくれ。どれも大切で、忘れたくない…』
ソフランが静かに放った言葉は、辛い記憶を消して世界に返そうとしていた俺の目を見開かせるには十分だった。
『良いのか?ソフラン…』
俺自身記憶を観察者カルマに消されていた。
その事に対する憤りは、記憶を取り戻した時に凄まじい奔流となって溢れ出たが、
今回は違う。
もう、終わったのだ。
ソフランがこの世界にくる事はもう無いと言ってもいいだろう。
『この世界での出来事も思い出なんだ』
その言葉に俺は無言で頷いた。
それが見えている訳では無いが、
沈黙を肯定と受け取ったのかソフランの兜の奥に光る瞳が僅かに細められた。
キバは憤りが収まったのか、その均整の取れた筋肉質な身体を岩の上でだらしなく仰け反らせていたが、俺の声を聞いてからは岩の上に胡座をかいて腕に力を込めて必死に何かを堪えていた。
すまない。
言葉にはすまい。
それは全てを堪えているキバを侮辱する行為になるだろう。
アルシェイラは竪琴を弾き、悲しげなメロディを奏でていた。
金色の瞳は同じ色彩の髪の奥に隠れていて、
その表情は伺えなかった。
『帰れるのですね…元の世界に…』
彼女は元の世界に残してきた物が大きすぎたのだろう。
立場も、人間も、全てがこの中で一番重かったのだろう。
僅かにこの世界から消えてしまうのを惜しむ様な表情を一瞬見せていたが、
すぐに帰還への道に希望を示していた。
シルフェさんは肩を震わせ、カム爺の胸でただただ泣いていた。
すでに悟っているのだろう。
元の世界に帰還できる喜びと、このメンバーが会う事はどのような奇跡かかさなろうと難しいという事に。
カム爺は慈しむ様に自分の大きな胸で泣いているシルフェさんを優しく抱きしめていた。
その表情は大切な孫を優しく包み込む祖父の顔であり、
彼は元の世界に帰れば立ち上がる事すらできない病床の身となるだろう。
俺と同じ様に、彼も病院からこのゲームを楽しんでいた一人だったのだから。
『終わり…か…』
カム爺は憑き物が落ちた様にスッキリとした顔をしていた。
厳めしかった顔は既になりを潜めていた。
晴れた太陽をその頭頂部に反射させ、髭がシルフェさんにかからないようにしている事から辛うじてかつてのカム爺を彷彿とさせたが。
だが、せめてシルフェさんが悲しまないように、身体の病気は治しておくから、せいぜい寿命で死なないようにな。
アマツキは先の別れで激情に包まれていたのとは打って変わり、全てが終わった事に対する安堵が感じられた。
地面に膝をつき、静かに頬を濡らしていた。
『…終わったよ…ミスニル…』
その意味はわからない。
誰に問いかけていようと、俺自身は感知できない過去の話だろう。
彼自身何かにけじめをつけたのか、
涙が際限なく溢れていた。
それをリグザリオ婆か隣で悲しげな目で見ているのが印象的だった。
俺にとってこの世界での出来事は、不幸な自分に舞い降りた奇跡だと思えは、いい人生だったと言えよう。
それにあの時病室の窓の外に広がっていた青空の下を、世界が異なるとは言え自由に飛び回れたのだから、
俺自身にはもう思い残す事はなかった。
強いて言えば、この世界で出来てしまった人との繋がりを振り切ってしまうのが、
どうしようもなく心を痛めた。
俺は、どうしようか。
この世界で役割を終え、
元の世界では既に死している。
だが、
この力を使えば、
自分自身をやり直す事ができるかもしれない。
思い残す事が無いなんて嘘だ。
もっともっと、誰しもが当たり前に享受していた日常が欲しかった。
ずっと生きてきた中で毎日が生きていると実感したのは身体に走る痛みを感じた時だけ、
そんな日常が嫌だった。
この世界で目覚めた時に感じたあの衝撃を忘れる事ができなかった。
抑えていた。
でも抑えきれなかった。
自分自身が全能の力を手にいれた時、
全知が伴わなかったのは話していいことだったのだろうか。
観察者この世界でカルマとて全知ではなかった。
この世界は、残酷だ。
自分の欲望を優先できるという選択肢が不自然なほどに残されているのだから。
全能となった今、感情は奔流となって俺の中に渦巻いていた。
いや、奔流ではない。
これが普通だったんだ。
枯れた川に水が流れたような違和感はそうして納得した事で払拭された。
『もう一度元の世界で生きたいなんで贅沢言っても…良いかな…』
17歳と、若くして散った雪埜 奏はもう一度生きる事を望み、
全てを終えた彼は自分の為に力を使った。
たったひとつのわがままを叶える為に。
ピー…ピー…ピー…ピー…
酷く長い長い夢を見た後の脳の回転の遅さを感じながら、ゆっくりと雪埜奏という一人の人間の意識が覚醒するのを感じる。
乾き切った唇が息を吸おうと開いた時に僅かに裂けて、生きている事を実感する痛みを感じる。
次第にピントの合っていく瞳にはまず真っ白な天井が一面に入ってくる。
そのまぶしさに目をすぼめ、逸らす様に横をみると、同じ様に真っ白な壁があった。
部屋の片隅に置かれた花瓶に生けられていた純白のササユリの花は光を求める様に花を開いていた。
そして渇望きてやまなかった青空を隔てていた開かない窓が見える。
いつもの病室だ。記憶の中に残る長い時を過ごした小さな世界は変わる事なく空気を通して肌に触れていた。
あの世界に連れてこられた人達は全てこの世界に戻した。
健全で完全な状態で、一ミリも違えず消えた直後に合わせて。
あの地で散った仲間達も全て、この力と引き換えに戻した。
もう俺自身にあの世界での観察者としての力は残ってないと言ってもいい。
そして俺の身体。
自分自身で評するのもなんだか気恥ずかしいが、手元においてあった鏡に映る自分はカーディリアで見た健康すぎる体躯とはかけ離れた触れれば壊れてしまう細工のような儚さがあった。
かつて磨き抜かれた黒曜石のような輝きを持っていた黒い髪は今はその輝きを失っていた。
窓から刺す光を吸い込んだ瞳、前は指先を動かす事すら出来ないほどに痛みに襲われていた為か疲れ切っていた瞳には今は活力が満ち溢れていた。
今もこうして手に握られている鏡は酷く重く感じるが、
カーディリアでは逞しくなっていたのだ、これからに期待しよう。
長く伸びた髪は肩甲骨のあたりまで伸びている。
前髪も睫毛にかかる程までに放置されている為か酷く鬱陶しい。
これは退院したら髪を切りにいかなければ。
カーディリアでは僅かに日焼けして健康的な肌色になっていたのだが、この世界に戻ってみれば透明感のある白い肌色に戻ってしまっていた。
しばらく自分の顔になれない自己評価をしていたが、すぐに飽きてしまい自分の身体を見渡す。
上半身を時間がかかったとは言え、自分で起こせた事がなりよりの証拠だった。
持てないはずの鏡を持ち上げられた事がなによりの証拠だった。
治ったのだ。
あれほどまでに投薬の痛みに耐えながらも俺を殺した病気が、治ったのだ。
「はは……やった……」
気分が良かった。
おいてきてしまった異世界での繋がりにチクリと胸を痛めたが、それと同等の喜びがあった。
「ささー起きてくださいカナデくーん♪」
ドアがスライドして薄ピンク色の看護服をきた女性が高めのテンションで入ってくる。
あの時と変わらない日常の一コマだ。
「星羅さん……おはようこざいます…」
「くっ…また起きてたか……お、おはようカナデくん!今日もお姉さんが優しく身体を拭いてあげますよー」
そういって目をキラキラさせて手をワキワキさせる星羅さんは目つきと鼻息が既に常人の二倍を軽く超えている。
唇を舐める様に舌をペロッと出す時点でわざとらしさが目立つが。
「いや、大丈夫ですよ…」
俺が苦笑しながら拒否しても、
「うふふ…そんな所も……ジュルリ…」
この人は全く変わることなく俺の居場所として居続けてくれた。
星羅さん…25歳独身の看護師だけれど、優しさは一級品だった。
どうして25歳まで残っているのか分からない程には。
そして今日は星羅さんの手を借りずに上体を起こしていたことを星羅さんはかなり違和感を覚えた様だった。
「…カナデくん?…痛くないの?」
長かった。ここ言葉を何度口に出したかったか。
前の世界ではその事実を知らせる事ができるひとはソラ姉だけだったけど。異世界での出来事だ。
カウントされないと考えても良いだろう。
こうして何年間もつきっきりで世話をしてきてくれた看護師さんに最初に知らせるのも良いかもしれない。
俺は今までで最高の笑顔を浮かべた。
「星羅さん…今まで、ありがとうございます」
「え……」
「治りました」
心の底から自然と溢れ出してくる笑顔は、
頬を伝う涙の軌道を歪めながらも、
その存在感を際立たせていた。
上手く笑えない。
こうして笑うのはいつ振りだろうか。
だけど、星羅さんの驚いた顔を見る限り、
今の俺は上手く笑えているのだろう。
この世界での物語が、やっと始まった。
【END】
後日談や主人公以外の話を見たいという方がおりましたらご感想で受け付けております。