155話≫〔修正版〕【頂を下す】
こちらは155話【頂を下す】の修正版となります。
内容に差異があります。
こちらが修正後となります。
よろしければ感想を下さい。
そして評価して頂きたいです。
修正点などあれば作者のメンタルの保つ範囲でお願いします。
他にも話を書いて欲しいキャラがありましたら感想でお待ちしております。
結果から言えば間に合ったのだろう。
だがトリステイン王国の国王は相手に一矢報いるものの、その命を使い切り死した。
そしてトリステイン国を子供に託した。
ドヴォルザーク王は全てを放り出して楽になった様に見えるが、死ぬ寸前に王都の復興案を独力でひねり出していた。
王都ヴォールクローネの再建案に留まらず、後世に残す為に区画整備から始める建設案から始まり、
その費用を捻出する為に国宝をオークションにかける為のリストや国の直轄地を貴族に買い取らせるなどの売却案など多岐に渡る。
そして区画整備に充てる作業員を今回の襲撃で職を失った者や浮浪者から採用してトリステイン王国を再建する。
ドヴォルザーク王はその精密で正確な案を形見代わりとした。
もちろんそれだけでは子供達は納得できなかったに違いない。
王妃である子供達の母は体調を崩し、未だに床に伏せている。
そんな最中に国王は子供達と妻を残して逝ってしまったのだから。
しかし、第一王女は帝国との講話を図る為に前々から国外におり、今回の件は把握していないだろう。
第二王女と第三王女はドヴォルザーク王の手によって強引に地下のシェルターへ避難させられている。
第一王子は残る家臣を引き連れて軍の指揮と市民の避難を取り仕切らねばならない。
護国八剣たる第二王子は既に城壁外に出ており、帰ってくるのは当分先の事となる。
父親の死を目の当たりにした第一王子であるルミフォリア・ノイン・トリステインがゆっくりと泣く事ができるのはまだ先になるようだ。
彼が暴虐の王の砲身と壁の隙間から見た空は、そこだけが青かった。
その部分にいた大量の竜や龍達が父の力の奔流によって消え去り、空を覆っていた暗雲もちぎり取られていたのだから。
××××××××××××××××××××××××××××××××××
「うっ…ここは……王都なのか…」
「そうらしいヨ…さっき通りすがりの兵隊さんが教えてくれたヨ」
ユカナは俺の看病をしてくれていたようだ。
俺が目を覚ました時、前の世界の美人とは比べ物にならない程に柔らかいユカナの太ももの温かさを後頭部に感じていた。
「ねぇ、カナデ…ここアマツキの魔力の気配がしません?」
後頭部に残る温かさに多少のもどかしさを感じつつ身体を起こすと、アルシェイラが魔力探知を始めたのか小声で何か詠唱を行っていた。
そしてアルシェイラに言われて俺自身も感じた。
はっきりとは分からないが、この城の何処かにアマツキがいるという事を。
「まずは空にいる竜と龍を殲滅する。できるよな?」
俺の問いに全員が一呼吸おくまでもなく頷き、七光は全員が別々の方向に散らばった。
数十分後、何事もなかったかのように暗雲が広がる空は健在であったが、
何処をみても先ほどまで空を支配していた竜や龍の姿は無かった。
そして俺はアマツキを見つけた。
アマツキは龍の中でもとびきり凶悪と言われる王騎龍を二体相手取って苦戦していた。
その隣ではリグザリオ婆が酷く薄い胸を逸らしてロードライドドラゴンのブレスを回避していた。
「わわっ!これ!危ないじゃろーが!!」
「ちょっと静かにしてくれリグザリオ婆!集中できない!」
懐かしかった。
気がつけば俺の周りには竜や龍の殲滅を終えたであろう七光が集まってきていた。
あの時己の魔力を代償に作り上げた棺に閉じ込めた事をアマツキは赦してくれるのだろうか。
その棺はアマツキが行動する上で枷になったはずだ。
自由に生きれた筈の異世界で、復讐と言う枷に。
そこまで考えた時、俺の答えは決まった。
。
かつて俺の行動をするにおいて全ての助けとなってきてくれた【《|古の■■の剣エンシェントエネミーソード》】。
本来のスペックは【神話武器】、
ランク〔SSS+〕限定ボス古代天魔討伐時の限定ドロップ品であり、天と魔という相反する属性を宿した両刃剣である。
本来の姪は【古代天魔の剣】。
俺は神速の斬撃を二つ、武器に宿るスキルを使って繰り出した。
【魔の斬撃】
闇の斬撃が地面を抉り、滞空していた二体のロードライドドラゴンをさしたる抵抗もなく不意打ちで引き裂いた。
アマツキは俺の魔力を探知する余裕もなかったのか、あっけなく終わった戦闘の残滓を振り払って斬撃の出処を見てから驚愕にまなこを見開いた。
「そんな………師匠…なのか?……………おい……師匠ッ!………どうしたんだよ!なにがあったんだよ!!!その姿も!その目も!」
アマツキは目尻に浮かび上がった悲しげな雫を隠す事もなく俺に掴みかかった。
アマツキの脚は震えていた。
今もこうして全身から放たれる瘴気にも近い威圧感や存在感によって。
それでも尚アマツキは俺の黒装束を捻じる様にして掴み、離そうとはしなかった。
そして俺はアマツキの問いに答えられなかった。
生気を感じる事が出来ない純白の肌。
瞳の下に垂れる黒い涙の跡の様な三本の線。
死神の様な暗黒の装束。
そして死を予感させる威圧感。
圧倒的強者である事を示す存在感。
前は八割方埋まっていたが、
今は四割程度しか埋まっていない鋭角に磨かれた黒紫色の結晶。
そして人外としか思えない縦に裂けた黄色い瞳孔をもつ赤い瞳。
その瞳にはいかなる激情も見当たらず、
奥には感情の残滓が戸惑う様に揺らめいていた。
その全てが人間と言う種族から剥離している俺を目尻に浮かべた涙を垂らしながら睨んでいたアマツキ。
だが、来るであろうと予想していた怒りに任せた感情の奔流も、隔絶した拒絶を示す言葉も、いつまで経っても訪れなかった。
アマツキは俺の背後で好き勝手な位置に立っている仲間達を見渡して、最後に俺を見て笑ったのだ。
その涙に濡れた笑顔は悲しみや恐怖や怒りや喜びや安堵、様々な感情が混ざりすぎて俺では理解できなかった。
「あぁ…」
アマツキは声を漏らした。
心の底から、千年以上溜め込んできたかの様な深い、深い声色だった。
「良かった…師匠も、七光のみんなにも、また会えて…あの時、死なないで、良かった…」
アマツキは俺たちの死後どのようにして生きてきたのだろうか。
本人が言い出さない限り聞くつもりはないが、発言からして耐えきれずに何度も死のうとしたんだろう。
「済まなかった。あの時置き去りにして」
「あ、いや、そ、そんな事きにすんな師匠!それよりも、今はやる事があるんだろ?」
「そうだな」
俺の魔力探知の範囲には先ほどまでなかった反応が三つほど、上空からお誂えた様に現れた。
「……来るぞ…」
ソフランが上空から迫る異変を感知したのだろう。
上空を指差して警戒を促した。
だが、城の影から走ってきた人間にはその警告は聞こえなかった様だ。
「リグザリオ様!危ないですよ!今すぐ城内に入ってくだ…」
「危ない!そこの近衛!逃げろ!」
リグザリオ婆と親交があったであろう近衛の騎士が不幸にもリグザリオ婆を探して死の迫る戦場に飛び出してきてしまった。
リグザリオ婆が慌てて声を発したが、
その言葉が駆け寄ってきた近衛兵に届く前に、その近衛兵は落下してきた純白の何かに押しつぶされた。
白銀斧尖兵
千年前、生き残った七光を不意打ちで殺戮した強靭な上半身を持ち、巨大なアックスを握った魔物の騎士。
「グルル…シルバリオン…アクスェルッ!!!」
その存在に我を失った様にキバが激情した。
唸りを上げたキバの周囲の温度が一気に汗を噴き出すほどに上昇し、
整えられていた綺麗な銀色の髪が逆立った。
ズィルバメルガの手甲を地面にぶち込んだキバは次の瞬間、落下してきたシルバリオン・アクスェルの懐に一瞬で潜り込んでいた。
そして間髪いれずに使い慣れたスキルを繰り出していた。
「グラァァァァ!!!【残爪】ッ!!!!」
光速で振り抜かれた三本の爪はシルバリオン・アクスェルの装甲を紙くずのように斬り裂いて有り余るエネルギーはその巨体を城壁に叩きつけた。
「グラァァ!!巫山戯やがって神の尖兵ガァァッ!!俺が肉塊にしてやる!!」
キバは怒り狂って正気を残しながらも暴走している。
故にさらに空から降ってくる二体のシルバリオン・アクスェルの存在に気がついていないようだ。
「やるぞ。いいな?」
「問答無用」
「当たり前ですっ!」
「やられた借りは返さないといけませんわ」
「やり返すに決まってんダロ」
「腕がなるのぉ…フンッ!!!」
全員が怒りに満ちた表情を作り、放たれる威圧感は遊びと怠惰で戦っていた千年前の比ではない。
まさしく存在感と威圧感が質量を伴って空から降ってくるシルバリオン・アクスェルを確かに震えさせた。
脳裏にはあの白い部屋で会った神の存在が写る。
あのゲームが現実となった瞬間から始まった試練は、
まだ終わっていないとでも言いたいのか。
こいつらに勝ては俺たちは元の世界に帰る事が出来るのだろうか。
なにも確証は得られないが、
その全てはこの先に、
もう手の届く先にある筈だ。
「さぁ、いこう。全ての向こう側に」
俺は空虚で寂しさすら感じられる中で、何故か嗤っていた。
人とかけ離れてしまった姿で、
人とかけ離れてしまった心で。
「【魔狂神】…」
再びその姿が堕天する。
スキル【魔狂神】が発動しました。
効果は1分30秒です。
時間など関係の無い事だ。
全ては精神の力に依存すると言う効果は、
この真似られた世界を我が物顔で俯瞰するあの観察者である神の目さえもあの時の真っ白な世界で感じた観察者である神の僅かな気配さえも捉えた。
その神の目が俺の目線と一瞬だけ交錯した。
そして俺は嗤う。
深く、深く、憎みすぎて、親しみすら感じるほどに嗤う。
視線の先にいる観察者の顔が手に取るように浮かぶ。
お前の手札はシルバリオン・アクスェルだけか?
俺の思考の表面だけでもわかるなら、
最後くらいお前の好きなゲームとやらの流れに付き合ってみろ。
さぁ、全ての黒幕。
そのくだらない理由で始めたゲームを
終わらせよう。
「神に繋がる天空の城…」
二戦目ともあり、シルバリオン・アクスェルを問題なく倒した七光のメンバーが何かに気がつき、空を見上げる。
そしてそれは暗雲を突き破って凄まじい轟音と共に現れた。
かつて、俺の魔法によって崩れ去った絶壁が雲を突き破り顔を覗かせる。
そして空に浮かぶ大地の上に存在する平地や木々が次々と暗雲を突き破って現れる。
そして最後にはくすんだ白い城があらわになった。
天空城アトラレアレクス。
かつての戦友である二千に近い英雄が眠る地であり、アマツキ以外の全てのプレイヤーが虐殺された場所だ。
七光のメンバーとアマツキは全身の細胞が煮えたぎり、活性化するのを感じているだろう。
現に彼らから立ち込める魔力は闇に飲まれそうなほどに狂い、踊っていた。
どれほど理性で抑えても堪えきれない、原初の怒りに呑まれる寸前、
その全てを押しのける様にして俺が真っ先にその全てを解き放った。
かつて限界を超えて蓄積されすぎた感情はスキルでは抑えきれず、行き場をなくして爆発した為に心が壊れた。
感情の受け皿と言う役目を果たしていた鈍感と言うスキルが効果を無くした今、
感情の噴出口は闇で無理矢理埋められてしまっていた。
だが、原初の怒りは忘れない。
俺達がこの世界に無理矢理連れて越させられた全ての元凶に対する怒りは、
この世界に存在する全ての生物の怒りよりも深く、淀んでいた。
故に闇に呑まれかけた七光たちは正気に戻り、俺を見据えていた。
俺は気がついてしまった。
ロードライドドラゴンと戦うアマツキを見て、
ロードライドドラゴンと戦うアマツキを見ていた七光の懐かしげな表情を見て、
もう、かつての七光の居場所に俺は帰れないと。
だから俺は自身の身を危険にさらしても守る。
まだ心を保つ七人の仲間を。
唱える。
「…これはクラン…七光リーダーであるカナデ・ユキノの最初にして最後の強制命令である…」
自分の声帯が鈴を転がすような穏やかな声を発している事に気がつく。
ガラガラに枯れた、悪魔の様な声では無い。
前の世界で聞き慣れた、女みたいで嫌いだった自分の声だ。
「おい…テメェ…カナデ…なにしてんだよ…」
「それは無いヨ、カナデ…」
「ありえませんわ…それは精神に…」
「カナデ…お前は…」
「ワシ等を使うとは…覚えておけよ?」
「カナデさん!待つです!」
「師匠!またなのか!また一人で全てを背負おうとするのかよ!」
俺の詠唱の始まりを聞いた七光とアマツキは驚愕冷めやらぬ表情を俺に向けていたのが半数、
呆れた様な顔をする者が半数だった。
「皆ごめん…この世界に溶け込んだシステムを利用しただけの力じゃ、勝てないんだ。だから俺だけが行く。だから代わりにこの世界で…神の遊びで死にかけている人々を…救ってくれ…」
「カナデ…」
誰とも分からぬ声が俺の名前を呼ぶが、
もうそれが誰の言葉かなんて事は意味を成さない。
「俺の姉の事を頼む…リグザリオ婆、分かるだろ?俺の血人形が目印だ」
「ふぅ…仕方ないのう…何処にいるか魔力で丸わかりじゃよ…安心せい…」
これでソラ姉の安全もトリステイン王国が保証してくれるだろうし、七光も悪い様にはしないだろう。
すまない。
ソラ姉が強くなって一緒に戦ってくれるって言ってくれた時は嬉しかったけど、
間に合わなさそうだな…
「ありがとう。…System call…Injunction to the user」
「ぁぁ…」
誰かの涙にまみれた声が聞こえる。
だが、俺は概念魔法を使った一種の行動を強制させる魔法を、
僅かに残るゲーム時代のシステムを通して発動させた。
「起動…【魂への命令】」
俺はこの世界に来てから、二度目のゲームシステムの残滓を利用した。
千年前の詠唱よりも吸い取られるHPが少ない事から、
既にこの世界がゲームの世界では無くなってきているのを薄っすらと感じた。
これだと強制の効果は一日程度で解けてしまうだろう。
「じゃあ、頼んだ…」
「分かった」
七人分の返事を聞いて満足した俺は、
背中から自然と生えて来た黒い翼を羽ばたかせた。
飛行の魔法陣がオートで起動されるのが分かるが、詳しい機構は今知る必要は無い。
「いいのか?」
飛び立つ寸前、声をかけて来たのはリグザリオ婆だった。
「これでいいんだ。俺が勝てば多分皆は帰れる。それまでに俺達が来た事によって狂ってしまったこの世界を少しでも元に戻しておこうと思う」
「その為なら仲間も洗脳して従わせると言うのじゃな?」
「幾らでも罵ってくれても構わない。でも俺はかつての仲間にもう一度死んで欲しくない…いや、違うな…もう仲間の死を見たくないんだ…心がもたない…限界なんだ…」
「………」
「目の前で他人に死なれて自分が悲しむより、誰の目にも止まらないところで自分が死んで他人を悲しませる方がまだいい。自己中な考えだけど、もう時間も無いし案もない…」
「……仲間は頼りないのか?」
「いや、うん、そうかもしれない。俺は信じられないんだ。信じられないから仲間を遠ざけた。多分恨まれると思う。自分や仲間の死を招いた奴に復讐する機会を奪われたんだから…」
「そうか…だが、忘れてはならぬぞ、私達は、常にカナデの味方であると」
その言葉にどれほど救われたか、
自分自身にもわからない程に黒く染まった心は温かみを持っていた。
「ありがとう」
その背中は、悪魔にも見えたし、戦場に向かう疲れ切った老戦士にも見えたという…
翼に力と魔力を込め、一気に羽ばたく。
それと同時に背中の翼の正確な情報が脳内に入ってくる。
どうやら翼の表面には飛行の魔法と闇の魔法が翼に織り込むようにして複雑にかかっているらしい。
そして肝心の【魔狂神】の制限時間がそろそろ切れる筈なのだが、
不思議と不安はなかった。
制限時間がきても、やはりスキルは切れなかった。
不思議なものだ。
こぼれ落ちる黒い液体が増えて行くほどに、
寿命が減るほどに、力が増していく。
そして数秒と経たずに天空城アトラレアレクスの大地に降り立った。
目の前に見えたのは一面の白。
文字通り白の軍勢だった。
そして岸壁には懐かしい見慣れた武器達が数点突き刺さっていた。
それを丁寧にアイテムボックスにしまい込みながら俺は敵と相対した。
白銀の…尖兵だけではない。
白銀の斧尖兵の姿もある。
そして空を覆うのも白い雲ではなかった。
白銀の翼尖兵の軍勢。
全てがランクSと言う規格外の魔物達であり、それは天空城アトラレアレクスを護る騎士だった。
「…通してもらおうか」
確かな存在感と静かに放たれた威圧感に、
その場の全てが恐怖するが、さすがはSランク、直ぐに持ち直して各々で武器を構え始めた。
俺は【古代天魔の剣】を構え特攻する。
一直線に進むはアトラレアレクスの城門。
この魔物達を一体一体相手していたら観察者である神の元にたどり着く前に寿命が来てしまうかもしれない。
迫り来る敵の攻撃を全て意識から外して自然回復に専念する。
右からきた斬撃に腕が切り落とされた。
真上から滑空してきた翼に足が切り払われる。
斧が迫り首が飛ぶ。
光速の弓が飛来して胸に穴が空いた。
だが全ての傷は瞬きの内に夢であったかのように消え去っている。
腕が生える。
足が生える。
首から上が生える。
胸の穴が埋まる。
凡そ人外としか言いようの無い回復速度に物を言わせた強引な手段で次々と敵をなぎ倒しただ愚直に前に進む。
全ての敵の認識ヘイトを受け持つのは相当に堪えるが、今現在自分にダメージはない。
無いと言うより問題が無い。
全ては自然回復量がダメージを上回る事で相殺しているからだ。
俺の存在を消滅させるには自然回復量を上回るダメージを与えなければいけない。
目の前に壁が出来れば、一対の漆黒の翼に魔力を込めて圧倒的なスピードで壁を捻じ切る。
黒々とした肉片が辺りに飛び散り血肉を浴びながら更に進む。
3kmに及ぶ尖兵の壁を突き破った時、
目の前にはあの時遠目で視界に収めていた荘厳な城門が存在した。
ここは一度アマツキが通ったのだろう。
ほんのわずかにアマツキの魔力の残滓を感じた。
アマツキは一人でここまで来たようだが、
いまならその孤独がわかる気がした。
自身の溢れ出す感情とこぼれ落ちる生命の源が魔力に直接変換されて体内に蓄積されていく。
そして限界まで内側に溜まっていた魔力を解き放つ事で、城門はひしゃげ次の瞬間には塵と化した。
この世界の物質には僅かながら魔力が含まれている。
それゆえにその物質に含まれている魔力に干渉すれば物質を塵にする事も理論上は可能なようだ。
魔力を無駄にしているようだが、
こうして外に出していかないと身体の許容量をオーバーして魔力が爆発してしまう。
俺は思いのほか空っぽだった城内を真っすぐに進んだ。
装飾品もなにも無い、ただ地面より一段高い円形の台を置く為だけに作られた箱の様な城、それが天空城アトラレアレクスの正体だった。
ゲーム時代の迷宮と言う設定は観察者である神によって捻じ曲げられたのだろう。
その台の上には幾何学的な模様が記されていて、
これが観察者である神の居住区への転移魔法陣であると感覚で理解した。
そしてためらいなくその魔法陣の上に足を乗せた。
目を開けば目の前には観察者である神が視界の先で憎たらしい笑みを貼り付けていたが、
額には僅かに汗を拭き取った跡が残っていた。
そこは見覚えのある真っ白な世界だった。
全てが空虚で意味を成さず、完結していた偽りの白い世界。
部屋の片隅に置かれた花瓶に生けられていた純白のササユリの花はいつの間にか枯れ果てていた。
『…やっとここまで来れた』
俺の声は部屋の隅々まで響き、花瓶に入れられた水を振動で揺らした。
目の前にいる年老いた男こそが観察者である神。
年老いた外見の割に肉体に衰えは見えず何処かちぐはぐな俺達と別の世界に存在するであろう存在。
観察者である神の瞳は俺の額の結晶を見つめていた。
『己の闇に身を委ねた…いやだが、心を残している?…分からない……』
もう、観察者である神の意識が流れてくる事は無かったが、
流れてこないと言う事はかつて仲間の名前が草原に生えた十字架に刻まれていた光景がなくなったと言う事の証明に他ならず、俺は満足げに嗤った。
観察者である神は己の考えにひと段落ついたのか、顔をあげた。
その瞳に宿る色は相変わらず俺を見下したような、それでいて慈しむような矛盾した色だった。
『よく来たな。カナデ…己の名はカルマ。カーディリアを創り上げた創造神だ。どうだ、敬う気にはなったか?』
カルマと名乗る年老いた男は前にあった時となんら変わらぬ態度で俺に接してきた。
心を読むという最大の武器が使えず、
額に汗を浮かべながらだが。
『お前の創った世界は楽しかったよ。でも』
俺は追い詰めるように続けた。
『つまらない』
観察者カルマはその言葉にイラついたのか俺を睨みつけながら言った。
『どう言う意味だ』
『お前は真似しただけだ。俺の世界にあったゲームを。そんなの面白くて当たり前だろ?』
『やはり思い出していたかッ!』
『思い出したさ、全てをな』
『だか、どうする事もできまい。数百年前にここにきたお前の仲間ですら己に傷をつける事しか出来なかったのだからな』
この反省の色を見せる気すらない観察者カルマを見て俺は嗤った。
『シネ』
俺は自分の足に容量を超えた魔力を練りこみ、音をたやすく超えた速度で観察者カルマに魔力を練りこんだ拳をぶち込んだ。
バゴォン自らの拳が衝撃に耐えきれず爆ぜたが、すぐに再生されて再び観察者カルマの顔面に打ち込まれる。
『そんなやわな拳が効くと思っているのかカナデよ…』
冷ややかな声を浴びせられるが、俺はその言葉に逆の拳で返す。
ただひたすらに目の前の観察者カルマに拳を叩き込む。
もっと早く。もっと早く。
まだ足りない。
もっと効率化させなければ観察者カルマには傷をつけられない。
もっと魔力を込めなければ。
もっと、もっと、もっと…
『なんだ、この程度か…』
その言葉は失望よりも安堵の方が濃く写っているように聞こえたのは幻聴だろうか。
その言葉と同時に俺の胸には観察者カルマの皺くちゃな腕が生えていた。
ズガッ………
胸に突き立てられた手刀は何物にも遮られずに俺の胸をバターのように貫いていた。
失望に彩られた観察者の声色と瞳の奥には、
やはり僅かながら安堵の表情があったのを俺は見逃さなかった。
簡単に自然回復量を超越したダメージがHPだけでなく魂を削る中で、俺はおかしくなって嗤った。
『何がおかしい。カナデ、お前はもう死ぬんだ。終わりだ。悔しいだろう?泣きたくなるだろう?』
『お前は…悔しいだろ…』
『は?…』
『仲間がいて、助け合って、時には喧嘩して、でも仲直りして…また冒険をする…』
観察者は自分自身の存在をこの世界の人間に認知されていなかった。
属性を司ると言う名ばかりの存在しない神が祭り上げられる世界を創り上げた観察者カルマは誰にも認識されず天上から自分が創った神のパノラマをずっと眺めていた筈だ。
『寂しかったろ?寂しかったろ?なぁ、カルマ…』
『くっ!ふざけるな!!!』
観察者カルマは瞳を動揺で揺らし俺の胸から手刀を抜こうともがき始めた。
だが、その身体には先ほどのようなしっかりとした力が伝わっておらず、俺の胸に突き刺さった手刀すら抜けないでいた。
『…なぁ……寂しかっただろ?』
俺は観察者カルマの皺くちゃの腕に自身の爪を突き立て、爪から滴る液体を流し込んでいた。
それは超越者である神、観察者カルマでさえも蝕む全ての生物の根幹にあると言われる心の闇。
俺の額に埋まる黒紫色の結晶がどす黒い光をあたりに撒き散らしながら光り出す。
『まさか自分がこれほどまで英雄と正反対の戦い方をするとは思わなかったな』
もっと美しく、かっこよく戦いを決めたかったけれど、十分に堕ちきった俺にはむしろこれがにあってさえいる。
精神汚染。
俺は寿命を引き換えにした強大な魔力を乗せた闇を観察者カルマに注いだ。
『ぐぁっ…これは…闇…お前はいつの間に!!いつの間に闇を従えていた!!!』
『従えていた?違うな…』
従えていたなんて事はない。
全てにおいてこの結晶とは対等の関係だった。
この結晶の力で戦ってきた時、俺は寿命や精神を代償に力を受け取っていた。
それは従えていたのではなく、
そう、契約だ。
俺達は契約の下に力と寿命を交換していたんだ。
悪魔
俺は知らぬ間に、いや、狂魔を手にした時から心の底にいた悪魔と契約していたんだ。
悪魔とは話せなかったが、一度だけ、漆黒人形との戦いの時に意思を疎通させた事があった。
悪魔は人の心の闇に巣食っている。
『俺は契約しただけだ。寿命を引き換えにして』
『正気か……』
『俺は正気だ』
この壊れた精神が正常と言えるのならば。
『くっ!ふざけるな!!』
観察者カルマは逃げ出した。
真っ白な衣服をみにまとっていた観察者カルマの腕は真っ黒に染まり、それは服も汚染しながら次第に広まっていた。
長くは持たないだろう。
あの闇は全ての生命の根底に根付く物だから。
俺はこの白い全てが完結した世界から続く一つの通路を進む。
逃げ出した観察者カルマの後を追って。
既に【魔狂神】は寿命の残りからしてあと数回も使えない事から今は解除している。
それでも観察者カルマを蝕んだ闇の雫は消えずに超越者である観察者カルマの全てを今も蝕んでいる筈だ。
観察者カルマの中に浸透した闇は手に取るようにわかる。
真っ白な通路を抜けると、また真っ白な世界にいた。
円錐状の部屋の中心には1m程度の高さの円柱が立っており、唯一色のついた地面は地図になっていた。
『これは…カーディリアの世界地図か…』
そこにはリアルタイムで現在の情勢が空中に投影されて映し出されていた。
明らかなオーバーテクノロジーからなるその地図の所々には矢印があり、その矢印の場所が空中のモニターに投影されているようだった。
それは各地で戦線を維持する七光やアマツキ、ソラ姉と共に戦うリグザリオ婆であったり残る護国八剣の存在であったり。
その他にも俺が意識を向けた人が次々とモニターに映し出されていた。
ローランドは片腕が金属の腕に変わっていたが、相変わらず気持ち悪い笑みを浮かべて魔物と戦っていた。
その背後を護るのはピンク色のゴスロリを身に纏ったピチピチの筋肉オカマ拳闘士カマさん。
未だに得物が見つからないのかガントレットで魔物をなぎ倒していた。
他にも様々な人達がモニターに投影されている。
そして部屋の片隅で息を荒くした観察者カルマが苦しそうに近くの壁に手をついて他上がろうとしていた。
俺は壁に突き刺さっていた純白の短剣を手にとった。
僅かにアマツキの気配がするが、
アイテム名には【神貫剣】としか明記されていない。
ゲーム時代のイベントアイテムだろう。
俺が効果を知らない事からしても、結構レアなアイテムなんだろう。
だが、そんな事は今は関係ない。
なんの意匠も施されていないシンプルな短剣だったが、観察者の部屋に突き刺さっていたのだ。
簡単に考えてアマツキが観察者カルマに傷を与えた短剣なのだろう。
この部屋にあるオーバーテクノロジーの産物である地図やモニターの事も、観察者カルマが何者であるかなんて事も、もうどうでも良かった。
誰でも無い俺の手で、全てが終わると思えば。
背中を向けている観察者カルマは俺の存在に気がついたのか残る力を振り絞って立ち上がった。
俺と対面した時、観察者カルマの身体の半分は既に闇に侵されていた。
もう助からないだろう。
あの闇は観察者カルマの闇ではなく、俺の闇だから契約する事は出来ない。
観察者カルマ自身は闇の存在を知っているようだが、契約するという発想が無かった事からも俺が異例なケースなのだろう。
『終わった…』
観察者カルマは何処か悲しげにそういった。
『己は確かにカナデの言った通りの考えを持っていたのかもしれない。この闇に侵されながら自分の心の弱さに気がついた気もするし、やはり気がついていない気もする。分からない』
『…』
俺はなにも言わない。
この寿命が近づく観察者カルマの最後の独白。
何故か聞いてから殺してもいいだろうと感じた。
『私は孤独だった。酷く長い間孤独で、この世界を創った。もちろん真似だが』
『そしてこの世界で肝心の主役がいない事に気がついたのさ。だから強い者を呼んだ。そして生き残った真に強い者を地上に行かせる事にした。どうやらこの時点で己は取り返しがつかない程に間違えていたようだ』
観察者カルマの身体は既に8割が腐ったように真っ黒に成り果てていた。
『己を刺すがいい。その資格がある。己は天文学的な確率と奇跡が重なり合って偶然元の世界に戻る事ができた青年すら己の身勝手で連れ戻してしまったのだから』
観察者カルマの目には最早後悔しか写っていなかった。
俺自身は行き場を無くした怒りや恨みを抱えながら、短剣を振り下ろした。
『……すまな…か……』
壁に投影されているモニターにはNo.と、その横にカタカナや漢字の表記があった。
No.1 原初世界-滅亡
No.2〜とナンバーと感じやカタカナの表記は何処までも続いていた。
俺の興味はすぐに失せてしまったが、この中にカーディリアや地球といった世界が存在するのでは無いだろうか。
そうなると観察者は俺たちとはまた違う世界の上位種族なのかもしれない。
観察者カルマを短剣で突き刺した後、
観察者カルマの皺くちゃな体躯からは人間と同じ真っ赤な血が流れ始めた。
やはりと言わなくとも、観察者カルマと言う存在は俺達と同じように生きていたのだろう。
命を絶ったという事実が短剣越しに肉を割く感覚として伝わってきた。
その血は皺くちゃな身体を伝い床の立体地図に垂れた。
それと時を同じくして、
カーディリア全土で真っ赤な雨が降った。
その雨は王国に攻め入っていた魔物を全て溶かしてしまったと言う。
それにより魔物の進行と帝国の侵略を同時にさばいていた王国の軍が盛り返したのは言うまでも無い。
真に死滅した観察者カルマは己が業によりその瞬間に身を滅ぼしたのだった。
七光達はその血の雨を浴びて、
事の終わりを実感したと言う。
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