155話≫【頂を下す】
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155話≫〔修正版〕【頂を下す】となります。
結果から言えば間に合ったのだろう。
だがトリステイン王国の国王は相手に一矢報いるものの、その命を使い切り死した。
そしてトリステイン国を子供に託した。
ドヴォルザーク王は全てを放り出して楽になった様に見えるが、死ぬ寸前に王都の復興案を独力でひねり出していた。
王都ヴォールクローネの再建案に留まらず、後世に残す為に区画整備から始める建設案から始まり、
その費用を捻出する為に国宝をオークションにかける為のリストや国の直轄地を貴族に買い取らせるなどの売却案など多岐に渡る。
そして区画整備に充てる作業員を今回の襲撃で職を失った者や浮浪者から採用してトリステイン王国を再建する。
ドヴォルザーク王はその精密で正確な案を形見代わりとした。
もちろんそれだけでは子供達は納得できなかったに違いない。
王妃である子供達の母は体調を崩し、未だに床に伏せている。
そんな最中に国王は子供達と妻を残して逝ってしまったのだから。
しかし、第一王女は帝国との講話を図る為に前々から国外におり、今回の件は把握していないだろう。
第二王女と第三王女はドヴォルザーク王の手によって強引に地下のシェルターへ避難させられている。
第一王子は残る家臣を引き連れて軍の指揮と市民の避難を取り仕切らねばならない。
護国八剣たる第二王子は既に城壁外に出ており、帰ってくるのは当分先の事となる。
父親の死を目の当たりにした第一王子であるルミフォリア・ノイン・トリステインがゆっくりと泣く事ができるのはまだ先になるようだ。
彼が暴虐の王の砲身と壁の隙間から見た空は、そこだけが青かった。
その部分にいた大量の竜や龍達が父の力の奔流によって消え去り、空を覆っていた暗雲もちぎり取られていたのだから。
「うっ…ここは……王都なのか…」
「そうらしいヨ…さっき通りすがりの兵隊さんが教えてくれたヨ」
ユカナは俺の看病をしてくれていたようだ。
「ねぇ、カナデ…ここアマツキの匂いがしません?」
アルシェイラさんに言われて俺自身も感じた。
この城の何処かにアマツキがいる。
「全員散開してまずは空にいる竜と龍を殲滅するんだ!できるよな?」
全員が一呼吸おくまでもなく頷き、俺たちは全員が別々の方向に散らばった。
数十分後、何事もなかったかのように暗雲が広がる空は健在であったが、そこに竜や龍の姿は無かった。
そして再開した。
俺は、アマツキと。
「師匠…なのか?おい、師匠!どうしたんだよ!なにがあった!その姿も!その目も!」
俺は答えられなかった。
生気を感じる事が出来ない純白の肌。
瞳の下に垂れる三つの黒い涙の跡の様な線。
死神の様な装束に、死を予感させる威圧感。
前は八割方埋まっていたが、今は四割程度しか埋まっていない鋭角に磨かれた黒紫色の結晶。
そして人外としか思えない縦に裂けた黄色い瞳孔をもつ赤い瞳。
その全てが人間と言う種族から剥離していた。
拒絶の言葉はいつまで経っても訪れなかった。
アマツキは俺の背後で好き勝手な位置に立っている仲間達を見渡して、最後に俺を見て笑った。
涙に濡れた笑顔で。
「良かった…師匠も、七光のみんなにも、また会えて…あの時、死なないで、良かった…」
アマツキは俺たちの死後、どのようにして生きてきたのだろうか。
本人が言い出さない限り聞くつもりはないが、
発言からして耐えきれずに何度も死のうとしたんだろう。
「済まなかった。あの時置き去りにして」
「お、おう。そんな事きにすんな師匠!今はそれよりやる事があるんだろ?」
「そうだな。全員が揃ったからにはやる事は一つだけだからな」
だが、悪い事と言う物は立て続けに起こる事がしばしばある。
その言葉は異世界でも例外を持たず効力を発揮した。
「……来るぞ…」
ソフランが何かを感知したかのように身構え、周囲に警戒を促した。
「リグザリオ様!危ないですよ!今すぐ城内に入ってくだ…」
「危ない!そこの近衛!逃げろ!」
その言葉が駆け寄ってきた近衛兵に届く前に、その近衛兵は落下してきた純白の何かに押しつぶされた。
「グルル…シルバリオン…アクスェルッ!!!」
キバの周囲の温度が上がり、銀色の髪が逆立った。
ズィルバメルガの手甲をまとったキバは次の瞬間、落下してきたシルバリオン・アクスェルの懐から技を繰り出していた。
「グラァァァァ!!!【残爪】ォォッ!!!!」
振り抜かれた三本の爪はシルバリオン・アクスェルの装甲を紙くずのように斬り裂いてその巨体を城壁に叩きつけた。
「グラァァ!!巫山戯やがって神の尖兵ガァァッ!!俺が肉塊にしてヤル」
キバは怒りのあまり暴走して、さらに空から降ってくる二体のシルバリオン・アクスェルの存在に気がついていないようだ。
「やるぞ。いいな?」
「問答無用」
「当たり前ですっ!」
「やられた借りは返さないといけませんわ」
「やり返すに決まってんダロ」
「腕がなるのぉ…フンッ!!!」
全員が怒りに満ちた表情を作り、放たれる威圧感は千年前の比ではない。
まさしく存在感と威圧感が質量を伴って空から降ってくるシルバリオン・アクスェルを吹き飛ばした。
脳裏にはあの白い部屋で会った神の存在が写る。
まだ試練は終わっていないとでも言いたいのか。
こいつらに勝ては俺たちは元の世界に帰る事が出来るのだろうか。
その全てはこの先に、もうて手の届く先に…
「さぁ、いこう。斧の尖兵の先にいる黒幕まで」
俺は嗤っていた。
人とかけ離れてしまった顔で、人とかけ離れてしまった心で。
「【魔狂神】…」
再び堕ちる。
その姿が。
スキル【魔狂神】が発動しました。
効果は1分30秒です。
時間などもう見ない。
全ては精神の力に依存する。
いまなら、いける。
この真似られた世界を我が物顔で俯瞰するあの観察者である神の目が。
俺の目線と、重なった。
そして俺は嗤う。
深く、深く、憎みすぎて、親しみすら感じるほどに…
嗤った。
視線の先にいる観察者の顔が浮かぶ。
お前の手札はシルバリオン・アクスェルだけか?
俺の思考の表面だけでもわかるなら、
アトラレアレクスの天空城を地上に降ろしてみろ。
あそこならまだいるだろ?
シルバリオン・ソルダートが…
「七光の皆…来るぞ、観察者である神に繋がる天空の城か…」
二戦目ともあり、シルバリオン・アクスェルを問題なく倒した七光のメンバーが空を見上げる中、それは暗雲を突き破って凄まじい轟音と共に現れた。
かつて、俺の魔法によって崩れ去った絶壁から次々と暗雲を突き破って現れる。
そして最後にはくすんだ白い城があらわになった。
天空城、アトラレアレクス。
かつての戦友である二千に近い英雄が眠る地。
七光のメンバーとアマツキは全身の細胞が煮えたぎり、活性化するのを感じていた。
どれほど理性で抑えても堪えきれない、原初の怒り。
それを真っ先に解き放ったのは以外な事に感情が死んだはずの俺だった。
限界を超えて蓄積されすぎた感情は行き場をなくして爆発し、心が壊れた。
だが、僅かながら漏れ出ていた感情が今度は奔流になってたまる事なくとめどなく溢れている。
この感情の奔流が止まった時、彼になにが残るのだろうか。
否、何も残る事はないだろう。
それはそこにいた全員が辿り着いた答えであった。
「…これはクラン…七光リーダーであるカナデ・ユキノの最初にして最後の強制命令である…」
だが、その怒りは唐突になりを潜め、鈴を転がすような穏やかな声が聞こえてきた。
「おい…テメェ…よせ…カナデ…グァァアッ!!!ヨセ!ヤメロカナデ!!!」
「それは無いヨカナデ…」
「ありえませんわ…」
「カナデ…そこまでして…」
「ワシ等を使うとは…覚えておけよ?」
「カナデさん!待つです!」
「師匠!またなのか!また一人で背負おうとするのかよ!」
「皆ごめん…この世界に溶け込んだシステムを利用しただけの力じゃ、結局皆は勝てないんだ。だから俺だけが行く。皆はこの世界の危機を…神の遊びで死にかけている人々を…救ってくれ…」
「カナデ…」
誰とも分からぬ声が俺の名前を呼ぶ…
「俺の姉の事を頼む…リグザリオ婆、分かるだろ?俺の血人形が目印だ」
「ふぅ…仕方ないのう…魔力で丸わかりじゃよ…安心せい…」
「…System call…Injunction to the user」
「ぁぁ…」
誰かの涙にまみれた声が聞こえる。
だが、俺は概念魔法を使った一種の行動の強制を僅かに残るゲーム時代のシステムを通して発動させる。
「起動…【魂への命令】」
俺はこの世界に来てから、二度目のゲームシステムの残滓を利用した。
「じゃあ頼んだ…」
「分かった」
六人分の返事を聞いて満足した俺は、背中から自然と生えて来た黒い翼を羽ばたかせた。
飛行の魔法陣がオートで起動されるのが分かる。
「いいのか?」
飛び立つ寸前、声をかけて来たのはリグザリオ婆だった。
「これでいいんだ。俺が勝てば多分皆は帰れる。それまでに俺達が来た事によって狂ってしまったこの世界を少しでも助けたかったんだ」
「その為なら仲間も洗脳して従わせると言うのじゃな?」
「幾らでも罵ってくれても構わない。でも俺はかつての仲間にもう一度死んで欲しくない…いや、違うな…もう仲間の死を見たくないんだ…心がもたない…限界なんだ…」
「目の前で他人に死なれて自分が悲しむより、誰の目にも止まらないところで自分が死んで他人を悲しませる方がまだいい。自己中な考えだけど、もう時間も無いし案もない…」
「仲間は頼りないのか?」
「いや、うん、そうかもしれない。俺は信じられないんだ。信じられないから仲間を遠ざけた。多分恨まれると思う。自分や仲間の死を招いた奴に復讐する機会を奪われたんだから…」
「そうか…」
「じゃあ、俺は行く」
その背中は、悪魔にも見えたし、戦場に向かう疲れ切った老戦士にも見えたという…
翼に力と魔力を込め、一気に羽ばたく。飛行の魔法と闇の魔法が翼に織り込むようにして複雑にかかっていると言う事が次第に分かってくる。
【魔狂神】の効果時間がそろそろ切れる筈なのだが、不思議と不安はなかった。
案の定スキルは切れない。
不思議なものだ。
こぼれ落ちる黒い液体が増えて行くほどに、
寿命が減るほどに、
力が増していく。
天空城アトラレアレクスの大地に降り立った時、目の前に見えたのは一面の白。
文字通り白の軍勢だった。
岸壁には懐かしい武器達が突き刺さっていた。
それをアイテムボックスにしまい込みながら俺は敵と相対する。
白銀の…尖兵
それに白銀の斧尖兵の姿もある。
そして空を覆うのも白い雲ではなかった。
白銀の翼尖兵の軍勢。
全てがランクSと言う規格外の魔物達。
それはアトラレアレクスの天空城を護る騎士だった。
「王への謁見を願う。通してもらおうか」
確かな存在感と静かに放たれた威圧感に、
その場の全てが恐怖した。
【古代天魔の剣】を構え特攻する。
一直線に進むはアトラレアレクスの城門。
この魔物達を一体一体相手していたら観察者である神の元にたどり着く前に寿命が来てしまうかもしれない。
迫り来る敵の攻撃を全て意識から外して自然回復に専念する。
腕が切り落とされる。
足が切り払われる。
首が飛ぶ。
胸に穴が空いた。
だが全ての傷は瞬きの内に夢であったかのように消え去っている。
腕が生える。
足が生える。
首から上が生える。
胸の穴が埋まる。
全ての敵の認識ヘイトを受け持つのは相当に堪えるが、今現在自分にダメージはない。
全ては自然回復量が上回る事でダメージを相殺しているからだ。
俺の存在を消滅させるには自然回復量を上回るダメージを与えなければいけない。
目の前に壁が出来れば背中に生まれし一対の漆黒の翼に魔力を込めて、圧倒的なスピードで捻じ切る。
黒々とした肉片が辺りに飛び散り、血肉を浴びながら更に進む。
3kmに及ぶ尖兵の壁を突き破った時、目の前には荘厳な城門が存在した。
ここは一度アマツキが通ったのだろう。
ほんのわずかに、アマツキの魔力の残滓を感じた。
彼は一人でここまで来た。
いまならその孤独がわかる気がした。
溢れ出す感情とこぼれ落ちる生命の源が魔力に直接変換されて体内に蓄積されていく。
そして内側に溜まっていた魔力を解き放つ事で、城門はひしゃげ、次の瞬間には塵と化した。
この世界の物質には僅かながら魔力が含まれている。
それゆえにその物質に含まれている魔力に干渉すれば物質を塵にする事も理論上は可能なようだ。
魔力を無駄にしているようだが、こうして外に出していかないと身体の許容量をオーバーして魔力が爆発してしまう。
それを使って観察者である神の度肝を抜くと同時に殺す事もできるかもしれないが、どうせなら自分の拳で殴ってやりたい。
おれは空っぽの城内を真っすぐに進んだ。
その先にあったのは地面より一段高い円形の台。
その上には幾何学的な模様が記されていて、これが観察者である神の居住区への転移魔法陣であるとわかる。
おれはためらいなくその魔法陣の上に足を乗せた。
目を開けば目の前には観察者である神が視界の先で憎たらしい笑みを貼り付けていた。
だが額には僅かに汗を拭き取った跡が残っていた。
そこは見覚えのある真っ白な世界だった。
全てが空虚で意味を成さず、完結していた偽りの白い世界。
部屋の片隅に置かれた花瓶に生けられていた純白のササユリの花は枯れ果て、
『…やっとここまで来れた』
俺の声は部屋の隅々まで響き、花瓶に入れられた水を振動で揺らした。
目の前にいる年老いた男こそが観察者である神。
年老いた外見の割に肉体に衰えは見えず、
瞳は俺の額辺りを見つめていた。
『己の闇に身を委ねた…いやだが、心を残して…分からない……』
もう、観察者である神の意識が流れてくる事は無かった。
それはかつて仲間の名前が草原に生えた十字架に刻まれていた光景がなくなったと言う事の証明に他ならず、俺は満足げに嗤った。
観察者である神は、己の考えにひと段落ついたのか、顔をあげた。
その瞳に宿る色は相変わらず俺を見下したような、それでいて慈しむような矛盾した色たまった。
『よく来たな。カナデ…私の名前はカルマ。カーディリアを創り上げた創造神だ。どうだ。敬う気にはなったか?』
年老いた男は前にあった時となんら変わらぬ態度で俺に接してきた。
心を読むという最大の武器が使えないにもかかわらず、額に汗を浮かべながらだ。
『お前の創った世界は楽しかったよ。でも』
俺は追い詰めるように続けた。
『もうお前の物じゃない』
年老いた男はその言葉にイラついたのか俺を睨みつけながら言った。
『なぜそう思う』
『悪戯に国のパワーバランスを崩したり退屈しのぎに魔物を暴れさせたりするお前が観察者だと?神だと?何を抜かす。お前が善良な神であるなら俺はこの行き場のない怒りさえ抑えただろう。人間や魔物を大切に扱う神かそんな事をする筈が無いと、一時の気の迷いだとな。だが、お前は違った。呪いの呪狂石と言い。王都を襲った龍といい、特に龍には何かを強制されている節があった。純粋な龍に命令出来る存在などいない。魔王の線はすぐに消えた。本当にかつての魔王の配下だったのは堕零竜人だけだったからな』
『つまり全ての黒幕がいると言いたいのか?』
『あぁ、だからこの世界でお世話になった人達に借りを返すのと、俺自身の恨みをここで晴らさせてもらう』
俺は自分の足に容量を超えた魔力を練りこみ、音をたやすく超えた速度で観察者に足同様魔力を練りこんだ拳をぶち込んだ。
『そんなやわな拳が効くと思っているのか?』
俺はその言葉に逆の拳で返す。
ただひたすらに目の前の観察者に拳を叩き込む。
もっと早く。もっと早く。
足りない。
もっと効率化させなければ。
もっと魔力を込めなければ。
もっと、もっと、もっと…
『この程度か…』
ズガッ………
綺麗なほどに胸に突き立てられた手刀は何物にも遮られる事なく俺の胸をバターのように貫いた。
失望に彩られた観察者の声色と瞳の奥には僅かながら安堵の表情があったのを俺は見逃さなかった。
簡単に自然回復量を超越したダメージがHPだけでなく魂を削る中で、俺はおかしくなって嗤った。
『何がおかしい。カナデ、お前はもう死ぬんだ。終わりだ。悔しいだろう?泣きたくなるだろう?』
『お前は…悔しいだろ…』
『は?…』
『仲間がいて、助け合って、時には喧嘩して、でも仲直りして、そんな友達が欲しかったんだろ…』
観察者は自分自身の存在をこの世界の人間に認知されていなかった。
属性を司る神というのは名ばかり存在しない神こ祭り上げられる世界を創り上げた観察者は誰にも認識されず天上から自分が創った神のパノラマをずっと眺めていた。
『寂しかったろ?寂しかったろ?なぁ、カルマ…』
『…寂しかっただろ?』
いつしか俺は観察者カルマの腕に自身の爪を突き立て、爪から滴る液体を流し込んでいた。
それは超越者である神、観察者カルマの心の闇を確実に広げていた。
それも俺自身無意識の内に。
『まさか自分がこれほどまで英雄と正反対の戦い方をするとは思わなかったな』
もっと美しく、かっこよく戦いを決めたかったけれど、十分に堕ちきった俺にはむしろこれがにあってさえいる。
俺は観察者カルマの精神を寿命を引き換えにした強大な魔力を乗せた言葉で蝕んでいった。
カルマは口を開いた。
もはや自分の意思ではない、俺の質問に答える為にだ。
『なぜこの世界を創った』
『…自分ノ元デ…全テヲ見タカッタ…カラ』
『なぜ俺たちをこの世界に呼んだ』
『…オ前達ガ楽シソウ…ダッタカ…ラ…』
『俺たちは契約通りお前に勝った。帰れるのか』
『帰レル…』
『人数は?』
『制限ナドナイ…呼ンダノダカラ帰スクライ簡単…』
俺達の努力は道を切り開いたと思っていた。
だか結局仲間達か死んで行ったのは全てがこいつの遊びの為で、俺たちが得た物は何も無かった。
俺自身は旅の途中で様々な人と接した。
それ自体は決して無駄な事ではなかっただろう。
心を壊してしまった事も今となれば人を殺す上で避けられない事であったのかもしれない。
だが、その全てに納得が行くわけではない。
七光の恨みを晴らす為にもここで観察者カルマは殺すべきだろう。
だが、心を蝕んだとしても観察者カルマは観察者自身が死ぬ方法を話さなかった。
というより知識に無いようだった。
俺はこの白い全てが完結した世界から続く一つの通路を見つけた。
観察者カルマを引きずり、進む。
既に【魔狂神】は寿命の残りからしてあと数回も使えない事から今は解除している。
それでも観察者カルマを蝕んだ闇の雫は消えずに超越者である観察者カルマの全てを今も蝕んでいる。
真っ白な通路を抜けると、また真っ白な世界に居た。
円錐状の部屋の中心には1m程度の高さの円柱が立っており、唯一色のついた地面は地図になっていた。
『これは…カーディリアの世界地図か…』
そこにはリアルタイムで現在の情勢が空中に投影されて映し出されていた。
明らかなオーバーテクノロジーからなるその地図の所々には矢印があり、その矢印の場所が空中のモニターに投影されているようだった。
それは各地で戦線を維持する七光やアマツキ、ソラ姉と共に戦うリグザリオ婆であったり残る護国八剣の存在であったり。
その他にも俺が意識を向けた人が次々とモニターに映し出されていた。
ローランドは片腕が金属の腕に変わっていたが、相変わらず気持ち悪い笑みを浮かべて魔物と戦っていた。
その背後を護るのはピンク色のゴスロリを身に纏ったピチピチの筋肉オカマ拳闘士カマさん。
未だに得物が見つからないのかガントレットで魔物をなぎ倒していた。
他にも様々な人達がモニターに投影されているのを見て、俺は自分の役目が終わった事を悟った。
俺自身から溢れ出て、観察者カルマを蝕んだ闇の正体は分からないけれど、そんな事はもうどうでも良かった。
このへやにあるオーバーテクノロジーの産物である地図やモニターの事も、観察者カルマが何者であるかなんて事も、もうどうでも良かった。
全ては終わった。
誰でも無い俺の手で。
部屋の片隅にあった純白の短剣を手にとった。
なんの意匠も施されていないシンプルな短剣だったが、観察者の部屋にある物だ、観察者カルマが創造した短剣なのか、はたまた観察者カルマの仲間の様な物の短剣なのかは分からないが、
観察者という物がカルマ一人であるとは思えなかった。
壁に投影されているモニターにはNo.と、その横にカタカナや感じの名前が。
No.1 原初世界-滅亡
No.2〜とナンバーはいつまでも続いている。
俺の興味はすぐに失せてしまったが、この中にカーディリアや地球といった物が存在するのでは無いだろうか。
そうなると観察者は種族なのかもしれない。
こいつ千年前にカーディリアを創った事からももしかしたら下っ端で、更に上がいるかもしれない。
ならばその社会で使われているこの短剣ならば、観察者カルマを殺す事も可能なのでは無いだろうか…
俺はためらいなく観察者カルマの心臓の位置に向かって純白の短剣を振り下ろした。
抵抗なく沈んでいく短剣の横から、真っ赤な血が流れ始めた。
その血は地図に垂れ、
カーディリアで真っ赤な雨が降った。
その雨は常夜地帯以外の魔物を全て溶かしてしまった。
それにより魔物の進行と帝国の侵略を同時にさばいていた王国の軍がどうなったかはし考えるまでも無い。
真に死滅した観察者カルマは己が業によりその瞬間に身を滅ぼしたのであった。
七光は血の雨を浴び、その血を舐める事で悟った。
終わったのだと。
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