150話≫【崩壊した物語】
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1000年近く昔のある日。
俺は国に裏切られた。
だが、所詮ゲームの延長線上でしか物事を捉えられなかった俺は大して気にする事は出来なかった。
人の心も、何もかも。
この世界をゲームとして楽しんでいた俺が突然の変化に対応する事は出来なかった。
そして俺は、1人で挑む事となる。
全ての元凶に…
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『……うっせーな。だから俺は興味ないって言ってるだろ…』
気だるそうに頭を掻く黒髪の男は壁に寄りかかりながら言葉を放ち、とても嫌そうに視線を少女に向けた。
『なっ…なんて事を言うのですか!僕は認めたくないけど…す、す…っ…好きなのに!』
少女は金糸のようにさらさらとした髪を揺らしながら男に駆け寄り、
どもりながらもなんとか告白する。
『っ…だから!お前と結婚したら国王になっちまうだろーが!俺はやる事があるんだよ!』
身長の差から上目遣いが決まっていたが、
それに対して男は心底嫌そうに声を荒げた。
国王という立場がどれほど束縛され仕事を押し付けられるのか歴史からもたやすく想像できるからであろう。
『でも…このまま行かせたら…死んっ』
そこで言葉をかぶせるように男は言った。
『俺はそれでいいんだ…』
その言葉はどこか悲しそうで城のテラスから覗く大空を見ながら呟く。
だが少女には大空を見ているのではなく、何処か違う所を見ているように感じたのだった。
『じゃあ!もし生きて帰ってきたら僕とけ、け、け…っ結婚してください!』
『あ?だからなんでいきなり城に呼びつけてこんな話するんだよ…』
『僕だって認めたくないですけど…今言わなきゃもう言えなくなる気がしたんです…』
つーっと少女の頬を伝う熱い涙。
少女は男の前で始めて涙を流し、小さな体躯は僅かに震えていて、
男には無視しきれない罪悪感がのしかかる。
『う………ったく…分かったよ。生きて帰ってきたらな…』
男はバカだ。女の涙なんて関係ないと言っていても、その場に居合わせたらほおっておけない…
ましてや自分の事で泣かれているのだ。
それがゲームの世界であってもそれは大して変わらなかった。
『本当!?墓まで一緒ですからね!』
少女の涙はまるでなかったかのように引っ込み、ぐいぐいと男に迫っていった。
『あぁ。生きて帰ったらだがな』
男はそれに舌打ちを一つついた後頷く。
その時、少女の背後でポロンッ!。とこの世界観からは剥離したコミカルな電子音が鳴った。
『あ?おい…お前…まさか…』
不意に少女の顔から表情と呼べるもの全てが消失した。
『ぁ、…ご…………め…………にげ……』
少女は全ての表情が混ざり合ったような、普通ではできないような不可解な顔を男に向けた。
少女が後ろに回していた小さめの手から何かが零れ落ち、小さくて真っ赤な球体が地面に触れた。
表面に少女の血と思われる赤い液体が付着していて、それは次第に染み込み、宝玉を真なる紅へ染めていった。
『【隔絶の宝玉】…やられた…』
【隔絶の宝玉】それは1つの宝玉。
いまでこそ名前が変わっているが本来の名はこれであった。
接続することによって周囲の宝玉とも繋がり、五角形になったときが最大の効果を発するという稀有なアイテムである。
この時男は気がつかなかったが、このアイテムもシステムの束縛から解き放たれた事により、この一件を仕込んだ本人でさえ分からないほどに歪んでいた。
同時に男は少女がなんからの洗脳を受けていた事も察知し、小さく『…【解呪】』と唱えた。
その直後、男の全身に青い鎖が巻きつき、宝玉と共に身体に染み込んでいく。
すると周囲の本棚やクローゼットの隙間から同じ形と大きさの宝玉がゆらゆらと浮かび上がり、最初の宝玉も合わせて5つの宝玉が男の身体に吸い込まれていった。
このアイテムは【古代武器】。
遺跡やダンジョンから発掘される古代の武器という設定で、ミソロジーの次に壊れた性能の宝玉であり、流石に男でもこれは解除出来なかった。
男は思う。
あの7人ならばいともたやすくこんな宝玉など砕いて見せるのだろう、と。
そして彼らがもうこの世界に存在しない事も…
だが、彼らが死ぬはずがないと感じてしまう。
死に目を見て尚、それを認められないほどに彼らは強力だったのだ。
なんせ彼らは普通の攻撃が一般人からしたら必殺技であり、その上にもなん段階もわけの分からぬ技を引っさげた奴らだったのだから。
男は意味もなく苦笑を漏らした。
それに反応したのか、
僅かに苦い顔をした少女だが次第に虚ろな瞳は僅かに光を灯し、自らがやった事を思い出したのか唇を蒼白しにし、震えていた。
『……………』
隔絶の宝玉の本来の能力は対象の束縛。
1つで20%の出力で束縛でき、
これはだいたい21レベルあれば力ずくで解除できる。
2つで40%、3つで60%と増えていき、解除できるレベルも41、61と増えていく。
男は5つの宝玉を埋め込まれた。
と言う事は少なくとも101レベルが無いと解除できない計算だ。
もちろんここまで詳しく効果を知っている人間など男くらいだろうが。
『気にするな。俺は動ける』
そう、男は動いた。
それによっ推測される事は1つ。
この男は【存在昇華】を経て、
100レベルの壁を超えた男であると…
『…ぁ……』
男は動かしづらそうな身体を動かしながら身体に浮かび上がる青い鎖をものともせずに歩き出した。
そしてテラスから飛び降りる寸前、こう言った。
『すまないミスニル…墓には一緒に入ってやる』
男はテラスから消えたが、ミスニルと呼ばれた少女が放ったその言葉や、好きと言う言葉は不思議と嘘とは思えなかったのだろう。
その部屋に残ったのは呆然、という言葉そのままの表情をしたミスニルだけだった。
この前後にも様々な物語があるのだが、
そこを話すのはまた次の機会となるだろう。
だが1一つだけ言っておくとすれば、
天音伊月とミスニルは結ばれる事はなかった。
同じ棺にはいる事も許されず、
天音伊月は封印地に封ぜられる事となる。
それは隔絶の宝玉の歪んだ力。
対象の束縛は、肉体だけでなく魂までこの世界に縛っていたのだった。
害のある相手を寄せ付けず、
ミスニルの血と契約した。
鍵はミスニルの血だが、時を経て行くうちに薄れた血族では防御の一端を覚醒させる事しか叶わなかった。
なぜ、今蘇ったのか…
それは神の匂いの残滓をのこす宝石を使った帝国か、
この世界に懐かしい匂いが蘇ったからか、
それともただ単に英雄に埋め込まれた宝玉の分体が外敵の侵入に反応したのか、
もしくはその全てが絶妙に絡み合い、
本来起こらなかった現象を引き起こしたのかもしれなかった。
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「ついに2人目の英雄が現れたのじゃ…」
リグザリオ・ホーリライトは肉付きの悪い尻を引き締め真剣な表情で国王に指をつけきつけながら話しかけていた。
「やはり……それは確実なのだな!リグザリオ婆!」
玉座からがばりと勢いをつけて立ち上がった壮年の男は精悍な顔立ちを僅かに輝かせていた。
彼こそが【トリステイン王国第9代目国王】
ドヴォルザーク・ノイン・トリステインなのだが、やはり国王といえども英雄譚を聞いて育ってきた人間である。
古の英雄が蘇ったと聞けば飛び上がるのも無理はない。
「だまれー!婆言うでない!妾はまだピチピチじゃ!」
もはや数十年前から言い続けている口癖に国王は苦笑した。
「わしのオムツを取り替えたリグザリオ婆が何をいうのか…」
だが、「冗談はほどほどにしてじゃ」というリグザリオ・ホーリライトの言葉に国王も神妙な顔つきになる。
「イツキはカナデの事を知っているのじゃ。ここまではいいか?」
「あ、あぁ…ってあぁ!?何だそれは!?」
リグザリオ・ホーリライトは結構面倒臭がりなところもあるのだ。
そこら辺は「もう記憶がぁー」とかいってごまかしている様だが…
「まぁ、いろいろあるんじゃ。英雄と言うものには。それでじゃ、カナデが王都に帰ってくるまではイツキにカナデの存在は伏せておこうと思うのじゃ…」
リグザリオ・ホーリライトは不敵な笑みを浮かべながら笑った。
傍目からしたら幼女なので微笑ましいとしか思えないが。
「わしは反対だな…感づかれた時になんと言えば良いんだ…」
国王の意見はごもっともと言えたのだがリグザリオ・ホーリライトはさらに笑みを深くしただけだった。
「そこで出てくるのがセントラル・カーディナルの盟約じゃ」
セントラル・カーディナル。
いまでは古代王国と呼ばれているプレイヤー達のホームタウンであった王都だ。
「5代目じゃったか…まぁバカがやらかしおった所為で盛大に滅びたあの国じゃが、それより数百年前、あそこでとある約束が交わされたのじゃ、その時代の者は今では数人しか生きておらんがな…」
国王はリグザリオ・ホーリライトが何百年生きているんだ?とかその時代の者がまだ数人も生きているのか?とか疑問は尽きなかったが、
「む。続けてくれ…」
だがやはり英雄にまつわる話が好きなのはこの世界の人々にに共通していた。
話を促してしまったのは単純に好奇心に負けたのだろう。
「で、だ。内容はイツキが可哀想だから言わないでおくが、セントラル・カーディナルの盟約と言えば内容こそ伏せられているが当時の王女とイツキの間で起きた事に国が介入してややこしくなった様なものじゃ。まぁ時が経つうちに脚色されて今では盟約なんて大仰な名前で呼ばれているがな…ぷぷっ」
国王は真実を中々話してくれないリグザリオ・ホーリライトに一瞬イラっとしたが、
もしもこの幼女の機嫌を損ねたらそれこそ古代王国のように滅びそうなのでなんとか堪えた。
その後も無駄な話が多かったが要約すればセントラル・カーディナルの盟約という単語と我らに力を貸してくれと言えばカナデと遭遇するまでイツキの同意の元で拘束するくらいはできるようだ。
セントラル・カーディナルの盟約とは…?
と疑問を浮かべていた国王だが、リグザリオ・ホーリライトの「国のトップとはいつの時代も利己的なものじゃ、人の心など考えはしない…」という一言に脱力しながら苦笑した。
何千という魔物をなぎ倒すような力があれど『英雄とて人の子』。そんな言葉が脳裏に浮かんだ国王であった。
「取り敢えず王都の民は英雄の凱旋を待っているようじゃな…」
「あぁ、だがイツキ=アマネ様が目を覚まさない事には何とも言えぬ…」
「まぁ久しぶりにあれ程の力を使ったのだ。身体がついてこなかったんじゃな!」
そう、あの会話の後直ぐに天音伊月は意識を失い倒れこんだ。
まわりが慌てる中で混乱を収めようとしたリグザリオ・ホーリライトだったが、チビの幼女の言葉など聞くような人々ではなかった。
(賢者はあまり公にはでないから認知度が低い)
そんな事もあり収まらない混乱を抑えたのはリグザリオ・ホーリライトのただならぬ様子を報告で知った国王ドヴォルザークだった。
英雄は千年ぶりの力の行使でお疲れになった云々。
その場しのぎにしては上出来な言い分で人々を納得させてその場を乗り切ったのだった。
その後国王は王都に詰めていた軍の殆どを復興支援に回し早期復旧を命じ、自身は被害報告書やその他様々な資料に目を通す作業に追われていたのだ。
そんな所にリグザリオ・ホーリライトがどこからともなく現れ、先ほどのお話という流れになったのだった。
「わしはそろそろ公務に戻らせてもらう。重要な情報の提供感謝する」
国王はたるんでいた表情を戻し、いつもの表情でリグザリオ・ホーリライトの退室を促した。
そうでもしないとなんやかんやで後数時間はお喋りを強制させられてしまうからだ。
リグザリオ・ホーリライトは少しつまらなそうに眉をしかめたが直ぐに頷いた。
「ふふん。まぁ精々頑張るといい。じゃあ妾はもう行く」
そう言い残し玉座のほうによいしょよいしょと登ってきて、玉座の横に立てかけてあった花瓶をずらし始めた。
国王が首を傾げたのも一瞬、直ぐにため息をついた。
「なぜリグザリオ婆がわしの知らない隠し通路を知っている…」
リグザリオ・ホーリライトはそれに不敵な笑みで返し、花瓶の裏の壁に空いていた隙間に小さな足をかけてよっこらせよっこらせと入り込んで消えて行った。
リグザリオ・ホーリライト。
数百年前から生きる賢者。
実は建国にも立会い、築城にも立ち会ったらしい。
幼女は時を超える。
それはこの世界では現実だった。
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この2人の英雄が地に降りたった事により、
時代の変遷がその速度を著しく加速させた。
禍々しく神々しく輝きを放つ英雄と、
七つの光に魅入られた英雄。
それに共鳴するように、
より荒狼に、
より響楽に、
より麗憐に、
より虹色に、
より堅剛に、
より凱風に、
六つの蝋燭は再び火を灯す。
想像された世界が創造されてから1000年。
やっと、やっと…物語が、真に動き出す。
あの時、あの城で時間を止めた魂たちは歓喜に震えた。
大昔の言葉を借りるとするならばそれは、ストーリーが進むと言うのだろか。
ただ1人、絶対的な欠陥を抱える事になるのだが…
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今、俺はとても気分がいい。
俺たちの運命を歪めた奴が目の前にでてきても1000回殺して魂を消滅させれば許してしまいそうだ。
まず勝てるかさえ怪しいのが現状だがそんな事はどうでもいい。
俺の欲しかった魔物がどちらも手に入ったのだから。
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[獄星狼帝]lv:70
[解説]
Aランク上位の魔物。体長3m程度。
孤高を好むゲヘナヴォルフを従える強力な群れのボス。
知能が高くプライドも高い。
【闇属性吸収】【光属性耐性:弱】
【影移動】【星跡爪】
【黒球】【流星群】
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案の定ゲヘナヴォルフを従えていたリーダー格で、俺の記憶しているゲヘナヴォルフの上位種が派生したタイプだった。
多少レベルが低かったからか、俺が睨んだときに一瞬すくんだ様だが種族的には問題ない。育てれば相当の実力を手に入れるだろう。
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[狂乱翼竜]lv:70
[解説]
Sランク級の魔物。全長6m
亜竜種:翼竜の上位種
規模的に空を飛んでいるが、縄張りに敵が入り込むと滑空しながらブレスを放ち消滅させる。
【火属性吸収】【闇属性耐性:中】
----【狂乱翼竜の吐息】----
【狂乱の吐息】
【炎の吐息】
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何故レベルが同じなのに強さが違うのかと疑問に思った人もいるかもしれない。
事実ゲームを始めた頃の俺も疑問に思っていたのだが理由は簡単だった。
【存在の差】である。
この場合の存在の差とは魔物でいうランクの違いにある。レベルが同じでもランクが違ければ実力も異なるのだ。
マッドワイヴァーンはSランク。
ゲヘナヴォルフ・アルフレッドはAランク上位。
一見あまり違いが無いようにみえるがやはりランクの差とは侮れず、実をいうとマッド・ワイヴァーンはダストファングバードよりも少し高い位置に属するのだ。
鳥獣と翼竜の差と言えよう。
従属させた魔物はもう一匹いるのだが、ゲヘナヴォルフの幼生だったので当分収納しておく。
ソラ姉に会うのがいつになるかは分からないが会えたときに渡すつもりだ。
【迷いの大森林】でやる事は終えた。
王国の東、つまり帝国の正反対に位置する
常夜地帯【禁忌の王国】に向かう。
そこにある【忘却の眠り城】と呼ばれるダンジョンであり、
【Mythology.Kadiria.Online】時代の始まりの街へ。
転移させられた2000人のプレイヤーがゲームの世界で最後に居た場所であるそこは、幸か不幸か数百年前に愚王アーミリタイム・カーディリアの乱心と呼ばれる事件によって滅んだらしい。
だが、滅んだおかげで使われる事なく残ったかもしれないのだ。
元城の最下層の宝物庫に俺の探し求めている【鎖の林檎】ともう1つ。
この世界を管理する者を倒す為の足掛かりとなるアイテムが。
俺は再びマッド・ワイヴァーンを召喚する。
召喚の言霊はゲーム時代と同じらしい。
俺はゲームの時代に一緒に空を駆け抜けた相棒の名の一部を借りた。
「狂乱の翼竜よ…汝の名は…【エルフォード】!!!」
声が二重に響き渡る。
漢字の名と、カタカナの名で。
声が響き渡る。
狂乱の翼竜に名付けられた新たなる名が…
GURAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!
歓喜の叫びが響き渡りあたりの樹々をなぎ倒す。
現れたマッド・ワイヴァーンは頭を垂れて俺に服従の意を示した。
頭を数回撫でてやった後すぐに飛び乗り、
俺は手を硬い甲殻に触れながら声をかけた。
「飛べ。空高く。目指すのはセントラル・カーディナル。【禁忌の王国】!!」
マッド・ワイヴァーンが地面に穴を開けるほどの力で蹴り上げる。
そして翼を極限まで広げた後、魔力のブーストも手伝って大空へと躍り出た。
その速度は数百キロ。
飛行する魔物自体も魔力の膜がなければ死ぬであろうその速度は、前回の戦いで猛威を振るわれていたらどうなっていたのか。
もしもの事を考えたくないと思うほどだった。
気がつけば闇は息を潜め、夜だと思っていた外は朝になっていたのだ。
となると体感時間から今日は43日目の朝。
一ヶ月と十数日でここまで上り詰めたのは驚異的だろう。
だがまだ足りない。
大陸の半分を消滅させる事など出来ないし、
災害指定級が数十体攻めてきたら死ぬかもしれない。
俺の手にいれた力など、所詮その程度なのだ。
魂を全て燃やしながら概念魔法を使えばどちらも可能かもしれないが、それでは俺が死んでしまう。
目標の達成が不可能になってしまう。
俺は空の旅を楽しみながらも自身の実力の把握に勤しんでいた。
1時間程の空の旅を終え、俺をのせたマッド・ワイヴァーンは地面に降り立つ。
俺はマッド・ワイヴァーンを収納し、辺りを見回す。
廃墟、廃墟、廃墟、廃墟、廃墟。
辺り一面は廃墟が連なり、中心に見える城はその縦半分が溶かされたように抉り取られていた。
懐かしい…懐かしい…
今でも目を瞑れば思い出すあの喧騒。
俺は足を進めながら中央通りと呼ばれていた王城にまっすぐと伸びる道を進んだ。
『よぉ!にいちゃん!今日は回復薬が安くなってるぜ!』
自己学習能力を備えたAIを搭載したNPCのおっさんはそういって毎日俺に回復薬を勧めてきた。
丁寧な事に俺のレベルが上がるごとに質のいいやつを用意して。
『オラオラオラオラ!カラス団のお通りだぁぁ!!』
裏通りからは絶えずイベント発生の声が上がり、王都が静かになる事などあの時は想像もできなかった。
【アルフの宿】の看板娘アカリも、
【リーオン】の酒場店主のガノトフも、
【赤の鍛冶屋】の頭領のドリングも、
すべて、すべて、すべて…
形あるものはいずれ滅びるのがこの世の摂理だとしても、変える事のできない運命だとしても、逆らえない絶対の理だとしても…
「俺は…俺は…帰ってきた…」
泣かないだろうと思ってここまできた。
でも、セントラル・カーディナル、俺たちの過ごしたこの場所は、たとえ1000年経っても、俺を待っていてくれた。
世界がどれほど変わっても、この街はここにあった。
思い出す。プレイヤーが手を振り、俺たち【七光】の帰還を祝ったあの光景が…
思い出す。王都防衛のイベントに、今まで仲の悪かったクラン同士が団結して立ち上がった記念すべきあの日を…
思い出す。【リーオン】の酒場から溢れるほどに集まったプレイヤー達とリアルを忘れて朝まで飲み明かした記憶を…
その時、
俺の中に残っていた全てがガラガラと崩れ落ち、
ひび割れ、所々が欠けた赤いハートが完全に崩れ落ちる光景を幻視した。
全て、全て、全て…………………………
理不尽なまでの時間の流れに風化した……
理不尽な神の悪戯で殺された……………
湧き上がり、再び自らを食い殺す程に燃え上がる怒りに襲われた。
怒りは力。
己が身を滅ぼすとしても、その力を手に入れたい。
俺は湧き上がる怒りを無意識のうちに【狂魔】を発動するための魔力に変換していた。
その時、湧き上がる力の質が変わった。
『【魔狂神】!!!!!
アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハァァァァァッ!!!!!!!!!!』
スキルが派生したようだ。
だが既に俺はその場に存在せず、【忘却の眠り城】の門の前に瞬間移動に近い速度で移動していた。
カナデの姿は既に人の形をしただけで人間と呼べるものではなく、人外と化していた。
全身を黒い何かが覆い尽くして、額にはほぼ黒に近い紫色の結晶が8割方埋まっている。
身体には血管のように赤黒い筋が走り、脈動していて、瞳は蛇のように縦に裂けている。
整った顔さえも黒く染まったカナデは自分の手を物珍しそうに顔に近づけて眺めていた。
『ァ"…成る程…これが力の代償という訳か』
それは既に人間の言葉とは思えないほどに平坦で感情は死んだように感じられた。
先ほどからカナデの視線の先には派生したスキルの効果が映し出されている。
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【魔狂神】
スキル発動時に外見が変化する。
戦闘力は精神に依存する。
効果は1分30秒。
魔法、スキル、戦舞技、魔装剣、が使用不可。
戦闘が終了すると外見は多少復元されるが元には戻らない。
※スキルの発動には大量の寿命が消費されます。
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俺は人間を捨てた。
ステータスの種族が人間であろうとも、俺自身の心が人でなくなればそのようなものはデータの上の文字に過ぎない。
【古代天魔の剣】を 抜き放ち、漆黒に染まった城の門に向かって
【天の斬撃】を放つ。
俺の身体からまだ光に属する攻撃が放てる事に驚くと同時に、アイテムのスキルは使用できる事が判明。
1:29
俺は、全てを壊す。
それは間違えかもしれないけれど、不器用な俺にはこれしか道が見えなかった。
本意ではないが発動してしまったスキルはタイムがゼロになるまでは解除できない。
俺は一歩踏み出すと同時に破壊された門の奥に向かって【天の斬撃】を放つ。
2発目の白い斬撃は城に傷をつけた。
俺は1階層に踏み入れる。
この城は上層ではなく下層に続いている。
理由は分からないが、最終目標は地下の宝物庫なのだ。丁度いい。
俺は感情の死んだ心で冷静に状況を分析しながら進んだ。
「もう会う事は無いから構わないか」
そう呟きつつ、カナデは収納されていた一匹の魔物を消滅させた。
【SideOut】
英雄はかつての仲間を思い出し、
怒りのあまり感情を失った。
悲しみの末に涙が枯れるように、
英雄も感情を枯らしてしまったのだろうか…
この先、英雄には感動も絶望も訪れる事はない。
それでもこの物語のページをめくろうと思う人がいるならば、
この救われない英雄を最後まで見守っていて欲しい。
【カーディリア世界史】。
【真・英雄譚.双】第2章【終わりに至る道】より抜粋。
[種族]
:【上位人族】
[レベル]
:【LV.100】
[職業]
:【剣士】
:【戦舞技師】
:【全属性大魔術師】
:【虐殺者】
:【古の戦士】
[名前]
:【雪埜 奏】
[経験値]
:【23565/ーーーーーー】
[能力]
:【戦舞技補正:強】
【体力補正:強】【筋力補正:強】
【解析の眼】【弱点解析】
【縛りの咆哮】【竜種の咆哮】
【野生の本能】【下克上】【隠密】
【暗視】【魅了】
【砂塵の爪甲】【並列思考】
【瞬間移動】【予測の眼】【血分体】
【下位従属】【超回復】
【粘糸精製】【識字】【色素調整】
【剥ぎ取り補正:弱】【異次元収納】
【毒耐性:弱】【麻痺耐性:弱】【雷耐性:弱】
【炎耐性:弱】【氷耐性:弱】【武器作成:ⅠⅠ】
【格闘術補正:中】【幸運補正:弱】
【虐殺者】【古の戦士】
【剣豪:ⅠⅠ】【超思考加速】
【魔力抵抗】【見切り】【食いしばり】
new!【魔狂神】new!【明鏡止水】
【祖なる魔導師:II】〔8〕
:【全属性魔法】
:【魔法威力補正:強】
:【魔法命中率:強】
:【魔法操作:強】
:【魔力量増大:強】
:【魔力探知:強】
:【消費魔力半減】
:【魔力回復速度上昇:弱】
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[クラン]
:【七光】
[Point]
:【15】
[所持金]
:【6102万3千6百エル】
[称号]
:【魂を鎮める者】
:【英雄の国の者】
:new!【心の枯れた英雄に華を、水を…】
[!]【鈍感:超】が消滅しました。
new!スキル【魔狂神】
スキル発動時に外見が変化する。
戦闘力は精神に依存する。
効果は1分30秒。
魔法、スキル、戦舞技、魔装剣、が使用不可。
戦闘が終了すると外見は多少復元されるが元には戻らない。
※スキルの発動には大量の寿命が消費されます。
new!【明鏡止水】
心の海は怒りを通り越して澄み切り、
もう何事にも波打つ事はない。
new!称号【心の枯れた英雄に華を、水を…】
幸運が高まります。
次は少し時間空きます。
ごめんなさい