149話≫〔修正版〕
出来の悪さはソウルムーブクオリティ泣
よろしくお願いします。
突如辺りを突然の暗雲が包み込み、空間が切り取られたように紫色の瘴気に染まった。
そして王都の各所から紫色に染まった巨大な人型の悪魔が立ち上がり、周囲の空間を震わせる叫びを放つ。
ヴォ"ォ"ォ"ォ"ォ"ォ"ォ"ォ"ォ"ォ"ォ"ォ"!!!!
のっぺりとした顔はなんの表情も伺わせない。
だがその顔についた一つの口が異様な程に喜びの感情を体現していた。
全長は悠に30mを超えている。
胴は王城よりも太く、全体的に大柄だった。
そして巨人の悪魔には胸や腕、首など、それぞれに違った場所に紫色に輝く何かが半ば程まで埋まっていた。
『おいおい、なんだよこれ…』
誰かがそう呟いた直後、紫色の巨人の悪魔が放った紫色の吐息によってその誰かのいた広場は跡形もなく消えた。
『いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』
狂ったように叫びをあげ続けていた女性は、真上を覆うようにして現れた影に押しつぶされて、
その身体の数倍はある巨大な足の下敷きになった。
ベチャッ………
血のついた足は持ち上げられ、
次の地面に再びドスンと下ろされる。
女性のいた所には赤い華が咲いていて巨人の悪魔はとても嬉しそうに嗤う。
ヴァ"ォ"ォ"ォ"ォ"ォ"ォ"ォ"ォ"ォ"ン……
王国、そこは今未曾有の事件が起きている。
王都に聳える王城と同じくらいの巨人の悪魔が5体、ゆっーくりと王城に向かって進んでいたのだから。
『王都守衛隊!!直ぐにあの巨人の悪魔から離れるようにして住民を避難させろ!!!』
上官は上から受けた指示を忠実に辺りに拡散させ兵士たちを動かしてゆく。
さすが王都と言えよう。
練度は何処の都市よりも高く、周辺の小国などとは比べものにならなかった。
街が阿鼻叫喚に包まれる中、王城では…
『なんなのだあれはっ!!!』
ドヴォルザーク王は赤い髪を振り乱しながら動揺を隠せない様子で近くにいた家臣に向かって叫んだ。
『そ、それが我々にも分からないのです。突然王都内部に出現した巨人の悪魔はゆっくりと王城に向かって進行中です。我が王国の兵士達が攻撃を加えた所、最初は無視されていたようなのですが、少し経つと妙な吐息によって兵士達は塵となり消し飛ばされたと…』
『な、なんて事だ…よし、すぐに王都に居る【護国八剣】を全て出すのだ』
ドヴォルザーク王は悔しそうに顔を歪めながら歯噛みをした。
その心から民を思う気持ちはドヴォルザーク王の口から流れ落ちる血を見た家臣にも伝わるのだった。
【護国八剣】で今王都にいる者は3人。
ドヴォルザーク王は他にも【近衛騎士団】と
【戦乙女騎士団】と【魔導師団】にも出動命令を出した。
どの隊も100人前後しか人数はいないが、全て少数ながらLevelは25レベルが平均という少数精鋭の部隊だ、王都を攻める5体の巨人の悪魔と言えども対抗できる筈と考えたのだ。
『王国は誰にも渡さん!!』
王は落ち着きを取り戻し、垂れた髪を後ろに流しながら威厳ある顔つきで雄たけびをあげた。
『『『『『『我らは王国のために…』』』』』』
家臣、武官や文官たちも声を揃え1つとなり巨人の悪魔の迎撃に取り掛かるのだった。
巨人の悪魔の足を遅めているうちにどれだけの人々を避難させられるか、時は一刻を争う。
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『皆さん!こっちです!抜かしたりしないでください!私たちが絶対に助けますので!』
【王国三大兵団】以外の戦闘能力の低い兵士達は一般市民達の避難誘導へとまわり、国民達を王城に誘導する。
見ての通り巨人の悪魔は王城に迫ってきている為、王城から離れてしまえば良いのだが、
巨人の悪魔は次第に横を通り抜けようとする人々にも紫色の吐息を放ち始めたのだ。
次第に攻撃的になり、動きも早くなってきている巨人の悪魔を見た王はやむ終えず王城への避難命令を発令したのだ。
そんな中、巨人の悪魔の前に1人の女性が降り立ち、尊大な言葉を放ちながら剣を掲げた。
『王国に仇なす闇の手先め…我が【鬼剣ヴィラヴェン】の錆にしてくれる!!』
この前は腰の辺りで掴んでいた独創的なデザインの白銀の兜は今は頭部にしっかりとかぶられている。
そして全身にも白銀の鎧を身に纏う長身の女性。
火神フライオヌの加護を受け赤に輝く髪は肩甲骨あたりまで伸びていて、
嵌め込まれた宝石の様な赤色の瞳を持つ。
魔法も魔術師級、剣術も最高峰。
【護国八剣】の一角、序列四位【双麗剣魔】を冠する近衛騎士団最強の魔法剣士。
トリステイン王国王族直属近衛騎士団団長。
エリザベス・フレニドールは天に掲げた剣を赤く光らせながら身体から迸る魔力を背に咆哮をあげた。
『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!』
グァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"……………
悲しみ、哀しみ、苦しんだような重低音の叫びが辺りを絶望に染めてゆく中で巨人の悪魔の1体がフレニドールに向かって右手の薙ぎ払いを繰り出した。
【鬼剣ヴィラヴェン】に手を当てながら受け止めたが如何せん質量が違いすぎる。
地面がヒビ割れ押しつぶされそうになった時。
『戦舞技ー【大閃攻】!!!』
巨人の悪魔の腕の半ば辺りで閃光が迸り、手から肘の手前までがずり落ちた。
ヴァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"!!!!!!
巨人の悪魔の咆哮が辺りを震わせる、そんな終末を思わせる風景の中で1人の青年がふわりとフレニドールの真横に降り立った。
『あ、危ないではないかっ!!我が来なければ確実に死んでいただろう!』
トリステイン王国第二王子であり、炎神ヘスティナの加護を受ける燃え上がるように赤い髪に真紅の瞳。
きらびやかな服を身に纏っているが服に着られている感じが抜けないが、王国最高峰の剣の腕を持つとされる
【護国八剣】の一角、序列八位【剣聖王子】の名を冠するアイゼント・ノイン・トリステインは焦りを隠せない様子だった。
額に浮かべた汗が粒となり地に触れる。
『なに、現に王子が来てくださったのだ。それで良ではないですか』
フレニドールは戦いのある今に生きるタイプの人間であり、あまり過去の事は考えないのだ。
『なっ!そういう問題ではない!…ッ!?…此の儘では消耗戦になってしまう、いきなり飛び出して考えはあるのか?』
アイゼントはフレニドールが飛び出した事に明確な意図があるのかを知り、精神的な余裕が欲しかったのだろう。
【護国八剣】とは言えども実際はまだ17歳の青年だ。
巨人の悪魔を前にして少しでも余裕を持ちたかったのだろう。
だが、やはりフレニドールは顔に似合わず大事な所が抜けていた。
『無い!この相手に作戦など無意味でしょう!強いて言うなら城に辿り着かれる前に倒す。これが作戦!』
『……なるほど……この状況をみれば我もエリザベスに同意できそうだ…』
アイゼント王子は苦笑しながらも楽しそうに言った。
彼も目の前の脅威を近距離で改めて視認して理解したのだ。
これは常識がまかり通る相手では無い、と。
『では、いくぞエリザベス。ついて来い!』
『了解しました。王子』
2人は空高く跳躍し、既に回復の終えた巨人の悪魔の腕を駆け上がっていく。
『戦舞技ー【刹那三斬】ッ!!!』
『戦舞技ー【乱桜】ァァ!!!』
空気に触れた剣が青い燐光を撒き散らし彩る。
王国を守護する剣と王国を堕とそうと迫る巨人の悪魔との先端の火蓋が切られた。
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『王城に迫る5体の巨人の悪魔ですが、部隊の混乱を避ける為に西の巨人、南の巨人、東の巨人、北の巨人、北東の巨人と仮名しました』
家臣の1人がドヴォルザーク王の座る円卓の席と対面するように達、円卓に敷かれた王都の地図に置かれた駒を動かしながら説明を始めた。
赤くて大きな駒が5つ、それが巨人の悪魔。
青い駒が3つ、それが護国八剣といった具合に。
『よし、続けろ。現在の状況は?』
王は苦い顔をしながらも冷静に努めようとしていた。
非常時に国のトップが家臣の前で揺らいだ所を見せれば不安がられてしまうからだ。
『現在護国八剣が交戦中の巨人の悪魔は北の巨人ですが、再生能力が高く相当の火力がなければ討伐は困難かと…』
巨人は全部で5体。その全てが着実に王城に迫る中でまともな判断が出来る人というのは限りてくる。
しかも情報が少ないこの環境で王は取り敢えず口を動かし続ける事で平静を保とうとしていた。
『やむ終えない。ならば北の巨人に【魔導師団】を当てるのが最善か?』
王は取り敢えず入ってくる情報を聞くたびに家臣にそういうのだが、やはり次に入ってくる情報によってそれは最善でないと判断されてしまうようだ。
『ですが…他の方角の巨人も同じような回復能力を持ち合わせているようです。北の巨人だけに火力を集中させてしまうと…』
家臣は北の巨人以外で王城に迫りつつある巨人の駒を前進させ、王城と接触する位置まで持って行く。
そして『こうなります』と言いづらそうに話す。
王は頭に手を当てながら下を向いた。
家臣らにその表情は見られる事は無く、呟いた言葉も聞かれる事無く消えていった。
『なんてことだ…こんな時に…英雄が…いや、頼るという事は時に諦めと同義だ…だが、次にカナデ殿にまみえる時に国が残っているのか…』
ただ1人を覗いては。
『諦めるのは早いです。王よ』
その者は王が腰掛ける円卓の席の右隣にいた家臣の1人であり、古参の古参で王の幼馴染でもある苦楽を共にした老人だった。
その者の名はアルトハレイ・ラーズライド。
密かにトリステインを支えてきた影の大物である。
アルトハレイは王を見ながら笑った。
頬は痩せこけしわくちゃになっている。
少し緑の色彩が残るが他は殆どが真っ白になった髪や髭。
お互いに歳を重ねた老人たちはこぶしを突き合わせ笑った。
タイミングを見計らって左隣にいた人物も声を上げる。
『男同士の友情というものに乾杯と言う事ですね』
そう声をあげて突き合わせた拳に横合いから拳を突き出したのは宰相ケルト・ラーズライド。
アルトハレイ・ラーズライドの孫であり若輩ながらも早くから優れた才能を見せた男だった事もあり、宰相に大抜擢された男である。
当初は批判の声も大きかったが、実力があれば認められるという国風もありしっかりと仕事をこなすケルト宰相の働きを見て行くうちに家臣たちはその存在を認めていった。
ここまで王国が統一されている理由の1つにはシステムから解放された際に効果が僅かに変わった【拒絶の宝玉】の効果があるのだが、それを詳しく知るのは王城内では数人しかいない。
ケルト宰相の声に同調するように古参の家臣やまだ数年程しか国営に関わっていない者達からも声が上がった。
それに苦笑したアルトハレイと国王は突き合わせていた拳を離し、
全員で円を組み、手を上に掲げた。
『『『『『『我らは王国のために!!!』』』』』
国王は未熟である。
1人であれば数年で国は傾いていただろう。
がが現実に、トリステイン王国はその機能を数十年間も動かし続けていた。
それは少なくとも国王である彼が1人ではなかったという証明に他ならない。
彼は、後に記された歴史書を読み解くと恐ろしくダメな国王であったのだから…
歴史書、【王国の歴史】
436ページ【9代目国王】より抜粋。
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『ぐぁぁぁっ………』
『…あっ…』
吹き飛ばされた痛みでのたうち回りながら息を引き取る者や消滅の事態を認識する前に魂ごと消滅させられた者。
様々な死に方が辺りに溢れかえっていた。
『巨人の悪魔は足を狙うように指示しろ!』
少しでも侵攻速度を遅くする為に指揮官クラスの騎士が声を張り上げるが、斬りつけても斬りつけても再生する巨人の悪魔の持つ超速再生能力に兵士達の精神は削られていた。
『大丈夫か!!皆の者!』
『『『『『ハッ!!!』』』』』
だが、王子の周りの兵士達は一糸乱れぬ完璧な統率力で動いていた。
兵士達はまわりに大丈夫か?とか言っている王子に何かあったら…と思っていた。
頭の中では『王子に何かあれば国王に殺される!』という考えが渦巻いていたのだろう。
そのお陰といって良いのか、兵士達は若干目が血走っていて王子の怪我になりそうな攻撃は全て決死の覚悟でうけとめていた。
勿論生身などではなく自分たちの得物を駆使して防いでいるのだが。
『兵士達に守られているなぞ護国八剣の名が泣くぞ!』
その声は辺りの喧騒や咆哮に掻き乱され王子の耳に届く事は無かったが、雰囲気は伝わったのか王子から溢れ出る魔力量が増した。
それでも、避けられぬもの。
それはまるで決まっていた事のように訪れた。
最初に西の巨人がロートヴァイス城の城壁にたどり着き、城壁から伸びた半円状の障壁に張り付きながら何か叫んでいる。
それに続くように速度を増した巨人の悪魔達は全方位から城壁に張り付き腕を振り上げて障壁を破壊しようとしていた。
ヴォ"ォ"ォ"ォ"ォ"ォ"ォ"ォ"ォ"!!!
腹の中をかき乱すような重低音の咆哮が全方位から重なり合うように響き、城壁内に取り残された人々は隣同士で抱きつきながら泣き叫ぶ。
それを見た王は遂に頭に当てていた手をだらりと落とし、巨人の悪魔の1体を見上げていた。
だがその時、
ズリッ………ズルズルズルズル………
障壁に張り付いていた北の巨人の首に血の輪が噴き出し、重力に吸い寄せられるかのように落ちていった。
そのすぐ横を落下する人影は目を凝らせばフレニドールであり、気を失っているのか力なく落ちていたのだがそれを空中でふわりと受け止めたアイゼントが北の巨人の身体に着地し、身体を這うように駆けながら城壁に降り立った。
『エリザベスの【鬼人化】か…無茶しおって…』
ドヴォルザークがほっと一息ついた直後、慢心を思い知らされる。
倒れかけた北の巨人のが突如踏ん張り地面を踏み鳴らしながらバランスを保ったのだから。
『なっ!?…そ、そんな…バカ…な…』
ドヴォルザーク王が唖然としたのも無理は無い。
首の断面が泡立ち、直ぐに新たな首から先が生えたのだから…
超速再生能力、それが巨人の持つスキルだと判明したのはこの後すぐだったが既に時遅し、次の瞬間には南の巨人が城壁に向かって何度も何度も何度も膝蹴りを繰り出していた。
そしてついに外側からの衝撃に耐えきれずに城壁が内側に崩れ落ちる。
岩や礫が逃げ遅れた人々に降り注ぎ、接触する瞬間。
城壁に埋め込まれた5つの【拒絶の宝玉】がヒビ割れて砕け散り、それと同時に城の地下に当たる場所から1つの棺が地面を裂きながらゆっくりと現れた。
それは地面から3m程の位置に留まり、気がつけば落ちてきた岩や礫もその動きを忘れたように停止していたのだ。
その非現実的な光景をロートヴァイス城のとある一室から見ていた幼女がいた。
『妾は知っているぞ…この光景を…』
その者は殆ど透明に近い金、もはや白金と言っても過言では無い髪を腰まで伸ばし、
ぱっちりとした目に瞳は透き通った金色をしていて、小ぶりな鼻は可愛らしく唇は薄く色付き桜色をしている。
肌はまるで陶磁器のように白く人形のようで
身長は130メイルと小柄、外見は10歳に満たないという特徴を持った幼女だった。
だが、ただの幼女と侮るなかれ。
幼女は賢者と呼ばれる者であり、数百年前の歴史書にその存在がちゃっかり確認され人々の度肝を抜いた生ける伝説。
かつての戦乱の世で【戦乃巫女】と呼ばれた英傑。
歳を重ねるごとに周りに立つ人々は変わっていく。
それを何度も何度も繰り返すうちに大切な人は皆、幼女よりも先に死んでいった。
自らを産んでくれた親も、育ててくれた叔母も、幼少期を共に過ごした親友も幼馴染も恋人も全て、全て。
思い出せないほどの昔に地へと還っていった。
脳は数えきれない情報量を流し込まれ続けたせいで過去の記憶から自然と忘れられていく。
既に今羅列した記憶には情景など無く、文字としての情報でのみ記憶しているのだった。
その情報のみの記憶の中にチクリと違和感があったのだろう。
賢者、リグザリオ・ホーリライトの瞳はひっきりなしに震えていた。
『棺に眠っているのは…希望……ミスニルよ…古代セントラル・カーディリアの盟約が…叶ったぞ…』
リグザリオ・ホーリライトの小さな手はわなわなと震え、瞳からは絶えず涙が流れ落ちていた…
そして不意にこの王国の建てられた土地の本来の役目を思い出した。
『そうじゃ…ここは…封印地だった場所……』
その言葉と同時に棺がゆっくりと…開いてゆく。
中からは眩い輝きが漏れ出しながら辺りの色彩を染めていった。
光の溢れ出す棺から現れたのは人型の何か。
神々しいほどに輝いていたその棺の輝きはいつしか収まり、辺りを侵食していた光も嘘のように消え去った。
『くっ…俺は…一体………ッ!』
棺から出てきたのは1人の男だった。
黒髪を無造作に伸ばし、ボサボサともとれる髪型になっているが、髪の奥から覗く瞳は確かな光が宿っていた。
その光は復讐の光だったがそれに気がつくものはこの場にはいない。
その男は眼つきの悪い瞳で辺りを見回し、王城を囲むようしにて存在していた巨人の悪魔を認識した瞬間、口元を歪めた。
『お前ら…【終わりの呪狂石】…いや…【調律の狂玉】だな?』
刹那、巨人の悪魔達がビクリと震え、動きが止まった。
人々もざわめきを辞め、いつしか男の言葉に聞き入っていた。
『俺の名前は天音伊月。この世界の神に復讐を誓った男。神の造ったソレも俺がぶっ壊してやる』
天音伊月、アマネ=イツキ。
それはこの世界の1000年前の御伽噺に登場した実在の英雄。
その名前を聞いた人々から涙がとめどなく溢れ出す中で、天音伊月は棺から全身を露出させ空へと飛び上がった。
避難誘導を任されていた兵も、城から眼下を見ていた国王も、その他のすべての人々も上空に飛び上がった天音伊月と名乗る男を見上げる。
人々は疑っていなかった。
この人こそ、いにしえのカーディリアを救った英雄なのだと。
『もう傷は修復されているか…なら行くぞ…【輝線】!』
天音伊月は自身の腹部を摩り、問題が無い事が分かったのか魔法を口ずさんだ。
それは【VRMMO】時代に光属性神聖系統中位魔法と呼ばれていた魔法。
上空で腕を前に出し、収束する光を片手に束ねながら大きく目を見開いた。
キュィィィィィィィィン!!!!
その瞬間、空気をつんざくような音が聞こえ、その時には既に北の巨人と呼ばれていた巨人の悪魔の胸に大きな穴が空いていた。
ヴォ"…………
北の巨人は何が起きたのか分からないといった様子で口を開いたまま大きく崩れ去り、塵となって消え去っていった。
胸の位置には紫色のきらきらとした粒子が瞬いていていたのだが、それは埋め込まれていた何かが砕け散った事によるものだと言う事は天音伊月しか知らない事だ。
天音伊月は余計な事を好まなかったと文献に記されているとおり、余計な事をせずに残る4体の巨人をすぐに視界に捉えた。
未だ空中に滞空しながら両腕に限界の力を込め叫んだその声は魔力を含んでいる。
それが引き金となったのか、次の瞬間には天音伊月の周囲に4つのマグマの槍が出現していた。
全てが均等の大きさと質量を持っているように見えるその槍の全長は10mを超えていて、
この世界の人間では足元にも及ばないようなものであった。
『……神の元へ還れ。【融炎の業槍】』
天音伊月の手が振り払われると同時に4つの方角に拡散したメルトランツェは巨人の悪魔の胸や眉間、首や腹部などを抉る。
まるで終末を思わせるその光景は、どこか神々しくもある。
そして抉った後には紫色の粒子が舞い、さらに幻想的なスパイスを加えていた。
紫に染まっていた空間が雲のひび割れる音と共に浄化されていく中で、天音伊月は脳を刺激する痛みに襲われていた。
そして頭痛に蝕まれる頭を抱えながら地面に降り立った瞬間。
『ぐぁぁぁっ………あ……』
すべてを思い出したように目を見開き、頭痛も忘れたかのように表情から痛みが消えた。
『帰ってきたんだ。またこの世界に……』
そして思い出した何か大事な事を反芻するように雫を地面に垂らす。
『そうか…俺はメルランに…でも礼を言う。…これでもう一度…仇を…』
そう呟くのだが、それに割り込むようにして声がかかった。
『久しぶりじゃな!…イツキ、まずは再開を祝うと言うのはどうじゃ?…』
天音伊月が声のする方向をみて驚愕に顔を染めたのも無理はない。
棺から目覚めて流れ込んできた記憶はあの日から軽く1000年近い年月が流れていた筈なのだ。
もうこの世界に自身を呼び捨てにする様な者はいない筈。
だから声をかけてきた幼女を見て天音伊月はこう思った。
なんで第一世代のNPCが生きているんだ。
だが次に納得した。
あぁ…リグザリオ婆ならやりかねない設定だった、と。
『……ははっ…帰ってきたぞ。リグザリオ婆』
『イツキに婆と呼ばれるのは嫌じゃ…糞爺』
シリアスを素でぶち壊すリグザリオ・ホーリライトにため息をついた天音伊月だったが、
表情からドス黒い感情は薄れていた。
『なっ……うっせぇ……』
『じゃが…久しぶりじゃな…』
リグザリオ・ホーリライトの呟いた一言は英雄の聴覚でも聞き取れないほどの声量で辺りに消えて行った。
かくしてカーディリアと呼ばれた大地に時代を同じくして2人目の英雄が降り立った。
ここに再び降臨した古の英雄が紡ぐ伝説の最初の1ページを記す。
【カーディリア世界史】。
【真・英雄譚.双】序章【千年の時を超えて】より抜粋。
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「はぁ…」
ゲヘナヴォルフとの戦闘から数十分。
一般人からしたら真っ暗で先の見えない【迷いの大森林】の中を進んでいるのだが、数分前から魔力の反応が感じられなくなった。
ここら辺にいたゲヘナヴォルフは逃げたのかもしれない。
となると騎乗用の魔物をどうするかなのだが…
もう少し奥にいってみようか…
【黄昏の山脈】はまだ危険だから様子見とするが盟約手前までいく分には問題ないだろう。
それにもしかしたらゲヘナヴォルフよりも強力な魔物に合う事ができるかもしれない。
そんな思考に傾けつつ凸凹とした根に足を引っ掛けないように軽やかな足取りで森の中を速歩きする。
流石に情報がなにひとつない【迷いの大森林】の中で走って行動する気にはならなかった。
後、急がない理由としては騎乗する魔物の心当たりがあるからだ。
この森の浅層を牛耳るのはゲヘナヴォルフだが、そこにはボスが居るはず。
俺は地面に残る足跡や強い臭いを放つ糞を見たりしながら森の奥に逃げたゲヘナヴォルフを追っていたのだった。
縄張りがあるからゲヘナヴォルフは中層に入る事はできない。
出来たとしても即殺されてしまうだろう。
故にこれは罠に似ている。
ゲヘナヴォルフは俺の放つ感じた事のない異質さに違和感を感じ、あるものは恐怖さえ抱きながら逃げているのだ。
痺れをきらせて中層に入り込み他の縄張りをもつ魔物に殺されるのも時間の問題だろう。
そうなれば群れのボス、つまり1番の力量をもつ者が生き残る可能性が高い。
そいつを【下位従属】で従属させるという簡単な作戦とも呼べない作戦だが簡単だからこそそれが1番あり得る可能性が高いと言えるのだ。
魔力探知の探知範囲ギリギリにかかる数十個の光点を知覚した。
(…見つけた…!)
先程襲ってきた10匹のゲヘナヴォルフと同じ反応という事はもう確実にゲヘナヴォルフだろう。
それはやがて違う光点に次々と消し去られていった。
最後に残る光点は2つ。
俺は概念魔法を使い一気にその場所まで飛び出した。
概念魔法ー【我閃く稲妻を纏う】ー
ババババババババチッ!!!!!
稲妻は辺りを黄色に照らし、次の瞬間には進行方向にある森は焼き尽くされていた。
ズドォォォォォォォン………
砂埃が晴れた時、目の前にいたのは2匹のゲヘナヴォルフと1体の…解析するまでもない。
狂乱翼竜だった。
俺はエレクトロンを解除した後、マッド・ワイヴァーンの眼前にワープで接近し、眉間に掌で衝撃を送った。
「俺の足になれ!」
同時に強大な魔力を解放し、マッド・ワイヴァーンを完全に屈服させ、スキル【下位従属】を発動。
それと同時に赤い眼球は蒼穹の如く青く染まり、盛大に泡を撒き散らしたマッド・ワイヴァーンは白目を剥いて倒れた。
俺はマッド・ワイヴァーンに押し付けた自分の手のひらを見ながら眉をしかめる。
「まさか押さえつけようとしただけで無意識に衝撃が出るとは思わなかった…」
だが、それも次に表示されたステータスを見て霧散した。
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[!]スキル【下位従属】の効果によりマッド・ワイヴァーン1体を支配!
残存空きスロット:6
□□□□□□■
あと6体まで支配下に置けます。
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バシバシッ。
今度は力加減を間違えないように調整し、マッド・ワイヴァーンを叩き起こす。
頭を垂れたマッド・ワイヴァーンの頭から首の根元まで駆け上がり騎竜する。
そして2匹のゲヘナヴォルフに向かって言い放った。
「英雄の手先になる気はないか?」
拒否権は無い。
すぐに【下位従属】でゲヘナヴォルフ2匹を支配する。
1匹はソラ姉への手土産にするのも良いかもしれない。
俺はマッド・ワイヴァーンと小柄なゲヘナヴォルフを収納し、ボスと思われる屈強なゲヘナヴォルフの背に跨って森から出る事にした。
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[!]スキル【下位従属】の効果によりゲヘナヴォルフ2匹を支配!
残存空きスロット:4
□□□□■■■
あと4体まで支配下に置けます。
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【SideOut】
ご指摘、感想をお待ちしております。
それによってモチベーションあがります。
単純ですので。
これからもソウルムーブをよろしくお願いします。
天音伊月のセリフを少し修正しました。