144話≫〔修正版〕
とりあえず前の私からは想像出来ないほどに長いですが、細切れにして投稿するのもアレなので、投稿しちゃいます。
本日は1話のみの更新ですが、文量的には満足していただけると思います。
内容は兎も角ですが…
よろしくお願いします。
澄み渡った加速する思考の中で、俺は笑った。
Movement of the soul………
【Mythology.Kadiria.Online】
それがこの世界が【VRMMO】だった1000年前の名前。
そして流れ込んで来た俺の記憶の中で、
この世界の戦士の1人には…確かに俺がいた。
clan.name…【七光】のリーダー、
player.name…【カナデ】。
暇を持て余した時に気まぐれで誰よりも早くログインし、登録を済ませた俺は
プレイヤーNo.000001【カナデ】
最初にゲームに入り込んだのだった。
そして右手に握る感覚はやはり懐かしく…
所々、剣にまとわりついていた錆がポロポロと落ちていく。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【古の■■の剣】
能力
【古の■■の遺能】
打撃耐性[弱]↓
斬撃威力[中]↓
貫通威力[弱]↓
魔法装填[中]↓
自己修復[中]↓
Butスキル
【風化】
全ての遺能が一段階↓
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今までそう表示されていたスキルがゆっくりと歪み、変わっていく。
どうやら↓のこ矢印の所為で表示されている筈の本来のスペックが劣化して中や弱になっていたのだろう。
まず最初に、【風化】のスキルが消えた。
次に剣の銘が変わる。
【古の■■の剣】→【古代天魔の剣】
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【古代天魔の剣】
[解説]
【神話武器】の1つ。
ランク〔SSS+〕限定ボス。
【古代天魔】限定ドロップ品。
天と魔、相反する属性を宿した両刃剣。
能力:
【光属性吸収】【闇属性吸収】
【光属性攻撃:強】【闇属性攻撃:強】
【打撃耐性:中】【斬撃威力:強】
【貫通威力:中】【魔法装填:強】
【自己修復:強】【魔の斬撃】
【天の斬撃】
【古代千天魔】
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やがて姿を表した剣は、どんな剣よりも神々しく、同時にどんな剣よりも禍々しい黒い剣だった。
そう、あの丘の上の景色がフラッシュバックした時に男が握っていた黒い剣。
そしてやはり、黒い剣を持っていた男は俺だった。
1000年振りに主に触れられた剣は、歓喜に震える。
剣を上段に構え、来るであろう攻撃に備えた。
それと同時に澄み渡った思考によって流れ込んできた記憶はすべて整理され、
俺は理解する。
絶対防御の【アルトフレールの大盾】
絶対鼓舞の【オルペイの竪琴】
絶対麗殺の【ピアロマイアスの麗槍】
この武器は…
全て俺のクランのメンバーの持っていた武器だった。
今紹介した武器の他にもまだ3つの武器がある。
俺の持つ剣と合わせて7つの武器や盾。
それを扱う七人の事をプレイヤー達は【七光】と呼んでいた。
そして俺らはその名前をクランの名称に登録して正式なクランになったのだ。
懐かしい。
でもそれがあったのはこの世界では1000年も前の事なんだな…
それと同時に思い出した事件。
【落日】
GMとの連絡が取れなくなった日だ。
多分それがこの世界と現実が切り離された時なんだろう。
次々に思い出す忘れるわけが無い出来事。
××××××××××××××××××××××××××××××××××
ー【Mythology.Kadiria.Online】ー
サービス開始から6年目のとある日。
【落日】と呼ばれた事件があった。
ログアウトのボタンが消滅し、プレイヤー全員があるフィールドに飛ばされたのだ。
【天空城アトラレアレクス】
大気圏にあるという設定のその城はまさに天空の城○ピュタを巨大化させ、
全てを白い大理石で作ったようなフィールドなのだがフィールドの大きさが半端なく、
平地は2km以上あり浮いていて大丈夫?な浮遊城だった。
そこに転移させられたその時ログインしていた2000人のプレイヤー。
種族は様々で竜人や獣人族の猫人族に始まりその他様々な獣人族達。
それ以外にも炭鉱族や妖精族などもいた。
俺は人族だが、ヒューマンは全体の半分いるかいないかだった。
そんな中でざわめきは収まらず、辺りは緊張感のない緩んだ雰囲気が漂っている。
『うっわ…最悪、もう少しでピルグリムの胆石手に入ったのにいきなり転移かよ!運営なにしやがる!』
『これってもしかしてなんかのイベントじゃね?』
そんな中で、異変に気がついたのは俺の隣にいた1人の女だった。
『ネェネェ。やばいよ…ログアウトボタンがなくなってるヨ。』
その特徴的な話し方をする女の名前はユカナ。
本名かは分からないが見た目は黒髪に黒目、
やけに下睫毛のながい垂れ目が特徴の成人の女性のアバターだ。
種族は上位人族
クラン【七光】の1人、ユカナ。
【神話武器】、
【ピアロマイアスの麗槍】を扱う美女。
『あぁ…本当だ…消えてるね…ログアウトボタン…』
最悪だ…今頃病室に来た看護師さんが俺の身体をみながら目をギラギラさせている筈だ。
ユカナの声を聞いた近くのプレイヤーがログアウトボタンが無い事を確認した。
『うそ…だろ…』
『…………まさか…デスゲーム……?』
誰かがデスゲームという単語を口にした瞬間か、空気が裂けるような悲鳴や怒声が辺りに響き渡る。
『ふざけるなぁぁぁぁぁ!!!GM!出て来い!!ブッ殺してやる!!』
『イヤァァァァァァ!!!帰らせて!!帰らせて!!』
辺りは阿鼻叫喚…その中で、1人の男がパニックになり倒れこんでいた女性の指を踏んでしまった。
『イタイッ!!!!』
ツター………。
『………あ………』
『え………………』
辺りの空気が固まり、一瞬前の騒ぎなど消え去ったかのような静寂が訪れる…
『やばいヨ………。』
『この世界は…現実世界なのか?……』
『そうかもネ………』
俺は自らのクランの威を借りて叫んだ。
『みんな落ち着け!今は何があるか分からない!話し合おう!』
それは俺の周りに立っていた6人の男女の落ち着いた表情も手伝い、それは絶大な効果を表した。
『『『『『『………』』』』』』
辺りの視線が【七光】に集まり、
完全に静まり返った時、
ピロン♪ピロン♪ピロン♪ピロン♪ピロン♪………
『『『『『『!?!?!?!?』』』』』』
タイミンングを読んだように全員の目の前にウィンドウが表示された。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ー[緊急クエスト]ー
[説明]
緊急クエスト発生!緊急クエスト発生!
魔物から我が身を守れ。
[制限時間]無し。
[報酬]現実世界への帰還。
[依頼主]■■■
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ただ、それだけ。
ただそれだけの文だったが、込められていた意味は膨大だった。
デスゲーム。
魔物。
生き残れ。
現実世界への帰還。
助かる人数の制限は書かれていない。
だったら…
『………生き残ろう。…全員で。』
『そうダネ。』
ユカナ以外の【七光】も頷き、
周りにいた約2000人のプレイヤーもちらほらと頷いているのがみえた。
だが、そんな中でプレイヤーの数人が声を発する。
『やってられっか!何が協力だ!1人しか帰れなかったらどうするんだ!』
1人は【盗人】の男。
『そうだ!お前ら【七光】だけ帰るつもりだろ!!』
もう1人は【剣師】の男。
だが、その言葉を正面から否定する男がいた。
『やめろ。力がある者は無い者を守る。それでもダメか?』
ソフランと言う訳の分からないアバターネームをした成人アバターの男で、必要最低限の事しか話さないが性格は義理堅く信用のおける人物。
兜から覗く瞳の色は緑色で、身長は2mもありその巨大な体躯を灰色の全身鎧に収めている。
クラン【七光】の1人、ソフラン。
【神話武器】、
【アルトフレールの大盾】を扱う守護神。
種族は上位魔族。
魔族と言っても俺の新しい方の記憶にある嫌われた魔族などではない。
この時代ではれっきとした種族の1つだ。
『ぐっ……』
『くそっ!いくぞお前ら!』
そうして2人の中堅プレイヤーを筆頭とした数人のプレイヤーが集団を離れていった。
そうして俺たちプレイヤーは抜けた数人を除く全員で協力して帰還する事を約束し、
緊急クエストに挑んだ…
それから数分後…
ギ……ギギ………ギギギギギ……ィ……
2km先に見える城の城門がゆっくりと開き始め、同じ姿形の魔物が雪崩のように溢れ出してきた。
俺は直ぐにスキルで解析する。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
[白銀尖兵]lv:90
[解説]
尖兵。
[難易度]
〔S-〕
[能力]
【光属性吸収】【光属性倍加】
【闇属性脆弱】【魔力抵抗】
【狂いの福音】
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シルバリオン・ソルダート、俺たちがこのゲームを始めてから一度も見た事のない魔物。
白い甲冑を全身に身に纏い、
兜に空いた十字の切れ込みからは赤い光が漏れ出している。
体長は2mを超えていた。
手には剣を持つか、何も持っていないかの2択だったのだけは良かったと言えよう。
これが現実だったら複雑な軌道をされる武器などを回避する自身は無いからな。
そんな魔物が推定で10000体。
しかも個々のLevelが90レベル。
俺たちプレイヤーの平均が95レベル。
【七光】のメンバーは全員【存在昇華】によりレベルの上限である100レベルを突破し、MAXの200レベルまで到達しているが、
そこまでいっている者は数人だ。
更にその上にももう一回だけ【存在昇華】があるらしいが、その条件は【七光】ですら難しく、未だに到達しているものは居なかった。
というわけで、殆どが最初の【存在昇華】前の90〜100レベル台をうろついている。
そんな中で同レベルで数が5倍以上の魔物と戦わなければならない。
しかも…
『まずい……』
『レジストがデフォ…やばいネ…』
【魔力抵抗】魔法の威力を半減させるスキルだ。
これは魔法を使う者からすれば最悪の状況だろう。
『あぁ…そうだな。アルシェイラ…鼓舞の旋律頼んだ…』
『まぁ、仕方ないわね…』
ポロン…
そういって金色に青い線で複雑な模様が描か
れた竪琴を弾いたのはお嬢様然とした1人の女性アバター。
金髪碧眼でローマをイメージした白いドレスを身に纏い、竪琴の前に腰掛けるその姿はまさに女神。
種族は上位妖精族。
クラン【七光】の1人、アルシェイラ。
【神話武器】、
【オルペイの竪琴】を扱う女神。
『【鼓舞の旋律】、【防の旋律】、
【光のカーテン】』
アルシェイラが立て続けに奏でた旋律は全て違う曲調で、ここが戦いの場でなければ耳を傾けた人々の拍手で溢れていただろう。
そして新しい記憶の様に声に出さずに発動できるスキルなんてゲームには存在しなかった。
それはゲームが現実になった時から出来たのだろうけど、この時の俺らにそれをやれと言うのは酷だろう。
【鼓舞の旋律】は戦意が上がる。
今のような状況にはもってこいのスキルだ。
【防の旋律】と【光のカーテン】はアルシェイラのおまけだろう。
どちらも防御関係のスキルで、
頑なに速度を変えないその旋律は防御力を底上げする。
そして雲の合間から差し込む太陽の光のように柔らかな旋律は光属性の攻撃を緩和する効果を持っていた。
『…これが…神話級……』
その効果はフィールド一帯に広がり、
俺たちに食ってかかった男達にも降り注いだ程だ。
効果を実感した誰かが武器の性能に唖然とする中で、他のプレイヤー達は湧き上がり目前に迫る敵を見据えてそれぞれの武器を取った。
ある者はバスターソード。
ある者はスモールソード。
ある者はクナイ。
ある者はツーハンドソード。
ある者はハンマー。
ある者は杖。
ある者は短い杖。
ある者は盾。
プレイヤーはそれぞれの武器を構えて来るべき瞬間を待った。
緊張に押し負けて飛び出せば目の前の大群になす術なく殺される。
プレイヤーは皆、経験から分かっていた。
だが、あえてそこで一歩を踏み出す者がいた。
『頼んだ…』
俺の緊張感を孕んだ声に簡潔でずっしりとした返事が返される。
『了解。』
絶対防御のアルトフレールの大盾を持つ
【七光】の大黒柱、ソフランだった。
ソフランは短く返事をした後、灰色の大盾をどっしりと構え腰を落とした。
俺の作戦は既にプレイヤー達に伝えてある。
一点集中による中央突破。
そこから左右に展開し軍勢を2分する。
連中の強みはその数と質量だ。
なら正面から相手の質量に対抗する必要はない。
全クランの中で最高の防御力を持つ【七光】の1人のソフランが前線に立ち、生き残りをかけた戦いが始まった。
『【絶対防御】、【突進】』
ソフランが自身の持つスキルを発動させた。
絶対防御は15秒間アタック判定を無効にするスキル。
ただしその場から動く事が出来なくなる。
突進の効果は動き始めるとシステムアシストで速度が増す。
だが、ソフランの持つ絶対防御とただの突進では優先度など比べるまでもない。
よって突進スキルは発動されているのに効果をもたらさない。
そこで俺たち【七光】のメンバーの出番だ。
俺の斜め後ろに控えていた女が前に出る。
アバターネームはシルフェさん。
さんまでがアバターネームなのでややこしい。
外見はメガネをかけてローブを羽織っている魔法少女のような少女アバターだ。
だが、性格は少し腐っている。
クラン【七光】の1人、シルフェさん。
【神話武器】、
【ゼィーベンファルべンの宝杖】を扱う腐った娘。
シルフェさんは七色の宝玉の嵌った杖を前に翳して叫んだ。
『行きますです!【重力の鉄槌】』
シルフェさんが発動したのは闇属性重力系統上位魔法、【重力の鉄槌】だ。
魔法には下位、中位、上位、最上位の4段階があり、この魔法はそれなりのレベルの魔法だ。
これは重力の違う空間を打ち出す魔法で、それをソフランに向けて放った。
これはちょっとした裏技であり、
【七光】がネタでよく使う戦法だった。
だが、効果は流石【七光】というべきか、弱いなんて事は無かった。
背中に衝突した【重力の鉄槌】はそのままソフランを押し出して進んでいく。
そして発動状態だった突進が反応する。
効果は動き始めるとシステムアシストで速度が増す。
ソフランの持つスキル【絶対防御】は自身が動けなくなるだけで地面に固定されるといった効果はついていなかった。
要するにそれを使った簡単なシステムの抜け道だ。
重力の塊に押し出されたソフランは一気に加速する。
そして盾の表面とシルバリオン・ソルダートの先頭が接触した瞬間、
シルバリオン・ソルダートの身体が吹き飛んだ。
『続けぇぇぇ!!!!』
『いくぞぉおぉ!!!!』
『おらぁぁぁぁあ!!!!』
それぞれがおもいおもいの言葉を発しながら突進していく。
ソフランがシルバリオン・ソルダートの大群を突き抜け、道ができる。
その穴を広げるように飛び込むプレイヤー達は確実にシルバリオン・ソルダート達を殺し、分断して行った。
『漏れたぞっ!!左側の奴に誰かが教えろ!』
『わかった!おい!クロネコ!行ったぞ!』
『御意。【影縫い】』
プレイヤー達は背後に抜けたシルバリオン・ソルダートを声を出す事で連携し、背後を支え合った。
だが、順調にいっていた矢先に、遠くから悲鳴が聞こえた。
盗人と剣師たちの進んだ方角を見れば大群から逸れたシルバリオン・ソルダート数匹に食い散らかされているのが見える。
どうやらあの者達が最初の犠牲者。
だが、そこで殆どのプレイヤーは否が応でも気がつかされた。
遠くで死んだ盗人と剣師が血を流している。
引き裂かれた腹からは真っ赤な内蔵が飛び出し、辺りを血霧で染めている。
【VRMMO】にしてはリアルすぎた。
そこで俺たちプレイヤーは様々なオタクの知識を動員して一つの解を導いた。
『ここは…ゲームの世界じゃない………』
それは誰の呟きだっただろうか。
だがそれは確実に伝播していき、纏まりのあったプレイヤー達に亀裂を入れた。
ソフランを先頭にして攻めていたプレイヤーから始めての死者が出た。
その死体はシルバリオン・ソルダートの剣が全身に突き刺さり、蜂の巣にされて即死していた。
それを直視した数十人が嘔吐し、隙を見せた数十人はそのまま蜂の巣にされた。
それが数回続き、やがてプレイヤー達は嘔吐を我慢するようになった。
そこから死亡率は目に見えて減り、
俺たち【七光】を主力としながらも着実にシルバリオン・ソルダートの軍勢を駆逐していった。
その中で1人の魔術師の女性が砕けた地面に足を取られて転んだ。
元々筋力がそこまで高くない魔術師は足場が悪いとそれだけ不利になるのだ。
『…いたっ……』
そこに群がる3体のシルバリオン・ソルダート。
俺は動かない。
信じているから。
『…………あっ………』
そこに一陣の風が吹く。
『…【残爪】』
『………えっ……』
3体のシルバリオン・ソルダートは突然の衝撃に宙を舞い、数秒後に胸に3本ずつ亀裂を走らせて絶命した。
女性のピンチに颯爽と洗われたのはさっきまで俺の横に控えていた男。
横をみれば地面が陥没していてそこには確かに人がいた事を証明していた。
アバターネームはキバ。
その肉体は引き締まった筋肉に包まれていて無駄な肉は皆無、長い犬歯をニッと覗かせる銀色の髪を後ろに流した長身の男の成人アバター。
種族は狼人族。
ワーウルフの上位種族である。
クラン【七光】の1人、キバ。
【神話武器】、
【ズィルバメルガの手甲】を扱う狼男。
鋼色に輝く手甲を打ち鳴らした男は膝を擦りむいた魔術師の女性に手を伸ばす。
『オイ。大丈夫か?…』
『は、はぃ…ありがとうございます…』
『キバ、そっちは任せた』
『あ、あぁ!任せろだぜ!』
さらに迫るシルバリオン・ソルダートを前にして、キバは手甲を打ち鳴らしながら吼えた。
『ウォラァァァァァ!!【裂破拳】!!』
キバの両腕の【ズィルバメルガの手甲】が赤く光る。
キバのスキル、
アオス・ブルフは対象に拳を当てた瞬間に発動する強烈な爆風によりダメージと追加効果でノックバックを与える技である。
バコォォォォォオオオン!!!!
シルバリオン・ソルダートの胸部の鎧が陥没し吹き飛ぶ。
キバは更に吼える。
『俺は犬じゃねぇぇえ!!!』
私怨が混ざっている気がするが気にしない。
俺は右から迫り来るシルバリオン・ソルダートの1体を右手に握った【古代天魔の剣】で切り裂く。
そして左から迫るシルバリオン・ソルダートの顔面に手を翳す。
『…【腐敗する天使】』
翳された手のひらから放たれた黒い波動がシルバリオン・ソルダートの白銀の鎧を染めていく。
俺が発動した魔法は闇属性腐敗系統中位魔法
【腐敗する天使】
多彩な追加効果を持つ闇属性魔法の中でも腐敗は強力なバットステータスをもたらす。
それは【VRMMO】の中であれば筋力のステータスが減っていき行動力が次第に落ちていくだけなのだが、現実の世界で使えばどうなるか。
魔法をかけられた者は直ぐに魔法を解除しなければ腐るだろう。
しかもこの場合シルバリオン・ソルダートはレジストこそ持っているが闇属性脆弱も持っている。
だから効果は抜群にはならないがレジストによる半減も消える筈だ。
そしてやはりというべきか。頭部から腐敗の魔法に侵食されたシルバリオン・ソルダートは鎧の中を完全に腐敗させて生命活動を停止させた。
それから数時間、血まみれの戦いは続いた。
俺たち【七光】とプレイヤー達がシルバリオン・ソルダートの数を2000、最初の俺たちと同数まで減らした時、
既にプレイヤーは1000人を切っていた。
ゲームの中では迫り来る100万体の敵を倒す事が出来ても、
現実では1万体の魔物を倒し切る事すら出来ない。
いくら死んでも多少のデスペナルティを受けるだけでホームに帰還できるという保険が無い今、どうしても一歩踏み込んだ攻撃が出来ない者も多かった。
誰しもが全力で戦ったが、
サービス開始から3年までに始めたプレイヤーを旧世代、それ以降を新世代と言うのだが、旧世代のプレイヤー達は今までに育て上げてきたステータスを活かして周囲のクランやプレイヤーと協力して武器を使いシルバリオン・ソルダートを倒していた。
だが、新世代はそうは行かなかった。
最近は新規参入者が減り、全体のレベルこそ上がっていた者の最低のレベルのものはまだ
40前後だった。
新世代の最高が89レベル。
そんな新世代のプレイヤー達は俺達がどれだけフォローしようともシルバリオン・ソルダートの攻撃になす術なく殺されていった。
そして残った1000人のプレイヤーの比率は殆どが旧世代と呼ばれるサービス開始から3年間の間に始めた廃人と呼ばれるプレイヤーたちだった。
俺たちが【七光】ですら守り切る事が出来ないほど死に物狂いで攻めてくるシルバリオン・ソルダート。
俺たちの目から戦意が消えていくのに比例するように、奴らの十字の裂け目から漏れ出す赤い光は強くなっていった。
次第に周囲を囲まれ俺たちプレイヤーは追い詰められていく。
『【覇者の鉄槌】』
その時、凄まじい爆発音が辺りに響き渡り、シルバリオン・ソルダートの包囲網に巨大な穴が空いた。
『お主ら、老人のワシの方が根性があるとかとんだ腑抜け共じゃの。ゲームにいた時はもう少し根性のある奴らかと思っておったのだが』
その言葉に瞳の色を戻すプレイヤー達は一斉に声のした方に視線を向けた。
小さな体躯は強靭な筋肉に覆われている。
である。ヒゲは腰まで無造作に伸ばされているが頭部はツルツルと光を反射している
【VRMMO】では珍しい老人のアバターだった。
肩にかけている大槌はその身体の2倍はあり、現実世界であればまずもてないような巨大さだった。
種族は上位炭鉱族。
クラン【七光】の最後の1人、カムチャッカ。
【神話武器】、
【ヴェヒタリーゼの大槌】を扱うスキンヘッドのヒゲ爺。
カムチャッカことカム爺は口に加えていた趣向品アイテムの煙草に火をつけながら言った。
『…やらないのか?お主らは…』
病室で寝続け、素の感情の摩耗を仮面で隠していた俺ですら、身体の奥深くに燃える炎が震えるのを感じた。
カム爺の実年齢は分からないが、
言動や仕草から本人のアバターに近い年齢だろうと言う事は推測できた。
そして俺と同じで病室からログインしている事も。
その情報は【Mythology.Kadiria.Online】の旧世代ならば殆どの人間が知っているし、新世代でもかなりの人数が知っているだろう。
多分何かしらの病気を持っているのだろう。俺と同じように。
気がつけばシルバリオン・ソルダートの動きも止まっていた。
シルバリオン・ソルダートの先にいる者もその言葉を聞きたがっているように俺は思えた。
『ワシはもう長くない。だがお主らの様な腑抜けどもにワシらの世代が血を流して作ってきた国を任せられると思っておるのか?
…巫山戯るなよ?…大日本帝国にあった大和魂は何処へいった…
お主らは本当に…日本人か…?』
俺たちは愛国心なんて無い。
ひっきりなしに変わる政権に進展のない原発事故、新聞は海外の言いなりで国を不必要に煽り、テレビ局は飽きずに海外ドラマを垂れ流し自国の政権を叩く。
そんな国を見ていくうちに愛国心はすり減っていった。
でも、目の前の老人を見て尚、そんな事が言えるのだろうか。
彼は世界大戦という激動の時代を生き抜いた人だ。
国に希望を持っていた人だ。
誰かが言った。
『…爺さんはもう引っ込んでてくれ』
それに続ける様にまた何処かから声が上がった。
『あぁ、俺たちは…日本人だ』
それに同意する様に増えていく声。
『引きこもってばっかだったけど…今なら仕事も探せる気がするよ…』
未来の短い尽きかけた魂が、若い未来のある魂を感化させた。
それは次第に伝播していき、カム爺は俺たち
【七光】の方を見て言った。
『お主らは…どうじゃ?老い先短い老人についてくる気はあるか?』
その身体は小さいながらも、溢れ出るエネルギーは戦士のそれであり、
小さな身体から溢れ出す大和魂は確かに
【七光】のメンバーをもその気にさせたのだ。
『大日本帝国か…俺もその時代に生まれてみたかったよ。』
だが、そう言った誰かの言葉にカム爺は苦笑いをしながら答える。
『心だけが先走りした反省ばかりの時代だったがな…』
カム爺が何を思ったかは知らないが、俺たちの瞳と心には確かに熱い炎が宿り、それぞれの武器を握りしめる音が聞こえてくるほどだ。
話が終わるのと同時に、2000体シルバリオン・ソルダート達が動き出す。
ザッザッザッザッザザザザザザザサザザッ……
足音は次第に早くなり、再び生き残ったプレイヤーとシルバリオン・ソルダートの影が重なった。
……………………
シルバリオン・ソルダートの数は次第に減っていった。
だが、それに近い速度でプレイヤー達も長時間の戦闘による精神の疲労で倒れていく。
でもどのプレイヤーもやり切ったような顔をしていた、誰もが自分の限界に挑戦して倒れたのだ。
俺はそれを責める気は無かった。
シルバリオン・ソルダートの数は300まで減り、プレイヤーの数は50を切っていた。
そんな中、【七光】の居た中心地に影が落ちる。
『…ッ!!危ないですっ!!!!』
上空から落ちてきたのは白銀の翼を生やしたシルバリオン・ソルダートだった。
そいつは着地と同時に踏み切り、俺に向かって手刀を繰り出してくる。
回避できない。
そう思った時、目の前に人が飛び出した。
ブシャァァッ……
目の前に飛び出してきた人は俺をかばう様に両手を広げて立っていた。
脇腹からは白銀の腕が生えていて、
その白銀の腕を生やしていたのはシルフェさん…
【七光】唯一の魔法職の少女。
『…ごぽっ…最後にカナデを助けられて良かったです…もし生まれ変わったら…また…
…【七光】に逢いたい…』
表情は苦痛に耐えるように歪んでいた。
急速に失われていく肌の色。
次第に青白くなっていく顔色に比例するように腹から溢れ出る赤い色は増えていく…
『…ごめんね…ソフソフ、アル、キバ…ユカナ…カム爺………カナデ…やっぱり死ぬのは怖い……や…』
ソフソフと呼ばれていたソフランは兜の隙間から覗く緑の瞳を限界まで見開き震えていた。
アルと呼ばれていたアルシェイラも掴んでいた竪琴から手を離して崩れ落ちる。
キバも動きが止まり、ユカナは俺とシルフェさんのいる所に駆け寄ってくる。
『うがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
カム爺は大槌を握りしめて、その外見と剥離した声で叫びながらシルフェさんを殺したシルバリオン・ソルダートに飛びかかった。
シルフェさんから手を抜きはなった翼の生えたシルバリオン・ソルダートは後退しながら翼をはためかせて飛び上がってゆく。
カム爺はシルフェさんを孫の様に可愛がっていた。
その心の痛みは計り知れないだろう。
『降りて来いこの卑怯者がぁぁぁ!!!』
カム爺は目から赤い血を流し空を睨みながら吼える。
俺は…助けられた。
【七光】の力があれば生き残れると思っていた。
事実今までは1人も欠ける事なく戦えていたのに、実際は急な事態にはついていけない一般人でしかなかったのだ。
動けなくなった俺に近寄るシルバリオン・ソルダートを感知するが、動けない。
身体が動かない。
動け、動け、動け、…
振り下ろされるシルバリオン・ソルダートの持つ剣。
俺がそれを生身で受けようとした時、声がかかった。
『なにしてんだよ、師匠…【捕縛】』
その声は少し怒気をはらんでいた。
それと同時に5本の鎖が目の前を通り過ぎてゆく。
その鎖はそれぞれがシルバリオン・ソルダートの両手両足と首に巻きついて動きを止めた。
鎖の伸びてきた方をみればそこには1人のヒューマンの男がいた。
『アマツキ…』
『…どうしたんだよ、師匠。悔しくないのかよ仲間が殺されて…』
黒髪を今時の若者らしい髪型に整え、
大きめの黒目をもつ身長175cm程の男。
彼は新世代のプレイヤーで、レベルは89。
僅か1年半で新世代最高のレベルを手に入れた男だ。
まぁその1年半を付き添ったのが【七光】なのだが。
『元気だせよ師匠。シルフェさんの仇討たなきゃかっこわりーだろ』
アマツキは怒りを収め瞳に映る炎を強くした。
そうだった…俺は…シルフェさんがやってくれた事を忘れていた。
それにクランに所属していないアマツキも、
【七光】のメンバーと同じくらいフランフェさんが好きだったという事も。
『…ありがとう。アマツキ。もう大丈夫』
仲間の仇を討つ。
俺は【古代天魔の剣】を支えに立ち上がった。
まずは目の前の敵からだ。
俺は鎖で動けなくなっているシルバリオン・ソルダートを戦舞技【一閃】で殺す。
そして未だ動けないでいる【七光】のメンバー達に声をかけた。
『…仇を取るぞ。…』
俺が声に出せば次々と頷く【七光】
だが、俺の会話を聞きながらも既にソフラン以外のメンバーは俺も含めて迫り来るシルバリオン・ソルダートを相手していた。
『当たり前じゃ、ワシより早く死ぬ事になったシルフェの仇は絶対に討つ。』
そう言ったカム爺はヴェヒタリーゼの大槌を振り回してシルバリオン・ソルダートの鎧を砕く。
『最悪ダネ。ぶっ殺ス。【必絶突殺】』
ユカナはピアロマイアスの麗槍を十字に割れた兜の隙間に突き刺してスキルを発動させていた。
【必絶突殺】は対象の急所への当たり補正が一瞬だけ100%になるスキルだが、当てるタイミングが針の穴を通る事よりも難しいのだが、ユカナは造作もなくシルバリオン・ソルダートの鎧の隙間に突き刺して殺していく。
『シルフェさんの仇は取らせてもらいます。
【音の波動】』
アルシェイラは【オルペイの竪琴】を奏で続けている。
【音の波動】はアルシェイラの持つ数少ない攻撃スキルで音の波動を飛ばすと言う物だ。
それを連発する事でシルバリオン・ソルダートは次第に鎧を歪ませていき、動けなくなる。
『あいつが…シルフェさんを。』
アマツキは腰に刺した長剣を抜き放ちシルバリオン・ソルダートを速度で翻弄しながら的確に鎧の薄い所に剣を突き立てて行動不能にしている。
今までの訓練は無駄にならなかったみたいだ。
『いつも犬犬犬犬煩かったけどいい奴だったんだ。だから許せねぇ!シルバリオン・エンゼロード!!』
キバはひたすらに戦場を駆け抜けてシルバリオン・ソルダートの腕や足をもぎ取っていた。
それぞれが瞳に灯すのは怨嗟の炎。
危険な色だが、今はそれ以外に魂を燃やす物が無かった。
そしてシルフェさんを殺した翼の生えたシルバリオン・ソルダートの名前は
白銀の尖翼兵。
レベルは95でスキルは変わらないがレベルが高い。
『私が乗せていく。乗る奴は居るか?』
1人だけ動かなかったソフランが一言、作戦を言う。
【七光】の戦い方は基本的にスキルを組み合わせて本来システムに制限された動きをする様な事が多かった。
これからやる事もそれと同じ。
空を長時間飛ぶ事が出来ない
【Mythology.Kadiria.Online】の常識を覆す合わせ技だった。
ポロン……
『【防の旋律】、【加速の旋律】』
アルシェイラの奏でたスキルは2つ、
防御力をあげる旋律と15秒間だけ対象のスピードを倍加させるせわしない旋律。
それを俺にかける。
そして俺はソフランの持つアルトフレールの大盾の横に立ち、空を見上げた。
空には飛び回るシルバリオン・エンゼロードが1体。
ソフランがスキルを発動させた。
『【アルトフレールの栄光】』
武器の名前を冠するそのスキルは、その武器がもつスキルの中で1番威力が高い。
アルトフレールのスキルも例に漏れずその効果は絶大だった。
【アルトフレールの栄光】の効果は盾を生み出す事。
生み出す事のできる盾の制限は1000枚。
この時点で壊れスキルだが、まだ能力はこれだけではない。
それは今使わないから割愛するが。
ソフランの構えたアルトフレールの大盾から一定の感覚で次々と盾が出現する。
『行って来い』
ありがとうソフラン。
『地上は任せナ』
あぁ、任せた。
『仇を討つのはお主に譲ろう』
すまないカム爺。代わりに仇はしっかりとってくる。
『頼んだわ、カナデ』
アルシェイラさん、アマツキの事を頼んだ。
『師匠が帰ってくる頃には終わってると思うけどな』
お前の強がりは聞き飽きたけどな…
『死ぬんじゃねえぞ!お前は俺のライバルなんだからな!』
キバ、いつから俺はキバのライバルになったんだ?
まぁそう言うのも良さそうだな。
帰ったらPvPでもするか。
1枚1枚の感覚は20mはあるが、背中にかけられた声を力に俺はためらう事なく地面を蹴り1枚目の盾に飛び乗った。
それと同時に付与されていたスキルが発動された。
【加速の旋律】が発動した感覚を味わいながら倍速になった自分の速度に追いつける様に脳を慣らす。
次々と出現する盾に足をかけ、
つま先が触れた瞬間には次の盾に向かって飛び立つ。
そうして瞬時に飛び立ち、上空に到達する。
そしてソフランが気を利かせてくれたのかシルバリオン・エンゼロードの飛ぶ高さに到達した時、周囲に盾が広がり、空中には見渡す限り転々と足場が現れた。
早く下に戻るためにも短期決着をしなければならない。
俺は【古代天魔の剣】を両手で構えて高速で迫りくるシルバリオン・エンゼロードに向かって跳躍した。
シルバリオン・ソルダートとの違いは翼がある事とレベルが5高いだけ、相手の機動力を削げればそこまで苦労するとは思えない。
そう最初は思っていた。
『………はぁ…はぁ…はぁ…』
当たらない…
倒す為の絶対の前提条件である攻撃が当たらない。
下をみれば足が竦む。だから下はシルバリオン・エンゼロードの攻撃を回避する時以外は感知のスキルに頼っている。
剣を振るっても相手に上や下に逃げられてしまえば当たらない。
下から迫りくるシルバリオン・エンゼロードの攻撃を回避しながらタイミングを合わせて横に薙ぐ。
だが旋回して回避され、当たらない。
俺は賭けに出る事にした。
一歩間違えれば死ぬだろうが、下で待っている人達がいる。
地面から2km以上の空の上にいる為か感知は下まで届かないが、きっと生きている筈だ。
俺はシルバリオン・エンゼロードが俺の胴体に向けて攻撃してくるタイミングをひたすらに待った。
………………
高速で空を飛ぶシルバリオン・エンゼロードが急旋回し俺に向かって迫る。
今まで一撃離脱してきた動きとは明らかに違う軌道で迫るのを見て、俺は死の淵に立っているにも関わらず笑い、
構えていたフェイクの【古代天魔の剣】を腰の剣帯に戻した。
新しい記憶の俺から見れば心が壊れ始めたのはゴブリンを殺した時じゃなく、
本当はシルフェさんの死に直面した時に大事な何かが壊れたのかもしれない。
ブォォォォォォォォォォン!!!!
俺の胴体に揃えた片手を突き刺さしたシルバリオン・エンゼロードは身体を貫通させようと速度を上げるが、俺は寸前で足場の盾を蹴り、背後に身体を投げ出して威力を緩和した。
もちろんそれだけで威力を殺せるわけはない。
俺は貫通こそさせなかったが、確実に内臓の半分は破裂した。
『…ァガッ!?!?…………』
空中に放り出された俺の身体をシルバリオン・エンゼロードは貫こうとしながら飛び続ける。
だが、俺はシルバリオン・エンゼロードの腕を両腕でしっかりと掴んでいた。
『…ッ…痛い…でも…やっと捕まえた……』
『……ga…!?………………』
始めて動揺を見せたシルバリオン・エンゼロードを俺は正面から見つめて、もう片方の手を突き刺される前に動いた。
『……【腐敗する天使】』
闇属性腐敗系統中位魔法【腐敗する天使】はシルバリオン・ソルダートと同じく闇属性に弱いシルバリオン・エンゼロードの首を掴みながら発動させた。
その魔法はもしも現実にあったとしたら確実に禁術になっていただろう。
シルバリオン・エンゼロードはまず腐敗した首が重力に囚われ落ちていき、
そして俺を貫いていた手刀も抜け落ち、身体も首を追うように落ちていった。
そして俺の近くには丁度足場が無くなっていて、空中に身体を放り出された状態のまま。
俺の身体も重力に身を任せて落下を始めた。
ブォォォォォォォォォォ……………
身体が風を切る音がひっきりなしに耳に届く中で、俺は暫く目を話していた地上の惨劇を視界に入れ、
まず…血の海に沈む大槌が見え、
そして次に、腕が弦に引っかかったままの血塗れの竪琴が倒れているのが見えた。
そこで俺は頭の血管が数本切れる。
だが、風を切る音に混じって僅かに耳に届く中剣を打ち合う音が聞こえた。
そこで俺は冷静にステータスを開き、クランメンバーのログイン情報を調べた。
スクリーンに這わせていた指が止まる…
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
所属CLAN:
【七光】
所属MEMBER:
R.【カナデ 】LOGIN
M.【シルフェさん】ERROR
M.【アルシェイラ】ERROR
M.【カムチャッカ】ERROR
M.【キバ 】ERROR
M.【ユカナ 】ERROR
M.【ソフラン 】LOGIN
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
FRIEND.LIST
【アマツキ 】LOGIN
そしてフレンドリストの欄にアマツキの生存を確認したところで身体を垂直にし、落下の速度を上げて一気に急降下した。
ソフランが生存している事は盾が出現していたことからも分かっていたが、それでも他の【七光】が全滅しているとは思わなかったし、思えなかった。
あの戦力があって負けるとは思えなかったのだ。
事実、あの戦力差なら勝てはしなくても負けることは無かった筈、
俺がいない間に何かがあったのだろう。
腹部から絶えず血が溢れ出ている事が分かるが落ちる速度は落とさない。
そして地上が随分と近くなった時に身体を地面に並行にし、速度を一気に落とす。
その時に一気に抜けた血に意識が落ちかけるが、仲間が今も危機的状況かもしれないのだ。
構わずに腰の剣帯から【古代天魔の剣】を抜き放ち、地面に向かって戦舞技を放った。
『…【乱桜】!!』
地面に身体がぶつかる瞬間に、システムのアシストを受けた剣が加速し、それに身体もついていくように動く。
戦舞技ー【乱桜】
新しい記憶ではフレニドールさんが使っていた戦舞技だったか。
青い閃光を伴って一瞬の内に何回も振られた剣は地面と接触し、落下の衝撃を一気に相殺させた。
フワリ…
衝撃を相殺し地面に降りれば俺より遅く落ちてきた自分の血が雨のように降り注いだ。
これはいよいよもって長くないかもしれない。
ポーションはクエストに行く予定も無かった為か殆どがクランホームの倉庫に置いてあり、手持ちは既に切れた。
俺は左手で穿たれた腹を抑えながら地面を駆け抜ける。
出来るだけ地面に散乱する肉塊を見ないようにしながら…
暫く駆けていると探知のスキルに馴染みのある反応が2つ確認され、それと同時にその2つの反応をを囲むように広がる3体の大きな反応も捉えた。
その3体の反応は魔物。
白銀の鎧を纏うシルバリオン・ソルダートの2倍はある巨体だった。
それは1体1体が血塗れの巨大な白銀の斧を持ち、ステータスには
白銀の斧巨兵と記されていて、レベルは100だった。
その奥には身体中が血塗れだがまだ動きにキレのあるアマツキと、
血塗れのソフランが盾を手放すことなく構えていたが、既に兜の奥の緑の瞳の色は消えかけているのが見え、俺は残り少ないMPの残量を考えずに魔法を発動させる。
『【癒しの光】!!』
だが、その声が聞こえたのかソフランは弱々しい声を上げた。
『……回復で…傷を癒す事は出来なか…』
癒しの光があと少しで届くと思われソフランがそこまで言葉を紡いだ時、ソフランの首から上が消えた。
3体の内の1体のシルバリオン・アクストェルが振り切った斧がソフランの首を攫い、切り飛ばしたのだ。
『…なっ………………あ…………』
また、俺の目の前で仲間が死んだ。
共にゲームの中の世界を駆け抜けた戦友達が次々と死んでいく……
これで残った【七光】は俺1人だけ…
俺はそこで悲しみの感情を消した。
これ以上悲しめば俺はもう立ち上がれなくなるから、すべては終わってから悲しめば良い。
壊れるまで…
周りに反応が無い事から残ったプレイヤーの数もアマツキと俺を合わせて2人になったのだろう。
『…ず…すみまぜん。誰も、誰も…守れなかったです…ッ』
シルバリオン・アクストェルの包囲を抜けてきたアマツキは涙でぐしゃぐしゃにした顔を俺に見せずに視線を敵から外さなかった。
『………過ぎた事はもういい。他のプレイヤーは?』
なんとか気を取り直しアマツキに聞く。
俺がシルバリオン・エンゼロードを追いかける前、少なくとも30人は居たはずだ。
『シルバリオン・ソルダートを駆逐し終えた時に生き残っていた25人はイキナリ地面を突き破って現れた奴らに全員殺されました。
【七光】の方々も動けなくなったプレイヤーを守りながら…』
キバ、ユカナ、カム爺、アルシェイラ、ソフラン、それにアマツキも…
本当に仲間たちを守ろうとしてくれていたんだな…
『ありがとう…もう言わなくていい。』
俺は剣を構えてシルバリオン・アクストェルを睨見ながら泣くアマツキの頭に手を起き後ろに下げさせる。
『なに…してるんだよ…師匠』
俺は自分の腹部を指差して最後になるであろう言葉を言った。
『お前は生きて、【七光】の仇を討ってくれ』
アマツキは俺の腹部を見て血の気が引いた真っ青な顔になった。
ごめん…
俺はアマツキをこの場から引かせる手段は復讐しか持っていないんだ…
運命を縛る事になる俺を許しててほしい…
『悪いな…アマツキ。【存在昇華】まで面倒見れなくて…』
『なに言ってるんだよ…師匠…待ってくれ…師匠までいなくなったら…俺はどうしたら…』
俺は言葉を遮るように最後の魔力で魔法を発動させた。
『【純白の棺】』
光属性捕縛系統上位魔法【純白の棺】は対象を拘束する魔法。
消費魔力が少ないが効果の使い道が殆どなく使われる事があまりないマイナーな魔法だった。
詠唱のあと直ぐに地面から生えた純白の棺が開き、戸惑いを隠せないでいたアマツキを閉じ込めた。
俺は3体のシルバリオン・アクストェルと対峙する。
ヴァイスディサーグの顕現していられる時間は発動者のHPが切れるまで。
俺は自らが死ぬまでに目の前の敵を倒さなければ行けない。
シルバリオン・アクストェル自体の下半身の動きはそこまで早くないが、問題は斧を振り回す速度だろう。
まるで上半身と下半身が別のように見える程に動きの速度が違うのだ。
下半身はゴーレムのように遅い移動しか出来ないが上半身は軽装の戦士のような軽快さで斧を振り回している。
俺は先ほどの戦舞技で消費したスタミナが回復したのを確認して【古代天魔の剣】を構えた。
【七光】の中でも最高峰だったHP量は既に半分を切っている。
俺は【Mythology.Kadiria.Online】
では1度も使わなかったゲーム内ですら禁術扱いの魔法を使って、
この訳もわからず始まったデスゲームに終止符を打つ事にした。
【Mythology.Kadiria.Online】の世界観の設定には1つ、こういうものがある。
〔魔力とは生命力の余剰分である〕と。
だがそういう事は生命力、つまりHPを消費する事によって本来MPを消費する魔法が使えるというシステムを根本から崩すような事が出来てしまうのだ。
だが、事実その魔法は
【Mythology.Kadiria.Online】の中で使用できた。できてしまった。
使用者のアバターの消滅というデメリットを伴う事によって。
当時、その技を使いアバターを消滅させたプレイヤーは運営に抗議し、周囲のプレイヤー達も理不尽な措置を改善するように言った。
だが運営はこれは設定であり、バクでは無いとの一点張り。
結局はそのような技など必要なかったので事態はアバターを消滅させたプレイヤーに運営がわずかな賠償金を支払った事により沈静化した。
なぜそのような裏技が存在したのか。
今となっては分からないが、ただ単に認めなかっただけで運営のミスだったのかもしれないし、何かしらの使い道があったのかもしれない。
だが、今手元にその切り札がある事が不思議と嬉しかった。
ソフラン死ぬ間際には言った。
『回復で傷を癒すことは出来なかった』と。
ならばそれは本当の事だろう、
ソフランは嘘をつくような人間ではないし、例えそうだったとしても死ぬ間際に嘘をつく必要がない。
回復薬を使った時も…確かにHPしか回復しなかったような気がする。
俺は回復薬を使っていた間は外傷が無かったからハッキリとは分からないが、
俺はもう回復する事がないだろうHPを見ながらそんな事を思い、ゆっくりと歩いてくるシルバリオン・アクストェルを見据えて口を開いた。
白棺は俺のHPが尽きるまで外部からの接触は不可能だ。
それは無敵に近い状態だが、どうしても実践での使い道がなくて使えなかった魔法なのだが、状況でこれほど役立つとは思っていなかった。
『…soulSystem…起動。
HP消費魔法発動。【魂の燃焼】』
そしてその攻撃により【VRMMO】時代は破壊不能オブジェクトの一つだった、
フィールドが崩壊した。
3体いたシルバリオン・アクストェルやアマツキを閉じ込めた白い棺も地上に向かって落ちてゆく。
その崩壊は平地の半分を地上に降り注がせ、
俺はその魔法を発動させたと同時に消滅したHPバーと同じ運命を辿った…
筈だった…
ピー…ピー…ピー…ピー…
意識が表層に上がり目を覚ます。
真っ白な天井、真っ白な壁、真っ白な床。
唯一外の世界が見える開かない窓。
あぁ、いつもの病室だ。
でも…俺は…いつの間に寝ていたんだろう…
「ほらー起きてくださいカナデくーん♪」
ドアがスライドして薄ピンク色の看護服をきた女性が高めのテンションで入ってくる。
「あ、星羅さん…おはようこざいます…」
「ちっ…起きたか……おはよう!カナデくん!今日は朝からお姉さんが身体を拭いてあげますよー」
そういって手をワキワキさせる星羅さんは目つきと鼻息が既に怪しい。
「い、いいですよ恥ずかしい…」
俺が拒否しても、
「まぁ、まぁ…そんな事言わずに…ジュルリ…」
この人は悪化する。
星羅さん…25歳独身の看護師さん。
俺を励まそうとしてくれる、
いつも元気でちょっぴりセクシャルハラスメントをしてくる良い人?なんだ…
そう思いながら星羅さんの手を借りて上体を起こす。
その時に全身を凄まじい手つきで触られた気がしたが、気のせいだろう。
多分俺が倒れない様に必死で支えてくれていたんだ。
そして上体を起こし、空を見たとき。
なんとも言えない喪失感が胸に去来した…
「…カナデくん?…大丈夫?」
そして視界が急にボヤけて鼻の奥がツンとなった。
「….……え…?……あっ!?いゃ…何でもないです…」
その後に頬を伝ったのは両目からとめどなく溢れる理由の分からない涙で、俺は困惑した。
何かがどうしようもなく悲しかった筈なのに…
それがなんだか分からなかった…
「…辛かったら泣いていいんだよ?」
「…分からない…なんで泣いているのか分からないけど…凄く悲しいんだ…」
この時の俺は星羅さんの胸の中で理由も分からず涙する事しか出来なかった。
××××××××××××××××××××××××××××××××××
その時、世界から
【Mythology.Kadiria.Online】
をプレイしていた2000人が誰にも気がつかれる事なく消滅した。
誰にも気がつかれる事なく…だ。
そしてその時にログインしていなかったプイイヤー達は、元からその消滅したプレイヤー達などいなかったと言うようにプレイを再開していたと言う。
記憶を失った1人の人間が、この世界に間違って蘇った事は…
その時は誰も知らない。
××××××××××××××××××××××××××××××××××
残った1人のプレイヤーの名前。
イツキ=アマネ。
天音伊月。
彼の事は補完された記憶を辿っても分からなかった。
少なくともその名前をゲームの中でみた事は無く、たぶんこの世界に残されてから本名を名乗っていたのだろう。
俺はそこで思考を一旦区切る。
マッド・ワイヴァーンの爪が俺の目の前まで到達したからだ。
剣を両手で握りしめ、一歩踏み出すと共に振り下ろす。
それだけで、まるでバターに刃を入れたように片翼が切り裂かれた。
片翼を奪われ痛みにのたうちまわるマッド・ワイヴァーン。
俺は相反する属性を纏う愛剣、【古代天魔の剣】を天にかざし、
マッド・ワイヴァーンの脳天に向かって振り下ろした。
この世界に最初からこの力を持って降りていたら。
俺はあの時のようにこの力を使いこなしきれず持て余しただろう。
だが、力無きゼロから始めた俺は、今思い出したこのチカラが懐かしい。
現実の戦闘に慣れた俺は確かにこのチカラを扱えていた。
ふとステータスを見れば、ウィンドウが展開されていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
半人族→上位人族
スキルの発動により【人族】:【上位人族】
5:5の比率が崩壊。
体内の電子体比率増加。
人体の形成を片方に偏らせます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
このチカラを扱えている理由の一つにも、
種族、上位人族があるのだろう。
それに…俺の種族…デミヒューマン。
誰だか知らないがやってくれたな。
この身体は…もう俺の身体とは言えない。
ゲーム内の種族と現実の身体が混ざり合ってしまった。
魔物を惹きつける香りと言うのも…ゲームを面白くする為にプレイヤーは魔物を引き寄せる設定と言うのが【魅了】に変わったのだろう。
そうすれば納得できる。
森の中での異常なエンカウント率。
あれは記憶が補完された今ならゲームの中とほぼ変わらないエンカウント率だったと言える。
俺は怒り狂う精神を1つの並列思考に預けて冷静な思考を続けた。
この時点でまともな人間とは言えないが。
身体の半分は【VRMMO】時代の俺のアバターのデータが構築している。
そして残る半分が俺の元の世界の生身の身体が構築している。
だから…混ざりモノの人間。
どうやら【リ・アバター】を使用すると
【VRMMO】時代の電子体の方が強くなり種族が変わるのだろう。
となると逆も考えられる。
ただの人間に戻れたなら、元の世界に帰る事も不可能ではないだろう。
これほどまで壊れた俺が元の世界に戻ってまともに生きていけるとは思わないが。
ドゴォォォォォォォン……………
頭部に穴を開けたマッド・ワイヴァーンが倒れる。
視線をノワール・ドールに戻せば、
面白いくらいに動揺してくれていた。
「ははは…こうなったらとことん壊れてやる。」
だが…壊れた俺はスキルに上書きされた…
ならば俺は俺の身体の半分をデータに変えた奴に会ってやる。
俺は空を見上げる。
「この空のどこからみてるかは知らないが、
いつかそのツラを拝んでやる。待っていろ」
取り敢えずは、俺自身のレベルを100まで上げて、
【存在昇華】させる。
何故か種族は既に【存在昇華】後の上位人族だが、構わない。
何かしら起こるだろう。
そして、魔王とやらを殺す。
魔王には少し心当たりがあるが、これから出てくる魔王は、多分本来の魔王では無いだろう。
新しく魔王になった奴に殺されたか、寿命で死んだかは分からないが、少なくとも俺はこの世界で1000年ぶりに復讐の第一歩が踏み出せるかもしれない。
スキルに隠された壊れた心の奥では、
いつのまにか懐かしい復讐の炎が灯っていた。
【SideOut】
観察者がミスを犯したとすれば、
それは昔見た、面白かった戦いを面白半分に再現しようとしてあるスキルを彼のスキル選択画面に追加した事だろう。
それによって彼はとあるスキルに染み込んでいた記憶を取り戻してしまったのだから…
いや、それとも、それ以前に…
彼に目を付けてしまったこと自体が観察者にとっての失敗だったのかもしれない。…
人に興味など無い者が興味をもった故の失敗。
つまり普段やらない事はやらない方が良いという事だった。
そしてこの瞬間、記憶を取り戻した彼の心の中には復讐と同時に、
真の下克上を達成しようとする炎もくすぶっていた。
[種族]
:【上位人族】
[レベル]
:【LV.98】
[職業]
:【剣士】
:【戦舞技師】
:【全属性大魔術師】
:【虐殺者】
: new!【古の戦士】
[名前]
:【雪埜 奏】
[経験値]
:【7965/9900】
[能力]
:【戦舞技補正:強】
【体力補正:強】【筋力補正:強】
【解析の眼】【弱点解析】
【縛りの咆哮】【竜種の咆哮】
【野生の本能】【下克上】【隠密】
【暗視】【魅了】
【砂塵の爪甲】【並列思考】
【瞬間移動】【予測の眼】【血分体】
【下位従属】【超回復】
【粘糸精製】【識字】【色素調整】
【剥ぎ取り補正:弱】【異次元収納】
【毒耐性:弱】【麻痺耐性:弱】【雷耐性:弱】
【炎耐性:弱】【氷耐性:弱】【武器作成:Ⅰ】
【格闘術補正:中】【幸運補正:弱】
【虐殺者】new!【古の戦士】new!【鈍感:超】
new!【剣豪:ⅠⅠ】new!【超思考加速】
【祖なる魔導師:II】〔8〕
:【全属性魔法】
:【魔法威力補正:強】
:【魔法命中率:強】
:【魔法操作:強】
:【魔力量増大:強】
:【魔力探知:強】
:【消費魔力半減】
:【魔力回復速度上昇:弱】
---------------------------------------
[クラン]
:【七光】
[Point]
:【16】
[所持金]
:【1102万3千6百エル】
[称号]
:【魂を鎮める者】
:【英雄の国の者】
new![職業]
:【古の戦士】
【リ・アバター】が変化した職業。
効果は不明。
new![能力]
:【古の戦士】
【リ・アバター】が変化したスキル。
アクティブスキル。
効果は世界が現実で無かった時のステータスを再現する。
【鈍感:大】→new!【鈍感:超】
【思考加速】→new!【超思考加速】
【剣豪:Ⅰ】→new!【剣豪:ⅠⅠ】
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