プロローグ
忘れ稲荷を知っているかい?
神々の創成期が始まる遥か昔から、地の上で生きてきた神代の大神獣
未来も過去も世界の果てすら見透す瞳と太古の叡知を操る狐
気まぐれで楽しい事が大好きで、姿を隠してはふらりふらりと世界を巡る
ゆえに狐は忘れられ、人の歴史にも神の歴史にも残らない
知っているのは狐が縁を結んだものだけ
忘れ稲荷を知っているかい?
気に入られれば、頼もしい味方と豊富な知恵を
怒りに触れれば、邪神でさえも哀れむ災厄を貴方は手にする事になるだろう
──大和国神獣古事記より抜粋──
「ふぅむ……ここはどこだ?俺は自分の社で寝ていたはずなんだが」
木々がざわめく深い森の中
一匹の狐が途方に暮れていた
緋色の瞳と蒼みがかった銀毛を持つどこか浮世離れしたその狐
名を蓮華
こう見えて五穀豊穣を司る最高位の稲荷神「ウカノミタマノカミ」の親神であり、大和の国で唯一三貴神と同格の自然神「空狐」と呼ばれる神獣である
のんきにあくびをしながらフワリ、フワリと尾を揺らす姿からはまったくそんな風には見えないが、気にしてはいけない
これが太陽神「アマテラスオオミカミ」より霊格が上の神だとか、些細な問題なのである……きっと
「知らない土地にまったく未知の…しかし大和の獣と似通った力を宿す植物、動物……もしかして、地球や幻想世界と似た根源の別世界か?」
興味津々で周りの木々や、そこに生きる小さな生き物たちをぐるりと見渡して……蓮華はニヤリと口の端をあげる
「なかなか面白そうな世界じゃねぇか。しばらく色々見て回るのもありか?」
楽しげに笑う狐がゆっくりと歩き出す
さぁ、気まぐれな狐の物語の始まり始まり