第五十七話 鏡花水月
赤い髪で、ボサボサ。
短髪で、その癖のある髪の毛がぴょんぴょんとはねている。
紅白のマフラーに黒縁眼鏡。
そして、白いコートに、淡い色のズボン。
そして、足にはブーツを履いているそいつは、未来人と言った。
「未来人…だと…?」
「ああ、そうだ…いや、元々からそういう存在はいないな…しいて言うのなら」
カチャリという音がし、そいつの手に握られていたものを見て、すぐに俺は構える。
「”お前と同じだよ”」
タァァンッという音があたりに響く。
俺はそれを見て、すぐに自分に向けて撃ったのだとわかり、グラムで弾く。
銃弾は弾く以前に俺の頬をかすめたが、俺の狙いはそれではなかった。
「くっ…遅かったか…」
「反響はした…これで、お前の体は俺の意のままだ」
「何をしているロシル!早く…」
バァァァァァン…。
直後に響く大きな音。
鼓膜に次々と爆音が響く。
それが集中してきて…。
体が無意識に耳を塞ぐ。
が、その動作でさらに響く音。
「ぁあああああぁぁぁぁあああああ!」
そう、こいつの能力は…反響。
その反響は…反響を生み…そして、範囲の見えない箱を作り出す。
…こいつの能力は自分にも影響するのだ。
だから、こいつの弱点でもあるそれを、俺たちだけにしか与えない方法…。
それが、この箱だ。
「分析力は、未来も過去も変わらず、流石だよ…流石…エドワードの継ぐ人だ」
継ぐ…か。
単に言われているだけだ。
未来で。
けど
「次元蛇穴!」
俺も一応は未来人の記憶がある。
対策法は…これだ!
俺は、次元蛇穴を放つ。
グラムで裂いた空間から無数の黒蛇が現れると、縦横無尽に走り始めた。
…蛇は…音に沿って…壁を…壊す。
「反響壊し…流石だ、ロシル」
風船なんて、中からところどころに穴を開けてしまえば、しぼんでいく。
この箱だって、そうだ。
・・・そうは言っても、暴発させただけだけど。
「オーヴィル、そろそろ目的を話せ、気が付いているんだろう?」
オーヴィルに尋ねる俺。
箱に閉じ込められ、耳を抑えていたガリッツたちはまだ伏せている。
耳をやられていなかったのは、俺だけだったようだ。
「…やはり、お前は…俺の知る、ロシルじゃないんだな…だとしたら、やはり敵同士だ」
そう言って、オーヴィルは構える。
「鏡花水月」
オーヴィルは、そうつぶやいた。
小さな声だが、透き通る声質を持っていて、聞こえた。
瞬間。
辺りに美しい水色の花が咲き乱れ。
地面や空中、そして自分の体すらも、花が咲いてきていた。
「鏡花水月…要するに、固有結界…だったな」
そう、幻覚、幻惑に陥れ、痛覚を与えずして、ダメージを蓄積させていく固有結界。
花が人体に咲いた時点で、俺はダメージを負っているはずだ。
「鏡花水月が解ければ、自動的に蓄積されたダメージはお前が受ける…この花全てが、お前への攻撃だ」
花が咲いた事象は、変わらないものだ。
つまり、俺はここでこいつ…オーヴィルを倒せたとしても、この花の数だけのダメージを背負う事となるわけだ。
…いや、違う。
鏡花水月は幻覚、幻惑…。
数個の花のダメージはあろうが、周辺に浮いてるものや、
俺についた花が全てダメージに繋がる花とは限らない。
物理的な攻撃が当たれば、それも花になるらしい。
記憶上、鏡花水月の発動制限時間は、最大10分だ。
「10分でケリをつけないと、俺は大ダメージを背負ったままお前と戦う事となるわけだな」
という事だ。
「…行くぞ」
鏡花水月の中で俺たちは互いの距離を短くする。
俺は飛び込んでグラムを振るい、オーヴィルは鏡花水月の幻惑で作り上げた白剣を振るう。
そして、ぶつかりあい、礫がそこらへんに飛び散る。
剣と剣が火花を散らし、カキンッという音と共に互いに剣を構える。
つばぜり合いになり、互いの体重を相手の方へとかけるが、互いに後ろへと下がる。
「魔剣の強さは確かに…しかし、この鏡花水月の中では…それも、破壊できる」
俺はグラムを見る。
すると、グラムには花が咲き、そして…
「なっ…」
弾けた。
粉々になっていくグラム。
「この花は、鏡花水月の中でなら咲く…そして、散る事もできる」
散る…つまり、破壊という事だ。
破壊をすると、干からびた物質はこのグラムのように…。
「そうだ、お前はもう俺の掌で動くしかない」
徐々に花が大きくなっていくのがわかる。
この花自体に意志があるのか…?
それとも、あいつが操っているのか…?
「…さて、ここで提案だ」
「俺と手を組もう」
…手を…組む…だと…?
「そうだ、俺と手を組み、そして…共に”世界を救おう”」
俺は、オーヴィルにそういわれた。
…世界を…救う…?
そんな疑問しか生まれない言葉を、言われ、俺は黙った。