第三十一話 女帝
俺たちは、この街の北にあるオアシスへと向かうために、街の中を通っていた。
腹が減ったと先程から唸るこの子は、トライアングルアイズの一人、シェイノ=チャルだ。
シェイノは、自身の小さな体に、強大な力を宿しているが、その凶悪なお嬢さんも、空腹には勝てないと見える。
「シェイノー置いてくぞー」
と、長身の男が言う。
彼の名前は、シフォン=ノイスクランチ。魔道士という自身の魔力(生命力)を代用して生み出す投影武装を扱う術者であり、その投影武装で生み出される武器は、大鎌。力は、強く並みの男よりかは力があるだろう。
別名を付けるなら、ゴリラとでも呼べる。
「なあ、ロシル」
「ん?」
「今、俺の事、ゴリラって思ったろ」
何故か勘が鋭い。
「え」
「誰がゴリラじゃ!」
シフォンは、俺に向けて思いっきり右ストレートをかましてきた。
俺は反射的にそれをかわす。
そして、俺はそのままシフォンの右腕を掴み、動かせないようにしておく。
「あぶないじゃないか!」
と、ここで俺、ロシル=フォートだ。
しかし、この名前は仮名でしかなく、本当の名前は知らないまま、ノエルという少女に名づけられた名前を今も使っている。
名前の大切さを嫌という程思い知るのは、どうやら呼ばれる時だろうな。
俺は、魔術師という史上最強の術師を目指している。
・・・目指しているというのもまた違うのかもしれないが、見習いとつけられているぐらいなのだから多分そうだろう。
魔術師として、生きるために必要なのは、呪文と呼ばれる言葉だ。
言葉・・・まあ、それもまた複雑で、どう表したものか、発音のない言葉が、呪文と呼ばれるらしい。
それで、呪文は、その術師に力を与える代わりに、魔力を奪う。
しかし、その魔力は魔道士と違って、少量。
奪う魔力は少なくとも、100という多彩な魔術を使うことができる。
それが、魔術師だ。
・・・まあ、これは説明があっただけで、それをそのまま言っているだけなんだが・・・。
とりあえず、分析をしつつ、俺たちは砂漠地帯、アビスパラ砂漠の目の前まで来た。
「・・・ロシル」
「わかってる、誰かつけてきてるな」
そう、そこで俺たちは勘づいた。
背後に、俺たちに近づいてくる一人の・・・人物。
動物でもない・・・なんだ、この悪寒は。
「シェイノ、左目の鐘猫を発動しろ」
「言われなくても!」
シェイノは、自身のトライアングルアイズ・・・左目の鐘猫を使う。
左右とは、表と裏を指すとされ、それぞれが、女帝の表と裏になっている・・・。
女帝の表は、愛情、情熱・・・そして、意を成す炎。
裏は、嫉妬、怠惰・・・そして、意を成す炎。
どちらも同じ炎であって、同じ炎でない。
形が違う。
憎悪の固まった紅い炎の裏とは違い、左目の鐘猫は、蒼い炎だ。
そして、右目の鈴犬は、紅い炎・・・
これらから、彼女の異名は、紅蒼女帝・・・。
そして、その左目が、後ろを向いた時・・・目から放たれる灼熱の業火が、背後に襲いかかる。
「おいおいおい!いきなり殺しちゃって、大丈夫かよ!加減ってもんをしろよ」
「・・・いや、火力は調節した・・・微量の火力は、あんなに大きくなりはしない・・・なんだ、あの炎・・・」
俺が焦る中、シェイノは自分の服の袖を口元へやって、目を凝らしている・・・煙を吸わないためか・・・。
そんな事を思ってる中、俺は自分の見ている世界がぐらりと傾いていることに気がついた。
「な・・・ん・・・だ・・・?」
「ロシル!煙を吸っちゃダメ!それ、麻痺煙だよ!」
麻痺・・・煙・・・?
そんなの聞いた事・・・。
「チッ、早くいえ・・・よ・・・」
と、隣にいたシフォンまで倒れる。
俺たちは、その場に無防備にも倒れてしまう。
砂に叩きつけられた顔にジリジリという音が鳴る。
「くっ・・・ボク一人しか動けない上に・・・これ・・・まずいかも」
シェイノは小柄だ・・・だから、俺たち男を運ぶ事もできない上に相手が相当な使い手だと思っているからこそ、判断的にまずいと思っているんだろう。
「に・・・げ・・・ろぉ・・・シェイ・・・ノ!」
渾身の力を出して、吐き出したように出た言葉を発したのは、シフォンだった。
全身に広がるこのビリビリとした感覚が、解けない限り・・・動けない。
敵か・・・それとも・・・
「なあ、ロシル・・・ボクさ、一つだけお願いしていいかな」
お願い・・・?こんな状況で・・・?
「キス・・・してもいいかな」