第十話 グラム
「グレイグ…5本の剣を自在に操る呪文…しかも、その一つ一つが、宝刀と化すというもの…確かに、それならば、俺の『バルディッシュ』と対等かもしれないな」
そういって、シフォンは、持っていた鎌を見下げて、それをブンッと横ふりをした。
本来、バルディッシュとは、武器の特徴として、斧のような形に、長い柄。
それは、刃を重心として人の胴体すらも切断するとして、知らされている。
…バルディッシュという名の大鎌なのかもしれない。
しかし、その鎌につく刃というと、まるでそれこそバルディッシュの刃をそのまま伸ばしたものに相違ないとも思えた。
それを、思い切り振ったのちに、そこに衝撃波によって生まれた突風が、俺たちに襲い掛かる。
俺は、そのまま動けず、ただその見えない真空波に怯え、本屋さんは、それを見て不意に俺の前に背を向けて立つ。
そして、自分の右手の親指を歯で噛み、そしてそこからぷくりと膨れて溢れ出てきた血が、親指の上にたまる。
それを、パッパッと手首を左右に二度振り、緑のなくなった高原に散らす。
そして、自分の親指を噛んだ右手で、手を広げた左手に、血で円を描いて、右手を左手の上に乗せて一気に、地面へと叩き込んだ。
その動作は、一瞬で、数秒で完成した。
血が、荒廃した土につくと、そこに、土が盛り上がって、土の壁ができあがる。
しかも、ただの土ではなく、それは赤土に、さらに砂鉄を混ぜられていて、それに、レンガブロックのような形となり、衝撃波を防いでいた。
そして、ノエルはというと、5つの剣がまるで意志を持つかのように、ノエルの前へと出てきて、回転を始めて扇風機のようになり、突風を弾く。
「私が、こいつを抑える。その間、ロシルに‘アレ‘を渡してちょうだい、ノブ子」
「…ノエル、いいの?」
「ええ、どうせあいつも、私が目的なんだし…それに、ソイルの敵としては、一度ぶん殴ってやらないと、気が済まないのよ…」
ノエルの手は、ブルブルと震えていた。
俺は、それを見て、自分は非力である事を思い知った。
それもそうだろう。
自分はここで生まれたわけでも、ここで過ごしてきたわけでも、ここで修業やらなんやらやってきたわけでもない。ただ…ただ…。
---俺は…一体、何をやっていたんだ…---
わからなくなった。
自分が。それをさとる事すらなくて、ただいきなり魔術師やらなんやらに巻き込まれて…。
けれど、これだけは…これはだけは…ハッキリしたい。
俺は、ノエルを‘守りたい‘のかそれとも、ノエルに‘守られたい‘のか、それを…ハッキリしたい。
俺は弱かった。手段として、俺は必然的に後者を選んでしまった。
…それは、辛くて…。
非力な俺が憎くなった。
そんな事を思っていると、本屋さんが、手を伸ばし
「ロシルくん、私と契約をしなさい」
と言ってきた。
「契約?」
「ええ、手を出して、そこに私とあなたの血を混ぜるわ、大丈夫よ、魔術回路を開放していれば、こんなの余裕だから」
「…わかった」
本屋さんは、それを聞くと、口元で何かを唱えた。
すると、そこに風で飛んできた草が、俺と、本屋さんの手と手の間を通り、二人の手の平をゆっくりと裂いてゆく。
それに対して、俺は何か摩擦があった程度の事でしかなく、そのまま垂れ行く血の行方すらわからなかったろう。
俺は、本屋さんを見続けていたのだから。
彼女の一見してブサイクにも見える顔は、グルグル眼鏡の透けたときに逆転する。表情が見えるのと、見えないのとでは、こうも変わるものかと思えた。それは、その眼鏡の中にある、煌びやかとしたかわいらしい瞳にあった。
どう見ても、美少女である。
頬についたそばかすをも巻き込んで、それさえもが美に変わるようである。
そんな素顔を俺は見続けていた。
「はい、血の契約は終了したわ、ロシルくん、…ってあれ?どうしたの~?おーいローシールく~ん?」
「…ハッ、はい!ど、どうしたんだ?」
「今から、あなたに力を与える権利を渡すわね」
「権利?物そのものでないのか?」
「ええ、これは権利よ。魔術師として生きるなら、すべての場合とすべての場所において、その確定した物体を任意的に取り出さなければ、魔術師として生きることはできない、それは原則よりも何よりも、大切な事になるのよ」
「そうなのか」
俺は、本屋さんの手と俺の手の間に、電撃が走る。
これ…魔導師の…。
投影武装だっけか…ここから、何かが生まれるのか…!?
「投影武装の使い方は、簡単よこうやって生み出して・・・」
「わかるかああああ!!!」
「まあ、落ち着きなさいって」
俺は、電撃を広げる。
そのまま広げていくにつれて、それは段々と姿形を露わにした。
それは…剣だった。
刀身こそ、両手剣に見え、そしてその形は、普通に見える。
しかし、その鍔に見える模様は、蛇。
そして、柄には龍。
刃の色は、赤い。
そして、電撃は、だんだんとその形を作っていくうちに消えてゆき、そしてそれを手にとって、ブンッと振って、俺は自分の手に収める。
見れば見るほど別段変哲もないものだ。
変わった形ではないし、かといって、短いわけでも長いわけでもない。
普通の両手剣。
けれど、赤い刃が目立つ。
それを見て、俺はこれで大丈夫かな…なんて、心配する。
「…」
「私は、ノエルの支援をするわ、ロシル君は…そうね、とにかくそれでどうにか攻撃は避けてね」
「そんな…無責任ですよ、俺なんて、初めてこんな…剣な…んて…」
いや…知っている。
剣を知っているのは当たり前なのだが、それとは違った。
俺は、明らかにその使い方、扱い方を知っている…。
それも、どこかであつかった事がある。ということでだ。
俺は…一体、どこでこれを…。
そう思ったとき、ノエルと本屋さんは戦いを再開した。