第九十六話 王の悦楽
「なんだよ・・・これ・・・」
凄まじく赤い城内だった。
まるで、血が塗りたくられたような廊下。
俺は、縄で結んだ男を壁に置いて血だらけの廊下を歩いた。
所々に焦げ痕が残っている。
柱も傷がついていて、侵入者のなんらかの襲撃があったと見るべきだろうか。
と、しばらく歩いた時、兵士が山のようにつまれていた。
鼻を劈くきつい臭い。
ハエが飛んでいて、死後数時間は経っているかのようだった。
「どういう事だ?俺が部屋に入って1時間も経ってないはずだぞ?」
それが、どうしてなのか理由を知る由もないわけだが、
兎に角、先へ進もう。
と、そこで血がどこかへ線を描くように一線が引かれていた。
どうやら・・・謁見室へと続いているようだ。
謁見室周辺まで近づくと、血は廊下に万遍なくつけられていて、何かが爆発したかのようだった。
謁見室の扉は開いていた。
王は大丈夫だろうか?
「フォーミル王!」
「だれぞ」
謁見室は、ほんの少し前とは違い、真っ赤に染まっていた。
中央には、焼け焦げた痕が大きく残り、まるで削ぎ取ったかのようだった。
どうやったのかわからないが。
「魔導師シフォン隊隊員のアナザーです!ご無事でしたか!」
「私に対し、そのような言葉は不要だ、加えて言うならば…」
と、王はチラリとさっきは気がつかなかったが、そこにいた少女を見た。
その少女は、白いフードを着ていたが、頭からフードがのけられていて、
表情が見て取れた。
…なぜか、虚ろな目をしていた。
「やれ、エサだシェイノ」
「了解し…ました…マスター」
と、その少女は虚ろな目をこちらへ向けようとした。
俺には何故かわからなかったが、感覚でその目の向く位置からサッと体を避けた。
すると、先ほどまで俺がいた所が今まで見てきた廊下にあったような、
あの焦げ痕が残っていた。
さらに、その場所は球状に抉り取られていた。
「じょ、冗談じゃない!王!何の真似ですか!」
それを見て、俺は体を震わせた。
恐怖だ。恐ろしく恐怖を感じている。
当たり前だ。こんなものを食らえば死ぬ!
「貴様は、王の命令が聞けないのか?死ねと言っている」
俺はその言葉を疑った。
なんだって?
”死ね”と言ったか?
「そんな!どうして!」
怒りよりも混乱しているほうが大きかった。
理不尽に命を落としてたまるか!
意味もなく命をこの焦げ痕になってたまるか!
自分は、今ここに生きている。
それを他人に奪われてたまるもんか!
「シェイノの力を計るためだ、そのためにお前ら兵士は贄になれと言うのに、
どうしてそこまで生を求めんとする?兵士になるに、死なぞいつでも訪れようぞ?
覚悟していなかっただけで、それを受け入れるのは、名誉なることではないか?
誇れ、褒むれ、貴様の死は栄誉なる高貴な死ぞ」
めちゃくちゃだ。
それじゃあ、死ぬのは素晴らしいと言っているようなものだ。
兵士になったのは、死にたくないからだ。
けれど、それだけじゃない。
守りたいものを守るためだ。
…だとしたら、俺たち兵士は何を守っていたんだ…?
「本当、申し訳ないんですがね、俺・・・その考えには乗れないです」
俺は、甕割を構える。
両手で掴んで、顔の右側まで持ってきた。
そして、シェイノがまたこちらを向こうとしてきた。
俺はそれを反射的に地面を蹴って、左へ避けた。
一瞬。光がそこを包むと、焦げ痕だけがそこに残った。
あいつの目は、目標とした所に”目”で見るだけで、焼き尽くすようだ。
正直、それを気にしながら行動するのは、勘弁してもらいたい。
…ここは、逃げるか!
「無音の衝撃波!」
俺は、シェイノに向かって太刀を振るい、無音の衝撃波を放った。
風を巻き込み、そこら中に突風を巻き起こした。
地面についていた血がまだ乾いてなかったらしく、
その血があたりに飛び散って、シェイノの目にかかる。
同時に王の目にもかかり、その隙に俺は謁見室からの脱出を試みた。
扉にタックルして、廊下へ出ると、血だらけの廊下へ出ると、
そこには、緑の装束が10数人・・・廊下の左右から謁見室へと向かってきていた。