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執行人 裏社会最強

作者: 原人

                 1

 深夜。薄暗く照らされたオクタゴンに二人の男が対峙していた。

 念入りにストレッチをする男の名は、高橋リョウという。

 かなり鍛えているのであろう。上半身裸の高橋は一目で一般人のそれとは大きく異なることがわかる。

 ストレッチの最中も高橋は決して、目の前の男から視線をはずすことはなかった。

 相手は路上最強と言われている男だ。不意打ち、金的、目潰しなんでもあり。

 そう聞いている。

 そんな男から目を離せるわけがない。

 むしろ今攻められても十分に対応してみせると高橋は考えていた。


 高橋の目の前でたたずむもう一人の男、横山カズキは高橋のストレッチが終わるのをただ待っていた。横山は黒のスーツ姿である。長身で細身、しかしそれは絞られ、極限まで鍛え抜かれた結果である。

 高橋は自分から目を離さないが、横山自身、高橋がストレッチをし終わるまで手を出すつもりはない。自分はあくまで正々堂々とし合うつもりだ。

 仕事と聞いてここまでやってきたが、まさか国内『第一戦級の格闘家』と立ち会うことになるとは。

 仕事の依頼と言われてここまでやってきたが……悪くない。高橋にはわからない程度に横山は笑みを浮かべた。


 やがて、ストレッチを終えた高橋が横山に聞いた。

「どうして……加瀬ダイスケをやった?」


                 2

 加瀬ダイスケは高橋リョウと同じジムに所属する総合格闘家である。最近ではあまり目にしなくなった格闘技中継だが、『アンリミテッド』の加瀬ダイスケといえば知る人ぞ知る、おそらく日本中量級で十指に入る猛者である。

 その日、加瀬は友人と一緒に飲み歩いていた。

 加瀬を知っている人間は、普段飲みに行くことの少ない加瀬がここ最近、急に飲む量が増えたと皆、口をそろえて言う。

 知人たちからはその姿はまるで何かを忘れようとしている風にみえるらしい。

 そんな加瀬が友人達と別れ、弟子の室井マサルと次の店に行こうかと話していた時、

「加瀬ダイスケさんですね?」

 と声をかけられた。

 最初は自分のファンだと思った加瀬だが、声をかけてきた男は明らかにファンではないとすぐに気がついた。

 日本人離れした長身、体は細いが決して弱弱しいイメージではない。むしろ鍛え抜かれていると言ってもいいだろう。そして何より加瀬が感じたのは男の立ち振る舞いだった。

 目の前の男はただ立っているだけなのに、全くといっていいほど、隙がないのだ。

「あぁ。そうだけど、あんたファンの人……じゃないよね?」

「そうですね。ぼくはあなたのファンじゃありません。しかし、たいしたものですね。流石第一線で活躍される格闘家だ。酒が入っていてもぼくがどういう人間か本能でわかっていらっしゃる」

「なにが言いたい?」

 加瀬には目の前の男が次に何を言うか十分に理解していた。

 加瀬は身構えた。

「加瀬ダイスケさん。突然の申し出なのですが僕と立ち会ってくれませんか。ああ、そんなに警戒しないでください。今ここでやるというわけではありません」

 男はオーバーに両手を広げ、今やりあう意思がないことをアピールする。

「ふざけた奴だ。第一、俺にはお前とやりあう理由はないし、それこそ俺はプロ格闘家なんだ。一般人には手を出せない」

「いや、あなたは僕と戦わざる得ないんですよ。だって――」

 男はすっと加瀬の耳元に顔を近づけなにかを話した。

「?!」

 加瀬は動けなかった。いつ来ても対応できるように、建て前上は取り繕ったことを話しても、いつでもやり合うつもりだったのに。

 それに何より、どうして、どうして、こいつがあのことを知っている?!

「ダイスケさん、なんですかこの男は。ダイスケさんがやるまでもないです。僕がやりますよ」

 と、目の前の男と加瀬の会話を聞いていた弟子の室井マサルが痺れを切らして間に割って入ってきた。

「いや、室井、お前は帰れ。こいつとは、俺が話をつける」

「ダイスケさん!?」

「いいや、室井さんあなたもいてください。何せ救急車を呼んでもらわないといけませんからね。このあたりにちょうど人通りの少ない空き地があったはずです。そこにいきましょうか」

 男はそういうと加瀬たちに背を向けて歩き出した。

 その日、加瀬ダイスケは顎を二つに割られ、人体のいくつかの箇所をもはや格闘技には復帰できぬほどに破壊されて、救急車で病院に搬送された。

 表向きは路上で絡まれ、プロ格闘家として手を出せずに相手の攻撃を受けた。そういうことになっている。

 ちょうど二日前のことである。


                  3

 ――二日後、深夜

「どうして……加瀬ダイスケをやった?」

 高橋は目の前の横山を睨み付けながら吼えた。

 対する横山は考えていた。どうしたものか、彼に本当のことを話そうか? いや、あれは仕事だ。仕事のことをそうぺらぺら喋ってはいけない。信用問題に関わる。なおかつ『事実を知ることで』彼のやる気がなくなってしまうと、それはそれで面白くない。

「僕と戦って勝てば教えてあげますよ」

 結果横山は漫画でも今時こんな台詞は出ないような台詞を言い放った。

「馬鹿にしやがって!! 路上最強てのがどんなものなのか見せてもらうぜ!!」

 高橋は横山に対して敵意向きだしでファイティングポーズをとり、一気に距離をつめてきた――。


 高橋リョウは加瀬ダイスケの所属するジム『ストバカ』の先輩格闘家であり、加瀬が日本中量級十指の人間なら高橋はその頂点に君臨する人間だった。

 立ってよし、寝てよしのスタイルは近代MMAの最先端を行くと評価され、海外でも結果を残し、今、日本一番で有名な格闘家の一人が高橋だった。

 もともと『ストバカ』は格闘サークルのひとつだったのだが、その創設当時のメンバーで今も『ストバカ』に残りプロとして活躍しているのが高橋、加瀬の二人だった。高橋の加瀬への信頼は厚く、興行でも加瀬がやられたら高橋がその敵をとりに行く、という構図が出来上がっていたほどの盟友なのだ。

 だから、今回も同じだ。

 加瀬がやられた、だから俺がその敵をとる。

 それが今回はノンオフィシャルで、というだけの話。

 

 だがルールなしという要素を高橋は重要視していなかった。

 もっと深くいうなら、高橋はMMAというスポーツのプロフェッショナルであって、ノールールでの格闘のプロフェッショナルではない。

 その意味を高橋は身をもって知ることになる。

                4

 高橋と横山の身長差は十センチメートル以上ある。

 殴り合いでは懐に入る必要が高橋にはあった。

 横山の打撃レベルを見極めようと何度か横山の射程圏内に入った高橋だが、路上にいる人間の打撃レベルではないと評価せざるを得なかった。

 はじめから受ける、避けるつもりでいたからよかったものの、うかつに横山の射程に入れば一瞬で終わる可能性がある。それほどまでにキレのある打撃。

 だからといっていかないわけにはいかず、高橋は踏み込み左ジャブを放つ。

 当たった。

 そう思った。

 しかしそれは数ミリのところでスウェーバックして外されていた。

 同時に高橋はボディに重い一撃を浴びた。

「ギッッ」

 横山はジャブに合わせて右の膝を合わせていた。

 たまらずバックステップで距離を取る高橋。

 だが横山は追ってこない。

 また高橋が踏み込む。

 左ジャブを見せてタックル。しかしそれはフェイントで本命は相手の意識外からの右のオーバーフック。

 だがこれも当たらない。

 ギリギリなところで避けられている。

 見切られている。

 高橋はそう感じた。

 また距離を取る高橋。

「どうして、打撃が見切られているか不思議ですか」

「さあな。あんたの方が俺より打撃が上手いってだけだろ」

「いいえ、違いますよ。ただ貴方達、表の格闘家は情報がありすぎる。申し訳ないが、貴方のパターンは完全に読み切っています」

「だったらなんだって言うんだ。打撃だけでこの俺を攻略したと思ってるんだったら、大きな間違いだぜ」

 悔しいが打撃勝負は不利、なら倒して潰すだけ!!

「いいですねぇ」

 高橋は覚悟を決めた。

 まさか国内で自分の本気の本気を出さなければならないとは。

 高橋は打撃重視の高かった重心を下げ、対外人用ともいえる低い重心のボクシングとレスリングをミックスさせた構えをとった。

 プロのリングでの高橋のタックルは超低空、来ると分かっていても切れないと評価され、高橋本人も絶大なる自信を持っている武器の一つ。

 しかし、それにはある程度距離を積めなければならない。だが、それが何だというのだ。

 たしかに恐ろしい打撃だが、決して今までこのレベルの人間とやり合わなかったわけではない。

 俺なら取れる。

 高橋は覚悟を決め、横山の射程圏内に頭を振って踏み込んだ。

 繰り出される横山の左ジャブ。このとき高橋は上半身だけ前方に振って横山のジャブを誘った。ジャブと同時に上半身をスウェーバックさせジャブの引き手にあわせてタックルに入る。

 決まった――。

 高橋はそう確信した。

 しかし、高橋は自分の顔より低い位置からの衝撃を受けてた。

「かはっっ」

 何を受けた。

 ダメだ脳が揺れてる。

 横山との距離は近い、距離を取られるとあの打撃で畳み掛けられる。

 組むんだ。死ぬ気で。

 寄りかかるようにして、横山に組みつく高橋。

 そして、そのままゲージまで押し込む。

 休め、少しでもダメージを抜け。

 ダメージで意識が朦朧とする中、何千回と繰り返してきたケージレスリングを無意識下に行う高橋。

 あと10秒。

 逃げられないようにフルパワーで横山に組みつく高橋。

 もう少し。

 行ける。

 この距離ならテイクダウン出来る。

 だが。

 真横からの衝撃により高橋は意識を失った。

 


「ようやく目が覚めましたか、高橋さん」

 はっと、声はするほうへ振り向く。

 そこには煙草を吸う横山の姿があった。

「俺はどうなったんだ?」

 高橋はケージ身を任せてもたれかかりながら聞いた。

「そうだ、テイクダウンしようとしたら横からの衝撃で……」

 意識を失った。

「何があったか教えましょうか?」

 横山は煙を吐き出しながらそう言った。

「ああ、ぜひ聞きたいもんだね」

「ダメージで少し記憶が飛んでいるとは思いますが、まず貴方のタックルの際にわたしはアッパーを合わせました」

「は? アッパーだと」

「ええ、そうです。いったじゃないですか、貴方のパターンは読み切っているって」

「馬鹿な、打撃だけじゃなくて俺の戦い方そのものを読み切っていたのか」

 横山は首を横に振りながら続ける。

「まあ本物ほどじゃないですが、わたしにも良い練習相手がいましてね。貴方対策はほぼ終わっていました」

「俺に匹敵する練習相手だと」

「裏には貴方が思いもよらない人間が沢山いるものです。表の乱立してるチャンピオン連中など問題にしない人間など腐るほどいますよ」

「その中の頂点に位置するのが、あんただって言うのか」

「まぁ否定はしませんけどね」

「最後の、最後の一撃はなんだったんだ?」

「あぁ、あれは」

横山はそう言って右肘を指差した。

「右の肘、そうか……」

「覚えてないかもしれませんが、組みついたあとわたしは貴方の右眼を少し触りました。ほんの少しだけですがね。その一瞬貴方はわたしと密着している身体を離してしまった。ほんの少しでしたが、わたしには貴方の意識を飛ばすには十分でした」

「なるほどなぁ」

「まぁ、最初のアッパーで貴方の意識が飛ばなかったのがわたしの最大の誤算でしたが。流石トッププロ。貴方の執念実に良かったですよ」

負けた相手に褒められてもうれしくねえよ。と高橋は聞こえないように呟いた。

「で、なんで俺はこうして五体満足なわけだ? どうして加瀬みたいにぼろぼろになんでしない?」

「高橋さん。あなた僕のこと人殺しとか、壊し屋か何かと勘違いしていませんか?」

「執行人って言うのは違うのかい?」

「ぜんぜん違います」

「じゃあ、負けた俺が言うことじゃないんだろうが教えてくれ。なんで加瀬をやった? 俺と加瀬の何が違ったんだ?」

 横山は少し考えた顔をして、

「そうですね。またこんな風に呼び出されるのも迷惑ですし、特別にお教えしましょう。加瀬さんは……」

 横山はそこでいったん区切りをつけて言った。

「交際相手を殺しているんですよ」

「は?!」

「どういう経緯でそうなったのかなんて僕は興味ありませんが、あなた方の出ている格闘技興行、『アンリミテッド』。いろいろ黒い繋がりがありますよね。加瀬さんは交際相手を殺した後真っ先にそこの代表に連絡を入れています。そこからはまあご想像にお任せしますが、僕の仕事は加瀬さんを二度と格闘技ができない体にすること。殺してほしいともいわれたんですが、それは『僕の仕事じゃない』ですからね」

「そんな……加瀬が人殺しなんて」

「信じる、信じないはあなた次第ですけど、今言ったこと口外しないでくださいね。僕は殺すのは仕事じゃないですけど、殺すのが仕事の人たちもいます。下手するとそっちの人たちと今度はやり合わないといけないかもしれませんよ?」

 そういうと横山は立ち上がり、両の手をポケットに入れて歩き出した。

「おい、どこにいくんだ?」

「どこって、ネタ晴らしもしましたし帰るんですよ」

 そういって振り向きもせず横山は出て行った。

 闇に消えていくその男を見つめながら、高橋はある決意をしたのだった。


 その後、高橋は加瀬に自首を勧め、自分も責任があると、格闘技からの現役引退を宣言した。

 自身がエースを勤めた団体『アンリミテッド』はその後、黒い繋がりを週刊誌に抜かれてスポンサーが離れまもなく解体。

 その裏に黒のスーツを着た男が密かに執行を下したことは誰もしるよしはない。


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