レオ・グラントの生家
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「ねえ、どうなのさあ」
弟のフィンが背中に負ぶさってきて聞く。
レオ・グラントは生家のグラント伯爵邸に久しぶりに顔を出した。弟から何とかいうあのけしからん男子生徒の情報を仕入れるために。
ところが、フィンは「なんであいつを見張ってるんだよう」としつこく聞く。
うるさいからと無視すると、このザマである。
末っ子だから未だに甘えたがりである。
仕方ないので、今まで見てきたあらましを話して聞かせる。フィンはフンフンと頷き、じっと考え込んだ。
「ジェイソン・ドナパルドは嫌なやつさ。でも、全然関わりのない女子生徒を怒鳴るっていうのはどうかなあ。彼は婚約者がいたはずだから、その子じゃないかな?」
「その婚約者っていうのはなんて名だ?」
「知らなーい。学園内でも婚約者同士で仲良くランチっていうのはよく見る光景だけれど、あいつのは見たことないしなあ」
ほとんど収穫なしである。じゃあな、と寮に帰ろうとすると、ちょっと待って、と引き留められる。
「母上ならご存知かも。もうすぐディナーだから、食べていきなよ」
「急に来たから悪いだろ」というレオに、家令が澄まして言った。
「レオ様の分も、もちろんご用意しております」
家族と囲むテーブルは久しぶりで、いつ以来だろうと考えていると、兄ウィリアムが言った。
「ちょうどいいところに帰ってきてくれた。報告があるんだ。」
皆ニコニコしている。良い報告らしい。ホッとする。
「実は、私たちに……」
「赤ちゃんが出来たんだって」とフィン。
いや、ウィリアムに言わせろとレオはフィンを睨んだが、フィンはデザートのプディングを美味しそうに食べているばかりだ。
「赤ちゃん……ですか」
レオはウィリアムと一緒に野山を駆け回った少年時代を思い出す。そのウィリアムがもうすぐ父親⋯
レオは胸が熱くなり、おめでとうございますというのがやっとだった。
フィンがレオの顔を覗き込んで、
「あ、泣いてるう」
と言うので、今度こそ頭を小突いてやった。
「春には貴方も叔父さんよ」と兄嫁キャサリン。
「身体を大切になさってください」とレオ。
「あーあ、僕も叔父さんかあ、まだ17歳なのに」とフィン。
「大丈夫。あなたはいつまでも私の可愛い赤ちゃんよ」と母。
フフフフフと笑い合う母とフィン。
いや、ダメだろうと父、ウィリアム、レオが顔を見合わす。
苦笑するキャサリン。
生家での生ゆるい夜が更けていこうとしていた。
だが、レオは思い出した。
「母上、ドナパルド子爵の御令息の婚約者をご存知ですか?」
「何番目の?」
「えっ?」
「あちら、男の子ばかり四人いらっしゃるのよ、うちも似たようなものだけれど」
「ジェイソンという名なのですが」
「そう、何番目かしら」
「僕と同い年だよ」とフィン。
「ああ、あの子ね、はて、誰だったかしら」
「もしかしたら紅い髪の子じゃないかと」
「あ、そう、そうだわ。スコット子爵の御令嬢よ。あちらは奥様が燃えるような紅い髪をなさっていて、お嬢さんもそっくりの髪色なの」
フィンが「ああそうか」と言った。
「セレナ・スコットだね。成績優秀な子だよ」
ディナーを終えて、では、と辞去しようとするレオに、フィンが猛烈に抗議した。
「帰っちゃダメだよ!たくさん相談することがあるんだから!」
はて相談?という顔のレオを、無理やり自分の部屋に引っ張っていくフィン。
「で、どっち?」
フィンがおもむろに聞く。
「どっちの子?」
「いやあ、それはまだ分からんだろう」
「はっ、何の話してんのさ?」
「赤ん坊が男の子か女の子かだろう?」
「もー、何言ってんのさ!違う違う!どっちの子が気になってるのって聞いてるの!あの兄さんが見張ってるあれの話!」
「あー、あれな。気になっているのは三人ともだな。厄介なことにならなきゃいいんだが」
「はーっ?いや、違うって。そういう話してるんじゃないの。兄さんはあの女の子たちのどちらかが好きで、一生懸命になってるんでしょ?」
「すき?」
レオは首を傾げた。
「うん、『好き』」
フィンは首を縦に振った。
「ラブの好きか?」
「うん、その好き」
レオはガハハハハとさも可笑しそうに笑った。
「お前、バカだなあ。そんなわけないだろ。あの子たちは子どもだ。まだ大人が見守ってやらにゃならん年頃の」
「ウ~ン、はたしてそうかな?」
フィンはニヤリとした。
「彼女たち、僕と同い年だよ。兄さんとはたった三つ違い。結婚するにはぴったりだ。長兄上たちをごらんよ、三つ違いだよ。父上と母上は倍の六つ違いだ。ね」
「何が『ね』、だ。あのなあ、こっちは学園の安寧を守る騎士なんだぞ。そんな奴に秋波を送られてみろ、気色悪いだろうが」
「気色悪いかどうかはさておき、自分の気持ちに正直にならないとね」
なんというアホな弟だろうとレオは呆れて弟を眺めた。
フィンは勝ち誇ったような微笑みを返してくる。
「まあ、それは置いといて、もう一人の女の子ってどんな子?」
「どんな子?」
レオは天井のシャンデリアを見上げて思い浮かべる。
「ウ~ン、護衛騎士のような……」
「はっ?!なわけないでしょ。ちゃんと考える!」
「ウ~ン、鋭い視線の……」
「もう!容姿は?!」
レオは再び思い浮かべる。
「なんか、綺麗な子だったような……」
「じゃあ、明日、僕、自分で見てくるよ」
と言うフィンを必死に押し留め、レオは生家を後にした。
大した収穫も得られず、訓練で得る爽快な疲れとは違う、変な疲れを感じながら。
お読みいただき、ありがとうございました。
久しぶりの実家って疲れます。




