騎士レオ・グラント(ゆるゆる編)
お読みいただき、ありがとうございます。
このエピソードは、基本的に前のエピソードと同じものです。
少しテイストを変えてお届けします。
王国騎士団の精鋭、レオ・グラントは、今にもあくびを噛み殺すのに必死だった。
かつてはスラムの荒くれ者を拳一つで黙らせてきた男が、今はどうだ。平和の象徴のようなオートリア学園で、貴族の嬢ちゃんたちが落とした刺繍入りのハンカチを拾い集める日々。
(……俺は、落とし物を拾うために騎士になったわけじゃないんだがな)
しかも理不尽にも、その落とし主の嬢ちゃんたちは、レオが差し出したハンカチを乱暴に引っ掴むと、こちらをギリリと睨みつけるのである。
(まったく、理由が分からん……)
そんなレオの「騎士の魂」が、朝の車寄せで過剰に反応した。
一台の馬車に、音もなく忍び寄る影。
(出たな、暗殺者!……いや、刺客か!?)
レオは電光石火の速さで身構え、あわや抜剣せんとした。が、その「刺客」は、馬車から降りてきた友人と「きゃーっ、ごきげんよう!」と花が咲いたような笑顔で抱き合った。ただの女子生徒である。
……気まずい。
レオは「いや、別に怪しい奴を探していたわけではなく、ストレッチをしていただけですよ」という顔で明後日の方向を向いたが、その時、少女が見せた鋭い視線に心臓が跳ねた。
それは、獲物を狙う鷹か、あるいは不審者を即座に排除しようとするベテラン衛兵の目だ。
(……あの目、「同業者」の匂いがする……!)
レオは勝手に「学園に潜む凄腕の護衛官」という設定を彼女に押し付け、勝手にライバル心を燃やして後を追った。
昼休み。事件はレオが「不自然に」教室の壁に張り付いていた時に起きた。
「おい、セレナ! ちょっと来い!」
学園の品位をドブに捨てたような怒鳴り声。レオは「待ってました!」と言わんばかりに突入しようとしたが、中から聞こえてきたのは、あの少女の、驚くほどわざとらしいほど「凛とした」声だった。
「お待ちになって。あいにく、今日のセレナ様は私と先約がございますの。お話があるなら、また別の日になさって。……例えば、来世紀とか?」
レオは入り口の影で「来世紀は言い過ぎだろう」と心の中でツッコんだ。
「うるさい! 俺はこの女の婚約者だ、口を出すな!」
「ええ、存じ上げておりますわ。……それが何か?(笑)」
「だ、だから! 俺の言うことに黙って従っていればいいんだよ!」
「まあ……! 皆様、お聞きになりまして? 『黙って従え』だなんて。このご時世に、まあ、なんて化石のような男尊女卑かしら。皆様、今の録音……じゃなくて、記憶なさいました?」
男の顔が、怒りでゆでだこのように真っ赤になる。拳が震え、今にも殴りかかりそうな気配。
(よし、今度こそ俺の出番だ!)
レオがヒーロー然として踏み出そうとした、その0.5秒前。
「まあああ、恐ろしいこと! 皆様、ご覧になって! この方、か弱くて可憐な私を、その丸太のような拳で殴り飛ばすおつもりですわ! きゃー、助けてー、誰かー(棒読み)!」
……迫真の(?)演技だった。
周囲の生徒たちが「最低だわ」「野蛮だわ」と冷たい視線を浴びせると、男は耐えきれず、捨て台詞さえ噛みながら教室を逃げ出していった。
レオは、壁際で完全にタイミングを失い、ポツンと取り残された。
「あれ、レオ兄さん。壁と一体化して何やってんの?」
声をかけてきたのは、能天気な弟のフィンだった。
「……フィン。今、あの教室からマッハで逃げていった男は誰だ?」
「えっ、ジェイソン・ドナパルドだよ。……兄さん、顔が怖いよ。なんか恨みでもあるの?」
ドナパルト。確か南方の血を引く子爵家だ。貴族名鑑を暗記しているレオの脳内辞書が「小物・要注意」と書き加える。
「どんな奴だ」
「わがままで自分勝手。僕は、あいつの変なヘアスタイルからして苦手」
「……見張っておけ。いいか、不審な動きをしたら俺に報告だ」
「えっ、なんで? 僕、お昼寝の時間なんだけど……。ちょっと、兄さん!」
レオは、後ろで「家でお母さんに言いつけてやるー!」と叫ぶ弟の声をBGMに、颯爽と(のつもりで)立ち去った。
(あの女……食えないな。俺の出番を完全に食いやがった)
レオの退屈は、少しだけ、変な方向へと解消されつつあった。
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