騎士レオ・グラント
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王国騎士団に籍を置いて二年。レオ・グラントは、かつてない退屈に身を焼かれていた。
これまでは、怒号と汗が染みつくスラムや、活気あふれる商店街で治安を維持してきた。そこには毎日、守るべき日常と、打つべき悪が実在していた。
だが、今の配属先はオートリア学園。並び立つのは優雅な校舎、行き交うのは着飾った貴族の子女たち。ここには、騎士が剣を振るうような隙などどこにもないように思えた。
それでも、レオの性根は真面目だった。
朝の車寄せ。事故を防ぐために目を光らせていると、一台の馬車に音もなく近づく影があった。
(――刺客か?)
レオの体が反射的に強張る。だが、それは杞憂だった。現れたのは一人の女子生徒で、馬車から降りた友人と親しげに笑い合っている。
自身の過剰反応に内心で苦笑し、視線を外そうとしたその時。レオの目は、迎えに来た少女が「さりげなく」周囲に巡らせた視線を見逃さなかった。
それは、ただの友人を待つ顔ではない。獲物を警戒し、対象を何者かから護ろうとする――実戦をくぐった騎士特有の「守護」の目だ。
直感が告げていた。この学園の静寂は、単なる見せかけに過ぎない。
レオは持ち場を同僚に託すと、吸い寄せられるように二人の後を追った。
その日の昼休み。予感は的中した。
「おい、セレナ! ちょっと来い!」
学び舎に似つかわしくない、野卑な怒鳴り声が廊下に響く。声の主は、あの二人が入っていった教室の中にいた。
即座に介入しようと踏み出したレオを止めたのは、凛とした、鈴を転がすような声だった。
「お待ちになって。あいにく、今日のセレナ様は私と先約がございますの。お話があるなら、後日にしてくださる?」
あの車寄せの少女だ。レオは足を止め、教室の入り口の影に身を潜めた。
「うるさい! この女は俺の婚約者だ、部外者は黙ってろ!」
「ええ、存じ上げておりますわ。……それで?」
「だから! 俺の言うことに黙って従えばいいんだよ!」
「まあ……! 皆様、お聞きになりまして? 『黙って従え』だなんて。あまりに横暴が過ぎるんじゃございませんこと?」
挑発的ですらある少女の言葉に、男子生徒の肩が大きく震えた。怒りで理性を失い、拳を握りしめる。
(まずい、暴力に及ぶ気だ!)
レオが介入を決意した瞬間、少女がさらに声を張り上げた。
「まあああ、恐ろしいこと! 皆様ご覧になって! この方、私を殴るおつもりですわ! どなたか、助けてくださいませ!」
計算され尽くした悲鳴だった。周囲の生徒たちが一斉にざわつき、非難の視線が男に突き刺さる。たまらず男は、逃げるように教室を飛び出していった。
レオは気取られない距離を保ち、男の背を追う。角を曲がり、男がある教室へ入るのを確認したところで、背後から声をかけられた。
「あれ、レオ兄さん。こんなところで何やってんの?」
そこにいたのは、弟のフィンだった。レオは周囲を警戒しながら、低い声で尋ねる。
「いいところに来た。今、あの教室に入った男の名は?」
「え? ああ、ジェイソン・ドナパルドだよ。あいつ、何かやらかしたの?」
ドナパルド。レオの脳内にある貴族名鑑が即座にページをめくる。南方の血を引く子爵家だ。
「どんな奴だ」
「気性が荒くてワガママ。正直、僕は苦手だな」
「……少し、あいつを見張っておけ」
「えっ、なんで? ちょっと、兄さん!」
レオは弟の呼びかけを背中で受け流し、その場を去った。
退屈な学園生活に、ようやく「騎士」としての仕事が紛れ込んできたような気がした。
(あの少女、ただ者じゃないな……)
背後から聞こえる「家でちゃんと説明してよね!」という弟のぼやきを聞きながら、レオの唇には、無意識に微かな笑みが浮かんでいた。
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