アイリス・ルピナス伯爵令嬢の場合
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「アイリス・ルピナス伯爵令嬢、貴様との婚約を今、破棄する。畏まって聞くんだな」
学園のお昼休み。アイリスはガゼボで、メイドが持参したランチを今まさに食べ始めようかと、マスクの紐に手をかけたところだった。そこに通りかかった婚約者のジャーク・キンドルス侯爵令息とその取り巻きたち。
アイリスはマスクをしっかりと付け直すと言った。
「今でなくてはならないのですか?今から食事なのですが」
「婚約破棄と言っているのだぞ!お前の一生を左右する話だ」
「ハイハイ、もう聞きました。婚約破棄ですね。了解です。手続きお願いしますね」
「くわーっ、なんだその態度は!もう少し殊勝に出来んのか!」
「私、自分を婚約破棄するような方に取る態度なんて知りませんわ。どんなマナーブックにも書かれておりませんもの。そうだわ、貴方がお書きになったらどうです?題して『これで貴方もマスター!婚約破棄される側が取る態度』。売れるといいですわね」
ジャークは地団駄を踏んだ。分かりやすいやつである。取り巻きが励ます。
「ジャーク様、ファイト!」
取り巻きに紛れていた令嬢がジャークの額の汗をハンカチで拭った。
ジャークは持ち直した。
「どうだ、見たか。俺には彼らのような仲間がいるのだ。お前を見ろ。ひとりだ。そういうのをボッチ飯とか言うらしい。寂しいことだな」
「あのー、早く食べたいので、何処かへ行っていただけませんか?邪魔です」
「邪魔っ!邪魔だとー!!!」
ジャークはゼイゼイと肩で息をする。もういっぱいいっぱいである。取り巻きが励ます。
「ジャーク様、ドンマイ!」
令嬢が背中を撫でさする。
ジャークは持ち直した。
「そ、そうだ、お前はどうせ食事時は友人を遠ざけているのだろう」
「ええ」
「フッフッフ、認めたな。わかっているのだぞ。食事にはそのいつも付けているマスクを外さなければならないからな。婚約者の俺でさえ見せてもらったことのない素顔だ。ワハハハハ、どうせ二目と見られぬ酷い面相を⋯」
ジャークが言い終わらないうちに、アイリスはあっさりマスクを取った。
ジャークたちは皆、膝から崩れ落ちた。
春の陽光を透かす白磁の肌、宝石を溶かしたような瞳、まっすぐ整ったほっそりした鼻筋、赤くぽってりと潤む花の蕾のような唇。その造形は、神の悪戯かと思うほどに完成されていた。あまりも美し過ぎたのである。
アイリスはマスクを付け直した。
「おっしゃって下されば、何時でも外しましたのに。残念な方ですね」
ジャークたちは声も出ない。
「失礼いたしますわ。今後、見かけても声などかけないでくださいませ」
アイリスは静かに立ち去った。メイドが手早くランチを片付けて、それに従う。
アイリスは、心の中で拳を天に突き上げていた。
(やったわ!ついに婚約破棄!)
子供の頃から怠惰で粗野で意地悪なジャークが大嫌いだった。
しかし、キンドルス侯爵家からの婚約の申し出は、家格の差のため断れなかった。
だがアイリスは素直に結婚する気などさらさらなかった。そこで一計を案じ、マスク着用となったのである。
上手く行った。
先ほどの場面はこっそりメイドに魔導具で記録させてある。一度口にした婚約破棄を撤回などさせない。
踊り出しそうになる脚を理性で抑えて、アイリスは別のガゼボに向かうのだった。
「見つけたわ」
「ええ、見つけましたね」
元校長のアテナと卒業生のソフィアは頷きあった。
ここは理事長室の奥にある小部屋である。
ここで彼女たちは、学園中に張り巡らされた魔道具の監視カメラでアイリスたちを見ていた。
「見事なものだったわね」
「そうですね、感心してしまいました。また酷い婚約破棄劇の開幕かと、ドキドキしていましたが」
「本当にね。いつ助けに入ろうかと待ち構えていたけれど、立ち入って邪魔しなくて良かった」
始動した婚約破棄対策課は仲間を求めていた。
アイリスに声が掛かったのは言うまでもない。
こうして、三人目の最強メンバーが対策課に加わった。
お読みいただき、ありがとうございました。
連載はちょっとしんどいのですが、
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