ソフィア・ローズウェル公爵令嬢の場合
「もう、いい加減になさい!」
私の怒号が、静まり返った大広間に突き刺さった。教師生活三十年、これほど声を荒らげたことは一度もない。しかし、私の堪忍袋の緒は、音を立てて断ち切られた。
ここはオートリア学園の卒業パーティー。ホールを埋め尽くす卒業生たちの視線の先には、近年この国で忌まわしい流行と化している「断罪の儀」が繰り広げられていた。
浮気を繰り返す男子生徒が、あろうことか己の非を棚に上げ、清廉潔白な婚約者に濡れ衣を着せて衆目の前で婚約破棄を突きつける。これまで、どれほどの女生徒たちが謂れなき辱めに涙を流してきたことか。
私は、壇上で不敵な笑みを浮かべる二人組を、射貫くような眼差しで睨みつけた。
モルティマー王太子と、その腕にまとわりつくカサンドラ・レクトル男爵令嬢。
学業は疎か、素行の悪さは目に余る。学内で起きる紛争の火種を辿れば、必ずこの二人に突き当たる。空き教室から漏れる醜い嬌声に、どれほどの生徒と教師が眉をひそめてきたことか。
「校長先生、邪魔しないでくださいよぉ。今、楽しい楽しい『断罪劇場』が盛り上がっているところなんだから」
モルティマーがニヤニヤと下卑た笑いを浮かべる。
「そうよ、お堅い独身校長先生。だから誰にも貰い手がなかったんじゃないかしら?」
カサンドラがさも可笑しそうに、扇子の陰でせせら笑った。
二人の前には、モルティマーの婚約者であるソフィア・ローズウェル公爵令嬢が、屈辱に震えながらも凛と立ち尽くしていた。
「いいえ。校長として、貴方がたの理不尽な暴挙を見過ごすわけには参りません」
「あはは!俺に向かってそんな口を利いていいのかなぁ? 首が飛んじゃうよ~?」
物理的な死、あるいは社会的抹殺。王太子の言葉は冗談ではないだろう。
だが、構うものか。教え子の尊厳を守るためなら、この首など安いものだ
「そもそもカサンドラさん。貴方は度重なる不祥事に加え、全学科で『不可』を記録し、既に退学処分となっています。この場に居ること自体、不法侵入です」
「だってぇ、モルティマーが来いって言うんだものぉ」
「殿下。貴方に学外の人間を招待する権限など与えた覚えはありません」
「何言ってんの? 俺は次期国王、王太子だよ。できないことなんて無いんだよ」
「お黙りなさい。……今すぐカサンドラさんを連れて退場しなさい」
「やだね。命令すんなよ」
「――これ以上の議論は無駄ですね。殿下、貴方の卒業は取り消します」
「……は? おい、ちょっと待て!」
呆然とする王太子を背に、私はソフィアを伴って会場を後にした。その足で向かったのは理事長室。事の顛末をすべて報告するためだ。
理事長、イングリッド・シンクレアは、私の言葉を一つも漏らさぬよう真剣な面持ちで聞き終えると、女性としては低く太い声で応えた。
「よくやってくれた。感謝するよ。……さて、王太子の卒業取り消し手続きを急ごうか。国王からの横槍が入る前に、二度と動かせないよう外堀をガチガチに固めてしまうんだ」
イングリッドは冷徹な手際で書類を整理し、ふと顔を上げた。
「それから、アテナ・ルーミス。君をクビにする」
私は静かに頷いた。学園に累が及ばぬよう、自ら辞表を出す覚悟はできていたから。ショックはなかった。
だが、イングリッドは不敵に口角を上げた。
「勘違いしないでくれ。これは一時的な防衛策だ。必ず君を校長の座に戻す。今は王家の不当な介入から君を保護するために、『不祥事の責任を取らせて解雇した』という形にするだけさ。……その代わり、君には水面下で動いてほしいことがある」
私は思わず唾を飲み込んだ。
「あのような理不尽な婚約破棄劇を、我が国から根絶しなければならない。そのためには、毒が回る前の『徹底的な事前調査』が必要だ。そこで学園内に秘密の部署を新設しようと思う。アテナ、君をその『課長』に任命する」
イングリッドは通信用の魔導具を掴み、部屋を出ようとした。
「あの王太子が即位して国王にでもなったら、この国は終わりだ。芽が小さいうちに摘んでおかなくてはね」
この国の貴族のほとんどが卒業生であるこの学園において、彼女のネットワークは国家を動かすほどに広大で恐ろしい。その網を使い、王太子の醜聞を社交界へ流布する。いくら国王と言えど、全貴族を敵に回してまで不道徳な息子を世継ぎに据え続けることはできない。それは国の崩壊を意味するからだ。
「……先生。私も、お手伝いさせてください」
不意に傍らから声がした。理事長との密談に没頭するあまり、彼女の存在を失念していた。
ソフィアが私の手を強く握り、力強く頷いている。
こうして、私たちの「婚約破棄対策課」は、二人きりで産声を上げた。
お読みいただき、ありがとうございました。
連載はちょっとしんどいのですが、
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