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心の地図を広げて

城下町は、いつの間にか小さくなっていた。


それでもハオは、前だけを見て走る。


ヴァルシオンを走らせながら、自然と歌がこぼれた。



旅をしよう

もっと知りたい まだ見ぬ景色が

僕を呼んでいる

心の地図を広げて

今日はどこまで行けるだろう



「……っと」


少しスピードを出しすぎて、車体がよろめいた。


「まだ張り切りすぎだな。ゆっくり行こう」


どこまでも続く草原を、一人きりで走る。


風が頬を撫で、どこまでも高い空が広がっていた。


昼過ぎまで走り続け、やがて街道を外れたい衝動に駆られる。


「……気になるけど、今はアミナの港だな」


目前には、深い緑の森が広がっていた。


森の手前でヴァルシオンを止め、降り立つ。


「やっぱり、鍛錬はルーティンにするか……」


——グゥ。


「その前に腹か」


黄色の筒から食料を取り出し、パンとチーズをかじる。


ヴァルシオンにもたれ、簡単な昼食を済ませた。


草むらに身を預け、そっと目を閉じる。


「朝早かったし、少し休もう」


そう呟いたあと、ふと胸に何かがよぎった。


「……結界は張らないけど、輪は回してる。まあ、いいか」


風に揺れる草の音を聞きながら、ハオはそのまま眠りに落ちた。


しばらく続いていた静寂を破るように、ハオの瞳がパチリと開いた。


「……来るな」


反射的に上体を起こし、鋭い視線で周囲を探る。


次の瞬間、空気が張り詰め、森の奥から圧のような不穏な気配が押し寄せてきた。



ゴォォォッ!



木々が激しく揺れ、枝葉が爆ぜるように宙へ舞った。


何かが、一直線にこちらへ突き進んでくる。


「来たか……!」


次の瞬間、森を突き破って現れたのは、


全身を鋼のような剛毛で覆った巨大な猪型の魔物トライスパインボアだった。


「トライスパインボアか……」


鋭く湾曲した牙が太陽を反射し、地面を抉る勢いで突進してくる。


咆哮とともに、地鳴りが響いた。


ハオは迷いなく身を翻す。


魔物の突進が空を切り、背後の岩を粉砕した。


「動きは単純だ……」


すかさず足元の小石を蹴り上げる。


石は宙で回転しながら赤く発光し、瞬く間に炎を纏った。


「——炎弾!」


火球が一直線に魔物の顔面へ。


炸裂音とともに火花が散り、トライスパインボアが苦悶の咆哮を上げる。


「やはり、火は苦手か」


怯んだ隙を逃さず、ハオは地を蹴った。


疾風のごとく魔物の側面へ回り込み、


鋭く横腹へ蹴りを叩き込む。


「——ッ!」


巨体がバランスを崩し、地面に倒れ込んだ。


その瞬間、ハオの拳が閃く。


迷いのない一撃が、魔物の下腹部に突き刺さった。


「終わりだ」


鈍い衝撃音とともに、トライスパインボアは短い断末魔を上げ、動かなくなった。


戦いの余韻だけを残して、静寂が戻った。


ハオは肩で息をしながら、魔物の牙を引き抜いた。


「……確か、売れるんだったな。少しは旅費の足しになるか」


初勝利の余熱を胸に、ハオは大きく背伸びをした。


「うーん……せっかく気持ちよく寝てたのに」


見上げると、太陽はすでに傾き始めている。


「思ったより寝てたな。まあいいか……今日はここで休もう」


マジックコンテナから薪を取り出し、火をつけた。


パチパチと音を立て、炎がゆっくりと育っていく。


平らな場所を整え、マットと寝袋を敷く。


肉にスパイスを振り、鉄板で焼いた。


ついでにパンも温める。


簡単な晩ご飯だったが、驚くほど美味かった。


「……外で食べるだけで、こんなに違うのか」


大空の下で食べるだけで、心がほどけていくのを感じた。


片付けを終えると、お湯を沸かす。


タオルを浸して絞り、体を拭いた。


「風呂に入れない日は、これでいいな」


ハオは腰のポーチから、八角形の小さな紙を八枚取り出した。


刃を当て左の親指を浅く切り血が滲む、紙の中心に血を落とす。


迷いはなかったが、慣れきっているわけでもない。


血をつけた紙を円を描くように地面へ置き、石で固定する。


その中心にしゃがみ込み、地面に手をついた。


「八方結界」


静かに、しかし確かな力で、魔除けの結界が張られた。


「……よし」


満天の星空の下、寝袋に潜り込み、目を閉じた。


世界は静かで、夜の闇さえ穏やかに感じられた。



ハオは夜明けとともに目を覚ました。


寝袋から抜け出し、大きく伸びをする。


ひんやりとした朝の空気を、胸いっぱいに吸い込んだ。


「さてと」


地面にあぐらをかいて座り、目を閉じる。


ゆっくりと呼吸を整え、瞑想に入った。


魔力が静かに満ちていくのを感じながら、しばらくそのまま時を過ごす。


そっと目を開け、立ち上がる。


次は柔軟だ。


一つひとつ、じっくりと身体を伸ばす。


その後は筋トレ。


すべての動作を、あえてゆっくり行った。


額を伝う汗が、朝の冷気に触れて心地よかった。


「……ふぅ」


一息つき、背筋を伸ばして立つ。


両手を腰の位置で組み、力を込める。


気が体の中心へと集まってくる。


熱を帯びた流れが芯へと集まり、限界まで満ちていくのを感じた。


そして、解放。


「……はぁ」


「よし、こんなもんかな」


薪に火をつけ、ぱちぱちと弾ける音を聞きながら湯を沸かす。


タオルで汗を拭い、身体を整えた。


リンゴを半分に切り、パンと一緒に齧る。


野営の後始末を済ませ、ヴァルシオンに跨った。


「さあ、出発だ」


ヴァルシオンが低く唸り、朝の風を震わせるように響いた。


森の中を、ヴァルシオンは慎重に走る。


道は荒れており、速度は抑えめだった。


途中、ハオはふとヴァルシオンを止める。


道端の草に、目が留まった。


「……リィネアグラスか」


薬草だ。


「貰っておこう」


赤い筒から収納用のボックスを取り出し、


ナイフで葉を切り取る。


薬瓶に入れ、軽く栓をした。


「処理は後だな」


再び走り出し、森を抜ける。


その先には、なだらかな草原が広がっていた。


丘の上に、馬が二頭いた。


その傍らに、二人の男が立っている。


年の頃は三十代。旅人風ではあるが、


視線は、真っ先に荷物へと向いた。


「おーい!」


ハオは近づき、ヴァルシオンから降りる。


「どうも」


「旅人か?」


「ええ」


「どこへ?」


「アミナの港です」


「俺たちと同じだな」


もう一人が、じろりとハオを見回す。


「兄ちゃん、軽装だな。この辺は魔物も出る」


「お気遣いどうも。気をつけます」


にこやかな返事に、男の眉がわずかに動いた。


「荷物、余裕ありそうだな。少し持ってくれよ」


「自分の荷物は、自分で持ちましょうね」


「旅は情だろ?」


「では、僕は先へ」


ハオはそれ以上関わらず、ヴァルシオンに跨った。


背後で何か言っていたが、振り返らない。


「……ほんと、いろんなのがいる」


そう呟き、前を向いた。


草原をしばらく走る。


森の中より道はましだったが、ハオはスピードを上げなかった。


今日は急がず、ゆっくり進むと決めていた。


やがて川に差しかかる。


深くはなかったため、ヴァルシオンを押して渡った。


その先、街道脇に馬車の一団が立ち止まっているのが見えた。


男が二人、女が二人。


そして、十歳ほどの少女が二人。


馬車は止まり、車輪が窪みにはまっている。


「旅の方ですか?」


中年の男が声をかけてきた。


「はい。どうされました?」


「車輪が……」


「なるほど。手伝います」


ハオはヴァルシオンを降り、馬車の後ろに回る。


ぐっと力を込めると、ゆっくりと車輪が動き、窪みから抜け出した。


子どもたちが、ぱっと声を上げる。


「ありがとうございます」


「いえいえ」


「お昼はもう? 一緒にいかがですか?」


「まだです。……では、お言葉に甘えます」


ハオはしゃがみ込み、子どもたちと目線を合わせた。


「ハオだよ」


「ソフィ!」


「エリー!」


「よろしくな」


昼食の間、ハオは質問攻めにあった。


笑い声が草原に広がり、風に乗って遠くまで響いた。


食後、ハオは言った。


「アミナ港まで行くなら、護衛しましょう。目的地も同じですし」


「……本当に?」


「お昼のお礼です」


アーロンは、深く頷いた。


「では……お願いします」


「先に行ってください。僕は後ろを守ります」


「わかりました、お願いします」


馬車が動き出し、ハオはその後ろについた。


しばらくは、順調だった。


道は次第に乾いた大地へと変わっていく。


——そのときだ。


ハオは違和感に気づいた。


街道寄りの右手側の地面に、水たまりが二つあった。


「……あるわけないだろ」


ヴァルシオンを走らせ、馬車の横へ出る。


次の瞬間、水面が弾け、そこから人影が飛び出した。


大きなサーベルを振り上げ、男が跳びかかってくる。


「きゃあ!」


馬車が止まり、子どもたちの悲鳴が上がった。


ハオは小さなナイフで刃を受け流し、


そのまま地面へ降り立った。


「どうして気づいた?」


「この乾き具合で、水たまりはない」


「荷物を置け。そうすりゃ命だけは助けてやる」


「ハオさん……!」


振り返ったハオは、いつもの穏やかな笑みを浮かべた。


「大丈夫。僕強いから」


二人が同時に斬りかかる。


ハオは、ぎりぎりまで引きつけてから身を引いた。


——衝突の音が、乾いた大地に響いた。


「ぐおっ!」


悶絶する二人に、ハオは静かに問いかける。


「……まだ続ける?」


再び振りかぶった腕を掴み、力を込めた。


「痛い! 痛い! わかった!」


ハオは手を離した。


「分が悪い。逃げるぞ!」


二人は街道を外れ、逃げ去っていった。


「ハオ兄ちゃん、強ーい!」


「ありがとうございます。あなたがいなかったらと思うと、ぞっとしますよ」


「へへへ。お役に立てたなら光栄です。さあ、進みましょう」


一行は再び、アミナ港を目指して進んだ。


やがて、遠くに街が見えてくる。


白と青の建物が陽を受け、海がきらきらと輝いていた。


初めて見る海は、想像以上に広く、美しかった。


「……海か。本当に、でかいな」


港の門前で、馬車の一行と別れる。


「ありがとうございました」


「またね、お兄ちゃん!」


「旅の成功を祈っていますよ」


「こちらこそ。楽しい時間を、ありがとうございました」


馬車は先に門をくぐっていった。


ハオは兵士に声をかけた。


「しばらく滞在したいのですが」


「身分証を」


ノマディア・リーフを差し出すと、兵士は慣れた手つきで確認した。


「問題ありません。ようこそ、アミナ港へ」


「ありがとうございます」


促され、ハオはヴァルシオンに跨った。


ゆっくりと、門をくぐる。


ハオの旅は、ここから静かに動き出した。


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