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強くなるために

王国の劇場には、昼過ぎには多くの民が集まっていた。


城の者たちも、持ち場を離れられない者を除き、ここに集まっている。


国王が壇上に立つと、劇場を満たしていたざわめきは、すっと消えた。


「親愛なるイセルダの民よ」


国王は一拍置き、続ける。


「今日は、我が国の第一王子ハオより、大切な話がある。後は任せよう」


ハオは壇上へ歩み出た。


「ハオ様ー!」


声が上がる。


ハオは、静まるのを待った。


「今日は、僕のことで集まってもらってありがとう」


深く、一礼する。


「単刀直入に言う」


「僕は——長い旅に出る」


一瞬の沈黙。


その直後、劇場全体にざわめきが広がった。


ハオは手を上げる。


再び、静寂。


「僕は、もっと強くなりたい」


拳を握りしめる。


「九歳の頃から、十年間。ルドルフ先生のもとで修練を積んできた。


剣も、体も、国を治めるためのことも学んだ。……それでも、まだ足りない」


「この国を守るために、強くなりたい。王は最後の砦だと言われる。でも、僕は違う。


僕は——最前線の、最初の砦でありたい」


「誰一人、犠牲になんてしたくない。


だから、旅に出る。世界を見て、力を磨いて、必ず帰ってくる」


子どもたちへ、自然と優しい視線が向いた。


「また遊ぼうな」


酒場で顔なじみの男たちを見る。


「また飲もう」


「今より強くなった僕で、戻ってくる」


「それじゃあ……また会おう」


深々と、頭を下げた。


一瞬の静寂のあと、拍手が爆発した。


「ハオ様ー!」


「かっこいいぞ!」


「待ってるからな!」


ハオは壇上を降り、もう一度、深く礼をした。


そして、幕の向こうへと姿を消した。



演説の翌朝、ハオは城下町に出ていた。


一人の旅人として旅人ギルドに登録するためだ。


石畳を歩いていると、すぐに声が飛んでくる。


「ハオ様! 本当に行っちゃうの?」


「おう、レオン。泣くなよ。僕がいない間、街を頼むな」


「うん! 任せてよ!」


「ハオ様、無茶しないでね」


「ソニアさんも火傷に気をつけて。またパン買いに来るよ」


「おう! 食料はまだか?」


「後で寄る。その時は頼むよ、ジン」


声をかけられるたびに足が止まり、そのたびに笑顔がこぼれた。


それでも、ハオは嫌な顔ひとつしなかった。


ようやく辿り着いた旅人ギルドの扉を、ハオは押し開ける。


キィ、と年季の入った軋みが響いた。


「おはようございます、ソナさん」


「あら、ハオ様。お待ちしていましたよ。こちらへどうぞ」


奥のブースへ通され、そのまま席に着く。


しばらくして、管理人のギアダンが姿を見せた。


「お待たせしました、ハオ様」


「いえ、よろしくお願いします」


「ではこちらを。ノマディア・リーフです。


地図、通帳、身分証明を兼ねる、大切な品になります」


ハオが手に取ると、掌にほのかな熱が宿った。


「画面に触れてください」


指先が触れた瞬間、淡く光が走り、メニューが浮かぶ。


「人型のアイコンから、身分登録を行います」


「……王子ってこと、伏せたいんだけど」


ギアダンは一瞬だけ目を細め、すぐに頷いた。


「出身国までの登録です。ご本人が口にしない限り、分かりませんよ」


「そうですか……それなら良かった」


「次はこちらです」


ギアダンは三本の筒を並べた。


「黄色は食料用。中に百リットル分のボックスが三つ入っています。


この印に触れると取り出せます」


「青は飲料水用。かなりの量が入ります」


「赤はその他。道具や装備を入れてください」


「黄色が食料、青が水、赤がその他……了解です」


「以上が、旅人への支給品になります」


ギアダンは穏やかに続けた。


「ギルドでは仕事の斡旋も行っています。


簡単な手伝いから、討伐や事件解決まで様々です。


困ったときは、いつでも頼ってください」


「ありがとうございます」


ノマディア・リーフとマジックコンテナをポケットに収め、ハオは席を立った。


扉を出ると、街の空気がほんの少しだけ違って感じられた。


旅立ちが、現実になり始めていた。


次は、前からずっと欲しかった魔導二輪だ。


店の前には、魔導二輪がずらりと並んでいる。


どれも思わず見惚れるほど格好いい。

胸の高鳴りを抑えつつ、ハオは店に足を踏み入れた。


「すみません」


「いらっしゃい! ……あっ、ハオ様!」


「やあ、ザック。親方は?」


「今は出てますけど、すぐ戻りますよ。俺でよければ!」


「長距離向きの二輪、オススメある?」


「そうですね……この黒の《クロウファング》は軽くて丈夫。長旅でも疲れにくいですよ」


「こっちの黒と銀は少し重いですけど、安定感があります」


話していると、奥の扉が開いた。


「おう! ハオ様じゃねえか」


「あ、シドさん」


「魔導二輪で旅か。いいねぇ」


親方は、楽しそうに笑った。


「まずは、気になったやつを選びな」


ハオは並ぶ二輪を見渡し、ふと一台の前で足を止めた。


「……これだな。白いボディに青いライン――一目で気に入った」


「ほほう」


シドが目を細める。


「そいつは力のある奴向けだ。魔力効率がいい。ハオ様なら、乗りこなせる」


「名前は?」


「《ヴァルシオン》だ。少し値は張るが、長く使うなら損はねえ」


「……いくら?」


値札を見て、ハオは思わず声を漏らした。


「うわ……すげぇな。これは……笑うしかない」


「気に入ったか」


シドは腕を組み、少し考えてから言った。


「……出世払いだ」


「え!?」


「世界を旅して、稼げるようになってからでいい」


「いや、それは……嬉しいけど……いいのか?」


「男に二言はねえ。国王様には内緒だぞ」


ハオは深く頭を下げた。


「……ありがとうございます。必ず、払いに戻ります」


「よし」


シドは声を張る。


「ザック! ヴァルシオンを出せ。試運転だ!」



旅立ちまで、あと七日。


朝食を終えた後、母がハオの部屋を訪ねてきた。


「ハオ、ちょっといい?」


「うん、どうした?」


母は小さな麻袋を差し出した。


「これを」


「……?」


中を覗くと、


白いマント、黒の長袖シャツ、暗い朱色の長ズボン、


黒いグローブが、きれいに畳まれている。


「着てみて。絶対に似合うから」


「わかったよ」


袖を通すと、生地は驚くほど軽く、動きをまったく妨げなかった。


旅のために仕立てられた服だと、一目で分かった。


ハオはそのまま部屋を出て、玉座の間へ向かった。


「母さん、どうかな」


「ハオ兄様、かっこいい!!」


リディアが真っ先に声を上げる。


「うん、よく似合ってるわ」


母は満足そうに頷いた。


「やっぱり、こうなると思っていたのよ」


「良いではないか」


父も、静かに言う。


「ありがとう、母さん。確かに……服のこと、全然考えてなかったな」


「でしょう?」


ハオは苦笑して、肩をすくめた。


「参ったなぁ……お見通しですかい」



ついに、旅立ちの前夜が訪れた。


出発は、日の出とともに。


見送りは禁止され、城は深い静けさに包まれていた。


ハオはカイを自室に呼んだ。


「……ついに明日か」


「ああ。留守を頼む。特にリディアを」


「任せとけ」


「必ず帰る」


「分かってる。待ってるよ、兄さん」


そのとき、扉が小さくノックされた。


開くと、不安そうな顔のリディアが立っていた。


「ハオ兄様……」


「もう遅いぞ、リディア」


「お願い……ひとつだけ」


「なんだい?」


リディアは何も言わず、抱きついてきた。


ハオは黙って抱き上げ、


強く抱きしめた。


「ありがとう……もう、大丈夫」


「……こちらこそだ」


その夜、ハオは眠らなかった。


黒いシャツに袖を通し、ベルトを締め、グローブをはめる。


ルドルフから託された首飾りを胸に下げ、マントを羽織った。


「よし……行くか」


ノマディア・リーフをポケットに、ナイフを一振りとマジックコンテナを腰に下げる。


静まり返った城を抜け、ゆっくりと門へ向かう。


そこには、魔導二輪ヴァルシオンが待っていた。


押して城下町の門まで行き、無言で跨る。


振り返らない。


悲しみではなく、ただ前へ進む覚悟だけがあった。


胸の奥で、静かに、しかし確かに熱が燃えていた。


朝焼けの道を、ヴァルシオンは静かに走り出した。



——強くなるために。


——この国と、この民すべてを守るために。


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