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僕が女の子だと思ってるんですね


 目が覚めると、窓の外は真っ暗だった。まだ夜中らしい。

 だが丁度いい。村人たちが寝静まっているうちに、こっそり村を出よう。

 それにしても、こんな寝心地のいいベッドは初めてだな。好意に甘えるのは不本意だが、部屋を貸してくれたアミナや彼女の父に感謝せねば。

 そんなことを考えながら、上半身を起こす。


「むにゃ……」

「……」


 なぜキャロルが俺に抱き着いている?

 どこから持ってきたのか、黒のネグリジェ姿だ。

 確かこいつも、別の部屋を用意してもらったよな。ちゃんとこいつがそっちの部屋へ入っていくのも見たし、寝る前は間違いなく俺一人だった。


「おい」

「ふにゃ?」


 手刀をポスっと頭に打ちつけて、目を覚まさせる。


「ふわぁああ! あー……主さまぁ。もう朝ですかぁ?」


 体を起こして、キャロルが伸びをする。


「あれぇ? まだ夜中じゃないですかぁ。ふわぁああ。主さま、もう少し寝ましょう」


 そう言ってキャロルが俺に抱き着いてこようとしたので、素早くベッドから抜けて立ち上がった。


「いつの間に俺の布団にもぐりこんだんだ。一人じゃ怖くて寝られませんってオチか?」

「僕が一緒だと、迷惑ですか?」


 質問の答えになってない。

 しかもなんだよ、その潤んだ瞳と赤らめた頬は。まさかそれで色仕掛けのつもりじゃないだろうな?


「迷惑だね。金輪際、勝手に俺の寝床へもぐりこむんじゃない」

「あれぇー? なんでですかねぇ。たかが子供じゃないですかぁ? ひょっとしていつも子供扱いしてくるのに、実は僕の体見て反応しちゃってたりしますぅ? 主さまのエッチー」


 ジト目でニヤけるキャロルに呆れて、もはや怒る気にもなれない。


「寝小便でもされたら迷惑だって言ってんだよ。おまえなんかに色気など感じるか。それどころか俺は、おまえが男か女か迷ったくらいだぞ」


 上着を羽織りながら、そう言った。


「じゃあ主さまは、僕が女の子だと思ってるんですね」

「は?」


 振り返り、ベッドの上でちょこんと座るキャロルの顔を見る。

 思わず胸に目がいってしまったが、ぺったんこだ。


「あ! 僕の胸見た! わーい、主さまのエッチ―!」

「その流れはもういいって。要するにおまえは、女装趣味の男子ってことか? それでいいんだろ?」


 ハァーッと大きく息を吐いて、キャロルから目をそらす。


「ふふふ、どっちだと思います?」


 こ、こいつ……随分からかってくるじゃないか。

 もう一度振り返ると、キャロルは着ているネグリジェの紐を肩から外し、上目遣いで俺を見つめていた。


「確かめてみますか、主さま?」


 ベッドについた両手を太ももで挟み、挑発的な表情を向けてくる。

 うーむ……。

 子供のくせに背伸びしてるんだか大人の真似事なのかは知らんが、親の顔が見たいもんだ。


「俺、もう準備できたから行くわ」


 バカなことをやっているキャロルを置いて、俺は部屋を出た。


「わーん! ごめんなさい、主さまー! 置いてかないでー」


 完全に子供に戻ったキャロルの声が、中から聞こえてくる。

 とはいえ、あいつ。ホントにどっちなんだ?


     * * *


 俺たちは宿を静かに出て、村を去ることにした。

 日はまだ登っておらず、魔法による光で照らさなければ、完全に真っ暗だ。


「主さまぁー。やっぱり眠いですー」


 目をむにゃむにゃこすりながら、キャロルがぼやく。


「なら、おまえはもう少し寝てろ。俺は先に行く」

「うー。主さまのいじわるー」


 眠そうにあくびしながら、結局ふわふわ飛んでついてくる。

 出発のときは必ず声をかけてほしいと、アミナには念を押されていたが……。

 この村にとっても、急いで出発したほうがいいと俺は考えている。

 あの神殿の建設は、光輝教団の管理のもと行われていた。ならば建設現場の責任者から光輝教団の本部へ、定期報告があったはずだ。

 しかし建設現場を潰したことで、その報告が途絶えることになる。

 そうなれば、光輝教団から調査員がやってくるだろう。その調査員が建設現場へ直接向かえば、そいつもアンデッドと化した兵士どもに噛まれて、アンデッドの仲間入りになる。その場合は問題ない。

 ただ、調査員が村にやってきた場合、村人になんらかのとばっちりや被害がないとも言い切れない。

 そうなるまえに、本部をぶっ潰すのが最良だ。


 なんて……それは建前か。

 本当はこれ以上、アミナや村の人と顔を合わせたくなかったのだ。

 俺は人助けをする英雄でもなければ、世直しをするような勇者でもない。ただの復讐者だ。これから実行しようとしていることを村人が知れば、感謝なんてできなくなるだろう。だから、恩人のように扱ってくる彼らを見ると、心苦しくなる。


「あ! あの女だ!」


 キャロルが村の入り口あたりを指さして叫ぶ。

 そこにいたのは、アミナだった。


「ノア様。やはり黙って行かれると思ってました」

「引き止めにきたな! しつこい女めー!」


 キャロルがヒシッと俺の腕にしがみついて、密着してきた。


「ふふふ。違うよ。ちゃんと、お別れだけはしたくって」

「ふえ?」

「キャロルちゃん。ノア様をお願いね」


 そう言ってアミナが、キャロルの頭を優しくなでる。

 俺は組んでいるキャロルの腕を振り払い、アミナに目も向けず、一人で村の入り口へと向かっていった。

 そういうの、もういいから。俺は誰の為でもない、俺自身のために復讐をやり遂げるだけだから。


「あ! 待ってよ、主さま!」


 振りほどかれたキャロルが、走って追いかけてくる。


「最後に、これだけ言わせてください!」


 そんな声が後ろから聞こえてきて、つい足を止めてしまった。

 しばらく沈黙が続き、虫の音だけが聞こえてくる。

 空がほんのり明るさを帯び始め、眼前に広がる森をぼんやりと照らし出した。


「ノア様がどう思おうと、私も村の人たちも、ノア様に救われました! みんな、本気で感謝しています!」


 たとえそれが、人道に反することでもか?

 その言葉に心が救われたなんて思わない。これから行われるのは、人の道から外れた堕天使による、身も凍る復讐の惨劇なのだから。

 俺は振り返ることなく、黙ったまま歩み始めた。

 彼女の言葉によって纏わりつく心地よさを、振り払うように。


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