俺は英雄なんかじゃないのだが……
神殿でのひと仕事を終えた俺たちは、なぜか村の宿の広間でもてなしを受けていた。
「今日は野宿にならないで、ラッキーでしたね。主さま!」
テーブルに置かれた山菜料理を、キャロルがパクパクむさぼる。
なんでこいつは、この状況を違和感なく受け入れてるんだ?
俺はというと、目の前の料理に戸惑いを感じている。
神殿の建設現場は今、光輝教団の連中がアンデッドとなって動き回っている。罪のない村人を襲うことはないが、極力近づかないよう忠告に来ただけだったんだが。
まさか村人たちに歓迎され、宿まで用意されることになるとは。
窓には今も村の子供たちが張り付いて、外からこちらを覗き込んでいる。
さっきも子供たちに囲まれて、英雄扱いされてしまった。村の大人たちも、色んなお礼の品を渡そうとしてくる始末。まずは自分らのボロボロの体と疲れきった顔から何とかしろ。そう言って、すべて突き返したのだが。
それでは気がすまないと食い下がられたので、とりあえず一泊だけ世話になることにしたのだ。
「すいません。恩人なのに、こんなボロ屋にしかお泊めできなくて」
アミナという村の女が控えめに頭を下げながら、さらに料理を運んできた。森の中で、光輝教団の兵士たちに追いかけられていた女だ。
彼女の家族は、この村で宿屋を経営しているとのことだった。
「構わないでくれ。施しを受けたくて、村に寄ったわけじゃないんだから」
「い、いえ! あなたは命の恩人ですから」
うーむ。俺はただ、復讐のためにあいつらを潰しただけなんだが。
まあ、宿に泊まらせてくれるというのは、正直ありがたいではある。それに彼女はボロ屋と言っているが、故郷にある俺の家なんかに比べたら、はるかに立派で快適だ。
そんなことを思いながら広間を眺めていると、アミナの父親という男が調理場からヒョコッと顔を覗かせてきた。
「いやぁ、あのまま連中に働かされていたら、村人から何人も死人が出てましたよ。ホントに感謝しています!」
そう言って父親が、頭を下げる。
暴力的なことは苦手です、と顔に書いて歩いてるような、人当たりのよさそうなおじさんだ。
さっきも娘を助けてもらったお礼を繰り返しながら、頭を下げまくっていたな。
「あの……お口に合うかは、わかりませんけど」
そう言ってアミナが、何かをタマゴでとじた料理を俺の前に置いた。
「ノアさん。それ、娘の手作りなんですよ。普段は料理なんてめったにしないのに、今日は珍しく……」
「お、お父さん! 余計なこと言わないで!」
父親にからかわれ、アミナが顔を赤くする。
わざわざ作ってくれたというのなら、無下にするほうが失礼かもしれないな。
「それじゃあ、せっかくだからいただくよ」
そう言うとなぜか彼女は、さらに顔を赤くさせて、俺の側からそそくさと離れていった。
何か気に障ってしまったか?
とりあえず、出された卵料理をスプーンですくって、口に運ぶ。
ほう、旨いな。そういやティアが作ってくれた料理は、お世辞にもおいしいとは言えなかった。だから料理の担当は、いつも俺だったっけ。
思い出すと、涙が出てきそうになった。
村の歓迎とほどこしを受けて、ほんの一瞬でも心が穏やかになる自分に嫌気がさす。
復讐だ! 復讐のために、堕天使となって戻ってきたんだ!
「あ、あの……。おいしくなかった……でしょうか」
不安そうな顔で、アミナが問いかけてきた。
考えてることが表情に出て怖い顔にでもなってしまったからか、彼女が勘違いしてしまったようだ。復讐はさておき、ほどこしには感謝しておこう。
「いや、すごくおいしいよ」
微笑んでからそう答えると、アミナはもじもじしながら頬を赤らめてうつむいた。
思った反応と違うな。褒められることに慣れてないのか?
せっかく料理が上手いんだから、もっと周りに褒められたらいいと思うぞ。
「主さま。なんか、鼻の下伸びてませんかー?」
キャロルの意味不明な言葉に、思わずため息がもれた。
「ノ、ノアさん……。この村には、その……いつまでいらっしゃるんですか?」
「明日には出ていきまーす。主さまへの質問は、僕を通してくださーい!」
キャロルがアミナの言葉を遮る。急に何を言い出してんだコイツは。
「うふふふ。可愛らしい妹さんですねー。でも、大人同士の会話を邪魔しちゃだめですよぉ」
「む! そんなんじゃないんだもんね。僕は監視役だから、主さまに近づくにふさわしい者か、見極める必要があるんですー」
「それじゃお兄様がかわいそうですよ、妹ちゃん」
「妹じゃないしー。相棒だしー!」
なぜバッチバチになってんだ、この二人。キャロル、食事中に後ろから抱き着いてくるんじゃない。うっとおしいから離れろ。
「明日、旅立つのは本当だ。俺にはやることが山ほどあるからな」
「そう……ですか……」
なんだか、すごくガッカリされてるな。
一向に離れないキャロルが舌を出してるのが横目に見えたので、ほっぺたをプニッと引っ張ってやった。
「べー、べへ! な、何ふるんでふか、主はまー!」
「うるさい。早く離れろ。食べづらくてかなわん」
まったく。天使だろうが神の遣いだろうが、やはり見た目通りただの子供か。




