女は堕天使に神を見る
「だ、誰か! 誰か助けて!」
アミナは森の中を必死に駆け抜けながら、天にもすがる想いで祈った。
何度も転び、木の枝にひっかけて、全身傷だらけの泥だらけだ。
それだけじゃない。普段から浴びせられてきた鞭による傷も、激しく痛む。しかし、痛みを感じている暇なんてない。
止まれば、あの人たちに追いつかれて殺される!
光輝教団から遣わされたという、あの兵士たちに!
「あっちだ! 足跡があるぜ」
「絶対逃がすなよ!」
「見せしめに、たっぷりお仕置きせんといかんからなぁ」
遠くのほうから、複数の男の声が聞こえてきた。いつも村のみんなに鞭を振るっている、あの兵士たちの声だ。
逃げなきゃ、逃げなきゃ!
どこでもいいから、とにかく遠くへ!
焦ってしまい、地面から飛び出た木の根に足を引っかけて、転倒する。膝を擦りむき、うつ伏せに倒れ込んだ衝撃で息が詰まる。視界がぐらぐらと揺れて、全身を痛みが襲う。
なんで……なんで、こんな目にあわなきゃならないの?
アミナは目に溜まった涙を、泥だらけの服の裾で拭った。急いで立ち上がり、再び走り出す。
ひと月前までは、平和な村だった。
お店のお手伝いをしながらお客さんとおしゃべりをしたり、友達と川辺でじゃれ合ったり。そんな普通の日々が、ある日を境に一変した。
突然、光輝教団の兵士たちがやってきて、強制的に働かされるようになったのだ。
神殿を建設するからと言って、毎日毎日、朝から晩まで。
与えられるのは、最低限の粗末な食事だけ。しかもその食事の材料は、アミナが暮らす村の畑で作られたものだった。
完全にタダ働きの奴隷扱い。
命令に背くことは、神に逆らうのと同じだ。そう言って鞭を浴びせてくる。
もともと光輝教団の人たちは、都市の貴族やお布施を多く出す金持ちばかり優遇していた。
貧しい村の人間はお布施が出せないからか、低俗扱いしていたんだ。神の言葉だとか意志だとか言ってはいるが、そんなの嘘だってずっと思っていた。
確かに魔人災害を光輝教団が鎮圧したときは、村の人たちも感謝していた。
でも今は、本当に彼らが世界を救ったのかと、疑わずにはいられない。
もっとも、そんなことを言えば異端者として拷問されたり、処刑されたりする。だから誰も逆らえず、疑問を口にすることすらできないでいるんだ。
実際、神殿建造のために村の人たちが集められたとき、口答えしたおじさんの末路は悲惨なものだった。
あんなことができるなんて、もはや同じ人間だと思えない。
「見つけた! あっちだ!」
振り返ると、光輝教団の兵士たちがアミナを指さしているのが見えた。
「ひ!」
顔から血の気が引くのを覚え、口から悲鳴が漏れる。
いやだ!
死にたくない、死にたくない!
兵士たちに背を向けて、必死に走る。
しかし突然、頭部に痛みを感じ、強い力で後ろに引っ張られた。髪を掴まれて、引き倒されたらしい。
「いやーー! やめて! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、許してくださいーーーー!」
恐怖のあまり、反射的に謝罪の言葉を繰り返した。
「手間かけさせやがってよぉ」
「ひゃっはっは。俺らの教育が足りなかったんじゃね?」
「だな。こりゃあ、神に背いて逃亡した罪も、加算するしかないっしょ」
ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!
神様の大事なツボを、不注意で割ってしまってごめんなさい!
逃げたりしてごめんなさい!
神様、謝りますから!
ちゃんと毎日お祈りもします!
必死に働いて、お布施もたくさん出せるよう頑張ります!
だから、許してください!
目の前の兵士だけでなく、光輝教団が崇める神様にも懇願した。
「なあ、どうせ処刑するんだ。せっかくだから楽しまね?」
「ばーか。端からそうするに決まってんだろ? 俺たちゃ光輝教団の加護を受けた兵士だぜ」
「そうそう。やっぱこういう女は、俺たちのモノで清めてやんねぇとよ」
兵士たちがイヤらしく舌なめずりしながら、アミナを押さえつけた。
この後に起きることを想像し、さらに血の気が引いていく。
「いや! やだやだやだ! やめて! ホントにやめてください! お願いします! 許して!」
複数の兵士たちに両手足を押さえつけられ、どうすることもできない。
ニュイッと上がった目は血走っていて、口元はよだれが垂れている。こいつらは悪魔だ。神の名を騙る、悪魔たちだ。
いよいよ正面の男が、ベルトを緩めてズボンをおろした。
そのときだった。
一瞬目の前が光に包まれたかと思うと、男がズボンをおろした状態で、プスプスと煙を上げた。
「が……かか、かは!」
痺れたように体をびくびく動かして、兵士の男が白目をむく。
「「「な?」」」
アミナを取り押さえていた兵士たちも、驚きの声を上げる。
「大当ったりー!」
陽気な声がして、その場の全員が一斉に声のするほうを振り向く。
そこには幼い女の子と、薄笑みを浮かべる青年が立っていた。
女の子の服装は小悪魔っぽいし、青年は黒くて禍々しい何かを体から放出している。それだけ見ると、まるで堕天使のような二人組だった。
しかしアミナは彼らを見て、心の底から思った。
神様が助けに来てくれたのだと。




