エピローグ
「ノア・エルグレイス殿。よくぞ大司教グレイザムの悪行を暴き、聖王都を救ってくれた! そして此度の事件により、魔王を倒して魔人災害を鎮圧したのも、そなたとその仲間たちによる功績だということが分かった。私も民も、グレイザムに騙されておったのだ。許してほしい」
聖王都の王が、椅子から立ち上がって頭を下げた。その瞬間、周りにいる兵士たちから、ざわめきが起きた。
国のトップが誰かに頭を下げるという行為には、とても重要な意味があるのだろう。
さて。俺は今、聖王都にある巨大な城へと招かれ、王の間にいる。
グレイザムの言うとおり、聖王都は勝者である俺を担いだわけだ。
聖騎士団や大司教との戦いの後、第七神殿に踏み込んだ王都の兵士たちによって、光輝教団の裏の顔が明らかになった。そして堕天一族の汚名も魔人災害の真相も、今回の事件によって明らかになった。
特に、魔人を隠し持っているという光輝教団のヤバイ悪事は、王都の人間たちに大きな衝撃を与えたらしい。
それとともに、魔人災害を引き起こしたのが堕天一族ではなく、実は光輝教団だったことも自然と広まっていった。
だがこれは、表向きの話だろう。まあ、聖王都が過去をどう扱い、今回の事件をどのように使うかなんて、俺にはどうでもいいことだがな。
余談だが、第七神殿へと踏み込んだ兵士からは、神と天使がいたという話も女と子供がいたという話も聞いていない。あの二人は、無事に天界へ戻れたのか。
「私は仲間を失いながらも孤独に戦ったノア・エルグレイス殿に、この世でたった一人の英雄、勇者の称号を送ろうと思う」
王が背筋を伸ばしてそう宣言すると、周囲の兵士たちから「おお!」という声が漏れ出た。
「一つ聞きたい……。その勇者の称号があると、俺に何の得があるんだ?」
俺がそう問いかけると、場がザワついた。王の顔に怪訝な表情が浮かんでおり、空気もピりついたのが分かる。
一国の王に対する無礼な態度が、少々気に障ったか?
「ノア殿。これはとても名誉あることなのだぞ。おぬしも仲間たちの無念を晴らすため、これまで頑張って来たのではないのか? それが今、達成されたのだ」
そう告げると王は体の向きを変え、窓のあるほうへとゆっくり歩んでいく。そして近くにいる兵士に命じて、窓を開けさせた。
外から、ものすごい大歓声が王の間の中まで届いてきた。
「お聞きなさい、民たちのこの声を。みな、あなたとその仲間たちに感謝し、功績を称えているのだ」
俺は開いた窓へと歩み寄り、王の隣に立って外を眺めた。
城の前に、多くの人が集まっている。勇者の誕生を祝う場として、事前に宣伝でもしていたか。
ずっと差別を受けていた堕天一族のみんなは、この光景を目指して魔人たちと戦ったのだろうな。いつかみんなも、自分たちのことを解ってくれる。ティアはどんな扱いを受けても、そう言って笑っていた。
「俺たち一族は、こうなることを夢見ていた。かなり遠回りだったが、これで俺たち一族の彼岸は達成されたわけだ」
「そうであろう! これこそが……この光景こそが、死んでいったそなたの仲間たちへの手向けとなろうぞ」
となりに並んだ王が深くうなずきながら、誇らしげに言った。
ふと、眼前の民たちの異変に気付く。よく見ると全員の頭の上に、うっすらと透明のリングが浮かんでいるのだ。
隣にいる王へ視線を移すと、彼の頭上にも天使の輪のようなものが浮かんでいた。
周りにいる兵士たちも同様に、リングが浮いている。
やれやれ。
俺はため息をついてから、王の間の出口へと向かって歩き出した。
「ノア殿……。どこへ?」
「少々疲れた。休ませてもらう」
問いかけてくる王へ、振り返ることなく答える。
「そ、そうか。分かった。では、ノア殿を客室へ案内せよ」
「は!」
王に指図された一人の兵士が、背筋を伸ばす。
俺はその兵士に案内されるまま、ただただついていった。城内の廊下を進んでいる途中で、案内役の兵士が不意に足を止める。
「ノア様……。申し訳ありません!」
「何がだ?」
「私は本当にあなた方の一族が魔人災害を引き起こし、世界を混沌に陥れたのだと信じていました」
そう言って彼が振り向き、顔を見せる。
大司教どもとの戦いがあった日、第七宮殿の入り口前で見かけた男だ。確か彼は、狂ったように暴れる光輝教団の兵と戦っていて、そこに俺が加勢してやったんだったな。
「魔人災害から民を救った真の英雄は、あなた方だったのに……」
「光輝教団に騙されていたんだろ? なら、仕方ないさ」
「そうだとしても……私は、自分が恥ずかしい」
彼の言葉には、他の者にはない誠実さが感じられた。何よりこの男の頭上には、天使の輪が存在しない。
「あんたはいい人だ。長生きしてくれ」
俺はそう告げてから彼の肩をポンと叩き、そのまま廊下を歩きだした。
「案内はもういい。悪いがちょっと急用だ」
「え? あ、あの……。ノア様! どちらへ?」
彼の言葉に振り返ることも足を止めることもせず、背を向けたまま答える。
「待たせているヤツがいるんでな」
* * *
今のところ、光輝教団を潰したのが俺だと知る者は、聖王都の王族と一部の兵士だけらしい。
どうやら勇者の称号を与えられたあのあと、万人の前で大々的に王から発表されることになっていたようだ。だが、そうなるまえに城を抜け出したので、街を闊歩しても誰一人俺を気にかける者はいなかった。
とは言っても、多くの民が城へ集まっているからか、人通りは普段より少な目だ。すれ違う人たちの頭上には、天使の輪は見えない。
街を歩きながら、俺はふと路地裏へと目を向けた。
やせこけた男が、行き倒れているかのように壁を背にして座っている。そのさらに向こうには、不衛生そうな数人の子供の姿もあった。この連中にも、天使の輪はないようだな。
中心街から離れ、人通りもだいぶ少なくなってきた。
聖王都の出口にあたる巨大な門をくぐると、槍を持っている数人の門番が左右に立っていた。
そいつらのうちの一人が俺に気付き、驚きの表情を浮かべる。
「おまえは、堕天の!」
兵士の一人がそのような声を上げると、他の兵士たちも俺のほうを振り返った。
「おやぁ? これはこれは。仲間を殺された、可愛そうな勇者様じゃねぇの」
「おまえのお仲間、ずいぶん酷い目にあって殺されたらしいな。妹も傷モンにされたって?」
「よかったじゃねぇの。なんか知らねえが、祭り上げてもらえてよぉ。これで哀れな仲間たちも、あの世で喜んでんだろ? なあオイ」
こいつらのことは、割と覚えている。
生前はさんざん俺たち堕天一族をバカにしてきた、差別意識の高い連中だ。門を通るたびに罵声や嫌がらせを仕掛けられたし、ティアにもさんざん絡んできた。
光輝教団の監視下にあった俺たちの一族は、定期的に聖王都へと出向き、状況報告する義務を与えられていた。なのでこの門番どもとは、聖王都へ来るたびに顔を合わせなければならなかったのだ。
権力も財力もない堕天一族は、光輝教団や聖王都に逆らって生きていくことなどできなかった。そんな理由でもなければ、誰がツラい目に合うと分かっている聖王都になんて足を運ぶものか。
「これだけは言っとくぞ、クソ堕天野郎! 俺たちゃテメェが勇者だなんて、これっぽっちも認めちゃいねぇ」
「薄汚ねぇ堕天が、えらそうにしてんじゃねぇぞ。分をわきまえろや」
「たく! 大人しく死んでりゃよかったのによ」
俺は何の反応も示さずに、ヤジを飛ばしてくる兵士たちの前を横切った。
門番の連中は他の兵士よりも接触の頻度が高いだけに、今さら態度を変えられないらしい。
まあ、どうでもいいがな。
門を抜け、巨大な橋を渡って聖王都の外へ出る。
「キャロル、いるんだろ?」
俺がそう呼びかけると、橋の側にある柱の陰から女の子がヒョコっと顔を出した。いや、男の子かもしれんが……。
「さっすがー! よくわかりましたね、主さま」
「わかるさ。王都の連中におまえのマーキングがたっぷり付いてるんだからな」
後ろの門番どもの頭の上にも、透明の天使の輪が浮いている。
「なぜ母親と一緒に天界へ戻らなかった?」
「僕は主さまの監視役ですよー。それに、言いましたよね。僕は主さまに惚れちゃったって」
「ここから先は、母親を救うという大義名分もない、狂気の道だ」
「お母さんを85年も苦しめた元凶は、大司教だけじゃないんですよ。僕が付いてく理由は大義名分なんかじゃなく、復讐ですから」
「おまえの母が、それを望むと思っているのか?」
「あっれー? 主さまがそれを言っちゃいますー?」
ため息が漏れた。
それもそうだ、と思ってしまったじゃないか。
「もういい。そんなことより、一応聞いてやる。聖王都の王は、どんな罪を犯したんだ?」
「よくぞ聞いてくれました! あの王様は光輝教団と裏で繋がっていて、魔人災害の真相も魔人を抱え込んでいる悪事も、ぜーんぶ知ってたんですよ。堕天一族抹殺のときも、積極的に支援していたのです」
まあ、そんなところだろうな。勇者の称号なんてものも、単なる俺のご機嫌取り。
グレイザムも言っていた。王都にとって俺は脅威であり、一目置かれた存在なのだと。
そんな俺をどうやって上手く利用してやろうか、なんて考えているのだろう。
「あと、城の周りに集まっている民たちは、ほとんどが堕天一族を罵倒し、石を投げたやつらですね」
「それだけじゃないんだろ? 堕天一族というガス抜きがなくなったあと、罪なき者らが、そのあおりを受けている」
「そのとおりです! 聖王都に尻尾を振っていたバカは権力を付けていって、貧しい人、地位の低い人、堕天への差別を避けていた人が、今は差別を受けたり奴隷にされたりしているんです」
ここへ来る途中の路地裏で見かけた、貧相な男や子供たち。大勢の前で性奴隷にされそうになっていたクレアや、彼女を守ろうとしていたクレアの父。
おそらく光輝教団が潰れても、聖王都が同じように罪なき人々を食い物にするだろう。そして罪深き民どもは、尻尾を振る相手を変えるだけ。
まあ、だからと言って、それを俺が罰する気はない。
だが……。
「そんな連中を助ける義理なんて、ないよなぁ」
俺は振り返って、聖王都の門を見据えた。
それに気づいてか、門番の兵士どもが顔を歪ませて睨みつけてきた。
「だから、なかったことにするよ。魔人災害を止めたという事実をな」
静かにつぶやいてから俺は、周囲にいくつもの異次元の入り口を生成した。その入り口から無数のモンスターが、ヌルーッと頭を出してくる。
門番の兵士どもが、ヤジを止めて固まった。
魔界のモンスターが一気に飛び出し、王都の門へと雪崩れ込む。
「ぎゃぁぁぁあああああああ!」
「や、やめろ! た、たすけぐへぇ!」
「いでぇぇえええ! やめろぉぉおおおぐぼろろろ」
恐怖と絶望が入り混じったような汚い悲鳴を上げて、門番の兵士どもが逃げ惑う。そいつらの肉を仲良く分け合ったモンスターたちは、勢いを止めることなく聖王都の城へと向かっていった。
あのモンスターたちは、キャロルのマーキング魔法によって天使の輪を付けられた者にしか実体を現さない。
街にはマーキングされた者がほとんどいなかったし、ゴミは都合よく一か所に集められているようだな。
「行くぞ」
「はい、主さま!」
俺とキャロルは遠方の城あたりから微かに聞こえてくる大量の悲鳴に背を向け、聖王都を後にした。




