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天使のくちづけ


 唇に、柔らかい何かが引っ付いている。

 瞼を上げると、物凄く近い位置にキャロルの顔があった。

 密着しているこいつのケツを、ぺちぺちと叩く。すると、ようやくキャロルが俺から顔を離した。


「あ、やっと起きましたか。主さまともあろうお方が、魔力の使い過ぎで倒れるなんて。でもこれでわかりましたよね。僕の力も役に立つってこと」


 やれやれ、とキャロルが肩をすくめながら勝ち誇った顔で見下ろしてくる。


「何をしやがった」

「キスですよー。言ったじゃないですか。起きないと、キスしちゃいますよーって」


 そういや、天使のキスは特効薬なんだっけ?

 一応こいつのおかげか、だいぶ回復してる感あるな。

 俺はスクっと立ち上がり、服の裾で口を拭った。


「あー! 今、口拭いた! ひどいひどいひどいですー!」


 ポカポカ叩いてくるキャロルを無視して、あたりを見回す。

 グレイザムとの戦いによって壁や天井が随分と破壊されてはいるが、揺れもないし崩れる様子もない。魔人という危険な生物を閉じ込めた施設だからか、かなり頑丈に作られているようだ。

 部屋の奥に扉がある。


「あの先だな」


 独り言のようにつぶやいてから、扉へと向かって歩き出す。あの先に何があるのかを察してか、キャロルが急に真面目な顔で黙り込んだ。

 埋め込まれた宝玉に魔力を流し、扉を開けて中へと入る。


「キャ!」

「これは……」


 さすがのキャロルも、悲鳴を上げたか。やはり思ったとおりのヤバいものが、この地下施設に隠されていたわけだ。

 薄暗くて広々とした空間に、ガラスのような透明の球体が大量に並んでいる。

 その球体の中には、連中に捕らえられたであろう魔人たちが、液体の中に浸けられた状態で浮いていた。

 球体にはいくつもの管のようなものが取り付けられており、その管が絡み合いながら部屋のあちこちへと伸びている。

 奥には他の球体とは異なる、楕円形の巨大なガラスの器も見えた。遠目にも、かなりの大きさだと分かる。


「大丈夫か?」

「え?」

「先へ進むが、大丈夫か……と聞いている」


 不安げなキャロルを見下ろしながら、問いかける。

 おそらくこいつは、球体に浮かぶ魔人の不気味さに悲鳴をあげたわけじゃない。大切な家族の現状を想像してしまい、思わず声が漏れてしまったのだろう。俺の復讐をさんざん見てきたのに、今さらこの程度でビビるとも思えないからな。

 キャロルは胸に手を当て、大きく深呼吸をした。


「行きましょう! 僕が行かなきゃいけないんです!」


 決意を込めたような彼女の表情に、俺もうなずく。

 そして俺たちは、足を踏み出した。

 周りの球体には目もくれず、まっすぐ奥へと進んでいく。

 不気味な空間に、俺たちの足音がカツーンカツーンと反響する。

 やがて、他の球体のガラス玉とは明らかに違う、巨大な楕円形のガラスの器がある場所までたどり着いた。その中には、裸の女が浮いていた。

 神々しい金髪の長い髪が、液体の中でゆらゆら揺れている。


「お母さん!」


 取り乱したように、キャロルがガラスに手をついて叫んだ。

 どうやらこの女が、光輝教団に祭り上げられた女神・セレナリアで間違いないらしい。


「離れてろ」


 俺はキャロルの前に片手を伸ばして、ガラスとの間に割り込んだ。

 そしてガラスに手を触れ、破壊のイメージを魔力に載せて放出した。

 ガラスが粉雪のように砕けて、中の水が一気に外へ流れ出る。中にいる女が落ちる前に飛び出し、彼女の体を受け止めた。

 生きている。女性の体から、確かな鼓動が伝わってくる。

 見た目も肌の感触も人間的で、本当に神なのかと思ってしまう。反面、女神だと言われれば納得してしまうほど、美しい顔立ちをしていた。

 俺は器の外へと降り立ち、女をキャロルへ差し出すように、ゆっくり床へ寝かせた。


「お母さんお母さん! うえ……お母さん、ごめんなさい! ひ……、ヒック……」


 キャロルが泣きながら、女の顔を抱き寄せる。

 もはやその姿は、ただの幼い子供にしか見えなかった。


「85年も……ずっと……ずっと、こんなところで……ごめ……ごめんなさい……もっと早く……助けてあげられなくて……。うえ、うえーん!」


 母親のセレナリアは目を閉じたまま、何の反応も示さなかった。

 俺は無意識にキャロルの頭を撫でようと、手を伸ばしかけた。だがそんな自分の行動に気付き、手を止めた。

 俺たち、そういう関係じゃないもんな。ただ、利害が一致しただけの復讐者と監視役。

 とても感動の再会だなんて言えないが、どうやらキャロルの目的も達成されたようだ。

 セレナリアの体が、神々と同様にぼんやりと光を帯びていく。彼女の存在も神へと戻り、天界へと帰っていくだろう。

 延々と泣きながら謝り続けるキャロルに、何の言葉もかけず背を向ける。

 おまえは一緒に天界へ帰って、母親の側にいてあげろ。

 心の中でつぶやいてから、俺は無言で部屋の出口へと歩み出した。


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