復讐の幕開け
「主さま、起きてくださーい」
誰だ?
ぼやけた意識の中で、かすかに響く声が頭の奥で反響する。女の子のようだ。
「起きてくださーい。起きないと、キスしちゃいますよー。キス以上のこともしちゃいますよー」
徐々に声がはっきりと聞こえてきて、俺は目を覚ました。
視界が開けると、見知らぬ女の子が俺の顔を覗き込んでいるところだった。
見た目だけの印象だと、妹と同じ年ごろか。
金色い癖のある短髪で、きれいな顔をした男の子のようでもあるな。てか、どっちだ?
「あ! 起きましたか! よかったような、ちょっと残念なような」
ほんわかした顔で、女の子が俺の顔をツンツンと指でつつく。
どうやら俺は横になってるわけでもなく、両手を上に伸ばした状態で何かに固定されているらしい。
周りを見渡すに、どうやらここは廃墟と化した教会っぽいな。
「おまえは誰だ?」
「えっとですねー。何から話せばいいのやら。とりあえず自己紹介からですね。僕はキャロル。あなた様に遣えるよう、女神ノーヴェリエル様から仰せつかった天使ちゃんです!」
胸を張って、女の子が誇らしげに名乗った。
ノーヴェリエル。俺に故郷の幻を見せてきた女神のことか。
キャロルの頭上に、透明の輪っかが見える。
背中の白い羽をパタパタさせて宙に浮いてるところも、確かに天使っぽいではあるな。
しかし黒いジャケットにショートパンツと、天使というより堕天使か小悪魔のような恰好だ。
肩とへそを出してるところは、必死にがんばって背伸びしたお子様にしか見えん。
「つまり女神の監視役、といったところか?」
「あたりですー! でも主さま、ご安心ください。ノーヴェリエル様は主さまの復讐に反対っぽいですけど、僕は主さまの味方ですよ。やっと神の名を語って悪いことばっかりする連中に、正当な罰を与えてくれる人が現れたんですから」
「それは、光輝教団のことを言っているのか?」
「そうです! あいつら、自分たちのことを神の代弁者とか言って、やりたい放題じゃないですか。いい加減にしろって感じですー」
その言いぐさからすると、この天使も連中を罰することに大賛成なのか。いや、口から出まかせかもしれない。
監視役というからには、俺に付きまとうつもりだろうし。追い返されないために、あえて合わせているだけということも考えられる。
何にしても利用できるのか、利用価値があるのか、そいつを図る必要はあるな。
少し、揺さぶってみるか。
「一応確認だが。俺の味方ってことは、おまえも復讐に協力するんだよな」
軽く睨みつけながら、問いかけてみる。
さあどうだ?
俺に合わせるだけの適当な言葉だったなら、オロオロと困るか、了承せずに濁してくるだろう。
そう思っての質問だったのだが、意外にもキャロルは、嬉しそうに手を広げた。
「もっちろんですー! 僕、主さまに惚れちゃったんです! 神様すら恐れさせた主さまの力と、天国への切符を断固拒否する決意に!」
おいおい。
俺に賛同するだけならまだしも、協力となれば共犯だぞ。そんなの、神が許すはずがない。
今の言葉が俺を欺くための嘘だったとしても、かなりの爆弾発言な気がするんだが。
そもそも監視役として神に遣わされたはずなのに、いきなりその役目を完全放棄すると言ってるようなものじゃないか。色々と矛盾しているぞ。
何を考えている?
敵……ではなさそうだが。そうだとしても、目的は何だ?
「きゃはは! 主さまったら。なんですか、そのお顔」
俺を見ながら、キャロルが楽しそうに笑い出す。俺としたことが、考え事をしているうちに呆けてしまっていたようだ。
まあいいか。
邪魔さえしなければ、誰がついてこようと構わない。もし邪魔をするようなら、しかるべき行動にでるだけだ。
光輝教団の連中こそ許せない相手だが、悪事を見過ごしておいて安らぎだの清き心だの悠長なことを言ってる神々にも、結構ムカついてるからな。躊躇などする気はない。
「で? 協力って言うが、おまえにはどんな力があるんだ?」
「よくぞ聞いてくださいました! 一番の目玉は、何と言っても回復に解毒! 天使のキスは特効薬なんですよ。こーんなかわいい天使ちゃんにキスしてもらえるなんて、主さま超ラッキー!」
「いらんな」
「なんでですかー! 回復も解毒も、絶対に必要ですよー。基本中の基本じゃないですかー」
キャロルが頬を膨らませながら、ぶーぶー反論してくる。
やれやれ、神もずいぶんとやかましい監視を寄こしてくれたものだ。
「もういい。天使というからには、他にも色々とできるんだろ? そんなことより、俺が死んでからどのくらいたった?」
「さすが主さまですね。復活は一瞬だったはずなのに、時間が経っている可能性に気付けるなんて。ご推察のとおり、かなりの時間が経過しています。下界の単位で言うと、約三年ですね」
なるほど、予想の範囲内だな。
だが三年……か。その間、ヤツらはのうのうと栄華を謳歌していたというわけだ。
「主さまを苦しめた光輝教団は、すごい勢いで勢力を伸ばしていますよ。国の王様たちでさえペコペコするしかないってくらいに力をつけちゃって、このままだと世界制服とかしちゃうかもです」
もともと世界中に支部があるほど、巨大な組織だったからな。それに加えて、魔人災害を鎮圧させた功績が効いてるのかもしれない。
ペテン師どもが。すぐに化けの皮を剥いでやるよ。
さて、まずは身動きできないこの状況を、なんとかするか。
周りを見渡すに、どうやら廃墟と化した教会っぽいな。おそらく光輝教団の教会ではないだろう。
あいつらは権威を示そうと躍起になっている。自分らの教会が廃墟のまま放置されるなんて、プライドが許さないだろうからな。
光輝教団によって弾圧された教会の成れの果て、といったところか。
参拝席が見渡せるということは、位置関係からして俺のいる場所には、鎖が巻き付いた白銀の剣が掲げられているはず。それが光輝教団のシンボルだ。
信仰が異なる教会をぶっ潰したあと、自分らのシンボルを置いてマーキングする。これがやつらのやり口だからな。だとすると俺がぶら下がっているのは、その白銀の剣か。
女神のヤツめ。これまた、面白いところに転移してくれるじゃないか。
俺は魔力を集中し、一気に解放した。
体内から発生した電撃が爆発を引き起こし、俺を固定していたものが破壊される。ふわりと床に着地し、粉々になって床に転がっている白銀の剣の一部を踏みつけた。
もう一度、確認のために右手へと魔力を集中させてみた。
すると今までのまばゆい光とは全然違う、濃い紫色のようなエネルギーが生成され、俺の手にまとわりついてきた。
これだよ、これ。まるで呪いのような重苦しい魔力。下界に戻っても、ちゃんと変わらず力が出せるな。
「すっごーい! それ、堕天属性ですね。もともと主さまは、強力な天属性を持ってたって聞いてますよ。でも天属性は魔人には強いけど、人間には効力が薄いのです。それが逆転した感じですね」
人差し指を立てながら、キャロルが説明する。
「これでわかったか? 俺を傷つけられる人間など、この世にはいない。それに天の反転だから毒を与えこそすれ、食らうこともない」
「うー。確かに、回復も解毒もいらないかも。でも天使の便利な能力は、まだまだたっくさんありますから!」
めげないやつだな。
まあいい。天使にどのような力があるかは知らんが、利用できるというなら、そうさせてもらおうじゃないか。
それにしても堕天と言われていた天属性が反転し、本物の堕天属性へと変化するなんて、なんとも皮肉な話だな。
せいぜい後悔するがいい、俺たちの一族を苦しめたすべての人間どもよ。
ティナを辱め、死に至らしめし者どもよ。
おまえらへの怒りによって生まれた真の堕天属性が、おまえらを蹂躙するんだ。
「では、行きましょう! 主さまの裁き、僕も全力でサポートしまーす!」
キャロルが空中でクルッと回って、元気よく右手を挙げた。




