楽しませてくれるグレイザム
「今、何かやったのかね、ノア・エルグレイスくぅぅん」
ニタリと口を三日月形にして、グレイザムが首をコキコキ鳴らした。
ヤツがゆっくりと右手を上げていき、そして水平に伸ばした手を自らの首元へと当てる。そのまま、喉から顎の下をなぞるようにスッと滑らせた。
「ほうら。ここだココ。おぬしの妹がやられたことと同じように、ワタシの首も斬ってみろよぉ」
安い挑発だが、せっかくのお誘いだ。
俺は無造作にヤツへと歩み寄り、手に魔力を込めて構えた。それでも無防備で突っ立っている様子を見るに、斬られてもダメージを食わない自信があるわけだ。
とりあえず首を飛ばすイメージで、魔力の剣を横へなぎった。
一瞬だけ首に切れ目が入り、血がにじむ。しかし、すぐに血が傷口へと戻っていき、切れ目がスーッと閉じていった。
ニヤけた表情も崩しておらず、痛みすら感じていないようだ。
神の力をフルに吸収することで、自動治癒能力も爆発的に高まっているらしい。
「と、いうわけだ。おぬしの攻撃はまったく効かない。勝負は見えたなぁぁああああ」
顎をしゃくって見下ろすようにそう言ってから、ヤツが手刀による斬撃を繰り出してきた。
バックステップでそれをかわす。
「おぬしも散々ワタシを斬ったじゃないか。逃げるなんてずるいぞぉ」
そう言ってヤツが、後方へのがれた俺を追撃してくる。スピードだけでなく、動きのキレもなかなかのものだ。
どうにかかわしながら、堕天の魔法弾を放つ。しかしヤツは避けようとも弾こうともせず、突っ込んでくる。
魔法弾が着弾して爆発が巻き起こるも、すぐさま煙の中から現れて、攻撃の手を緩める気配がない。
ダメージを与えるどころか、足止めにすらなっていないようだ。
さすがに全ての攻撃を完璧には避けられず、頬や腕をヤツの斬撃がかすめて血がにじむ。
「ワタシとの真剣勝負から逃げるとは、この軟弱者がぁ。これだから最近の若いもんはぁ」
「老害が……。ウザいんだよ」
斬撃をかわしながら、今度はこちらも堕天で生成した刃の斬撃をカウンターで放つ。相手に避ける気がないので、俺の斬撃はすべてヤツを貫いた。
「チクチク刺されて痒い痒い。痒いぞぉノアくぅん!」
叫びながらヤツが、予想外にも俺の腹目掛けて蹴りを放ってきた。ガードしたが、最初に放ってきた蹴りを軸足にして、二撃目の蹴りを仕掛けてくる。ひらひらしたローブを着た老害のくせして、まさかの空中二段蹴りかよ。
ガードが間に合わず、顔面に食らって吹き飛ばされた。
宙で体制を整えて、床に着地する。飛ばされた勢いで、後方へズザーッと足が引きずられた。
すでにヤツは両手に魔力を集めており、次の攻撃の準備を整えていた。
「お次はコレだぁあああああ!」
ヤツが両手をパンッと叩き、再び左右の手を開いていく。
そして目を見開き、両手を突き出す。
「くらえ! セラフィック・インフェルノ!」
光り輝く炎の玉が、俺めがけて放たれる。
先ほども食らった魔法。大きさも同じだ。しかし強大な魔力が超圧縮されているのが見て取れる。要するに、威力は段違いってことだ。
今の第二形態になる前でさえ、片手で止めるのは難しかった。本気で防御したほうがいいな。
堕天の魔力をフルに高めて両手を前に突き出し、魔法防御に集中する。
火球の直撃と同時に大爆発が巻き起こり、部屋全体が激しく揺れた。重い衝撃が体を突き抜け、ガードのために突き出した手がしびれる。
「チッ!」
思ったとおりの威力に、つい舌打ちが漏れた。
衝撃が収まり、いったん肩の力を抜いて息を吐く。
ふと、額から何かが垂れてくるのを感じた。どうやらここにきて初めて、少しばかりダメージを負ってしまったようだな。
ガードした手にも、しびれが残っている。
さすが神の力を手に入れた大司教、といったところか。
「やれやれ……」
つぶやいてから、あたりを見回してみる。
今の爆発によって、天井のあちこちから瓦礫が落下してきた。破壊された壁の残骸もあたりに散らばっていた。
俺は少々しびれた手をぶらぶらと振り、そのあと軽く上半身のストレッチを行った。
体をほぐしてから、その辺の瓦礫を一つ拾い上げる。そして大きく振りかぶり、まだまだ晴れない煙の中から、前方へ向かって瓦礫をぶん投げた。
ゴチンッ!
「むっ?」
はは。
どうやら狙いどおり、頭に命中したようだ。しかし痛みを感じていないであろう反応の悪さが、妙にツボる。
「今さら投石ぃぃいい? 何のつもりかね、ノアくぅぅうん。痛くないんだよ。学習能力もないバカだったのかキミはぁあ?」
煙が晴れていき、ヤツのニタニタ顔が見えてきた。
額には微かに血が垂れていたが、すぐに傷から体内へと戻っていく。
「痛くなくても、嫌なもんだろ? 顔面に石を当てられるってのは」
「くだらんな」
「そうかな? 苛立ちが顔に現れてるぞ」
新たに拾い上げた瓦礫をポンポンと手のひらで弾ませながら、鼻で笑ってみせた。
「はっはっは。おぬしが処刑されたときに、民から受けた仕打ちの再現か? その程度で一矢報いたつもりになりたいなら、いいだろう。好きなだけぶつけたまえ」
グレイザムが肩をすくめながら、こめかみ辺りをトントンッと指で叩いた。
遠慮なく、持っていた瓦礫を思いっきりぶん投げる。その瓦礫が額にぶつかり、ヤツが頭をのけぞらせた。
しかし、すぐに顔を正面へ戻してくる。案の定、傷もすぐにふさがっていった。
もう一発!
瓦礫がヤツの額を撃ち抜く。
「もうよかろう」
「なんだ? 好きなだけと言ってたのに、三発で終わりかよ。ついにイラっとしたのか?」
「くだらん茶番に付き合ってられんだけだ」
そう言ってグレイザムが両手に魔力を込め出した。だがヤツは突然、力が抜けたように腕をダラリと垂れ下げ、さらにストンッと床に膝をついた。
「ほえ?」
かなり間抜けな声をヤツが漏らす。
何が起きたか、まったくわかっていないらしい。
「さすがは大司教。狙いやすいように的を下げてくれるとは、心が広いなぁ」
「え? はえ?」
ふふふ。それにしても大司教、そんな声も出すんだ。
俺は手に持った瓦礫をポンポンと二回弾ませてから、グレイザムの額目掛けてぶん投げた。
それが見事にヒットし、頭がのけぞる。
「ぐぅぅおおおおあああ!」
先ほどまでダメージが皆無だったグレイザムが、今日一番の悲鳴を上げる。
「それじゃあ、もう一発」
「ま、待て! ちょ、ちょっと待て!」
「ははは。好きなだけぶつけていいって、言ってたじゃないか。約束は守ってもらわないと」
笑いながら瓦礫をぶん投げて、ヤツの額に打ち付ける。
「ぎゃぁぁぁぁぁああああああああああ!」
再びヤツが、苦痛いっぱいの叫び声をあげた。
そしてハァハァと息を切らせながら、自分の体へと目を向ける。手がプルプル震えていた。懸命に動かそうとするも、体の自由が効いていないのだろう。
「な、何が……いったい何が……」
「まだ分からないのか? さっきスープに入っていた指だよ。あれはアンデッドになった神選の十戒どもの指だ」
「な! ま、まさか!」
「気付いたか。おまえが飲んだのは、アンデッドのエキスがしみ込んだ極上スープだったわけさ。さらに俺はおまえを魔力の剣で刺すたびに、体内へと堕天の魔力を流し込んでいた。アンデッド化の毒を活性化させるためにな」
「は、はぅ……うあ」
「ようやく効果が現れ、おまえの肉体は徐々にアンデッドへと変わり始めている。つまり!」
しっかり解説してから、もう一発瓦礫を額にぶつけた。
「ぎひゃぁぁあああああああ! や、やめろ! やめてくれぇぇえええ」
「おまえを傷つけているのは、瓦礫じゃない。ダメージを受けた後に自動で行われる、おまえ自身の治癒能力だ。アンデッドにとって、回復魔法は猛毒も同然だからな」
「く! ならば、毒の治療をするまで……」
「体の自由が効かないんだろ? もはや手遅れだよ。早く気付いて解毒していればよかったな。それ以前に、最初からもったいぶらず神の力を全力で使っていれば、強い天属性によって毒も浄化できていただろう」
なるべく温存したいという心の隙が、こいつの敗北を決定づけた。最初からすべてを捨てて向かってこられたら、もう少しばかり手こずらされたかもしれない。
「つまり戦いが始まったときには、すでに勝敗が決まっていたんだよ。理解できたかね、グレイザムくぅぅん」
口をパクパクさせて、グレイザムが絶望の表情を俺に楽しませてくれている。
俺は膝をついて青ざめるヤツを見下ろしながら、異次元の入り口を発生させた。
「な、何をする気だ!」
「おまえ自慢の聖騎士団や神選の十戒も、この中で大司教様が来るのを待ちわびているぞ」
特に神選の十戒は痛覚も意識も残したアンデッドだからな。不死身に近い肉体が事切れるまでに、いったいどれくらいの年月がかかるのだろう。それまで延々と苦痛が続くのだ。むろんアンデッド化した大司教も同様にな。
想像すると愉快な気持ちになる。
「や、やめろ……。考え直せ……。そうだ! おぬしにも魔人の魔力を与えよう! おぬしがさらにパワーアップすれば、世界を支配することもできるぞ!」
ペラペラと命乞いのような言葉を並べるグレイザムをよそに、異次元の入り口から八本の腕のモンスターが姿を現した。
そして十本の足でヤツへと近づいていく。
「ま、待て! やめろぉぉおおおお! ワタシは神の代弁者、いや、神そのものだぞ! こんなところで終わるなんてありえぬ! あってはならぬ!」
ついに無抵抗のまま、八本の腕で羽交い絞めされる。かろうじて動く顔をブンブン振りながら、必死の形相で悲鳴を上げる。
「ひ、ひぃぃぃぃいいいいい! た、助けろ! いや、助けてくれー!」
「俺たちはそう言われて、魔人災害から助けてやったじゃないか。二度も助ける義理はないな」
俺がそう伝えると、ヤツは一層顔を青くさせた。
大司教グレイザム。おまえの悲鳴が聞けて、本当によかった。蘇ってきた甲斐があったぞ。
魔獣に連れていかれるのを待たず、俺はヤツに背を向けた。
「このクソカスがぁぁああああ! 地獄に堕ちろ、ノア・エルグレ……」
しばらく続いていたグレイザムの喚き声が、一瞬で鳴り止む。
それと同時に全身から力が抜けて、俺は床に膝をついた。
ここに来るまでにさんざん魔力を使ったうえ、神レベルの天属性を相手にしたからな。
さすがに魔力を酷使しすぎたか。
俺は前のめりで床に倒れ、そして意識を失った。




