vs大司教
「このクソカスが!」
「それはお互い様だろ」
かかってこい、といった感じで、指をクイッと動かす。
その行動で頭に血が上ったのか、ヤツは魔力を高めて魔法弾を放ってきた。それを俺は、ハエを払うように弾き飛ばす。それでもヤツは魔法弾を連発してきた。
俺はテーブルの上に飛び乗ると、向かってくる魔法弾を払いながら、細長いテーブルの上を走り出した。
ヤツが少しだけ宙に浮き、慌てた様子で後方へと滑るように下がっていく。
しかし移動速度は俺のほうが断然速い。
テーブルの端を蹴って、一足飛びで間合いを詰める。そのままヤツの胸倉辺りに飛び蹴りをかました。
「ぐ!」
グレイザムは蹴られた勢いで吹き飛び、後方にある滝の中へと突っ込んだ。
手ごたえが浅いな。魔法で防御したか。
ヤツは立ち上がると、再び滑るように俺の横へと回り込んだ。そのまま俺を中心に回り込みながら移動し、再び魔法弾を連発してくる。
俺は思いっきり身を低くした状態で駆け出し、魔法弾のさらに下を潜り抜けていった。
延々と動き回るグレイザムを追尾するように走り、再び間合いへ入る。そして右足でヤツの後頭部を蹴り飛ばした。
「ぐはぁ!」
うめき声を上げながらすっ飛んでいき、壁に激突する。さすがに魔法防御の壁が厚いな。聖騎士団より頑丈じゃないか。
「ぐ……。きさま、妹が大事じゃないのか。我々の研究が完成すれば、生き返らせる可能性もあるのだぞ」
「天属性は神の力。それがあれば可能。そう言いたいんだろ? だが、おまえじゃ無理だ」
女神ですら、ティアをトレースした幻影しか作り出せなかったんだ。せいぜい、トレースした人格を肉体に植え付けるくらいが関の山だろう。
本当のあいつの魂が蘇るわけでも、救われるわけでもない。
仮に完全な蘇生が可能だとしてもだ。きさまら光輝教団の力を借りて蘇ったところで、ティアが喜ぶとは到底思えん。
「きさまは諦めて地獄に堕ちろ。もしティアを生き返らせる術があるってんなら、いつか俺が実現してやる」
「そうか……よくわかった! 魔人災害を引き起こした罪人として扱われ、手柄はすべて光輝教団のもの。最後は妹も仲間どもも処刑され、おまえもここで終わる。これがご所望ってわけだ。叶えてやるよ、その未来をなぁ」
グレイザムがユラリと立ち上がり、広げた両手に魔力を込めた。そしてパンっと手を合わせる。さらにその両手をグググッと再び広げていき、手と手の間に光り輝く炎の玉を生み出していった。
「くらえ! セラフィック・インフェルノ!」
ヤツが両手を突き出すと、巨大な火球が一直線にノアへと放たれた。
堕天の魔力を右手に集中し、片手で受け止める。かなり重い衝撃が、体にのしかかった。
片手では少々難儀しそうだな。天の魔力は堕天属性の天敵ということもあるし、甘くみるのも危険か。
俺は余った左手にも魔力を込め、受け止めていた火球へ思いっきりぶつけた。光り輝く火球が、グレイザムのほうへと跳ね返っていく。
「バ、バカな!」
叫びながらもヤツは両手を前へ突き出し、魔法防御の膜を生成してガードした。
円形の巨大な爆発により、滝もろとも後方の壁が破壊される。
俺は素早く爆発の煙の中へと潜っていき、ヤツとの距離を詰めた。両手がふさがれていたグレイザムが、驚きと焦りの表情を浮かべる。
すかさず懐へと入り込み、堕天の魔力による手刀でヤツの胴体を斬った。
「グハ!」
ヤツは吐血するも、倒れることなく踏ん張った。斬ったはずの腹からも一瞬だけ血は噴き出したが、今は完全に止まっている。傷口もふさがっているようだ。
天属性による自動治癒か。
やはりこいつの持つ天属性の魔力と熟練度は、神選の十戒とは一味違うようだな。
「くそっ!」
宙に浮いた状態でこちらを向いたまま、ヤツがスーッと後方へ下がる。
どうやら破壊された壁の向こう側にも、別の部屋があったようだ。俺もヤツを追いかけて、奥の部屋へと移動する。
爆発の煙から抜けて、奥の部屋が視界に飛び込んできた。地下のくせに、地上の神殿並みの広さだ。
それにしても光輝教団らしい、ずいぶんと悪趣味な部屋じゃないか。
部屋を見回しながらも、思わず乾いた笑いが漏れてしまった。
壁も床も、すべてが乳白色の石で作られている。だがその白さは、清らかさや神聖さといったものではなく、どこか病的で薄ら寒い印象だ。
そして天井には翼を広げた天使の像が、逆さに吊るされていた。瞳からは紫色の液体がポタポタと滴っていて、巨大なガラス製の器へと注がれている。
あれは、魔人から抽出した魔力の素か何かか。
「見事だ……。見事だよ、ノア・エルグレイス君」
グレイザムの声が、室内全体に反響する。
ヤツは俺の真正面で仁王立ちし、不敵に笑みをこぼしてこちらを睨んでいる。
「だが、残念。おぬしの快進撃もここまでだ」
「だろうな。さっき程度じゃ勝負にならん。もったいぶらず、全力でも奥の手でも出しておいたほうがいいぞ。悔いが残らんようにな」
「おぬしは本当に、減らず口が上手いな!」
体の中にある力を振り絞るように、グレイザムが踏ん張りだした。天属性の魔力が膨れ上がり、全身から湯気のように立ち上っている。
「女神セレナリアから抽出した魔力を、ここですべて使い尽くす! コレをやるとしばらく天属性が活用できんから、やりたくはなかった! 腹いせにたっぷりいたぶってから、おぬしの堕天もワタシの血肉にしてあげよう」
しゃべりながらもグレイザムは、さらに魔力を膨張させていく。
やがて噴き出していた魔力が止まり、ヤツが口から「ハァーっ」と煙を吐いた。
「お待たせして悪かったなぁ、ノア・エルグレイスくぅん。さあ、第二ラウンドと行こうかぁ」
グレイザムの声質が変わり、二重になって反響しているように聞こえた。姿かたちは同じだが、目が神々しく光り、額のあちこちから血管が浮き出ている。ラスボスモンスター、第二形態といったところか。
ヤツが力を込めるように右手で拳を作る。凄まじいまでの魔力が、ヤツの右腕に集中していく。
その右腕を突き出し、手のひらを向けてきた。
そしてさっきまでと同じように、魔法弾が放たれた。ただ、まったく同じ攻撃パターンとはいえ、これが地味に面倒だと思ったりする。なぜなら、威力は段違いだということが、見ただけでも明らかだからだ。
先ほどと違い、弾き飛ばすのは難しい。
仕方なく横へ飛びのいてかわす。しかしというかやはりというか、魔法弾は無数に飛んできて俺を襲う。
避けた魔法弾が、壁を次々と破壊していく。先ほどと大きさは変わらんが、破壊力は比較にならん。
そのうえ天属性だから、堕天属性との相性の悪さまで飛躍的に上がっているだろう。
的を散らすように動き回って避け続けるも、さすがに数が多い。
避け損ねた一発を手で受け止めた。やはり重さが全然違う。追い打ちをかけるように、次々と魔法弾が飛んでくる。受け止めていた魔法弾と追加で飛んでくる魔法弾が、融合して膨れ上がっていった。重さがさらに増していく。
「ひゃーっはっはははははははは! さっきの勢いはどうしたんだ、えぇ? ノア・エルグレイスくぅぅうん!」
勝ち誇ったように、グレイザムが馬鹿笑いする。
さすがに受け止めておくのも面倒になり、魔法弾から手を離した。瞬間、巨大な爆発が巻き起こる。
クロスガードの姿勢で防御魔法を展開し、とりあえず大ダメージは回避した。その瞬間、グレイザムが爆発の煙を吹き飛ばしながら、俺の目の前に現れた。ヤツが魔力を込めた手刀を振り下ろしてくる。手首を咄嗟に掴んで受け止める。
「よく止めたなぁぁあ! さっきのお返しに、切り刻んでやろうと思ったのだがねぇぇえ」
ヤツが力を込めて、さらに押し込んでくる。その重みで、俺の足が床にめり込んだ。
天属性の魔力をパワーに変換しているのか。こちらも堕天属性のバフをかけた状態だが、単純なパワーや魔力量で勝負するのは分が悪いな。
俺は手刀を受け止めながら、ヤツの腹へ蹴りを入れた。どうにか吹き飛ばして後退させ、距離を稼ぐ。
「ふふふふふ。効かんねぇ。全然痛くないんだよねぇ」
余裕の笑みを浮かべて効きません自慢をしてくるグレイザムを無視し、俺は素早く前へ出た。
間合いに入り、魔力を込めた手刀でヤツの腹を何回も突き刺す。そのまま流れるように顔面へ蹴りをかました。
しかしヤツは吹き飛ばされるどころか、のけぞることさえなく、微動だにしない。
貫いたはずの腹からも、まったく血が出ていなかった。




