神選の十戒ども
青白く光る通路を突き進むと、またまた宝玉が埋め込まれた扉へと突き当たった。
この扉の向こうに神選の十戒というやつらがいるわけか。
手を扉の宝玉にかざした瞬間、さっきの聖騎士団どもの捨て台詞が頭をよぎった。
おそらく十戒とかいう連中の中に、ティアの仇がいる。そういえば俺の手足を剣で串刺ししたやつらと、ティアに手をかけたやつらの人数が10人だった。
「キャロル、やはりおまえは来るな。ここから先は、俺一人で行く」
「あれー? 主さまともあろうお方が、まさかビビッてらっしゃるんですか?」
「万一ということもあるだろ」
何を心配しているのか、それを口にするのは気が引けた。言えば最後に見たティアの顔とキャロルが重なりそうだったから。
そんな俺の不安を感じ取ったのか、彼女はしばらく黙り込んだあと、ため息をついた。
「僕のお母さんが、この先にいるんです。だから僕が迎えに行かなきゃいけないんです」
「気づいていたのか」
「そりゃ、気づきますよ。大司教が天属性の魔法を使ってたんですから」
天属性は神の力。
魔属性の力を魔人から抽出しているのなら、天属性は神から抽出している道理。キャロルの母は人間として下界で暮らしていた神であり、その母親を連れ去ったのが光輝教団の連中だ。
これらの事実があれば、気づきもするってわけか。これまで取り乱してこなかったから、キャロルはまだ気付いていないのかもしれないと思っていたのだが。
「だから、僕も行かなきゃいけないんです!」
決意に満ちた表情で、俺を見つめてくる。
しばらく互いに黙り込み、にらみ合いが続く。先に目をそらしたのは、俺のほうだった。
「だったらなおさら俺一人で行く。そのほうが戦いやすいからな。おまえの母親を解放するのも、より容易くなるだろ」
これは事実だ。戦闘力という点において、こいつは俺よりはるかに劣る。もちろん、こいつがついてこようが負ける気はしない。しかし天使の前に一人の人間だと分かった以上、こいつの身の安全はどうしても気になってしまうだろう。妹と同じ年頃の見た目をしているから、なおさらだ。まあ、85のババア(もしくはジジイ)なんだが。
「そうですか……。主さまと少しは、距離を縮められたと思っていたんですけど。信用してもらえないなら仕方ないですね」
寂し気に微笑むキャロルの顔を見ると、少しだけ胸が痛んだ。
ここに残ってほしかったのは、むしろ距離が縮まったからなんだと思う。それはあえて言わないが……。
それにこの先にいる輩に関しては、過去の罪を暴く必要なんてない。天属性は回復魔法にも明るいが、それも不要だ。光輝教団のトップに君臨する大司教でさえ、圧倒的に俺の方が上なんだからな。
となると正直、バトルにおいては俺一人のほうがやりやすい。わざわざ危険が及ぶ可能性を抱えてまで、キャロルを連れていく意味もないのだ。
「すぐ戻る」
俺がそう言うとキャロルは肩をすくめて、扉から数歩ほど下がった。
それを見届けてから、宝玉に魔力を送り込む。
先ほどの扉と同様、岩を引きずるような音と共に、扉が左右へと開いていった。
瞬間、なぜか木造の壁とドアが、俺の目の前に現れた。何事かと振り返る。
後ろにあるはずの細長い通路はなく、民家のような建物の中のようだった。先ほどまで一緒にいたはずのキャロルもいない。
見覚えのあるボロい家屋。
バランスの悪い椅子。不格好なテーブル。山菜を詰め込んだ藁のかごに、埃っぽい食器棚。
まさかまた、かつての自分の家を見ることになるとは。
目の前の扉を開くと、故郷の風景が広がっていた。
「おっ、ノア! 今起きたのか? おまえが寝坊とか、珍しいな」
家の側にいた友人のニースが、声をかけてきた。光輝教団のシンボルである、鎖が巻き付いた白銀の剣を模った首飾りをしている。
「そんじゃ行こうぜ。今日も光輝教団にお祈りして、汚らわしい堕天属性を清めてもらわなきゃな」
ニースがそう言って、二カッと笑った。
「そうそう。ほんっと二人とも、堕天臭がひどいわよ。ああもう。早く私も清めてもらわないと、気持ち悪い」
不意に後ろから声がして振り返ると、エレーナが顔をしかめていた。ニースの恋人で、俺とも幼馴染の子だ。
彼女もまた、光輝教団のシンボルを首からぶら下げていた。
周りを見渡すと他の村のみんなも、血の通ってないような不気味な笑顔を俺に向けていた。全員、光輝教団の首飾りを手に持っている。
「おにいちゃーん!」
今度は妹の出番か。悪趣味な展開が続き、思わずため息が漏れる。
声がするほうへ顔を向けると、ティアがこちらに手を振っていた。その側には、数人の騎士がいる。
そいつらの顔を、俺は絶対に忘れることはない。
「光輝教団の騎士様にね。遊んでもらってたの」
そう言ってティアが、横にいる騎士の男の顔を見上げて笑った。
聖騎士団の中でも特に体が大きく、筋肉質な男。こいつはあのときティアを羽交い絞めにして、乱暴しようとしたヤツだった。
隣には銀色の長髪を結い上げた男が、眉をひそめながら顎をしゃくっている。こいつはティアを殺した男だ。
他にも俺の手足に剣を刺してきたやつ、ティアの手足を押さえつけていたやつらがいる。
そいつらがニヤニヤした顔を、俺に向けていた。
やがて筋肉質な男のほうがニヤケた顔を保ったまま、ティアの頭を撫でた。
「そうなんでちゅよー、おにいちゃぁぁあああん。例えばぁああ! こーんなこととかー」
ねっとりした口調でそう言って、そいつがレロレロとティアの頬へ舌を近づけていく。
体中の血が沸騰しているように、体全体が熱くなっていった。
俺は無意識的に魔力を高めて、一気に放出させた。ほのぼのとしていた周囲の景色が一変し、すべてが黒い炎に包まれる。
家屋も村人もティアも、すべてが燃えあがり、黒ずみとなって吹き飛ぶ。
そして元の遺跡のような建物へと戻っていった。
「おほ! すっげー魔力」
「んだよ。せっかくいい夢みさせてやろうと思ったのによぉ」
聖騎士の鎧を身に着けた数人の男が、ニチャリと薄笑みを浮かべる。
部屋の隅でくつろいでいるヤツや、壁にもたれてダルそうにしているヤツもいる。部屋にいるのは全部で十人。
こいつらが神選の十戒か。そして間違いなく、あの日のやつらだ。俺の四肢を剣で貫いて押さえつけ、目の前でティアを乱暴しようとした挙句に首をはねた、最も許せない者ども。
「おまえらは、万死ですら生ぬるい」
俺がそう言って睨みつけると、十戒の連中が「ぷっ」と噴き出した。
「ひゃっはっは! 効いてる効いてるー!」
「やだなぁ、ただの幻じゃーん。そんな怖い顔して怒んないでよ、おにぃぃいいちゃぁぁあああん」
「てか、状況分かって強がってんの、おにいちゃん。俺たちの魔力が見えない? ん?」
見えてるとも。
先ほどまでの村での風景やニースたちの幻も、俺が死んだときに女神が見せてきたものと似ている。つまり、天属性による幻術魔法だ。
他の兵士や聖騎士団どもは、魔属性によってパワーアップしていた。それに対し、こいつらは神の力によってパワーアップした連中ってわけだ。
どうやらここには思ったとおり、魔人だけでなく女神、つまりキャロルの母親も閉じ込められていると見て間違いないだろう。
キャロルの母親の天属性があったから、その力を使って魔人たちも捕えることができたんだな。
魔の力と酷似する堕天属性にとっても、天属性は唯一の弱点とも言える。
つまりこいつらには、堕天属性による幻術魔法は通じない。神選の十戒には絶対に勝てないと言っていた聖騎士どもの捨て台詞の意味が、これだったわけだ。
「なあ。俺一人にやらせろよ」
「殺すんじゃねぇぞ。こいつの魔力は、光輝教団のエネルギーとして使うらしいからなぁ」
「わかってるって」
そんなやり取りのあと、十戒の一人が首の骨を鳴らしながら近づいてきた。中肉中背、あごひげ、逆立った金髪。こいつは俺の左手に剣を突き刺して、グリグリしてきたやつだな。
だいたい五歩分ほどの距離まで詰めてきたあたりで、ヤツが歩みを止める。そして小ばかにしたような顔で、かかってこいとばかりに、指をクイクイ動かしてきた。




