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最強の堕天使


 目覚めると、見知った天井が俺の視界に入ってきた。

 長方形の木箱にぼろきれを敷いただけの、寝心地の悪いベッドもいつもどおり。

 机も手作りの棚も、採ってきた山菜やキノコを詰め込んだ篭も、すべて見覚えのあるものだ。


 ここは、俺の部屋なのか。


 窓から差し込む日の光がまぶしい。起き上がり、窓の外を眺めてみる。

 適当にならしただけの土ぼこりが舞う道の端で、数名の村人たちが談笑していた。

 さらに向こう側では、隣の家に住む友人のニースとその母親が、捌いた魚を紐にぶら下げて日干ししている。

 のどかな日常が、窓の外に広がっていた。


 コンコン。

 不意にドアがノックされた。


「お兄ちゃん、もう起きた?」


 その声は間違いなく、ティアの声だった。

 俺は何も返さず、部屋のドアを開けた。


「あ、お兄ちゃん! やっと起きたんだ。もうお昼前なのに、ずっと寝てるんだもん。ちょっと心配しちゃった」


 その言葉にも俺は、何の反応も示さなかった。


「どうしたの、おにいちゃん。ちょっと変」


 そいつは間違いなく、妹と同じ姿をしている。あどけなさが残る顔も、不思議そうに首をかしげるしぐさも、まったく同じ。

 俺は無言のままティアを横切って、部屋を出た。そのまま彼女を置き去りにして、家の出口へと向かう。

 外に出ると、家の側にいたおじさんに声をかけられた。


「よう、ノア。珍しく寝坊か?」


 親を亡くした俺たち兄妹を、いつも気にかけてくれていたハンスだ。


「どうしたんだ、ノア。なんか顔色悪いぞ。あー、なるほど。まーた変なもんでも食ったな。だから寝坊したってわけか。このまえもキノコにあたったばかりなのに懲りないなぁ。あんまりティアちゃんに心配かけさせるなよ」


 そう言ってハンスは、笑いながら去っていった。


「おっ、ノアじゃん!」


 次に声をかけてきたのは、さっきまで母親と魚を干していたニースだ。

 彼が大きく手を振りながら、こちらへ駆け寄ってくる。


「北の丘にいい狩場を見つけたんだよ。あとで一緒に行こうぜ!」


 ニースがいたずらっぽい笑顔を向けて、俺の肩をパシパシ叩く。


「ニース! 手伝いすっぽかしてんじゃないよ!」

「やべ! ノア、またあとでな」


 母親の怒鳴り声に肩をすくめ、ニースが自分の家に戻っていった。

 なんて平和な風景だろう。他所からの差別を受けてきた俺たちの村だが、こういう日常も確かにあった。


 さわやかな風が吹き、心地よさと懐かしさで心が安らぐ。

 だがそれが、逆に気持ち悪い。なごんでしまう光景にムカついてくる。


 ふと妙な気配を感じ、俺はそちらのほうへ目を向けた。薄くて真っ白い布を纏った女性が、道の真ん中に立っている。

 この世の者とは思えない、無機質で整いすぎた美しい顔の女性だ。


 俺はそいつのもとへと歩みより、真正面に立って向かい合った。

 よく見ると、女性の体全体がぼんやり光っている。明らかに、貧しい村の景色とは異質な存在だ。


「これは、あんたの仕業か?」


 女性はしばらく黙ったまま俺を見つめていたが、やがて口を開いた。


「神の力を受け継ぎし者よ。苦しみから、よくぞ耐え抜きましたね」


 その声は冷たいようでいて、どこか懐かしく感じられた。

 いや、この女性の不思議な力で、無理やりそう感じさせられているんじゃないか?

 そもそも愛想笑いすらない無表情なのに、この人を見ているだけで心が落ち着いてくるなんておかしいだろ。


 なんか、そう思うと余計に腹が立ってくるな。

 俺の感情を勝手に操作して、もてあそびやがって。


「あなたは天の力を使い、見事、魔人の脅威から人々を守りました。私はあなたの優しさと勇気を、ちゃんと見てきましたよ」

「天の力……だって?」

「あなたの一族が持つ力は、神の力。魔の力に対抗する、唯一の力です」


 俺たち一族の力は、堕天属性じゃなかったのか?

 神の意に背く力だからこそ、そう名付けられて使用を禁じられたはずだ。


「見てきたのなら知っているだろ? 守ったはずの連中に、俺たちの一族がどんな目にあわされたのか」

「ええ。神をも恐れぬ悪の所業。あの者たちにはきっと、因果応報による天罰が下ることでしょう」


 表情を崩すことなく、淡々とした口調で彼女が言った。

 二人の間に沈黙が流れ、遠くから子供たちのはしゃぎ声が聞こえてくる。


「お兄ちゃん」


 不意に、後ろからティアの声がした。

 ゆっくり振り返ると、俺の大好きだった笑顔がそこにはあった。


「私たちみんな、お兄ちゃんのことを待ってるよ」


 待ってる?

 どこで、誰を待ってるって?


「ふふふ……ははは……はははははははは! あーっはっはっは!」


 やっぱりそうなんだ。怒りが限界を超えると、込み上げてくるのは激しいまでの笑いらしい。

 俺はティアに背を向け、光に包まれた女性と再び対峙した。


 ああ、なごむなごむ。なごむなぁ。

 周りの風景も、遠くから聞こえる村の子供たちのはしゃぎ声も。友達のニースも村人のハンスも、そして最も大切なティアの笑顔も。なごみすぎてなごみすぎて、はらわたが煮えくり返るじゃないか!


 俺は女性の胸ぐらを掴み、グイッと引き寄せた。


「因果応報? 天罰? マジ何言ってんの、あんた」


 ずっと無表情だったそいつの顔に、ようやく焦りの表情が垣間見えた。

 まったく……さっきから聞いてりゃ、涼しい顔で他人事のようにしゃべくりやがって。

 目の前にいるこいつは、おそらく神の類だ。だからこそ言ってやる。


「因果応報があるんなら、俺たちはいったい何の因果で、あんな目にあわされたんだ? 天罰? そんな力があるなら、俺たちが襲われた時点で助けろよ! 何回、何百回、いや……何千回だ。どれだけ俺たちが、おまえに助けを求めたと思っている!」

「お兄ちゃん、やめて! 私たち、もう大丈夫だよ! このままじゃお兄ちゃんが、天国にいけないの!」


 後ろからの声も、うざったい。

 ああ、そうだよな。

 たぶんティアなら、そう言うと思うよ。

 あいつは優しいから、俺が天国を拒否して復讐するなんて、きっと望まない。


 だが、後ろのあいつはティアじゃない。

 ここは魔人災害が起こる前の、貧しいけれどみんなで助け合って生きてきた、平和なころの俺たちの故郷。すべて、目の前の神的な女が見せている幻影だ。

 ティアの性格をトレースしただけの幻に、気安くあいつっぽいこと言わせてんじゃねぇ!


「神だか女神だか知らんけど、これを見せれば俺の憎しみが消えると思った? 心が穏やかになると、マジで思ったのか?」

「憎しみなど、お忘れなさい。あなたは心優しい青年でした。天国へいけば、生前の憎しみも悲しみも苦悩もなく、魂は浄化されて穏やかな時を過ごせます。憎しみからは、何も生まれません」


 何が天国だ、何が心優しいだ!

 勝手に俺の思い出を使って、正論と道徳を突きつけやがって!

 浄化だと?

 それ、光輝教団の常套句だから。


「だいたい、後ろのあれはなんだよ。なんでティアの幻を使ってんだ? どうせなら本人の魂を連れてきてみろよ。そうすればまだ、心変わりの可能性だってゼロじゃなかった」


 掴んだ胸ぐらをさらに引き寄せ、女神的な女を睨みつける。

 彼女は無表情を取り繕ってはいたが、額には汗をにじませていた。はは、女神でも汗かくんだ。


「村のみんなは、まだ天国へ行けてないんだろ。もちろんティアも。だから、こんな幻で俺を惑わせることしかできなかったんだ」


 微かに困ったような顔を見せたな。図星か。

 つまり俺たちの一族は誰一人、まだ天国なんて安息を望んじゃいないんだ。あるのは憎しみと復讐心!

 連中に相応の罰を与えることでしか、仲間たちの鎮魂はありえない!

 ならば、俺がやるしかないだろ!

 いや、違うな。俺はやりたいんだ、最高の復讐を!


「その手を離しなさい!」


 突如、真上から男の声が響いてきた。そして空から地面へと稲妻が落ち、激しい爆発が巻き起こった。

 稲妻によって穿った地面に、岩のような巨体の男が立っている。

 さらに別の稲妻が多数落ちてきて、あちこちで爆発が巻き起こる。

 爆発の煙がブワッと渦を巻きながら消し飛び、あらゆる形態をした連中が姿を現す。

 人間の形をした者もいれば、獣のような姿の者もいる。

 どうやら神々のお出ましのようだ。人数はだいたい二十そこらか。


「もうやめなさい。キミの心は憎しみに囚われすぎている」


 巨体の男が、諭すような声で言った。

 そいつの言葉を皮切りに、他の神々も各々口を開く。


「憎しみは、さらなる憎しみを呼び起こす。多くの人間を不幸にするだけですよ。むろん、あなた自身も」

「あなたはすでに、充分苦しんだでしょう。もう楽になりなさい」

「怒りに身を任せるなど、神の子にふさわしくない行いだ。これ以上、魂を汚してはならん」

「忘れなさい、すべてを。忘れることこそが救いなのです」


 まるで魔法の詠唱のように、道徳めいた言葉が俺に浴びせられる。

 光輝教団の司祭たちも、同じようなこと言ってたよ。まあ、こいつら神々は光輝教団どもとは違って、心底きれいな魂をしてるんだろうがな。

 だが、俺たちの心に寄り添えていないという点では、同じだよ。はっきり言って、役立たずの正論クソ野郎どもだ。


「あんたら、ほんとつまんないね。分かってない。まったく分かってないな。もはや俺を心から楽しませられるのは、俺たちを騙して苦しめて虐殺した、あいつらの後悔と恐怖と苦悩に歪む顔だけだ!」


 怒りと憎しみを込めて叫ぶ。

 仲間たちが殺されていき、ティアの首が俺の目の前に転がってきた、あのときの光景を思い出しながら。

 すると俺の体から、黒々としたエネルギーが爆風のように噴出された。


「ああ……なんてこと……」

「神である我らすら凌駕しうるほどの力……」

「だがこれは……もはや神の力では……天属性などではない」

「なんてバカなことを……」

「光を捨て、闇の力に身を染めるとは……」


 神々が恐れるように後ずさる。

 すぐそばにいる女神も険しい表情を浮かべながら、スーッと後方へ下がっていった。


 俺は自分に宿った新しい力を確認するように、両手を見つめた。

 今までとは段違いのパワーが、全身を駆け巡っている。

 しかも、今までとはまったく異なる力だ。

 これまでの俺たちの魔力は堕天属性と言われてはいたが、どこか優しい光のように感じられた。正直、なぜ神の意に背く力なのか分からない、と思うことだってあった。

 それもそのはず、堕天属性なんて嘘っぱちで、実は神の力を受け継ぐ天属性だったからだ。


 しかし今の俺の魔力から感じられる印象は、完全に真逆。

 これこそが、禁忌とされるべき堕天属性!

 神をも超えうる、神にあるまじき力か。今の俺にはふさわしい!

 この力をどう使って、あいつらを苦しめてやろうか。ワクワクが止まらないじゃないか。


「あの連中は俺の獲物だ! あんたらのくそったれな天罰や因果応報なんかに任せるなんて、冗談じゃない! 邪魔をするなら、あんたらも俺の敵だ!」


 その瞬間、のどかだった周りの景色が一気に黒色に染まった。

 家も畑も村人もティアも、黒い火柱を上げて燃え尽きていく。

 女神はしばらく瞼を閉じていたが、思い立ったように目を開いて俺を見つめてきた。


「いいでしょう。あなたのその怒り、もはや天界側で受け入れられるものではなくなりました。だからと言って、魔人たちと戦ってくれたあなたを、罰するわけにもいきません。あなたの肉体を復活させ、下界へ転移させましょう」


 ははは、要は厄介払いってわけね?

 だが、それで一向にかまわない。あいつらに最高の恐怖と苦痛をたっぷり与えて、復讐できるのだからな!


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