キャロルの過去
聖王都から離れ、故郷のすぐ側にある森の中で休息を取ることにした。
以前は親友のニースと遊んだり、ティアと一緒に山菜を採ったりしていた、勝手しったる森だ。
「いやー、失敗失敗。ホントごめんなさーい、主さま」
泉の中で水浴びして体の汚れを落としていたキャロルが、俺に声をかけてきた。
「ごまかすなよ。明らかに、いつものおまえじゃなかったろ」
俺は振り返ることなく、言葉を返す。
「えー? そうですか? 僕はいつもと変わらないですよ」
聖王都の神殿でグレイザムと対峙していたとき、こいつは明らかに普段と違っていた。
恐怖と怒りがまじりあったような、天使とは程遠い、あまりにも人間的な顔をしていたのだ。
しかし大司教とのバトルを切り上げて撤退してみれば、ちょっと疲れたからとか言って服を脱ぎ、水浴びを始める始末。
その行動は普段どおりであることを、あえて俺にアピールしているように見えた。
「主さまこそ僕なんかをかばって、らしくなかったじゃないですかー。目的の邪魔になるヤツは切り捨てるって思ってたんですけど。堕天使になっても、やっぱり優しいですねー」
自分の話題からそらしたいのか、茶化すような口ぶりで話をすり替えてくる。
まあ話したくないなら、別にそれでもかまわないけどな。
「確かに、らしくなかった。おまえは邪魔だから、もうついてくるな」
「え?」
なんだ、その予想外そうな驚きの声は。まさかこいつ、俺が切り捨てるなんて予想もしなかったわけじゃないんだろ?
「や、やだなー。またまたー。僕の魔法、すっごく役に立つでしょ。今までも僕の探索魔法や罪を抜き取る魔法があったから、復讐が果たせたんじゃないですか」
慌てるようにバシャバシャと、泉の奥からキャロルが近づいてくる音がした。
「このまえの大司教との戦いでは、明らかに足を引っ張ってただろ。ヤツとはすぐにも再戦しなきゃならんからな。足手まといはいらん」
確かにキャロルの能力は役に立つし、魔力もかなりのものだ。
それにこいつは天使であり監視役。だから俺は、こいつを人間とは別の存在として考えているところがあった。
しかしグレイザムとの戦いで、ハッキリ分かった。こいつは人間と同じように心があるし、魔力が高かろうが、まだまだ子供なんだ。
さすがに、危険な戦いの場へ連れまわすわけにはいかないだろ。
ましてや復讐なんて、子供に見せるもんじゃない。まあ、今更かもしれないが。
「次は大丈夫ですから。だいたい、主さま。僕抜きでどうやって罪を暴くんですかー?」
「おまえがいないなら、相応のやり方をするだけだ」
俺が反論するとキャロルが泉から出て、ペタペタと足音を立てながら真後ろまで近づいてきた。
「というか僕、神様が遣わした監視役なんですからね。主さまに選択権はないのですよ」
普段と違い、少し怒ってるような声をしている。
だがこっちこそ、神々が遣わした監視役の言うことなんて、聞く気も義理もない。
「それとも、僕が子供だからとか思っちゃってます? こう見えても主さまより、ずーっと年上なんですからね!」
「ほう、何歳なんだ?」
彼女の裸体は見えない程度に振り返って、問いかけた。
「85歳です!」
はちじゅうご。それ、ただの老人じゃね?
天使だから1500歳とか言い出すかと思ったんだが。数千年とか言われるよりも、よっぽどババアに感じるのはなぜだろう。というか、ジジイなのか?
そういや、こいつが女なのか男なのかも、いまだにはっきりしてなかったな。
「とにかく! このまえの戦いで、大司教は俺の力を脅威に感じたはずだ。今度は聖騎士団で守りを固めてくるだろうし、何らかの奥の手も出してくるに違いない。総力戦の全面戦争だ。そんな戦いでおまえのようなやつにチョロチョロされると、ハッキリ言って邪魔なんだよ」
聖騎士団は光輝教団の騎士の中でも最強の軍隊だ。大司教との戦い同様、キャロルに危険が迫らないとは言い切れない。
それに聖騎士団は、俺の目の前で仲間たちを……そして妹のティアを惨殺した連中。絶対に許すわけにはいかない外道どもだ。
そいつらを前にして他人のお守りができるほど、冷静でいられるかどうか。
俺はなんやかんや反論してくるキャロルを放って、その場を去ろうと歩き出した。もしついて来ようとするなら、気絶させてでも置いていくつもりだった。
「僕も……あいつらに恨みがあるんです」
その言葉に、足が止まる。
振り返ると、キャロルは裸のまま膝を抱えてうずくまって、悲し気な目で地面を見つめていた。
「恨み?」
「聖王都の連中に、お父さんを殺されました。そしてあいつらは、お母さんをさらっていったんです。そのとき僕も、お母さんの目の前で殺されました」
どういうことだ?
天使の親ってことは、天界の神か天使じゃないのか?
俺が疑問に思っているのを察してか、キャロルが再び口を開く。
「僕はもともと、人間と神の間に生まれた子供だったんです。お父さんは普通の人間でしたが、お母さんは神様の一人でした。それを知ったのは、死んで天使になったあとですけど」
神妙な顔で、キャロルがうつむく。
神と人間の混血児なんて、そんなことがあり得るのか。
色々と複雑だな。
「お母さんは下界に来たとき、お父さんと知り合ったみたいです。恋をしたお母さんは人間として下界に留まり、そして僕が生まれました」
「頭の固い神々が、よく許したな」
「下界での出来事には干渉しないってだけで、許されたわけじゃないです」
なるほど、それなら納得だが。
しかし、どうも気になる。
キャロルを送り込んだ女神ノーヴェリエルは、俺の復讐も思ったよりあっさり認めた。監視役を付けたのは、俺を説得するためだと思ったが、そうでもなさそうだ。
単に放任主義ってだけなのか?
「おまえ、俺の監視役だろ? 光輝教団に恨みを持った天使を、わざわざ俺に寄こしたってのか?」
「頑張ったんですよ。模範的な天使と認められるよう、神々の教育を受けて、神々に褒められることもたくさんやって。そうすればいつか、下界に下りる許可がいただけるかもしれない。あいつらに天罰を与えるチャンスがくるかもしれない! だから、必死に我慢してきたんです!」
下唇を噛んで涙を浮かべる表情が、これまでの苦労を物語っている気がした。
「あいつら……笑ってたんです! 抵抗するお母さんを押さえつけて、見せびらかすようにお父さんと僕を殺しながら……笑ってたんですよ! だから僕も、罰を与えられて苦しむあいつらを、笑ってやるんです!」
キャロルは俺に顔を向け、涙を流しながらニッコリ笑った。その表情が痛々しくて、目をそらすように瞳を閉じた。
こいつも俺と同じだったわけか。
しかもこいつは俺が現れるまで、おあずけを食らってたんだな。
憎しみを心の隅に抱えながら機会を長年待ち続け、ようやく俺が現れたわけだ。
ついにきた、復讐のチャンス。そりゃ、必死にもなるか。
なんにしても事情を知った以上、キャロルを拒絶するのは酷だな。
光輝教団の連中への恨みが晴らせない辛さは、俺が一番よく理解している。
「分かった……。ついて来たいなら、勝手にしろ」
俺はキャロルに背を向けてから言った。
「ありがとうございます、主さま! 今度はへまなんてしませんからー!」
さっきまでの真面目な雰囲気から一転、いきなり嬉しそうな声を上げて後ろから俺に抱き着いてきた。
「バ! こら、抱き着くな! てか、服を着ろ服を!」
「きゃはは! 僕が女の子か男の子か、今ならすぐに確かめられますよ!」
「バカ言ってんな! いいから離れろって!」
「またまたー。主さまも、僕がどっちか気になってるんじゃないですかー?」
まったく、なんでこいつなんかに焦らされなきゃならないんだ。
「いい加減にしないと、今度こそ置いてくぞ」
「わー! ご、ごめんなさーい!」
そう言ってキャロルが、ようやく俺から離れていった。
こういう子供じみたところを見せられると、やはりティアと重なってしまう。まあ、こんなに落ち着きのないやつじゃなかったけどな、あいつは。しかも85歳のご老人だし。
しかしその年齢なら親の仇がまだ生きている可能性も、ギリないとも言えないか?
例えばキャロルが85歳として、人間から天使に転生するまでの期間が数年だったと仮定する。ということは、こいつの母親が拉致された事件も85年より少し前。
どうだろう。仇の人間は当時から大人だっただろうし、今は100歳を超えるのは間違いないか。やはり生きてるとは考えにくいな。
そういや、神殿でのグレイザムを前にしたキャロルの反応。
「なあ。ひょっとして、大司教も何かしら関係があるのか? 例えばあいつの祖父が母の拉致に関与している、とか」
「いいえ! 大司教グレイザム、あいつです! あいつこそが僕とお父さんを殺し、お母さんを連れ去った張本人です!」
キャロルが服を着ながら答える。
「は? それはさすがにないだろ? あの男が100歳近い老人には、到底見えん。《ザンゲ・ルーム》で確認したのか?」
「それが……。あいつが天属性の力を持っていたせいで、僕の魔法の効果が中和されちゃって、過去が見えなかったんです。でも、あの男の顔は忘れません! しかもあいつ、なぜかは分からないけど、ぜんぜん歳を取ってないんですよ」
それって先祖が首謀者だから顔が似ているだけとか、そういったことなんじゃないのか?
過去を暴けなかったわけだし、顔を覚えてるって言っても85年前の記憶だし。
あと気になるのは、聖導院のヤツらがなぜ、キャロルの母親を連れ去ったのか、だな。
神を名乗る光輝教団にとって、本当の神の存在は邪魔だったということか。つまり俺たち一族と同じ理由で襲われた?
もしくは、別の目的があったのか。例えば、神の力を利用して、何かしらを企んでいたとか。
そういや大司教グレイザムは、天属性の魔法を使っていたな。神々によれば、天属性こそ神の力らしい。その力を使えるのは俺たちの一族だけだと思っていたが、なぜあいつも使えたんだ?
ヤツも実は俺たちと同じ一族だったのか、もしくはキャロルの母親が関係しているのか。
ちょっと待て……。
光輝教団には、魔人の魔力を吸収して利用する技術があるんだよな。
それってひょっとして……。
いや、今は推測でものを言うのはやめておこう。キャロルの動揺を誘うだけだ。
「だが、いいのか? 今さらかもしれないが、模範の天使が復讐なんかに加担して」
「下界に来れば、こっちのもんです」
服を着終えたキャロルが、エッヘンと胸をそらして腕を組んだ。
あんまり気負いすぎられても心配だな、と思ったが、この調子ならひとまず大丈夫か。




