表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/31

キャロルの過去


 聖王都から離れ、故郷のすぐ側にある森の中で休息を取ることにした。

 以前は親友のニースと遊んだり、ティアと一緒に山菜を採ったりしていた、勝手しったる森だ。


「いやー、失敗失敗。ホントごめんなさーい、主さま」


 泉の中で水浴びして体の汚れを落としていたキャロルが、俺に声をかけてきた。


「ごまかすなよ。明らかに、いつものおまえじゃなかったろ」


 俺は振り返ることなく、言葉を返す。


「えー? そうですか? 僕はいつもと変わらないですよ」


 聖王都の神殿でグレイザムと対峙していたとき、こいつは明らかに普段と違っていた。

 恐怖と怒りがまじりあったような、天使とは程遠い、あまりにも人間的な顔をしていたのだ。

 しかし大司教とのバトルを切り上げて撤退してみれば、ちょっと疲れたからとか言って服を脱ぎ、水浴びを始める始末。

 その行動は普段どおりであることを、あえて俺にアピールしているように見えた。


「主さまこそ僕なんかをかばって、らしくなかったじゃないですかー。目的の邪魔になるヤツは切り捨てるって思ってたんですけど。堕天使になっても、やっぱり優しいですねー」


 自分の話題からそらしたいのか、茶化すような口ぶりで話をすり替えてくる。

 まあ話したくないなら、別にそれでもかまわないけどな。


「確かに、らしくなかった。おまえは邪魔だから、もうついてくるな」

「え?」


 なんだ、その予想外そうな驚きの声は。まさかこいつ、俺が切り捨てるなんて予想もしなかったわけじゃないんだろ?


「や、やだなー。またまたー。僕の魔法、すっごく役に立つでしょ。今までも僕の探索魔法や罪を抜き取る魔法があったから、復讐が果たせたんじゃないですか」


 慌てるようにバシャバシャと、泉の奥からキャロルが近づいてくる音がした。


「このまえの大司教との戦いでは、明らかに足を引っ張ってただろ。ヤツとはすぐにも再戦しなきゃならんからな。足手まといはいらん」


 確かにキャロルの能力は役に立つし、魔力もかなりのものだ。

 それにこいつは天使であり監視役。だから俺は、こいつを人間とは別の存在として考えているところがあった。

 しかしグレイザムとの戦いで、ハッキリ分かった。こいつは人間と同じように心があるし、魔力が高かろうが、まだまだ子供なんだ。

 さすがに、危険な戦いの場へ連れまわすわけにはいかないだろ。

 ましてや復讐なんて、子供に見せるもんじゃない。まあ、今更かもしれないが。


「次は大丈夫ですから。だいたい、主さま。僕抜きでどうやって罪を暴くんですかー?」

「おまえがいないなら、相応のやり方をするだけだ」


 俺が反論するとキャロルが泉から出て、ペタペタと足音を立てながら真後ろまで近づいてきた。


「というか僕、神様が遣わした監視役なんですからね。主さまに選択権はないのですよ」


 普段と違い、少し怒ってるような声をしている。

 だがこっちこそ、神々が遣わした監視役の言うことなんて、聞く気も義理もない。


「それとも、僕が子供だからとか思っちゃってます? こう見えても主さまより、ずーっと年上なんですからね!」

「ほう、何歳なんだ?」


 彼女の裸体は見えない程度に振り返って、問いかけた。


「85歳です!」


 はちじゅうご。それ、ただの老人じゃね?

 天使だから1500歳とか言い出すかと思ったんだが。数千年とか言われるよりも、よっぽどババアに感じるのはなぜだろう。というか、ジジイなのか?

 そういや、こいつが女なのか男なのかも、いまだにはっきりしてなかったな。


「とにかく! このまえの戦いで、大司教は俺の力を脅威に感じたはずだ。今度は聖騎士団で守りを固めてくるだろうし、何らかの奥の手も出してくるに違いない。総力戦の全面戦争だ。そんな戦いでおまえのようなやつにチョロチョロされると、ハッキリ言って邪魔なんだよ」


 聖騎士団は光輝教団の騎士の中でも最強の軍隊だ。大司教との戦い同様、キャロルに危険が迫らないとは言い切れない。

 それに聖騎士団は、俺の目の前で仲間たちを……そして妹のティアを惨殺した連中。絶対に許すわけにはいかない外道どもだ。

 そいつらを前にして他人のお守りができるほど、冷静でいられるかどうか。

 俺はなんやかんや反論してくるキャロルを放って、その場を去ろうと歩き出した。もしついて来ようとするなら、気絶させてでも置いていくつもりだった。


「僕も……あいつらに恨みがあるんです」


 その言葉に、足が止まる。

 振り返ると、キャロルは裸のまま膝を抱えてうずくまって、悲し気な目で地面を見つめていた。


「恨み?」

「聖王都の連中に、お父さんを殺されました。そしてあいつらは、お母さんをさらっていったんです。そのとき僕も、お母さんの目の前で殺されました」


 どういうことだ?

 天使の親ってことは、天界の神か天使じゃないのか?

 俺が疑問に思っているのを察してか、キャロルが再び口を開く。


「僕はもともと、人間と神の間に生まれた子供だったんです。お父さんは普通の人間でしたが、お母さんは神様の一人でした。それを知ったのは、死んで天使になったあとですけど」


 神妙な顔で、キャロルがうつむく。

 神と人間の混血児なんて、そんなことがあり得るのか。

 色々と複雑だな。


「お母さんは下界に来たとき、お父さんと知り合ったみたいです。恋をしたお母さんは人間として下界に留まり、そして僕が生まれました」

「頭の固い神々が、よく許したな」

「下界での出来事には干渉しないってだけで、許されたわけじゃないです」


 なるほど、それなら納得だが。

 しかし、どうも気になる。

 キャロルを送り込んだ女神ノーヴェリエルは、俺の復讐も思ったよりあっさり認めた。監視役を付けたのは、俺を説得するためだと思ったが、そうでもなさそうだ。

 単に放任主義ってだけなのか?


「おまえ、俺の監視役だろ? 光輝教団に恨みを持った天使を、わざわざ俺に寄こしたってのか?」

「頑張ったんですよ。模範的な天使と認められるよう、神々の教育を受けて、神々に褒められることもたくさんやって。そうすればいつか、下界に下りる許可がいただけるかもしれない。あいつらに天罰を与えるチャンスがくるかもしれない! だから、必死に我慢してきたんです!」


 下唇を噛んで涙を浮かべる表情が、これまでの苦労を物語っている気がした。


「あいつら……笑ってたんです! 抵抗するお母さんを押さえつけて、見せびらかすようにお父さんと僕を殺しながら……笑ってたんですよ! だから僕も、罰を与えられて苦しむあいつらを、笑ってやるんです!」


 キャロルは俺に顔を向け、涙を流しながらニッコリ笑った。その表情が痛々しくて、目をそらすように瞳を閉じた。

 こいつも俺と同じだったわけか。

 しかもこいつは俺が現れるまで、おあずけを食らってたんだな。

 憎しみを心の隅に抱えながら機会を長年待ち続け、ようやく俺が現れたわけだ。

 ついにきた、復讐のチャンス。そりゃ、必死にもなるか。

 なんにしても事情を知った以上、キャロルを拒絶するのは酷だな。

 光輝教団の連中への恨みが晴らせない辛さは、俺が一番よく理解している。


「分かった……。ついて来たいなら、勝手にしろ」


 俺はキャロルに背を向けてから言った。


「ありがとうございます、主さま! 今度はへまなんてしませんからー!」


 さっきまでの真面目な雰囲気から一転、いきなり嬉しそうな声を上げて後ろから俺に抱き着いてきた。


「バ! こら、抱き着くな! てか、服を着ろ服を!」

「きゃはは! 僕が女の子か男の子か、今ならすぐに確かめられますよ!」

「バカ言ってんな! いいから離れろって!」

「またまたー。主さまも、僕がどっちか気になってるんじゃないですかー?」


 まったく、なんでこいつなんかに焦らされなきゃならないんだ。


「いい加減にしないと、今度こそ置いてくぞ」

「わー! ご、ごめんなさーい!」


 そう言ってキャロルが、ようやく俺から離れていった。

 こういう子供じみたところを見せられると、やはりティアと重なってしまう。まあ、こんなに落ち着きのないやつじゃなかったけどな、あいつは。しかも85歳のご老人だし。

 しかしその年齢なら親の仇がまだ生きている可能性も、ギリないとも言えないか?

 例えばキャロルが85歳として、人間から天使に転生するまでの期間が数年だったと仮定する。ということは、こいつの母親が拉致された事件も85年より少し前。

 どうだろう。仇の人間は当時から大人だっただろうし、今は100歳を超えるのは間違いないか。やはり生きてるとは考えにくいな。

 そういや、神殿でのグレイザムを前にしたキャロルの反応。


「なあ。ひょっとして、大司教も何かしら関係があるのか? 例えばあいつの祖父が母の拉致に関与している、とか」

「いいえ! 大司教グレイザム、あいつです! あいつこそが僕とお父さんを殺し、お母さんを連れ去った張本人です!」


 キャロルが服を着ながら答える。


「は? それはさすがにないだろ? あの男が100歳近い老人には、到底見えん。《ザンゲ・ルーム》で確認したのか?」

「それが……。あいつが天属性の力を持っていたせいで、僕の魔法の効果が中和されちゃって、過去が見えなかったんです。でも、あの男の顔は忘れません! しかもあいつ、なぜかは分からないけど、ぜんぜん歳を取ってないんですよ」


 それって先祖が首謀者だから顔が似ているだけとか、そういったことなんじゃないのか?

 過去を暴けなかったわけだし、顔を覚えてるって言っても85年前の記憶だし。

 あと気になるのは、聖導院のヤツらがなぜ、キャロルの母親を連れ去ったのか、だな。

 神を名乗る光輝教団にとって、本当の神の存在は邪魔だったということか。つまり俺たち一族と同じ理由で襲われた?

 もしくは、別の目的があったのか。例えば、神の力を利用して、何かしらを企んでいたとか。

 そういや大司教グレイザムは、天属性の魔法を使っていたな。神々によれば、天属性こそ神の力らしい。その力を使えるのは俺たちの一族だけだと思っていたが、なぜあいつも使えたんだ?

 ヤツも実は俺たちと同じ一族だったのか、もしくはキャロルの母親が関係しているのか。

 ちょっと待て……。

 光輝教団には、魔人の魔力を吸収して利用する技術があるんだよな。

 それってひょっとして……。

 いや、今は推測でものを言うのはやめておこう。キャロルの動揺を誘うだけだ。


「だが、いいのか? 今さらかもしれないが、模範の天使が復讐なんかに加担して」

「下界に来れば、こっちのもんです」


 服を着終えたキャロルが、エッヘンと胸をそらして腕を組んだ。

 あんまり気負いすぎられても心配だな、と思ったが、この調子ならひとまず大丈夫か。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ