天敵
「ふっ、なるほど……。確かにノアのようだな。死にぞこないが、化けて出たか」
周囲のモンスターを光の魔法で軽々と消し飛ばしながら、グレイザムがニヤリと口角を上げる。
俺が召喚したモンスターは確かに幻術だが、見えている者にとっては実態と変わりない。
つまりこの男にとって、魔界のモンスターは取るに足らない存在ということだ。
しかも魔界のモンスターや魔人は、俺たちの一族が持っていた天属性が最も有効。ひょっとして、こいつも天属性を操れるのか?
先ほどからモンスターどもを消滅させている光弾も、どこか天属性に似ている。
それにしても、相変わらずスマートな体つきだな。口ひげもよく似合ってやがる。他の司祭のブタどもを従えているやつとは、とても思えん。
「まさか大司教自ら、この神殿に出向いてくるなんて。普通、あんたみたいな大組織のトップは、自分の城でふんぞり返ってるもんだろ」
「きさまこそ。扉にメッセージまで残しておきながら、わざわざ殺されに戻るとはな」
そりゃあ、メインディッシュがわざわざ来てくれたんだ。逃す手はない。
しかし、本当になぜグレイザムは、この神殿に来たんだ?
一応、最初は調査兵を向かわせたようだが。それにしたって、今や世界を席巻しようという光輝教団のトップが、自ら出張ってくるなんて普通じゃない。しかも危険を冒してまで、一人で神殿内に入ってくるなんて。
もしかすると、この第三神殿には何か秘密があるのかもしれないな。
「時にきさま……。その魔力は本物の堕天属性ではないか?」
そう言ってグレイザムが、クックックと笑う。
「本物……ときたか。これまでさんざん、俺たちを堕天呼ばわりしておいて」
「ならばきさまに勝機はない。なぜなら!」
目を見開いて、いきなり魔法の光弾を投げ飛ばしてきた。ローブを着た魔道士タイプなのに、魔法の放ち方が他の連中と違ってアグレッシブだな。
しかも一発ではなく、やたらめったらの乱れ打ちときた。
すかさず魔法の壁を生成し、ガードを固める。ところが一発の光弾を受けただけで、魔法防御の壁に亀裂が入った。
堕天属性は魔人たちと性質が似ている、言わば負のエネルギー。
超強力だが、一つだけ天敵となるものがある。天属性だ!
しかもかなりの威力!
「だが!」
俺は魔法防御を解き、ハエを払うように、飛んできた光弾を片手でバシバシと弾き飛ばした。
「な! バカな!」
驚愕したような顔で、グレイザムが叫ぶ。
今度は余った左手に、堕天属性の魔力を込めて放つ。
電撃を帯びた黒紫の球体がバリバリバチバチと激しい音を立て、ヤツの放った光弾を飲み込みながら飛んでいく。
「う! うおおぉぉぉおおおおお!」
堕天の塊はグレイザムに着弾すると、その場にとどまって膨張していった。そして爆発を巻き起こし、周囲の柱や死体を粉砕した。
巨大な神殿のあちこちにひびが入り、ゴゴゴゴと地響きのような音を立てる。天井から瓦礫も落ちてきた。
手加減したつもりだったが、この神殿が崩れるのも時間の問題だな。
「き、きさま……。いったい……本当に人間か?」
煙が晴れていき、グレイザムの姿が現れる。
額と口から血を流し、あちこち傷ついてはいるが、あの威力をしのいだのか。
先ほどから見せてきた天属性といい、こいつの力も人智を超えている。
「ふ、ふんだ! あんたなんかが主さまに勝てるわけないじゃん!」
思い出したかのように、キャロルが叫び出した。
こいつ、いつもは真っ先にはしゃぎ声をあげるのに、グレイザムが現れてから妙に静かだったな。というか、いつになく強張った顔で、ヤツを睨んでいた気がする。
今の声も、少し震えている気がした。
まあいいか。とりあえず悪党のボスである大司教を倒し、ふさわしい罰を与えねば。
「くっ……。天属性がダメなら、これでどうだ!」
グレイザムが歯茎を見せるほどに力を込めて、魔力を高める。どんどん高まっていく魔力が、湯気のように噴き出している。
もはや司祭というより、気を高める肉体派の武闘家だ。
「これでもくらえ!」
グレイザムが叫びながら、両手に生成した炎を押し出すようにぶっ放してきた。何をするかと思えば、天属性をやめて火属性で勝負か。確かに威力はかなりのものだが、むしろ俺にとっては天属性のほうが厄介だった。
いや、違う!
炎が柱となって伸びてくる。しかし、この軌道は!
「え?」
キャロルがぽかんと口を開け、抜けた声を漏らす。
上から弧を描くように伸びている炎が、自分へ向かっていることにようやく気付いたらしい。
俺は素早く後方へ走り出し、キャロルのほうへと戻った。炎がぶつかる前に、彼女を抱えて横へ飛ぶ。
天属性は堕天や魔人などの負の属性には高い殺傷能力を発揮するが、それ以外の属性には効果が薄い。
だからこその火属性か。攻撃を炎に切り替えたのは、俺ではなくサポート役のキャロルを狙ってのことだったわけだ。
間一髪、炎を避けることに成功したが、そこに天属性の光弾が飛んできた。
魔法防御が間に合わず、生身の右腕でガードする。
光弾がふれた瞬間、腕に焼けただれるような痛みが走った。
「ち!」
さらに止まることなく、次々と光弾が飛んでくる。
「ふははははは! やはりな。きさまは甘い! 甘ったるいわ! そのガキに妹でも重ねているのか? だったら今度は、そいつの首もはねてやろう! きさまの目の前でなぁ!」
その言葉によって、ティアの最後の顔が脳裏に浮かんだ。涙でぐしゃぐしゃになったまま首から上だけとなった、あいつの顔を。
怒りに震え、すべてを破壊したい衝動に駆られた。
そのとき、ガードする腕の中にいたキャロルが、俺の服を掴んだ。
「ごめんなさい、主さま……。僕のせいで」
らしくないな。いつもの元気は何処へ行った?
いや、それは俺も同じか。
こいつがまったく似合わないしおらしさを見せたおかげで、妙に冷静になれた。
いったん深呼吸してから、飛んでくる光弾を弾き飛ばす。さらに飛んでくる光弾も次々と弾き飛ばしながら、立ち上がる。
「な、なんだと?」
「フン……。形勢逆転したつもりだったか?」
「なぜだ! 堕天属性がなぜ、天属性をここまで凌駕する! きさま、いったいどれほどの魔力を身に着けたのだ」
少なくとも天属性の神々が、脅威に感じるレベルだな。
この場でグレイザムを倒してもいいが、なぜか怯えを見せるキャロルを放っておくわけにもいかない。
まあいいさ。お楽しみが少々先に伸びただけ。
俺は堕天の魔力で背中に黒い翼を生成した。そしてキャロルを抱え、飛び上がる。
「と、飛んだ?」
「きさまへの罰はお預けだ。だが近いうちに必ず、きさまを地獄へ送ってやる。覚悟しておけ」
そう告げるとヤツは額に汗をかきながらも、なぜか笑みをこぼした。ここまで実力差を見せつけたのに、その顔ときたか。
まだ奥の手を隠し持ってそうだな。
おもしろい、せいぜい全力であがくがいい。
俺もヤツに笑みを向け、穴の開いた天井から飛び立った。
ゴゴゴゴゴゴ!
巨大な破壊音がして振り返ると、神殿が崩れ去っていくところだった。
入口から大司教グレイザムが脱出しているところも、確認できた。
そうだ、それでいい。
こんなところで簡単に死なれては困るからな。




