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立派な父の職場体験


 俺たち堕天一族の村から、ある二人の若者が行方不明になるという事件が起きた。

 聖王都へ出かけていったきり、帰ってこなかったのだ。村中総出で捜索が行われたが、結局は見つからなかった。

 そもそも聖王都は堕天の一族への差別が酷い都市ということもあり、協力が得られなかったのもあったかもしれない。

 事件に巻き込まれたのか、それとも事故なのだろうか。真相は闇の中となり、村人たちもあきらめざるを得ない状況となった。

 しかし、ついに二人が忽然と消えた理由が、キャロルの探索魔法によって明らかになった。

 光輝教団の連中によって拉致されたのだ。そして目の前にいるリュエルという男の執拗な拷問を受け、殺されて隠ぺいされていた。

 それは魔人災害が発生する前のことだった。つまり俺たちは、仲間を殺した敵だということも知らず、大司教の頼みを聞き入れて、魔人と戦っていたことになる。


「き、きさま! 何者だ」


 雷鳴が響き渡り、窓から差し込んだ光によって、一瞬だけリュエルとその妻子の顔が見えた。

 三人とも、いい感じに恐怖しているのが表情で分かる。だが怖いことが起きるのは、まだまだこれからだ。

 俺はテーブルの上にあった燭台のろうそくに魔力を飛ばし、堕天の炎を灯した。

 真っ暗だった部屋が青黒くぼんやりと照らし出されて、その場の全員の顔が、不気味に浮かび上がる。


「堕天一族の生き残り……と言えば分かるな」

「だ、堕天だと?」


 警戒するように前かがみで構えていたリュエルが、スッと背筋を伸ばした。


「なるほど、そういうことか。つまり逆恨みで復讐しにきたんだな?」


 ヤツが鼻で笑うように、言ってのけた。

 逆恨み……か。

 本気でそう思っているのか、それとも俺を煽るためにそう言っているのだろうか。


「えー? 主さまの仲間を拷問して殺したのに、どういう理屈でそうなるの?」


 キャロルが腕を組んで、体を思いっきりのけぞらせるように首をかしげる。


「そ、そうよ! 堕天なんて汚れた魂を、夫は清めてあげてるんだから。それを恨んでるんだとしたら、とんだ逆恨みだわ!」

「そうだそうだ! お父様は立派な聖職者なんだぞ!」


 うーん、なるほど。

 拷問官のリュエルはさておき、その妻と子は言葉どおりのことを、本気で思ってるんだろうな。

 天使の魔法ザンゲ・ルームで、リュエルだけでなく妻子のほうも過去を暴いている。

 子供のほうは学校で清めごっこと称し、立場や身分の低い家柄の子を一方的にいたぶっていた。要するに、父親の真似をしたいじめだ。さすがに命を奪うことはなかったが、自殺未遂にまで追い込まれた子供もいるらしい。


 母親のほうはというと、息子のいじめの被害者とその親に対し、夫の権力を振りかざして押さえつけていた。どうやら自分たちを選ばれた人間だと本気で思っており、何をしようと正義は自分たちにあると考えているようだ。

 被害者たちは、完全に泣き寝入り状態。

 家族そろって酷いな。


「この勘違いの不法侵入者どもが! この場で取り押さえて、薄汚い魂を清めてやろう」


 そう言ってリュエルは、壁に飾られていたサーベルを手に取った。


「へっへーん! 堕天のクズめー! お父様は光輝教団の兵士団にいたこともあるんだぞ!」


 期待に満ちた息子の言葉を受けてか、リュエルがニヤリと笑みを浮かべた。そして持っているサーベルを胸の前にビシッとかざしてから、切っ先を俺へ向けて構える。

 リュエルはタイミングを計るようにピタリと制止し、しばらく静寂が部屋を包み込んだ。

 突如、外がピカッと光って、雷鳴が窓のガラスを震わせた。と同時にヤツがカッと目を見開き、俺めがけて突っ込んでくる。

 そのまま、剣で突きを放ってきた。

 俺はその剣先を、親指と人差し指でつまんで止めた。


「ば、ばかな!」


 リュエルが驚きの表情で、まじまじと俺の指先を見つめる。

 ヤツは必死の形相で力を入れ、剣を押し込もうとしてきた。だが、指先から放出した魔力で固定しているので、ピクリとも動かない。

 まあ光輝教団の兵士団レベルじゃ、この程度だろう。

 とりあえず俺はつまんだ指先から堕天の稲妻を流し込み、剣先から電導させた。


「ぎゃあぁあああああ!」


 剣から流れてきた電流をくらい、ヤツが膝をついてビクビクッと体を痙攣させる。

 しばらく動けないだろうけど、意識は保てる程度に威力は抑えておいたぞ。


「それじゃあ、これから! お父さんの立派なお仕事を、家族の二人にも体験してもらっちゃいましょー!」

「な!」


 キャロルの陽気な声に、リュエルが顔を青ざめさせる。

 俺は動けなくなっているリュエルを放置し、こいつの息子と妻がいるほうへと向かっていった。


「ち、近寄らないで! 堕天のクズのくせして、被害者づらしてんじゃないわ!」

「お、おまえなんか、お父様がやっつけてくれるんだ! 苦しめて、殺されろ!」


 二人が後ずさりしながら、罵声を浴びせかけてくる。


「き、きさま! 俺の家族に指一本触れてみろ! 殺してやる! 絶対に殺してやるからな!」


 動かない体を必死に動かそうとしながら、リュエルが後方から叫び出した。

 そのセリフ、いいねいいね、痺れるね。

 こいつは仲間をいたぶって殺した許せない男だが、愛する者を想う気持ちだけは共感できるじゃないか。だからこそ体中から、やる気がわいてくるよ。

 でもまあ、おまえの家族に触れる気はないから安心しろ。

 俺はキャロルによって抜き出されたリュエルの罪の記憶を、堕天の魔力に込めた。そいつをヤツの妻と息子へ向けて、手のひらから放出する。

 魔力に当てられた二人が、放心した表情で棒立ちになる。

 時間にすれば数秒ほど。ここではないどこかを見ているように、トロンとした目を真正面に向けている。

 しばらくして、二人が同時に目を見開いた。


「いやあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああ!」

「ひゃーっはっはっはっはははははははははははははははははは!」


 突然、妻のほうが絶叫し、その場で腰を抜かした。息子のほうは狂ったように笑い続ける。

 実際の時間は短いが、この二人の精神世界では数日ほどを体感しただろう。

 妻のほうには、リュエルに拷問された被害者の視点での体験を与えた。

 息子のほうは、拷問を行っているリュエルの視点だ。


「き、きさま! 私の家族に何をした!」


 精一杯といった感じで首だけを振り返らせ、リュエルが声を張り上げる。


「さっき、そこの天使も言ってたろ? あんたの職場体験だよ」

「きゃはは! 立派なお仕事だもんね。いい経験になったと思うよ」


 リュエルの妻は夫の仕事をほめたたえ、被害者をさんざんクズ扱いしてきたようだが、これで理解しただろう。

 夫がどれだけのことをしてきたか、そして被害者がどれだけ苦しめられてきたのかをな。

 いや、もうそんなことを考える余裕もないか。

 床に腰を落とした彼女を中心に、水たまりが広がっていく。失禁か。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」


 リュエルの妻が震えながら、謝罪の言葉を繰り返す。そんな彼女へ、息子がゆらりと顔を向けた。

 妻は足をバタバタさせて、床に広がる尿をまき散らせながら、部屋の隅へと逃げていった。

 それを確認した息子は、テーブルに置いてあったフォークとナイフを手に取り、逃げていった彼女の後を追った。


「ひゃははは、うひひひひひひ! ほらほら、光輝教団に忠誠を誓えよぉ。へひひひひひひ」

「ひぎゃぁああああ!」


 持っているナイフを妻の腕に刺し、ぐりぐりとひねりながら息子が笑う。


「誓う! 誓います誓います誓います誓います! やめて、許して! 誓いますってばぁあああ!」

「えー? 何だってぇ? 聞こえないなぁ。あーっはっはっは」


 部屋の隅で、息子による拷問が延々と続く。

 その様子を横目で見ながら、リュエルが涙を流す。


「ミュート、やめろ! やめてくれー!」


 その気持ち、すごくわかる。共感するよ。

 妹のティアがひどい目にあわされたときは、俺も必死に叫んだものだ。


「わあ、とーっても有望な息子さんだー! 将来はきっと、お父さんのような立派な聖職者になれるね」


 ぴょんぴょん跳ねながら、キャロルが言った。


「きさまら、許さん! 絶対に許さん! 呪い殺してやる!」


 はは、まだおまえの家族は死んじゃいないぞ。さんざん人をいたぶり殺してきたくせに、ずいぶん沸点の低いやつだな。


「それじゃあ、おまえにチャンスをやるよ」


 ヤツにそう伝えて、俺はパチンッと指を鳴らした。


「む? う、動く! 動くぞ!」


 リュエルがスクっと立ち上がり、自分の状態を確認するように両手を見やった。


「電撃によるマヒは回復したろう? ほらほら、早く息子を止めないと、取り返しがつかんことになるぞ」


 そう忠告してやると、ヤツが振り返って俺を睨みつけた。

 そのあとすぐ、息子のほうへと駆けていく。


「ミュート、やめろ! 母さんに、なんてことするんだ!」


 後ろから息子に抱き着き、ヤツが止めに入る。しかし息子は一切止まることなく、空中へ何度もナイフを振り下ろした。


「聖職者の僕を邪魔するなんて、おまえも異端者だな!」


 高らかに笑い声を上げながら、抱き着いているリュエルの腕にナイフを突き立てた。


「ぐぁああ!」

「あーっはっはっは! 思い知ったか、この汚らわしい下民めが! さあ、光輝教団に忠誠を誓え!」


 こりゃもう完全に、父親と同じ思想になっちゃったな。もともと親の教育方針がそういう方向だったからか、同調の濃度がすごい。

 親の心、子知らず状態の息子は、さらにナイフを振り回し続けた。それがリュエルの頬をかすめ、血がにじみ出る。


「ヤロウ!」


 顔をやられて逆上したのか、リュエルは息子の顔を掴んで床に押し付けた。そのまま拳を振り下ろして、腹を殴る。


「かは!」

「この汚らわしい豚が! 清めてやる清めてやる清めてやる」


 今度は顔面に向かって、拳を何度も振り下ろした。しばらくしてから俺は、その手を掴んで止めた。しかし掴まれてることにすら気付いていないのか、息子を殴ろうとする動きが止まらない。

 父親のリュエルに殴られ、息子の顔がパンパンにはれ上がって血まみれになっている。


 妻と息子への罰は、もう充分だ。

 掴んだ手から、今度は気絶するレベルの電撃を流し、リュエルの動きを止める。

 息子のほうは、執拗に殴られたショックで気を失っているようだ。妻のほうは目を泳がせたまま、延々と「ごめんなさい」を繰り返している。

 この二人は眠らせておいた屋敷の召使いたちに発見されて、保護されるだろう。もっとも、そのあとの生活がどうなるかは、知ったこっちゃないけどな。


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