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プロローグ

「やめろ、やめてくれ! どうして、こんなひどいことを! あなたたちは、神の遣いなんだろ!」


 俺は地べたに這いつくばり、両手両足に一本ずつ剣を突き刺されて、まったく動けずにいた。

 だが、その激痛すらかき消すほどの光景が、目の前で繰り広げられていた。


 燃え上がる家屋や田畑が、夜空を赤く染める。

 罪もない村の人たちが……仲間たちが、次々と惨殺されていく。

 いつも微笑みながら挨拶をしてくれたおばちゃんが、逃げているところを後ろから斬られた。

 村一番のいたずら好きの少年と、その子をかばうように覆いかぶさっている母親が、二人まとめて串刺しにされた。

 たまに釣った魚をおすそ分けしてくれたじいさんも、首をはねられた。

 ともに戦った若者たちも手足を斬られ、体の自由を奪われたあとにいたぶられている。


 なんだよこれ!

 本当に現実なのか?

 こめかみの血管がブチ切れそうになるほどの力を込め、必死に抵抗を試みる。


「ははは! まだ抵抗しようとしてんぞ、コイツ。おら! おとなしく見物してろや!」


 そんな声が頭上から聞こえたかと思うと、気を失いかけるほどの激痛が四肢を襲った。


「ぐわぁああああああ!」


 聖騎士団の男たちが、俺の手足に突き刺さった剣の柄を持って、ぐりぐりとねじ込んでいるらしい。


「きさまら一族は禁呪となっている堕天魔術を使用した。だからこうして我ら聖騎士団が、神を冒涜したきさまらに天罰を下しているというわけだ。要するにこれは、神の御意志なんだよ」

「そ、そんなバカな! 魔人災害から人々を守ってくれって頼んできたのは、大司教様だ! それなのに、どうして!」


 これまで俺たちは、光輝教団によって定められた法を遵守してきた。堕天魔術を使ったのも、本当に魔人との戦いでのみだったのだ。

 聖騎士団は光輝教団のエリート兵士たちであり、大司教直属の組織のはず。それなのに、なぜ彼らに情報が下りていないのか?

 何かの間違いか、もしくは指示の行き違いがあったのではないか。そんな風に思っていた。しかし聖騎士団の男は、予想だにしない言葉を吐いてきた。


「んな話、聞いてないなぁ。てか、きさまらへの処罰は、大司教様直々のご命令なんだよ」

「う、うそだ! そんなわけない!」


 俺たちの村の人間は、生まれつき堕天属性の魔力を持っている一族だった。あらゆる属性が存在する魔法において、堕天属性は神の意に背くとされた属性。

 そのため光輝教団の厳しい監視下に置かれ、使用を禁じられた。魂の浄化とかいう意味不明な理由で、魔導具さえ持つことを許されなかった。

 他の土地の人々が、魔導具や魔道士の持つ便利な魔法によって豊かに暮らす中、俺たちの村は貧しくて不便な生活を強いられてきたんだ。


 堕天属性という理由で差別的な扱いも受け、いじめや嫌がらせも日常茶飯事だった。

 しかし魔人災害により、堕天属性もついに人々の役に立てる日が来た。

 光輝教団の最高権力者である大司教様が村を訪れ、身分の低い俺たちに頭を下げてきたのだ。

 世界を救うため、あなた方の持つ堕天属性の力を貸してほしい……と。

 その戦いにおいては、神の名のもとに禁呪の使用を許可する、とも言った。


 さらに大司教様は、約束してくれたんだ。

 魔人たちの侵略を退けて魔王を倒した暁には、その偉業を後世にまで伝える。そして堕天属性を聖なる力として讃え、解禁できるよう神に進言する。

 間違いなく、そう言ってくれたんだ。

 だからこそ俺たちの一族は、魔人たちとの闘いを決意した。

 多くの仲間を犠牲にしつつも、ついには魔王を倒して魔人災害を鎮圧させたんだ。


「人々の役に立てるなら……そう思って、必死に戦ってきたのに……。今度こそ俺たちの村も認められて、みんなと笑い合える日が来るって信じてたのに……」


 裏切られた悔しさに、涙が流れて嗚咽が漏れる。


「バカ言ってんじゃねぇよ、うすぎたねぇ堕天属性が。テメェらみてえなクソカスどもと、誰が仲良くするかっての」


 聖騎士の一人がそう言ったあと、再び手足に激痛が走る。


「うがぁぁああああ!」


 抵抗もできない。魔法も封じられて使えない。

 だが仮に魔法が使えたとしても、堕天属性にはこの状況を打破する力なんてない。

 もともと俺たちの堕天属性は、魔人たちにとっては唯一の弱点と言えるほどの効力を発揮するが、それ以外の生物には殺傷能力が低いのだ。

 ましてや光輝教団のエリートたちとじゃ、相性が悪すぎる。


 仲間たちが殺されていくのを、黙って見ていることしかできないのか!


 涙を流しながら、唇を思いっきり噛んだ。悔しさがどんどん憎しみへと変わっていき、どす黒いものが全身に広がっていく感じがした。


 許せない!

 これが神の遣いを名乗る聖騎士団のやることか!

 これが神の意志だとでも言うのか!


「お兄ちゃん!」


 聞き覚えのある叫び声がして、ハッと我に返る。


「ティ……ティア!」


 妹のティアが、聖騎士団の鎧を身に着けた筋肉質な男の手によって、羽交い絞めにされていた。

 その周りにも数名の男がいて、ニヤニヤと俺を見下ろしている。


「お兄ちゃん……なんでこんな……ひどい……ひどいよ! う、うえ……うぇぇん」


 踏みつぶされたカエルのようになっている俺を見て、ティアが顔をぐしゃぐしゃにしながら涙を流す。


「ティアを離せ! こいつは堕天属性を使ってない! 戦いには参加していないんだ! 処罰の対象にはならないはずだろ!」


 神様、お願いだ!

 俺はどうなってもいい!

 だから……だから妹だけは助けてくれ!

 たった一人の家族なんだよ……。

 両親を亡くし、二人で寄り添って生きてきた、命より大事な妹なんだ。

 神様、どうか! どうか妹だけは!


 祈ることしかできず、必死に心の中で叫び続ける。

 すると聖騎士団の男の一人が、ティアの顔を手で押さえつけながら、ニタリと笑った。


「安心しろよ。おまえの言うとおり、このガキは堕天属性を使っていないもんなぁ。だから処刑はされない。ただテメェの目の前で、こいつを清めてやろうと思ってよぉ」


 こいつら、なにをするつもりだ?

 嫌な予感がよぎり、熱くなっていた体が一気に冷えていくのを感じた。


「おいおい、マジか。まだガキ臭くね?」

「へっへっへ。だからいいんじゃねぇか」

「げひひひひ、俺も同意! それじゃあ、順番よくいこうか」

「うっわー。いい趣味してんなぁ、おまえら」


 ティアを羽交い絞めにしていた男が、いやらしい顔で舌なめずりする。


 守らなきゃ!

 この悪鬼どもから、ティアを守らなきゃ!


 全身に力を込めて必死にあがくも、身動きが取れずに激痛が走るだけ。それでも俺はあがき続けた。

 聖騎士団の男がティアの服の襟元を掴み、そして一気に服を引き裂く。


「きゃーーーー!」


 薄笑いを浮かべた聖騎士団どもの前で、妹の裸体が晒される。


「ティア! きさまら、やめろ! これ以上ティアに触れてみろ! 殺してやる! 絶対に殺してやる!」


 手足を必死に動かすも、突き刺さった剣がわずかに揺れるのみ。だが、手足をちぎってでも、助けに行かねば!

 そう思っていた矢先、複数の男が俺の体をさらに押さえつけてきた。


「ほうら、よーく見てろよ。妹ちゃんが我が光輝教団の聖なる肉棒で、汚れた堕天の体と魂をキレイキレイしてもらうところをよぉ」


 男の一人が俺の髪を引っ張って、ティアのほうへと顔を向けさせる。

 ティアは羽交い絞めにされながらも、悲鳴をあげて必死に抵抗している。しかし複数の男によって地面に押さえつけられ、身動き取れない状態にされてしまった。


「いひひひひ、おとなしくしろや! これから俺の聖剣で、汚れた堕天属性を清めてやるからよぉ」

「いや、やだ! やめて、お願い!」


 泣きながら抵抗を続けるティアをニタニタ見下ろしながら、一人の男が腰のベルトを緩め始める。

 その間に手を抑えていた別の男が、ゲスな笑いを上げながらティアの口に汚い口を付けた。

 そのとき、ティアが男の口を嚙みちぎった。


「うぎゃぁああ!」


 口を押えながら、男が悲鳴を上げる。

 それが妹にできうる、最大の抵抗だったのだろう。その後も泣きながら抵抗を続けているが、複数の男に押さえつけられていた彼女には、もはやどうすることもできないようだった。


「やっろう!」


 ティアに口を噛まれた男が、激昂した様子で腰の剣を抜いた。


「や、やめろーーーーー!」


 無意識に叫ぶ。叫ぶことしかできない!

 そんな中……聖騎士団の男は持っていた剣で、ティアの胸を貫いた。


「ティ……ティア……。ティアーーーーーーー!」


 俺の声が、夜の赤い空にむなしく響き渡る。


「お……にいちゃ……」


 口から血を吐きながら最後にそう呟き、ティアは動かなくなった。


「おいおい、殺しちまったのかよ。たく……。せっかく盛り上がってきたってのによぉ」

「他の女を捕まえて、続きやりゃいいだろ! 見ろや、俺の口! くっそ! 血が出てやがる」


 聖騎士の男はそう言うと、すでに事切れたティアの首を、持っていた剣ではねた。


「オラ! 大事な大事な妹なんだろ。返すわ」


 そいつはゴロンと転がったティアの首を、俺の目の前に蹴り飛ばした。


「おほ、えっぐ!」


 跳ねた泥水でも避けるように、周りの聖騎士どもが飛び散ったティアの血を避けた。その血が、俺の顔にピシャッとかかる。

 そして涙でぐしゃぐしゃになったティアと、目が合った。


 なんだこれ……なんだこれなんだこれナンダコレ!

 許せないを通り越した、訳の分からない感情が俺を支配していく。


「あはは……はははは……はははは」


 人は怒りの限界を超えると、どうやら笑いが込み上げるらしい。涙を流しながらも、乾いた笑いが止まらない。

 たぶん俺はおかしくなったんだと思う。それなのになぜか、心の中は妙に冷静だった。


「うへぇ……。イカれちまったか? んで、コイツはどうすんのよ」

「駄天属性を使った首謀者として、民の前で公開処刑するんだと」


 笑いが止まらない俺の頭を足でコツコツ蹴りながら、騎士団の男が鼻で笑った。


     * * *


「この者。ノア・エルグレイスとその一族は、神の御心に背き、禁じられし堕天魔術を使役した異端の徒である!」


 光輝教団の司祭が天に手を掲げ、群衆に向かって罪状を読み上げる。

 磔にされた俺は、それを黙って聞いていた。

 目の前の光景はぼんやりとしていて、どこか他人事のように感じた。

 そんなことより、最後に目が合ったティアの顔が頭にこびりついて離れないのだ。


「なんてことを! この異端め!」

「堕天のクズが!」

「神を汚した罰だ、ざまぁみろ!」

「死ねー! さっさと殺してしまえー!」

「いや、簡単に殺すなよ! 苦しめて殺せー!」


 罵声を浴びせながら、民たちが石を投げてくる。

 ゴツン。

 額に石が当たり、その痛みで意識が現実に戻った。生暖かいものが額から垂れて、視界を赤く染め上げる。


 顔をうなだれさせ、上目で民たちを見回す。

 ああ、見覚えのある顔もいるなぁ。

 街へ買い出しに来たとき、汚いものでも見るように俺たちを避けていた連中。

 ティアに水をかけて追い出した、道具屋の中年女性。

 わざわざ村まで来て、嫌がらせをしてきた男どもの顔も覚えてる。


 ゴツン。

 また石が頭に当たった。

 痛い……。


 そういやあの頃も、後ろから石を投げられていたな。

 ティアはそれでも民たちを恨まず、頑張っていればいつか分かってもらえると言っていたっけ。


 魔人災害が起きて、俺たち一族の力が必要とされたとき、思ったんだ。

 頑張るときは今なんだって。

 きっと俺たちの堕天属性は、この日のために神から授けられたんだって。

 そして魔人たちを倒し、人々を救うことができたなら、ティアも幸せになれると信じていた。

 あいつは優しいから、差別さえなくなれば、多くの人に好かれるはずなんだ。


「この薄汚い堕天属性が!」

「きさまらに存在価値なんてねぇんだよ!」

「生きてるだけで害悪! さっさとくたばれー!」


 なんで、そこまで言うんだ。俺たちがいったい何をした。

 ティアがあんな目にあうほどの、いったい何をしたってんだ。


 ゴツン。

 また石が頭に当たった。


 ゴツン。また石が……。

 ゴツン、ドゴ、ゴツ、ガッ、ガツン。

 痛い……痛い……痛い……痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!


 仲間たちは、同じ痛みと苦痛と屈辱を与えられながら、殺されていった。

 ティアは恐怖と絶望の中、虫けらのように惨めに殺された。

 生首となったティアの、涙にぬれた顔が再び脳裏に浮かぶ。


「はははは……あはは……はーっはっはっはっは! あはははははははははははは!」


 怒りを超えた感情が蘇り、激しい笑いが込み上げてくる。


「ついに気がふれたか。神の御心に背いた愚か者よ」


 そう言って誰かが俺の髪を引っ張り、顔を持ち上げた。

 スマートな顔つきと口ひげに、鋭い目つきの男。三十代後半かそこらにしか見えないが、そこらの司祭よりも立派で高価そうなローブを着ている。大司教グレイザムだ。


 堕天魔術を使い、魔人災害から人々を救ってくれ。あのとき神妙な顔で頭を下げてきた張本人。俺たちを騙して死地へ送り、戦いが終わると言われなき罪を被せてきた外道。


 なぜ俺たちはこいつを、信じてしまったのか。

 グレイザムは俺の顔を投げ捨てるように手放すと、背を向けて民たちに告げた。


「皆の者! 魔人災害は堕天魔術の不正使用により、発生したものである!」


 一瞬だけ罵声が止んで、場が静まり返った。

 違う……俺たちは何もやっちゃいない。それどころか、おまえらを救ったのは俺たちだ。無残に殺されていった、俺の仲間たちだ。

 だが、もともと差別を受けていた俺の言葉を、信じるヤツなんているわけがない。


「な、なんだって!」

「やっぱりそうだったんだ! 突然、魔人が攻めてくるなんて、おかしいと思った」

「くそ! 俺の息子は魔人に殺されたんだぞ!」

「私の母は、魔界のモンスターに!」

「きさまらのせいで!」

「存在価値がないどころじゃねぇ! 万死に値する!」

「苦しめて殺せ! 絶対、楽に死なせるなーーー!」


 案の定、罵詈雑言が俺一人に向けられた。

 あの戦いは何だったのだろう……。魔人との闘いは苦しく、そして壮絶なものだった。多くの仲間を失い、それでも魔王に挑んだ。

 こんな……こんな連中を救うために、俺たちは……。

 罵声が止まない中、大司教がさらに叫ぶ。


「弱き民たちを、神は……我が光輝教団は見放したりなどせぬ! 魔人災害は、我が光輝教団の聖騎士団によって鎮圧された!」


 これが合図だったかのように、聖騎士団どもが行進してきて、俺の正面に整列した。

 違う……俺たちが必死に戦っていたとき、聖騎士団は何もしてはくれなかった。


 そうか……そういうことだったのか。

 俺たち堕天の一族をそそのかして魔人たちと戦わせ、その手柄をすべて横取りしたんだ。最初から、そのつもりだったんだ。


 大司教はさらに続ける。


「しかし魔人災害は、多くの被害を生んだ! その元凶たるこの者を、決して許してはならない!」


 ああ、俺だって許さないよ。きさまら全員!

 光輝教団も聖騎士どもも、俺たちを差別し続けた人間どもも全て!

 絶対に許さない!


「これより汚れた堕天属性を清め、大罪人ノア・エルグレイスの魂を浄化する!」


 大司教が天を仰ぐように両手を空へ向け、民たちが歓声を上げる。

 そして聖騎士団が一斉に俺のほうへと振り返り、魔法の炎を手に生成した。

 真正面にいた二人の聖騎士は、ティアを犯そうとしたやつと、殺して首をはねたやつだった。


「神の名のもと、穢れを浄化し、聖なる炎によってその罪を灰へと還す」


 二人がニヤけた顔で詠唱し、炎を放った。

 炎は俺の体に直撃し、足元に置かれたワラに引火した。


「光輝教団に栄光あれ! 民に光あれ!」


 大司教が叫び、聖騎士団どもが復唱する。

 焼かれる苦しみ、痛み、そして憎しみが全身をめぐる。


 何が神だ!

 何が民のためだ!

 何が平和だ!

 絶対に許さない!

 殺してやる、呪ってやる、苦しめてやる!

 きさまら全員に、地獄の苦しみを与えてやる!


 意識が途切れるその瞬間まで俺は、焼ける喉から振り絞るように、恨みの言葉を吐き続けた。


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