第八話 Cランクのおっさん、(キノコ)狩りに出かける
快晴のもと、俺とチルは馬車に揺られてボルティモア大森林を目指していた。今日はまだ朝早いこともあり、相乗りの冒険者たちや、大森林の浅い場所に野草などを取りに行く学者さん達で賑わっていた。残念ながら冒険者たちにあまり親しい奴らはいなかったから、移動中は大変暇であったが、チルはそんな中でもチョロチョロと動き回っていた。
「こんちわ! チルでしゅ!」
「おやおや、こんにちは。私はしがない野草学者のヴィクターです。よろしく」
「ヴィ? ヴィのじっちゃん!」
「ほっほっ、元気な子どもじゃのぅ」
「す、すみません。おい、チル! じっとしとけ!」
「なぁに、構いませんよ。移動の時間というのは、子どもにとってはお暇でしょうからなぁ。お、チルちゃん。あそこを見てごらん。あそこに生えている背の高い草は、ニッポリユガミネエナグサと言うんじゃよ。ま~っすぐ、太陽に歪みなく伸びる、歪みねえ草なんじゃ」
「お~! 歪みねぇんでしゅね……」
馬車はそこまで速度が速いわけではないので、外を眺めながら野草や動物を見ながらでも全然会話が出来る。学者の爺さんがチルの相手をしてくれるってので、お言葉に甘えて俺は採取道具などの点検をさせて貰おうと、荷物を広げ始めた。それと同時に、俺は近くに座っていた冒険者に話しかける。
……まぁ、わかっちゃいたけど、子ども連れてってのはやっぱ悪目立ちするわな。
「騒がしくしてすまんが、そんなに睨まんでくれよ。あんた、確か先週あたりにサースフライに来た冒険者だったな。俺はグレン、Cランクの冒険者だ」
「……アスターだ。去年、Bランクにあがった」
「お、すげぇな! 歳も俺なんかよりだいぶ若いだろうし、才能ある奴ってすげぇわ」
アスターと名乗る黒髪短髪の若者は、全身を黒を基調とした装備で身を固め、ロングソードを抱いて座っている。その隣には、藁色の長髪を後ろで括り、軽装ながら質のいい装備をしている弓士の兄ちゃんもいる。同じパーティーかな?
冒険者はギルドへの貢献度や力を基準に査定され、ランク付けを受ける。一番上がSランクで、次がA。そこから順番にB、Cと下がって行き、Eまである。一部、ちょっと言いづらいしあまりサースフライでは見たことないが、ランク外を意味するXやYなんてのもある。これについては、奴隷制度なんかも関わってくるんだが、とりあえず置いておく。
上位のランクほど高難易度の依頼を受けられるし、その分報酬も良い。中には貴族や教会と伝手もできて、そのまま召し上げられるなんて事もある。シスター・アンナがそっちの方だったな。
んで、このランクの上がり方なんだが……ぶっちゃけ、Cランクまでは才能なんて必要ない。コツコツと簡単な依頼や仕事をこなしていけば貢献度は上がるし、そういった仕事は総じて肉体的にキツい仕事が多い。自然と体も心も鍛えられて、一端の冒険者に成れるって形だ。まぁ、根性なしとかは諦めて犯罪とかに手を染めてしまうが。
なので、冒険者でもっともボリュームがある層はCランクだ。ここまでくれば、それなりに生活できる仕事にもありつけるし、ちゃんと真面目に仕事をするって保証もあるから、依頼を受けやすい。
逆にCより下のランクはまだケツに殻をくっつけたひよこだったり、根性なしがだらだらと惰性で生きていたり、冒険者の肩書きだけとりたい奴らなので、実際はそこまで数は多くない。ある意味で言えば、Cランクになってようやく冒険者になったって感じかもしれない。
さて、ではそれより上のランクはどうかといえば、ここからはあからさまな篩にかけられることになる。
貢献度こそコツコツと貯めればどうにかなるかもしれないが、昇級にあたっての実技訓練と筆記試験が鬼の様に難しい。特に実技に関しては、B以上になると有事の際に戦力として強制招集が制度としてある都合上、腕っぷしが弱いと話にならない。ここでいう腕っぷしは戦闘力じゃない。文字通り、腕力だ。
これは例えば、それなりに腕のいい魔術使いであっても同様だ。戦闘力としては魔術使いは優秀であるが、例えば魔物の討伐などで仲間が傷ついたりしたとき、その仲間を抱えて逃げることが出来る腕力や体力がないと、貴重な人材を助けることができない。特に、魔術使いなんて魔力が切れたらただの人である。お荷物一直線ってやつだな。
まぁ、それを考慮しても上のランクをつけるべきって例外も勿論あるが。
なので、とにかく体力や腕力などのフィジカルを第一に、スキルなどの技能面、問題が発生したときに直ぐに対処が出来るかなどの判断力や知識。それらの総合力が試されるのだ。
冒険者が落伍者の集まりというのは、Cランクまでの話。B以上は、優秀な人間でないと……それこそ門の兵士レベルには力がないといけない。
え? あんなモブみたいな門の兵士が強いかって?
ばっか言え! あんなぽっちゃり体型の熊さんみたいなモンドでも、俺が10人襲いかかっても勝てねえよ。じゃないと、外からのならず者や魔物対策にならんだろう。兵士の皆さん、いつもご苦労様ですッ!!
「ガキを連れて森にって、そんな舐めた真似してるのをBランクの冒険者だったら見過ごせないってのもわかる。だけど、こっちにも事情ってのがあるんだわ。お前さんの邪魔はしねぇからよ、許してくれ」
「……いや、大丈夫だ」
「ごめんなさいね、お兄さん。こいつ、ちょっとぶっきらぼうな所があるんだけど、悪い奴じゃないんだ。あ、俺は弓士のウェル。こっちが魔術使いのポール。三人パーティーなんだ」
「ども、ポールです」
「よろしく。三人ともBランクなのか?」
「はい。僕たち、同じ出身なんです。冒険者を始めたのも、同じ時期でして」
「ほー! それはマジで凄いな」
弓士ウェルの影に隠れるように座っていた金髪マッシュヘヤーで、若草色のローブになにやら高そうな魔術杖を携えたポールは、俺の賛辞に少し照れながら鼻をかく。
見たところ三人とも二十代半ばといったところだろうか。いやぁ、この若さでBランクに上がれるって、マジで才能の塊じゃんな。
「俺も昔は……いや、止めとこう。若者に昔話を始めたら、本当におっさんの仲間入りだ。んで? こんな田舎の森にBランクパーティーなんて大層なやつらが何で来てるんだ? あ、もし機密性の高い依頼とかだったら言わなくて大丈夫だ」
「いや、別に極秘の任務って訳でもないですよ。俺たちは領主様からの依頼で、領都のギルドから派遣されてきました。内容はボルティモア大森林の調査です」
「うわ、モンクレール伯爵様からの指名依頼か! そりゃあ、本当にすげぇな。でも、調査依頼?」
「はい。僕たちは狩猟方面で強みがあるので、指名されました。今年の猛暑が続くなかで、大森林の生態に異常がないかを調べるお仕事です」
「ほぉ~。確かに、今年はまじで暑いからなぁ……街の氷屋も繁盛してたわ。あぁ、そう言われれば、確かになんか森の様子もおかしかったわ」
「本当ですか!? 詳しくお聞かせください!!」
ポールがズイッと近づいてきたので、俺は足元で転がっていたチルの襟首を掴んで差し出す。三人はなんのこった?という感じで首を傾げていた。
「こいつを森で拾ったんだ。いや、まじだぞ? なぁチル」
「あい!!」
状況がよくわかってないまま、元気よく返事をするチル。三人の若者は見るからに困惑している。そこで、俺はチルと出会った経緯を説明してやった。
すると、話を聞き終わったポールは少し黙ったまま思案をし、パッと顔をあげる。
「おかしいです……」
「おう、可笑しいだろ? こいつときたら、俺の手をー」
「違うんです。こんな小さい子が、あの森で……しかも、グレンさんはオオツノイノシシのいる辺りで夜営をしていたんでしょ? それなりに奥に近い場所で、チルちゃんが生活していたなんて……」
「あぁ、まぁ確かにな。俺もそれは気にはなっていたが……こいつに事情を聞いてもわからないの一点張りでな」
チルと生活を始めるにあたり、当然いままでどうやって生活してきたかだとか、親はどこにいったなど色々と聞いてみた。だが、大半の質問に対し、チルの答えは『わからない』だった。物心がついた時から森に住んでいたらしく、聞けばかなりの奥に住んでいたらしい。
だが、聞いた内容を断片的に組み合わせると、どうやら今年の異常気象のせいで森の奥も暑くなり、どこか涼しい場所はないかとうろうろしていた所で俺を見つけたんだそうな。
「まぁ、こいつが何かのスキルだか異能力があるかもしれんが……とく判らん。っと、そろそろ森に着いたみたいだな。俺は浅い場所でキノコ狩りに来ただけで、まじで邪魔とかしねえからよ。調査、頑張ってくれな」
「あ、はい……お互い怪我のないようにしましょう」
チルを荷物に詰め、俺は三人に別れを告げた。ポールは納得のいかない表情だったが、俺も説明できないものは説明できん。諦めてくれ。
それよりも、いまはニッポリダケだ。一本で3000オールの高級キノコ。出来ればしばらく安定させたいから、量をとりたい。籠は大きめの物を用意しておいたし、チルが背負える小さい籠も持ってきた。
待ってろよ、ニッポリダケ。俺の精神安定と今晩の飲み代のために、胞子を撒き散らしてくれ。