第七話 Cランクのおっさん、仕事がに出かける
チルと生活を始めて、一週間が経った。相変わらずうるせぇし、なにかとちょろちょろ付きまとってくるし、ちょっと放っておくと糸の切れた凧のようにどっか行こうとするし。正直、もう面倒くさくてしょうがない。何回、『やっぱり無理にでも教会においていこうかな』と思ったことか。
とはいえ、なんとか一週間でそこまで大きなトラブルはなかった……と思う。たぶん。だが、生きていたら当然出ていくものもあるわけで。
「やべぇ、金がねえ」
冒険者ってやつは、自己責任を煮こごりにしたような職業だ。生きるも死ぬも己次第。働きたかったら働けば良いし、働かずに野垂れ死ぬのも一つの道だ。なので、前世が堅実な日本人だった俺にとって、社会保障のない暮らしってのはなかなかに胃が痛いもんだが、それでもこの冒険者って生き方はやめられない。まぁ、色々とあったんだよ。おっさんだからな。
んでもって、こんな仕事をしていたら怪我は付き物だし、変な病気にかかることもある。なので、しばらく仕事をしなくてもとりあえず生きていける程度には、ギルドの方に稼ぎを預けていたんだが……それがレッドゾーンに入った。今すぐ死ぬってほどじゃないが、俺の精神安定に影響がでるくらいのラインだ。
どうしてこうなった……と言っても、原因は明確だ。
「む~ちゃ、む~ちゃ。おいひ~」
俺の目の前で焼飯を口一杯に頬張って、幸せそうな表情のがきんちょ。チルのせいだ。
こいつの生活用品だったり、数日前に熱が出たから治療院に行ったってのもあるし、流石に宿代もチルの分払わないってのもダメだからマーサさんに追加で渡しているってのもあるが……なにより、まともな依頼を受けられないのが痛い。
他の都市に移動する商隊の護衛任務に連れていけるわけないし、魔物の討伐なんてもっての他だ。かといって、大森林の狩猟も厳しいだろう。この間ちょっと目を離したら、あっさり迷子になるくらいだ。獲物となるサイズの狩りが出来る大森林の奥なんて連れていったら、そのまま行方不明もあり得る。ここしばらくは、低賃金の都市清掃かお使い依頼ばかりだった。
一瞬、森に連れていって『そのまま森にお帰り……』ってのも頭をよぎったが、流石にそれを実行するほど外道じゃない。いかんな、貧すれば鈍する。金がないってのは嫌なもんだ。精神や思考がどん詰まりに陥りやすくていけねえ。
とりあえず、ギルドに行ってみるか。
「よぉ、グレン! タヌキのガキも元気そうだなぁ! ガハハハ!!」
「おはようさん、クリフ。今日も朝から呑兵衛か? よく金があるな」
「こんちわ! クリのおっちゃん! イカちょうだい!」
「お、いいぞぉ。ほら、食え食え」
「わぁい!」
上機嫌にエールを飲みながら、チルにツマミで餌付けをするクリフ。本当、こいつがまともに働いてるのしばらく見てないんだが……なぜ金がもつんだ?
「なぁ、クリフ。なにか良い仕事でもあるのか? お前、この間からちょっと二、三日森に入るくらいしか仕事してないだろう? えらく羽振りが良いじゃないか」
「ふーん……まぁ、グレンならいいか。ちょっと耳貸せ」
少し辺りを見回して、クリフが小声で俺に耳打ちしてくる。
「少し前の話なんだけどよ、南街の飲み屋街から道一本入ったとこ……そうそう、あの怪しい店が並ぶ通り。そこにある薬屋の婆さんわかるか?」
「あぁ、あの起きてるか寝てるか、しわしわすぎて判んない婆さんか? 何度か世話にあったことあるよ」
「あんな怪しい薬屋に世話になってんのかよ……まぁいい。あの婆さんがな、最近ニッポリダケっつう奇妙なキノコを買い取ってくれんだよ」
「ニッポリダケ?」
名前も聞いたことのないキノコだが、クリフの説明でピンと来るものがあった。大森林の少し入ったエリアで、時々見かけるひょろっと細長いキノコのことだ。森の妖精とも呼ばれる生き物が見られる辺りに生えているもので、あまりにも細いし食うところもないから、みんな見向きもしないキノコだ。
「俺も偶然、他の荷物に紛れて一つ入ってたんだがな。ギルドでの納品の時に偶然居合わせた婆さんが血相を変えて譲ってくれ! なんて言ってきたから、渡してやったんだが……その代金として」
クリフは指を三本立てて見せた。
「300オールか? まぁ、利用価値のないキノコがそれくらいなら……」
「3000だ」
「はぁ!? 3000!?」
「ば、声がでけえ……!!」
俺たちが住んでいるククル王国では、銅貨、銀貨、金貨、金棒の四種類の貨幣が存在する。銅貨は一枚100オールで、日本円換算だとだいたい100円くらい。最小貨幣がえらく高額に思えるが、わりとまだ物々交換の風習があるので、細かいものはお互い調整したりで価値をあわせる。銅貨10枚で銀貨1枚。銀貨100枚で金貨1枚。金貨100枚で金棒一個だ。市民が使用するのはあくまでも金貨までであり、金棒などは国やよほど大きな商家が使用するくらいだろう。
なので、ニッポリダケはお一つ銀貨三枚、日本円で3000円。小指くらいのサイズのキノコがだ。あんなもの、場所によっては無数に生えてるぞ。
「な、なぁ……そのキノコ、まだ買い取って貰えるのか?」
「あぁ、婆さんはまだまだ量が必要だって言ってたぜ。ま、本当は俺の飲み代にしようと思ってたんだが……お前も大変なんだろ? ん?」
「く、クリフぅ~」
そう言ってイカが噛みきれず、手を涎でべちゃべちゃにしているチルへ視線を移すクリフ。
この街に来て十五年。こいつをここまで頼もしいやつだと思ったのは初めてかもしれん。大森林から獣が溢れでたときでも、この頼もしさはなかった。まぁ、あのときは俺もこいつもDランクだったから、後方支援の仕事だったんだけど。
ニッポリダケがとれる辺りは大森林の中でも、まだまだ浅い場所だ。観光で来ている一般の方々も見かけるくらいだ。なので、チルを荷物に詰めて連れていっても問題はないだろう。
俺は直ぐ様チルを連れて受付まで行き、『簡単な野草の採取』という名目で狩猟にでる許可を得た。オルセンさんはなにか言いたげな感じだったが、チルに少しでも森の知識を教えたいというと、渋々許可を出してくれた。あの人、なんかチルを自分の孫みたいに見てるような気がする。あと、ギルド職員募集の紙を見チラチラせてきてもならねえからな?
「籠、ヨシ! 食料、水、ヨシ! チル、ヨシ! よーし、稼ぐぞぉぉぉ!!」
「おー!!」
∇∇∇∇∇∇∇∇∇∇∇∇∇∇∇∇∇∇∇∇∇∇∇∇
ボルティモア大森林は広大な面積を有する森である。その正式な面積はいまだ不明。三つの国をまたがって広がり、一部はまだ人が入ったことのばい未踏地域だ。
ククル王国は大森林の東側に位置する小国であり、他二国と国境として面している大森林は、天然の防壁としての役割もある。大森林は浅い場所であればそこまで危険な生物はおらず、魔物と呼ばれる脅威ほとんどいない。だが、それは決して気を許していい場所であるとは言えない。
小動物を狙う肉食の獣や、猪や熊などの中型から大型の獣も、奥の方には生息しており、時おり浅い層へとやってくることもあるのだ。
一年を通して比較的緩やかな気候のククル王国であるが、この年は例年に比べて夏は猛暑に見舞われた。というのも、ククル王国の南側に位置する海からの風が湿った空気を運んできたせいで、雨季がずれたのだ。その他、色々な要素が重なった結果、発達した高気圧がククル王国の上に居座り、あと二ヶ月で収穫祭の時を迎えるというのに、まだまだ暑い日が続いていた。
連日の暑さは大森林にも影響を与えた。大森林全体の気温が上がったせいか、普段は気温が低く冷たい環境の奥地までが真夏の暑さになっていた。そうなると、木の実や草などの成育に変化があり、それを食す小動物なども普段とは違う場所に足を踏み入れることになってしまった。
異常気象による気候変動から連鎖的に起こったこの森の変化は、徐々に奥側から浅い場所まで進んでいく。
後に、『ボルティモア大森林踏破記』として、数々の偉業が記された、とある冒険者とその子どもの記録。その最初の章が描かれたククル王国歴827年の暑い夏の終わりが、いま始まろうとしていた。
ブックマーク、★ありがとうございます!やる気がでます!