第六十四話 Cランクのおっさん、報告する
「て、てめぇら! いつからそこにいやがったんだ!?」
「グ、グレンさん……ちょっとこれは酷いんじゃないかしら……」
「あ、す、すまんソアラ!」
俺はズボンのポケットから手拭いを出し、ソアラの顔を吹いてやる。いや、だってよぉ……いつの間にか、あんなところにチルとクリフの野郎がいたら、驚くってもんだろう?
見つかった事で観念したのか、二人はスルスルと木を降りてきた。つうか、最近あの二人つるんで何かしてること多いな。あまり、悪い影響がないといいが……。
いや、それよりも大事なのが、何処から見ていたか……違うな。何処から聞いていたかだ。もし、俺の過去の事なんかを聞かれているとすれば……。
「いやぁ、バレちまったか。すまんすまん。別に覗き見をしようだなんて思っちゃいなかったが、ちょっとチルに木登りのコツを教えてたらお前の姿が見えてな。
んで、降りるタイミングを見てたら、ソアラまできちまうしなぁ。なにしゃべってんのかも聞こえんし、どうやって降りようかってチルと話してたら、二人がキスし始めるし。焦っちまったぜ。あぁ、ちゃんとチルが見ないように手で隠したから安心しろ」
「そ、そうか……いや、すまんな気を使わせちまって。その……端的に言えば、ソアラと結婚することになった」
「おぉ、そうか。おめでとうさん。ソアラも、おめでとう」
「いや、驚かねえのか……?」
「んあ? 今さら驚くかよ、そんな事で。つうか、前からいってんだろう。二人がいつ結婚するのかって」
クリフは何でもない様に言うが、本当にそうだろうか? 俺がクリフなら、やっぱり驚くと思うが。
「チルも、報告が遅れてすまんな。まぁ、その……ソアラが母ちゃんになるんだが、いいか?」
「えぇ!? ほんとうでしゅか? けっこんって、ショアラがチルのおかあしゃんになってくれるってことなんでしゅか?」
「あー、いや、なんつうか……それもあるって感じかなぁ。ソアラは俺の奥さんになって、チルの母ちゃんになるって感じだな」
「わぁい! うれしいでしゅねぇ!!」
チルはぴょんぴょんと飛び跳ねながら、嬉しさを体いっぱいに表している。
まぁ、喜んでくれるってんなら、それでいいだろう。今後、一緒に暮らしていくんだ。…………んんん?
「なぁ……ソアラ」
「なぁに? グレンさん」
「今後、俺たちが結婚をするとして、何処に住むんだ?」
「あら、そういえばそうね。旦那様から料金とって部屋を貸すってのもおかしい話だし……そもそも、一緒に暮らすのはちょっと狭そうね?」
「その辺りは家を探すしかねえんじゃねえか? グレンもそこそこは金あんだろう?」
「いや、まぁ……最近はそれなりに稼ぎはあるが、どうだろうな……冒険者って、家借りれねえ事もあるよな?」
冒険者ってのは、なんだかんだで稼ぎはある者も少なくはない。Bランクくらいになれば、余裕で生活をしても貯金ができるくらいには羽振りがよくなる。
その辺り、Cランクでも上手くやっている奴もいる。だから、家を借りようと思えば、資金的には問題ない奴はいる。だが、借りれない事もちょくちょく耳にする。
それは、どうしても冒険者ってのは命を担保に活動している都合上、貸したもののその相手が帰ってこない事があるからだ。
「ありゃあ、死んだときに近くに家族がいない奴が、冒険者には多いからだろう。契約解除が血縁や家族しかできねえとかなんとかで。ソアラがいるなら問題ねえよ」
「あぁ、そういえばお前も何年か前に家借りてたな。妹さんがその辺りの保証人なんだったか?」
「いんにゃ、その辺りのことは娘に任せてるな。まぁ、成人済みで旦那もいるしな。妹は違う街に住んでるから、その辺りが難しいんだわ」
「そうかそうか…………ん? いま、なんか変な事言わんかったか?」
「んん? いまの会話の何処に変な部分があったよ?」
キョトンとした澄んだ目で、俺をみるクリフ。
あれぇ? なんか、聞いたことのない内容が聞こえたような?
確認するようにソアラに視線を向けると、ソアラも焦った様に激しく首を横に振る。
「やっぱりそうだよなぁ……おい、クリフ。お前、娘いたのか?」
「あぁ? あぁ……そう言えば、お前は会ったことなかったか。つってもなぁ……もうあいつが生まれたのは二十数年くらい前の話だし、おめぇが街に来たときにはもういなかったからなぁ。わざわざ話すこともねえなって」
「じゃあ、もう結構でかいんだな。じゃねえよ。どんな経緯でそうなったんだ」
「まぁ、人に歴史ありってやつだわ。いいじゃねえか、そんな話は。いまはお前の家の話だろう。とりあえず、オルセンさんあたりに相談してみるか」
長年の付き合いだからわかるが、これは話したところで面白い話なんて出てこないから聞くなって感じだ。まぁ、それなら無理に聞こうとは思わんが……気にならないかと言えば、めっちゃ気になる。また今度、さしで飲んだ時あたりに聞いてみるか。
その後、俺はソアラと別れて、冒険者ギルドへオルセンさんを訪ねることにした。チルはそのままソアラに預け、宿屋で待ってて貰うことにしたので、いまはクリフと二人だ。
ギルドのドアを開け、受付の方へと進んでいくと、今日も忙しそうに窓口に立ちつつ他の業務もこなすオルセンさんの姿があった。
俺たちに気がついたのか、顔をあげたオルセンさんは何かを俺に言おうとして、やっぱりやめたとばかりに目線を書類にもどして、ぶっきらぼうに声をかけてきた。
「なんだ、万年Cランクの二人組か。もうこんな時間だと、仕事なんかないぞ。明日出直してこい」
「こんちは、オルセンさん。今日は報告というか、なんつうか。まぁ、オルセンさんに相談とかもあって。あの……俺」
「ふん、聞きたくもないな。朝から色々と話を聞いたが、どうせ他人に流された結果だろう。お前はもう少し骨のある奴だと思っておったがのう」
「違うぜ、オルセンさん。俺は……さっき、ちゃんとソアラに正式に、結婚を申し込んだんだ。まぁ……そりゃあきっかけは、オルセンさんの言う通り、ちょっと情けねえ話ではあったがよう」
俺はオルセンさんが聞き漏らさないように、割りと大きめの声でハッキリとそう報告をした。すると、周りで聞いていたであろう他の冒険者や、馴染みの受付嬢たちもざわつき始めた。
「煩いぞ、お前たち! 早く仕事にいかんかぁ!!」
そんな冒険者たちにオルセンさんが一喝すると、蜘蛛の子を散らすように冒険者たちはギルドから逃げていった。中には併設の酒場で一杯飲んでたやつらもいたが、少し可哀想だな。
「……そうか。わかった」
オルセンさんは椅子に座ると、そのまま俺に背を向けて、書類に目線を戻した。
いや、俺は家の相談とかもあるんだが……どうすっかなぁと、隣の受付に座っていたシンシアに視線を向けると、シンシアは困った笑みを浮かべながら近づいてきて、小声で言った。
「オルセンさん、安心したんですよ。朝からグレンさんの噂話を聞いて、とても心配していましたよ」
「シンシア! 余計な事をしゃべらんで、受付の仕事に戻るのじゃ!」
「は~い」
オルセンさんに見えないように舌を出しながら、シンシアは自分の受付の席へと戻っていく。
この街に来て、オルセンさんには何度もお世話になった。なにかと世話をしてくれたし、何度も叱られたこともある。そんな親父のような人に、結婚の報告ができて俺も嬉しく思う。
だが……。
「ありゃあ、ちっとばかし泣きすぎじゃねえか?」
俺の代わりにクリフがツッコミをいれる。だって、さっきから隠してはいるんだが、オルセンさんの足元にはボタボタと涙か鼻水かしらんが水滴が絶え間なく落ちて滲んでいる。それに、顔を隠すために持っていた書類も強く握りしめられ過ぎてしわくちゃだ。
まぁ、それでもだ。親父代わりの様な人に喜んでもらって本当によかったと、俺も少し気持ちが軽くなった気がする。
結局、俺がオルセンさんに家の相談ができたのは、それから一時間後の事だった。
若干、オルセンさんは干からびていた。




