第六十三話 Cランクのおっさん、決意する
どうして、こうなった。
今年はこの台詞を何度言ったかわかんねぇな。ほんと。
俺は、ぼんやりと空を眺めながら、道すがらに買ったコーヒーを啜る。
知り合いたちに詰められた結果……俺は、とりあえず話はまた今度とはぐらかし、そのままフラフラと街を彷徨歩いた。途中顔見知りに会うと、皆が祝福をしてくれたが、それに曖昧な笑みと返事しか返せない。
本当に俺が結婚を申し出て、それをソアラが受けてくれたのであれば、こんな中途半端な気持ちにもならんかっただろう。だが、俯瞰してみれば、流れに流され、なぜか結婚話になっちまった男が、答えも出せずにフラフラと歩いているんだ。
もしも、ソアラの親父さんが生きていたら、まじでぶん殴られてたのかもしれねえ。いや、殴られてただろうな。俺が親父なら、そうする。チルをこんな何処の馬の骨かも知れん奴にやらん!
「…………はぁ。どうすっかねえ」
一人河原に寝そべり、雲を眺めながら呟く。俺の心の中とは違い、秋晴れの澄んだ青空に白い雲が呑気にぷかぷかと浮かんでいる。
だが、こうなってしまえば、どうするもこうするもないってことは、自分でもわかっている。けれど、違うんだよなぁ。その、別に結婚が嫌だとか、ソアラがどうのこのうじゃねえ。
自分で自分の生きる道を決めたいと、冒険者になった結果の先に、自分以外の決めた結婚を受け入れていいものか。そんなガキみたいにこだわりが、俺の中にまだあるのだ。
自分でも、鼻で笑いたくなる。そんなプライド《ちっぽけなもの》、とっとと捨てるべきだ。だけど、俺はそれを捨てられそうにない。だって、そんなちっぽけなものも守れねえなら、俺が生きてきたこれまではなんだったのかって話だ。
勿論、大人としての責任やら、立場ってのは大事にしなきゃいけない。だが、それをいうなら、こんな中年になっても冒険者にしがみつく生き方なんてしていない。
「…………はぁ」
何度目かわからないため息を吐く。
今日は平日なので、河原には俺の他にあまり人通りはない。静かに水のせせらぎと、時おり空を泳ぐ鳥達の鳴き声が聞こえてくるくらいだ。
しばらくぼんやりとしていると、誰かがこちらへと近づいてくる足音が聞こえた。その音に、そう言えばチルと最初出会った時も、この河原に来てたなと思い出す。
足音は俺の間近で止まると、にゅっと空を眺める俺に影を作った。
「やっぱり、ここにいたのね」
「…………よぉ、ソアラ」
会いたくないときに顔をみせるのは、もはやお約束なんだろうな。けど、会いたい時に必ず顔を見せてくれるのも、またこいつだ。それだけ、俺の考えをわかってくれてるんだろう。
そんなソアラは、俺の顔を見ると泣きそうな顔をして口を開く。
「その、ごめんなさ……」
「ストップ。お前が謝んな。つうか、謝らんでくれ。これ以上、俺は自分を惨めにしたくねえ……」
「…………うん」
ソアラは先程の騒動だとか、結婚話だとか。その諸々で俺に迷惑をかけたと思ってるんだろうけど、それは違う。
そりゃあ、全部が全部ってわけじゃねえけども、それでも原因はいつまでもちゃんと答えを出さなかった俺にある。そこでソアラに謝られた日にゃあ……もうどうしようもないくらいのダメ人間になっちまう。
俺は起き上がり、上着を脱いで地面に敷き、隣に座ってくれと叩く。ソアラは少し迷った表情を見せたが、直ぐに微笑んで隣に座った。
「なぁ、ソアラ。これはその……確認じゃねえんだが……俺は昨日、その……手は出して……いや、やっぱなし。今のは忘れてくれ」
「ううん。きっと、その事をグレンさん、勘違いしちゃったんだろうなぁって思ってたから。グレンさん、昨日は酔っぱらってそのまま寝ちゃってわ」
「……そうか。いや、それはそのな……別に、いいんだ。いや、よくないけど、あーあれだ……いや、うん」
ソアラに何て言えば良いのか、俺もよくわからん。前世も含め、別にこれまで男女の仲になったことがない訳じゃない。むしろ、前世では結婚を誓った人もいた。
結局、俺が死んじまってその話もなくなったんだろうけど。……いや、それだ。恐らく、無意識にこの世界で誰かとの結婚を考えなかったのは、その事が心にしこりとして、残っていたからだ。
「……ソアラ。ひとつ、聞いて欲しい事がある」
「なあに?」
「俺はな、実は……前世の記憶ってやつが、あるんだ」
俺は包み隠さずに、すべてを話すことにした。結婚をするにしろ、しないにしろ。何故だろうか、俺はソアラに自分のことを知って貰いたいと、そう思ったからだ。
俺がこの世界とは別の世界に生きて、死んだこと。その時に、子ども達を守れなかったこと。
この世界で記憶を持ち、絶望の中で生きてきたこと。そんな俺に生きる道を与えてくれた先生の存在。
この街に来てソアラと出会い、どうしてもその笑顔を見たかったこと。
そして、チルの親父になった時の気持ち。
俺は自慢じゃないが、あまり人にそういった事を語ることが得意じゃない。だから、多分全部が全部、伝わったとも思わない。
けれど、ソアラはそんな俺の話を、決して否定したりバカにすることなく、ただ頷き聞いてくれた。
「…………だからな? 俺は実はとってもおじいさんなわけで、ソアラとは孫くらいに歳が離れてるんだ」
「そうなのね。それで、グレンさんは……あたしの事をどう思ってるの? 孫くらい離れてるのはわかるんだけど……」
「うっ……それは、だな……」
痛いところを突かれた。確かに、孫くらいに実際の年齢は離れている。それを言い訳に使ったわけだが……実際、だからどうなんだって問題は解決していない。
だって、実際は結局のところ、『俺はソアラを女性として微塵もみていないか?』と言われれば、それはNOだからだ。結局のところ、俺は色々と言い訳を重ねているのは、前世での倫理観だとか、自分がろくな大人じゃないという自信の無さが大きい。
「もぉ……グレンさん!」
「は、はい!」
「結局、グレンさんはあたしの事、好き? 嫌い? 異性として!」
「ぐっ、う、それはだな……」
その時、ふと俺の脳裏に親友の声が響いた。
『悩んだら、ここに聞け。俺たちはずっと、そうやって生きてきたろう?』
「す、すぅぅ……きです」
正直、頭では止めようとした。だが、そんな理性よりも、俺の脊髄は言葉を発すること選んでしまった。
「……うん、あたしも、グレンさんが……好き!」
「ちょ、ま、おわぁ!?」
ソアラは答えに満足したのか、俺を押し倒しながら突っ込んできた。そして、そのまま勢いに任せて口づけをしようとしてきたので、それはさせまいと俺はソアラのほっぺたを両手で挟み、なんとか突き放す。
「もぉ! どうして!」
「ばか野郎! いい歳の娘さんが、そんな事をするんじゃありません!」
「ぶー! けちんぼー! こんな時までケチんぼグレンさんにならなくてもいいじゃない」
口を尖らせるソアラに、俺は苦笑を浮かべる。最近ではすっかり大人になっちまったソアラだが、こんな風に膨れっ面になるのは本当に珍しい。ガキの頃は、結構あったんだけどな。
「別に、嫌とはいわねえよ。だがな、それはせめてちゃんとしようって話だ。……ソアラ、色々と待たせてすまんかった」
俺の過去や、気持ちを知ってもなお好意を寄せてくれるソアラに、もう隠せるモノなんてひとつもねえ。俺は、その言葉を素直に伝える。
「結婚しよう」
「……うんっ!」
そして、俺はソアラと口づけを交わした。
と、同時に、河原に点在している木の上に、いつから隠れていたのか、クリフとチルの姿を見つけ、ソアラにはとても悪いが、吹き出してしまった。




