第六十二話 Cランクのおっさん、逃げ場を失う
さてさて、わたくしグレンは、ただいまとある一室で床に座っております。そう、土下座だね!
まぁ、この国に土下座文化なんてないけど、そもそも椅子に座るのが常識なのだ、床に座るもしくは座らさせられるは、なにかとんでもない事をしちゃって、同席する事ができないという事態だ。
「グレンさん……とりあえず、頭をあげてくれないかしら?」
「いいや、そうはいきませんマーサさん。俺は、俺はとんでもない事を……」
酔って記憶がないとはいえ、起きて半裸の男女が同衾していたとられば、そんなものやるべき事をやった結果の事後だろう。
『俺も男だから』だとか、『合意の上で』なんてことは、言い訳にならん。大切な一人娘を傷物んいしてしまったのだ。フライパンで頭を殴られようが、包丁で腹を刺されようが、俺は全てを受け入れるつもりだ。
「だけど、頼みます……俺の事は、煮るなり焼くなり、殺すなりしてくれて構わねえ……だから、どうかチルのことだけは……!!」
こんなダメな親父で、本当にすまん、チル。だけど、なんとかお前が生きていける道だけは残すからよ。
「あのね、グレンさん? とりあえず、話ができないからちゃんと椅子に座ってもらえるかしら? どうにでもってのなら、まずは話を聞いておくれよ」
「いや、だがしかし……」
「……座りなさいッ!!」
「はいいぃい!!」
マーサさんの一喝に俺はいつもの腰の痛さとか、曲げ伸ばしする度に鳴る膝の事を忘れ、一瞬で起立する。その間、僅か一秒未満。
とりあえず、直ぐに殺されそうではないので、俺はマーサさんに勧められるまま、マーサさんの向かい側の席へと座る。
「まずはね……誤解を解かなきゃいけないと思うの」
「誤解、っすか?」
「あのね……うーん、色々と言いたいことはあるんだけど、まずは私の考えから言うわね。私は、ソアラとグレンさんが結婚してくれるのが、一番いいと考えてるのよ。
あんまり態度に出すと、グレンさんが宿に居づらくなったら困ると思って、隠してたけどね」
「えぇ!? そうだったんですか?」
ソアラは積極的に俺に近寄ってきていたが、マーサさんはむしろそんなソアラを諌める側というか、あんまり露骨な態度をしているとお小言をいうくらいだった。だから、俺はマーサさんはあまり賛成はしていなかったのかなと、そう思っていた。
「あのね、気に入っていない男を、宿の手伝いとか食堂の手伝いとか。夫の残してくれたレシピを教えるわけないでしょうが。他にグレンさんみたいに接するお客、いたかい?」
「あー……そう言われてみれば、そうですね。けどまぁ、俺は宿の滞在歴も長いし、バイトの様な扱いだったのかなって」
「確かに、最初はそんな感じだったかもしれないねぇ。けど、もうとっっっくの昔から、私はソアラを応援する側だよ。だから、別にグレンさんとソアラが、本当にそうなったってんなら……両手をあげて喜ぶくらいさ」
そういって笑顔を見せるマーサさんに、俺は内心ホッと息をつく。だけど、他にも色々と言いたいことあるんだよなぁ……怖いなぁ、怖いなぁ。
「その上で言いたいんだけど……グレンさん、昨晩あの子に手を出したと勘違いしてないかい?」
「え? は? あ、いや……その、別に自分を擁護するつもりはないけれど、今朝のあの状況だと、やっちまったとしか……」
「グレンさん、あんまり間取りとか気にしたことないかい? グレンさんの部屋の真下って、私の部屋なんだよ。まぁ、それなりに防音はあるだろうけど、真上でそういう事をすると……その、音がね、聞こえるはずなんだよ」
「……………………あっ!!」
頭の中で宿屋の見取り図を描いてみる。すると、確かに俺の部屋の下はマーサさんやソアラが生活しているスペースだ。そういえば、気にしたことなかったわ。
「だからね、昨晩グレンさんがソアラに介抱されて、吐いてたのは聞こえてたのさ。けど、そのあとパッタリ音が聞こえなくなって、ちょっとするとイビキが聞こえてきたからねえ。あぁ、チルちゃんが夜中に、イビキがうるさいって起きてたよ」
「あぁ、そりゃあ悪かった……じゃなくて! え、じゃあ、俺、無実? マジで?」
まさかの、大逆転か!? 俺はもう腹を斬って責任を取るしかないと、そう思っていたが……まさかの、お手付きをしていなかった!? これは、勝ったか!?!?
「うん、まぁ、そうなるんだろうけどね……まぁ、その上で、覚悟をしておいた方がいいとおもうわね」
「はぇ? 覚悟ぉ?」
え? 無実なら、もう覚悟する事なんてなくなぁい? そんな事を考えていると、宿の入り口がにわかに騒がしくなった。
「あちゃあ、もう来たか……」と呟くマーサさんについて玄関の方へいってみると、そこに居たのはソアラの友人だったり、俺の知り合いだったりだった。なんでこいつらがこんなところに?
ちょうどソアラも騒ぎを聞き付けたのだろう。洗濯物を干しにいっていた中庭から戻ってきたところで、俺たちは合流した。
そして、俺たちの姿を見るなり、ソアラの友人代表なのか、ランランが「せーの」と掛け声をすると、全員声を揃えて、
『グレン(さん)! ソアラ(ちゃん)! ご結婚、おめでとう!!』
なんてことぬかしやがった。
はは、ぬかしおる。
…………へぁ?
「いやぁ、まさか本当に、ソアラを娶るなんてねぇ。やるなぁ、グレンさん!」
「当たり前ですわ! それでこそ、私が惚れた人ですもの。悔しくはありますけれど、それ以上に嬉しいお話ですわ!」
「いやぁ、あのグレンが結婚かぁ……なんつうか、若手の野郎の結婚は最近は何度か見てきたけど、まさか同輩の野郎の結婚を、この歳になってみることになるなんてんなぁ」
「うーん……これからは気軽にグレンさんに飯たかれねえッスねぇ。まぁ、でも……私も嬉しいッス!」
後から後から人がかけつけ、もはや玄関がパンパンである。
「とりあえず、一般客の迷惑になるから、全員出ろ! ここから出ろ!!」
「おぉ、さっそく宿屋の主人っぽいこと言ってやがるな。しかし、寂しくならぁ。グレンも引退か」
「俺は引退しねえよ! これからも冒険者グレンだぁ!」
『え?』
俺の発言に、皆が一斉にこちらを見つめてきた。
「な、なんだよ……俺は、まだ冒険者を続けるぞ!」
「いやいやいや! さすがにダメだって、グレンさん! ソアラを嫁に貰うなら、稼ぎも命も大事じゃん。冒険者やってる場合じゃないでしょう?」
「そうだぜ、グレン。チルっつう子どももいるんだ。いつまでもその日暮らしみたいなことしていちゃあいかんだろ。これは俺たち独り身の特権だ」
「オルセンさんとかみたいに才能があるなら別だろうけどなぁ……Cランクだと、家族養うのは難しいよなぁ」
ぐっ、ぐぬぬぬ……言い返してやりてえが、間違っちゃいないのが大問題だ。
いや、そうじゃねえ! 俺はソアラに手を出しちゃいねえんだ! じゃあ、結婚の話ってのも……ん? そういや、なんでそんな話になってんだ?
「な、なぁ……疑問なんだが、なんで俺がソアラと結婚するっつう話になってんだ?」
「あぁん? そんなの、今朝方にはもう街で話題になってたぜ? なんでも、昨日の劇の話でおめえとソアラちゃんは実はもう結婚するんだってんで、ああやって特別な内容の劇になったんだって。
それに、昨晩ここに領主様がお越しになられてたんだろう? おめえ達の結婚を祝福するためとかなんとか。あぁ、あとシスター・アンナも張り切ってたな。『改築されて綺麗になった教会で、最初に結婚の儀をあげるのがグレンになるなら、気合い入れなきゃだねぇ』って。なんか酒断ちを始めるそうだ」
まてまてまてまて! 話がでかくなりすぎてて、風呂敷に包んで隠そうにもまったく面積足りねえよ!!?
…………あ、まさか、マーサさんはこれを?
俺が確認するようにマーサさんに視線を向けると、申し訳なさそうに眉を下げ、小さくうなずかれた。
どうやら、昨晩俺が沈んだあとになにかあったようです。本当にありがとうございました。




