第六十話 Cランクのおっさん、やっちまたなぁ!
伯爵との食事は和やかな雰囲気の中で、みんなが楽しめるものになった。伯爵様は話してみるとなんつうか、俺が想像していた貴族って感じよりも、モンド達衛兵と話しているような、冒険者に対しても忌避感がないように感じた。
元々、貴族としての生き方よりも、一人の武人として生きたかった伯爵様は、堅苦しく食べる食事というものはあまり好かなかったそうな。
ただ、やはり伯爵という身分はそれを許しては貰えなかった。身分が故に溢せない気持ちなんかもあると、あまり詳しくは聞けないが……昔は中々にやんちゃだったそうで、先程の仕返しとばかりに、オクレイマン男爵に過去のエピソードを色々とばらされていた。
そんな中で、かつてサースフライの代官をしていたこともあり、大森林の司教を退けた俺たちの活躍ってやつは領主としてだけでなく、一人の武に生きた男として嬉しかったらしい。
「まだ私が若かった頃に、それこそもう二十年以上前になるかな。あの時も司教が森の浅い場所に現れた事があった。その時まだ私は領主の代官ではなく、ただの騎士団の一員でしかなかった。ちょうど、今年の様に森への合同訓練で赴いて来ていた時だったね」
「え? 伯爵様、騎士団に所属されていたのですか?」
「あぁ、あまり他の貴族家では考えられないだろうが、モンクレール領はボルティモア大森林がある都合上、ある程度の武への嗜みはひつようでね。私も当時は若かったこともあって、騎士団で腕を振るっていたのだよ」
普通、騎士団というものは貴族家の次男や三男など、家長となる嫡男以外が、自身の功など箔付けに入ることが多いと聞く。腕が良ければそのまま王宮で近衛騎士となって騎士伯になったり、男子の生まれなかった他の貴族家への婿入りなどにも有利になる。
何処も優秀な血筋を欲しているのだ。騎士団で活躍できるほどに、肉体的にも精神的のも健康な男子の存在を。
「だがね、合同訓練の時に、運悪くその司教と遭遇してしまってね。本当に、あの時は死んだと思ったよ。ここだけの話にしてほしいが、あの時は粗相をしてしまったくらいだ」
「兄さん……酒の席とは言え、あまりそう言った事は領主として言わない方が……」
「いや、わかりますよ伯爵様。なぁ、クリフ」
「あぁ。俺なんて治療院に運ばれて、院のやつらに言われたのが『肥溜めにでも落ちたのか?』だったからな。失礼な。ありゃあ、自前の物だ」
「いや、お前でかい方漏らしてたのかよ……」
そういう俺も、帰り道に気がついたがチビってた。それくらいには、死を間近に感じた瞬間だったからな。
「ただ、あの時は幸運だった。偶然にも、とある冒険者が森へと探索にやって来ててね。その方に助けられたのだ。名は確か……そう、ギュンターと名乗っておったな」
「ギュンター? ま、まさか……その人って、右の頬にでっかい傷があって、いつも茶色いツバ広帽子を被ってはいませんでしたか?」
「おぉ、その通りだが……もしや、グレン氏はギュンター殿と知り合いなのか?」
「はい、恐らくは。たぶん、その人は俺の冒険者としての師……先生です」
もうずっと聞くことのなかった名前に、俺は懐かしい記憶が蘇る。
ギュンター先生は、俺が村を飛び出して宛の無い放浪生活をしていたときに、冒険者としての心得や生き方を教えてくれた、まさに恩師である。
そんな恩師と伯爵様に、まさか繋がりがあるなんて思わなかった。
「これはまさに偶然の奇跡だな! おぉ、ということは、師弟共にあの司教を打倒したということか。なるほどな……グレン氏の活躍の根底には、ギュンター殿の教えにあったか」
「いやいや! あんな化け物の倒しかたなんて、教わったことないですよ!?」
これは本当の本当だ。
俺が先生から習ったのは、冒険者としての生き方というか、生きることを半ば諦めていた俺に対し、生き方を教えてくれたくらいだ。もちろん、それがいまでも冒険者生活での大事な教えとなってはいるが、司教やら神の目の様な人外魔境を相手にするような教えはほとんど無い。あるとすれば、『そういう奴と出会ったら迷わずにげろ』、だ。つまり、先生の教えにも背いている、落ちこぼれ生徒である。
魔力を扱うすべを学んだのも先生と出会ってからだ。昔、独学で頑張ってみたがどうにもやり方というか、前世の感覚に引っ張られて習得できなかったのを、18歳の時に先生の手引きでようやく得ることができた。だが、疑似魔力器官は習得が早ければ早いほど、その後の容量の大きさに関係してくる。俺が習得した時点では、もはや成長の余地がなかった。
先生曰く、もう数年早く会えていれば、もう少しなんとかなったかもしれないとは言われたが……まぁ、仕方がない。人生とは往々にしてそんなもんだ。
懐かしい師の話に華を咲かせ、俺たちはしこたま酒を飲んだ。節度を守ったつもりではあったが、思った以上に伯爵様も男爵様も話があうというか。マーサさんの料理もあいまって、酒が進む進む。
それでもあまり顔や態度に出ないのは、普段から酒の席で失敗をしないための訓練によるものなのか。俺とクリフがべろんべろんなのに対し、お二方はまだ全然平気そうである。
そして、遂にクリフが潰れ、俺も限界を迎えた。
「す、すんません……もう、限界でふ」
「はは、楽しい酒の席でしたな。名残惜しいですが、ここいらでお開きとしましょう。マーサも、大変美味しい料理と酒でした」
「ありがたいお言葉、誠に恐縮でございます伯爵様」
「おいおい、いまさらこの場でそんな改まった言葉を出さないでおくれよ」
「はっはっはっ! ちょっと昔を思い出してしまっただけですよ。また、いつでも御越しくださいね。男爵様も」
「うむ。今度、また家族を連れてこよう。なに、妻も子どもも、こういった食堂の様な肩肘を張らない場所での食事は、嫌いじゃないからね」
昔馴染み組は長い付き合いがあるからか、やはり和やかな……うっぷ、ぎもぢわりぃ……。
「もう、大丈夫? グレンさん。ほら、肩貸すから……部屋まで歩けそう? チルちゃん、寝ちゃったから今晩はうちで預かるわね?」
「す、すまんなソアラ……なんとか、あるけ、うっぷ」
だめだ、口をひらけばマーライオンになりそうだぜ。
フラフラする俺のカタをささえてくれたそあらにかんしゃしつつ、おれはにかいの、へやに、うっぷ……。
へや、に……。
hにゃmす。
……。
…………。
……………………。
『ちゅん、ちゅんちゅん』
窓の外から聞こえる小鳥の声と、射し込んできた日差しの眩しさに、俺は瞼を何度かシパシパとさせる。と、ズキリと頭の中にイナズマの如く痛みが走り、喉の奥にある妙なイガイガというか、胸の上あたりの不快感に顔をしかめる。
「う~…………どうみても二日酔いです。本当にありがとうございました」
体を起こしてみようとするも、ダメだ。まったく力が入らん。妙に気だるいし、腕も痺れてるのか支えてベッドを起き上がることもできん。
そういえば、いつもならベッドに突撃してくるチルが今日はえらく静かだな。あれ? そういえば、昨晩チルってどうしたんだったか?
うーん……。そもそも、俺どうやって部屋に戻ってきたんだ?
確か……伯爵様達としこたま飲んで、限界が来て……けど、流石に貴族様の前でリバースしちゃまずいと、気合いで飲み込んだまま……あっ! そうだそうだ、ソアラに部屋に連れてきてもらったんだった。
あー、よかった。記憶が飛ぶほど飲んだのは久しぶりだったが、なんとかゲロビームを放たんで済んだか。懐かしいなぁ、グラ○モス。前世では死ぬほど遊んだなぁ。
「っと、そんなこと言ってもられんな。この感じだと、チルはマーサさんに預かってもらったか。迎えにいかんと……ん?」
再びベッドから起き上がろうと、俺は掛け布団を捲ろうとする。が、なんだか妙に俺の寝ている位置がベッドの中心ではないし、隣になにやらこんもりと塊が見える。
ははーん? さては、チルのやつ。俺を起こそうとしてベッドに潜り込んだが、そのまま二度寝したんだな?
俺はいつもの仕返しにと、驚かしてやろうと一気に布団を剥ぎ取る。
「おらぁ! チル!! また俺のベッドでねしょんべ、ん……んんん!?」
「ん、んん……」
剥ぎ取った布団の下から現れたのは、俺のよく知る顔ではあった。
確かに、ねしょんべんの片付けもしたことがある。だが、それは遠い昔の話だ。
「あら……? おはよ、グレンさん」
俺の隣で寝ていた人物。それは、はだけた肌着だけを身に纏った、ソアラであった。
※本作品は全年齢向け作品のため、ご安心ください。なお、ノクターンなどでの執筆は予定にありません。作者は文章よりも、そういうのはイラストで描きたい生き物です。(夢は自分の作品で同人誌を出したい)




