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第六話 Cランクのおっさん、仕事を探す


 宿に戻った俺は、ソアラの母親であり『もみの木の小枝』の女主人でもあるマーサさんに、説教……ではなく、とても心配をされてしまった。

 曰く、『グレンさんの子どもだろうがそうじゃなかろうが、とりあえず相談くらいはして欲しかった』と、悲しげに言われたら俺も返す言葉がみつからない。

 確かにマーサさんとの付き合いはもう十五年になるし、たまに宿の仕事の手伝いをしたり食堂で時間外の飯を出して貰う程度には仲が良い。とは言え、流石にチルのことを相談するのは、少し重いかなと遠慮したんだが……俺もなんつうか、まだ人としての成熟が甘いってことだろう。

 冒険者なんて風来の生き方をしていると、時々そんな風に人を信用しきれなくなるきらいが出てしまう。これはこれで冒険者として生きていくには正解なのだろうが、人として、社会の一員としては……あまり誉められたもんじゃないだろう。前世と併せてかれこれ七十年くらい。こっちの世界に生まれて今年で三十八年か。人生まだまだ、学ぶことの連続だ。


「すやぁ……すぴぃ……」


 すっかり暗くなった部屋の中で、チルの小さな寝息が聞こえる。マーサさんが噂を聞いて、チルに子ども用ベッドを用意してくれていたので、チルは横になると直ぐに寝てしまった。

 俺も今日は色々とあったせいか、もう眠気が限界だ。ベッドに横になると、瞼は自然と重くなっていくのだった。


 そして、翌朝。俺は久しぶりに夢の中である光景を見た。

 皆にも覚えはあるだろう。


 そう、例えば川や海。プールなんかもある。シャワーなんかも良くあるパターンだ。今回は、お風呂に浸かっている場面だった。


『ふぅ……いい湯だ。いまの世界だと、ちゃんとした風呂なんてお貴族様でも入れないもんなぁ。慣れちまったからもうそこまで不満はないけど、やっぱり風呂だけはどうしても日本人としては捨てられねえな。しかし……風呂か。ん? 風呂? なんで俺、日本の風呂に浸かって……あっ』


 水関連の夢を見ることが。そう言うとき、だいた目を覚ましてみれば、背中から下半身までがしっとりしてるもので。


「ぐぁああぁぁ……この歳で、やっちまったか……いや、歳とると緩むっていう、しぃ?」


 湿潤する不快感に飛び起きた俺は、足元の毛布がこんもりと小さな山になっていることに気づく。そして、それをゆっくりとひっぺがすと、そこには爆心地で安らかに眠るチルの姿があった。


「こ、このガキぃ……おい! 起きろ、チル!! 寝しょんべんタレ!!」

「んー……んぁ? おぉお? おはようございましゅ~……もうしゅこし、ねましゅ……」

「いいや、ダメだ! おい、俺を巻き込んでとんでもないことになってるぞ! こら! 毛布を離しやがれ! このっ!」

「おはよう、グレンさん。チルちゃんもおはよ……あら」


 チルから毛布をひっぺがそうとしていると、声で俺たちが起きていると判断したのだろう。ソアラが部屋に入ってきた。が、その視線はぐっしょりと濡れたシーツと、俺の衣服に向かうわけで。


「あ、あの……すみません、出直しますね。その、出来れば水洗いだけしてくれたら、あとは洗濯をしておきますので……」

「ちょ、ちょっと待てソアラ! 違うんだ、これはチルが俺の布団に潜り込んでだな! おい、出ていくなぁ!!」


 チルが毛布に隠れたままだったのもあり、いらぬ誤解を与えてしまった。

 その後、ソアラの誤解を解くのと、シーツやら布団やらを洗うのに時間がかかり、俺が冒険者ギルドへ向かう頃にはすっかり日は昇り、だいたい9時頃を告げる鐘の音が街に響き渡っていた。



「さて、グレンよ。今日は何をしに来た? 冒険者の引退手続きか?」

「じょ、冗談はキツいぜ、オルセンさんよぉ。俺は仕事を探しに来たんだ。なにかいい仕事はあるかい?」

「仕事はある。あるが、冒険者には子どもを連れて出来るものなどない。おぉ、そういえばギルドの事務職の仕事があるぞ? 給料もちゃんと一定の額で貰えるし、生活の補助も出る。ただし、冒険者は就けんから、引退だな。さぁ、ギルドカードを出せ」

「この流れで出せるかよ。俺の冒険はここまでだエンドじゃねえか」


 出遅れたせいか依頼ボードにあまり良い依頼が残っていなかったのもあり、俺は受付をしていたオルセンさんに相談することにした。

 仕事に際してチルをどうするか迷ったが、マーサさんとソアラにチルの面倒まで見て貰うのは、親しき仲でも違うと思い、とりあえず連れてくることにした。流石に、宿の仕事をしている二人にチルの面倒という仕事を押しつけるのは違うってくらいはわかる。それでもマーサさんは『気にしないでいいんだよ? チルちゃんの面倒くらい、何てことないわよ』とは言ってくれていたが。

 ちなみに、チルは現在ギルドの受付嬢であるシンシアが相手してくれている。既に大方の冒険者が仕事に出ており、受け付けも暇な時間であるのと、小さい妹がいるシンシアは子どもの相手が好きだというので、お言葉に甘えさせてもらっている。


「定職につく以外の方向で考えてくれねぇかい、オルセンさん」

「バカモン! お前も子どもの親になったんだったら、定職につかんか!」

「いや、それオルセンさんがいっちゃダメだろ。あんた、冒険者時代三人子どもいたよな?」

「……他所は他所。うちはうちだ」

「あんたはオカンか。しゃあない、じゃあ今日は都市清掃でもいいから、なんか仕事くれ」


 都市清掃はその名の通り、街の清掃を行う仕事だ。内容はゴミ拾いからどぶさらい、落書き消しなど多岐にわたる。基本的に常駐依頼として受付で依頼を貰うことができるが、依頼料はそこまで高くない。ぶっちゃけ、冒険者に頼まなくても専門の清掃業者は存在する。が、そちらは少しお高めなのもあるし、駆け出しであまり装備や腕っぷしの弱い冒険者向けに、ギルドが請け負っている仕事でもある。


「清掃ならチルを連れてても出来るだろ? とにかく、飯食わせるのも一人分余計に増えたんだ、仕事しないときついって」

「だったら定職に就けばよかろう。さぁ、ギルドは新しい挑戦する者を応援するぞっ!」

「その謳い文句は新人冒険者向けだろうがよぉ。職員になんてならねえよ」

「なんでじゃ……お前は馬鹿ではないし、顔も広い。皆の評判も良い。冒険者のことも良くわかっておるじゃろう。それに、儂にはわかるぞぉ? そろそろ、体が思うように動かんなってきたじゃろう? ほら、引退時じゃよ」

「うるせぇよ。オルセンさんが引退したの、五十越えてからだろ。もういいよ、仕事ないなら今日は休む」


 とんだお説教爺さんに捕まっちまったよ。仕方ないから別の受付にいこうと振り返ると、いつのまにかチルが一枚の紙を持って立っていた。それは、依頼受注用紙であり、受け付け時間はいまさっきの時間だ。


「グレンさん、それどうぞ。さっきクレアさんが依頼に来られて、東街道にお住みの従兄さんに荷物を届けて欲しいそうです。今からならチルちゃんを連れてても日帰りで行けますし、この時間なのでもう集配も終わってるので困ってたそうですよ」


 どうやらシンシアが気を効かせてくれて、新しい依頼をチルに持ってこさせたらしい。その様子をみて、オルセンさんはブスッと不機嫌そうにぼやいた。


「依頼はちゃんとボードに貼らんか。指名依頼でもなしに、公平性がたもてんだろうが。まったく」

「すまんね、オルセンさん、シンシアちゃん。恩にきる」

「ありがとね、シンシャおねえちゃん、オルセンじっちゃん」

「……いいからさっさと行って届けてこい。夕方は天気が崩れやすいから……気をつけるんじゃぞ」


 そっぽを向いてしっしと手を振るオルセンさんに、依頼書に受付印を押してにこやかに笑うシンシアに、チルは大きく手を振って元気に「いってきまーしゅ!」と挨拶をする。

 遅くなっちまったが、なんとか仕事が貰えてよかった。さっさと終わらせて、エールでも飲むかな。




 数分後。ギルドの受付には、依頼の荷物を受け取ったものの、想定外に重量のある荷物に腰を痛めそうになり、結局ギルドで台車を借りるためにとんぼ返りをして気まずい空気の俺たちがいた。

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