第五十六話 Cランクのおっさん、観劇に行く
激走!樽抱え競争は、男性の部が騎士団の新人でありミスター・サースフライのも輝いたランドルフ君が優勝した。おいおい、収穫祭の大会の二つ制覇とか完全に主人公じゃねえか。ははぁん? さては、転生者だなてめぇ?
あ、女性の部はモーリーがぶっちぎりでした。もう、圧勝。
樽抱え競争は一抱えできるくらいの樽に、この間みんなで集めたジャガイモムシを詰め、それを落とさずに街のコースを五周するわけだが……モーリーと二位の騎士団の女性では二周差があった。もう勝負にもならんよ、これ……。
ただ、騎士団の連中が応援とばかりに、女性騎士に賭けていたのもあって、若干モーリーのオッズが上がってほんの少しではあるがプラスにはなった。まぁ、飲み物代くらいだ。そも、多分この後にモーリーにタカられて、俺の収支はマイナスになる。
なんだかんだ、あの娘はおっさんに奢らせる才能がある。前世の港区女子とかではなく、後輩系のいいやつてきな。なんかいい飯をくわせてやりたくなるのだ。
そんなこんなで、五日目も無事終了だ。知り合いの勝ち確試合なんてこんなあっさりなもんだ。ちなみに、今年のロンドグレは道中で、酔いすぎで吐いた酔っぱらいのゲロに滑って、そのままジャガイモムシをぶちまけながら民家の壁に激突して退場となった。頑丈なロンドグレは無事だったが、民家の壁はロンドグレの形に穴が開いてしまった。ありゃあ賠償が高そうだ。
そして、いよいよ最終日だ。俺は楽しみにしていた歌劇『ボルティモアの三英傑』を見るために、サースフライ唯一の劇場へと訪れていた。が、そこでちょっとしたトラブルに見舞われてしまった。
「このチケットじゃ入れねえ?」
「誠に申し訳ございませんが……」
俺は入り口で入場係りを務める兄ちゃんと問答をしていた。
俺が兄ちゃんに提示したのは、発売の前々日から並んで手にいれた入場チケットだ。ちゃんとした正規のチケット店で購入したし、現に一緒に劇場に足を運んだ冒険者仲間たちは同じチケットで入れている。だのに、何故か俺とクリフ、それにチルだけが入れねえ状況に、皆困惑するしかない。
ちなみに、チケットは即日どころか一時間も待たずに完売。俺たち冒険者は働きたくない時は働かない自由業だからできたが、一般の働いてる人間は買えなかったそうな。しばらくの間は転売がひどかったり、劇場が用意していたチケットの抽選販売で、大盛り上がりになっていた。チケットの強奪事件とかもあったそうな。
「おいおい、どうしてあいつらが入れて、俺たちが入れねえんだよ。一緒に同じ店でチケットを購入したんだぜ? 俺たちのだけが偽物って訳でもねえだろ?」
「いや、あの、はい……しょ、少々お待ちください! いま、支配人が参りますので!」
兄ちゃんは明らかに狼狽えた表情で、俺と劇場のスタッフ入り口を交互に見ている。まぁ、支配人が来るってんなら、これ以上兄ちゃんを困らせても悪かろう。大人しく待つとするか。
冒険者仲間たちには先に入ってくれと伝え、俺たち三人はしばらく待つことにした。すると数分後。見た目からして一般職員とは違う、仕立ての良い衣服に身を包んだ老紳士と、これまた華やかな色使いの衣装のおっさんが近づいてきた。
「大変お待たせしてしまい、申し訳ございません。私は当劇場の支配人であります、ユーセル・エンバッハでございます。此度は私どもの手違いにより、グレン様御一行に不快な思いをさせてしまいまして、誠になんと御詫びをすればよいかと……」
「あー、そういう長い挨拶を聞きに来たんじゃねえんだな。で、俺たちはこのチケットで入れるのかい? 入れないのかい?」
「こちらのチケットなのですが、本来でありましたらば入場をしていただけるチケットでございました。しかし、今回の歌劇が想定よりもあまりにも人気過ぎて、入場者の制限を一部緩和しなければ暴動に発展しかねない事態となりまして……一部の席を撤去し、立ち見席を増やさなければいけなくなりました。
そして、グレン様たちのお持ちになられるチケットが、立ち見席へと変更された場所なのでございます」
「げっ、まじか……立ち見は、ちょっと子どももいるしきついかもしれんな」
大人はまだしも、チルは立ち見だとステージが見えないし、俺が肩車してやらんといけなくなる。だが、それをすると後ろにいる人に迷惑にもなるし……これは困ったな。
「そこでですね、グレン様、クリフ様、チル様のお三方は、二階にあるゲスト用のテラス席へとご案内させていただきたいのですが、いかがでしょうか?」
「て、テラス席だとぉ!?」
俺は自慢じゃねえが、劇場に来たのなんて片手の指で足りるくらいしかねえ。だが、それでも二階にあるテラス席がどんな場所かは知っている。
あそこは本来、外部からやって来たお貴族様をおもてなしする為の席で、通常では席のチケットを購入することができない。劇場側から招待を受けるか、その招待に同行できる二名の随伴者でないと、座ることのできないまさにVIP席である。
そんな場所で、歌劇が見られるなんて……!!
「も、勿論大丈夫です! クリフも、良いよな?」
「俺は酒飲みながら劇が観れたらなんでもいーよ」
「もちろん、テラス席ではドリンクの注文も可能でございます。小さなお子様用に、焼き菓子もいくつかご用意させていただいております」
「お菓子があるんでしゅか!? いきましゅ!!」
「ただ、一つお伝えしないといけませんのが、同じくテラス席にもう一方ゲストがお越しになられておりまして……同席という形になりますが、よろしいでしょうか?」
「それくらいなら、だいじょうぶですよ」
まぁ、大きな祭りの最終日だ。何処かから貴族が来てるんだろう。聞けば別に隣り合って座るって訳でもねえみてえだし、それくらい構わんだろう。テラス席で観劇ができるなら、それくらい我慢しよう。それくらいには、貴重な体験だ。
支配人の案内で俺たち三人は二階へと案内される。
はて? そういえばもう一人いた、派手な衣装のおっさんは、結局誰だったんだ?
そんな疑問が頭を過ったが、それもテラス席に到着するまでの話だ。
案内された大きな扉を潜ると、そこには劇場内を一望できる、限られた者にしか見ることの出来ない景色が広がっていた。テラス席は二階にあるが、その二階部分はせりだしているせいか、舞台までの距離はそこまで遠くには感じない。むしろよく見える分、舞台上で演じる役者と目が合うと気がつけるくらいかもしれん。
「それでは、ごゆるりとお楽しみくださいませ。ここからは、当劇場の副支配人・クルールが皆様のお世話を務めさせていただきます」
恭しく礼をし、この場を去る支配人。その代わりといった感じで、一人の妙齢の女性がドレスの裾を軽く摘まんで持ち上げ、礼をする。
「先程支配人よりご紹介預かりました、副支配人のクルールでございます。皆様の観劇がよりよい体験となりますよう、務めさせていただきます」
「よろしく頼みます。俺はグレン、こっちは子どものチル。そして、これは友人のクリフです。チル、挨拶をしな」
「よ、よろしくおねがいしましゅ……!」
「よろしく頼むぜぇ、俺はエールを貰えれば大人しくしてるからよう」
こんなバリバリのドレスを着た女性と話す機会なんてないチルは、緊張しつつ先程クルールさんが見せたカーテシーを真似ようとして、ワンピースの裾を思いっきり持ち上げてしまった。ぺろんと捲れてカボチャパンツとへそが丸出しになっちまったので、俺は無言でスカートを元に戻してやる。
「ふふ、よろしくお願いしますね、チル様。こちら、お近づきの印にどうぞ」
「わぁい!!」
クルールさんから差し出された焼き菓子に目を奪われ、チルは先程の失敗もなんのその。ぴょんっと自分用に用意された子ども椅子に飛び座ってご機嫌な様子だ。
俺はその様子を見て、少しばかり違和感を覚える。が、それを遮るように、少し離れた場所に座っていた人物がゆっくりとこちらへ近づいてきた。
その人物は三人の若者を供につけて……って、三人に見覚えがありすぎる。
「ウェルにポールにアスター? なんでここに?」
「お久しぶりですね、グレンさん。俺たちは今回、こちらにおられる御方の護衛として参りました。伯爵様、御紹介をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「うん、頼むよ。といっても、私はグレン氏を一方的に知ってはいるんだけどね」
そういってウェル達を率いていた人物。伯爵様と呼ばれた人物は、にこやかな笑顔で頷いた。
「では、御紹介させていただきます。こちらは、今回私たちに護衛依頼を出されました、モンクレール伯爵領が主、コーウェン・エルム・モンクレール様でございます」
※五日目は書いてる途中で「これ、そんなに時間割く内容じゃないよぅ」となったので、さよならバイバイしました。この七日目がメインですので……激走!樽抱え競争は来年に期待しましょう。




