第五十四話 Cランクのおっさんと、Cランクのおっさん
「話は、」
「きかせてもらったー……でしゅ!」
見上げる俺たちの目に飛び込んできたのは、メタボでハゲのおっさんとちんちくりんの狸娘の二人組……あれは、何フと何ルなんだ!?
「なんて馬鹿なこと言ってる場合か。あぶねぇから、とりあえずそこから降りてこい。ほら、さっきから撤収作業にかかってる工務店の人たちが迷惑そうにしてるだろう」
ミスター・ミスサースフライのステージを片付けている工務店の人たちは、先ほどから俺たちの様子をチラチラと見ているのには気がついて……あっ! あのでかいの、ウームのとこのビッグフットの奴だ! つうことは、まさかこのステージの設営と撤去はウームの工務店だったのか……!
「へへ、すいやせんねグレンの旦那……別に盗み聞きをしようとだなんて思っちゃあいなかったんですがね? こうも騒がしいと、自然と耳に入ってきちまいまして……」
「やっぱりウームのとこの工務店だったのか。すまん、ウーム。撤去作業の邪魔しちまってるだろ? すぐにどかすから」
特に、あのステージの上にいる二人組。つうか、危ない事をチルに教えんな。宿でおんなじことして、マーサさんに怒られる未来しか見えん。
「おーい、クリフ。チルが怪我せんように、ゆっくり降りてこい。お前、酔っぱらってるの忘れてねえか?」
こいつらと別れたのはほんの一時間ちょい前。まだ酔いも覚めてねえだろう。そんな心配で声をかけたのだが、どうもクリフは聞く耳をもたない様子だ。
「うるへぇ! 俺はサースフライの貴公子、クリフ様だぞぅ?」
「いつの話してんだ、いつの。いまのお前は奇行師だ。変なことばかりせんと、降りてこーい」
「あっ! チクチク言葉いーけないんだー、いけないんだ! よぉし、見てろよ見てろよ~? ……そぉい!!」
「あっ! 馬鹿野郎ッッ!!」
クリフの野郎、何を思ったのか飛びやがった!!
モンドを始め、皆が落ちるクリフを助けようと一斉に駆け出す。が、残念ながら誰一人として間に合うことはなかった。そして、辺りにはグキリッと聞こえたらいけない音が聞こえてしまうのであった。
いま俺たちは、地面に横たわりつつ患部を治療されるクリフを取り囲んでいる。端から見れば、死んでしまったクリフを看取る集まりにでも見える。縁起でもねぇなぁ……。
「ちょっといま治療院も混んでるみたいで、搬送に時間がかかるらしい。もう少し治療をしてから、私が運ぼう」
「迷惑かけるな、モンド。で、酔いは覚めたか? クリフ」
「……気がついたら飛んでいた。何を言ってるのかわからんが、俺もわからん」
「お前がわからねえんなら、残念ながらそれはもう全人類がわからねえんだよなぁ。サースフライの七不思議を八に増やすのやめてもらえるか? ったく、無茶しやがって」
ちなみに、チルは俺が迎えに言ってちゃんと降ろした。一瞬、クリフの真似をしようとして、流石に怒鳴ってしまった。真剣に怒った事に驚いたチルは、びっくりしてその場で固まり、俺が迎えに行くとしょんぼりして黙ったままになってしまった。いまはソアラに抱っこされている。
「……グレン。一度しか言わねえから、真剣に聞いてくれ」
「お前の真剣な話ってなぁ。ちゃんと聞いても……」
「グレン!」
突然、大きな声を出すクリフに、俺だけではなく他の皆も目を丸くする。いつも飄々としている、ちゃらんぽらんおじさんなクリフが、ここまで真剣な顔をしているのを俺はあまり見たことがない。
「すまん、茶化して悪かった。ちゃんと聞くわ」
「そうしてくれ。痛くて、あまり喋りたくはないんだが、いま言っておかねえと多分もう言う機会がないと思ってな。グレン……お前がこの街に来たときの事を、覚えているか?」
「俺がここに来たときの事? もう十五年くらいまえだからなぁ……」
俺は自分の故郷を出て、いく宛のない旅を少しだけして、そこで出会った『先生』に色々と学び、なんとか人として立ち直って冒険者になった。そして、先生の勧めでここサースフライに来たんだったか。懐かしい話だ。
「俺はな……初めてお前を見たとき、なんつう死にたがりがこの街に来ちまったんだって、どうやって街から追い出してやろうか考えていたんだ。街からまた犠牲者が増えるのは、住人としても冒険者としても嫌でな」
「……はぁ? どういうこった?」
初耳なんだが!?
いや、確かに俺とクリフは初めて出会った時というか、しばらくはあまり仲が良くなかった。むしろ、かなり塩対応をされた気がする。
「お前はあの頃にはもう立ち直っていたと、後になって聞いたが……俺はお前が自分の命に執着のない、生きるのも死ぬのもどうでもいいと、そう考えている様にしか見えなかったんだ。お前自身、それを否定するだろうし気がついてなかっただろうがな。
なんと言えばいいかな……そう、糸の切れた凧ってやつだ。それが、なにが起こったのか偶然にも木の枝に引っ掛かって、なんとか人間の暮らしの中に留まっていたというか」
懐かしいものを思い出すように、クリフは目を細める。
そう言われても……俺はそんなつもりも、生き方もした覚えはない。あの頃は生活もいっぱいいっぱいだったし、泊まった宿には喋れねえガキ……ソアラがいたしな。俺も必死になってて、視野が狭くなっていた自覚はあるが。
「クリフの言う通りじゃ、グレン」
「オルセンさんまでそんな事をいうのかい? 本当に、俺はそんなつもりはなかったんだけどなぁ……」
「そうだろうな。だが、行動の節々に自分の命を軽くみるというか、クリフの言う通り執着というものがなかった。そのかいもあって、Cランクまではあっという間に昇ったがの」
俺を長年見てきた二人がそういうのだ、俺が本当に気がついていないだけなのかもしれない。自分のことは自分が一番知っている……とは思っていたんだが、案外そうじゃないってことなのかもしれんな。
「だからな、グレン……お前が、ソアラを笑顔にしようと、色々とアホな事をしたり、頑張る姿ってのを見て……俺はお前と友になろうと思ったんだ。いまさらながら、なんか恥ずかしい話だがな。
お前が迷う気持ちは、全部とは言わんが理解はできる。俺にとっても、ソアラは可愛い姪っ子のようなもんだ。お前も似たような感情を抱いてるんだろう? だが、それでも人ってのは変わっていくものだし、変わっていけるものなんだ。それは、ソアラもそうだし、お前もそうだ」
クリフは握りこぶしを作ると、俺の胸辺りを叩いてニッと笑みを浮かべる。
「悩んだら、ここに聞け。俺たちはずっと、そうやって生きてきたろう?」
「……クリフ」
「さぁて、そろそろ俺はお迎えが、来ちまったよう、だ……」
「クリフ!!」
瞼を閉じるクリフに、俺は声をかける。だが、それを遮るように、俺は後ろから肩を掴まれて引き剥がされた。
「グレン、治療院から搬送隊が来てくれたみたいだぞ。邪魔だ」
「あ、はい」
モンドにそう言われて、俺は直ぐにクリフの側から離れる。つうか、クリフの野郎は言いたいことだけ言って、また酔いが回ってきたのか寝ちまったみたいだ。
搬送隊の方々はささっとクリフを担架に乗せ、そのまま去っていった。クリフ、一昨日にも首で搬送されてたし、こんな短期間になんどもお世話になってしまってまぁ……いやな常連だぜ。
クリフが運ばれた事で、集まりも自然と解散となった。
すっかり時間をくって、空はすっかりと茜色になっていた。街はいまだ祭りの賑わいで、多くの人が行き交っている。そんな中で、なんとなくこれ以上祭りを巡る気になれなかった俺は、無言のままチルを連れて宿までの帰路につく。
道に伸びた二つの影が、並んで揺れるその光景に、俺は昔ソアラともこうやって歩いたなと、なんとなく懐かしい気持ちを思い出すのであった。




