第五十三話 Cランクのおっさん、戦略的撤退(撤退できるとは言っていない)
どさくさに紛れて逃げようとする俺の肩をしっかりと掴むランラン。
その力は、とても一介の町娘とは思えないほどに、がっしりと掴んで離さない凄みがあるものだった。
「ねぇ、グレンさん。そろそろ、いい加減にしよ? ね?」
顔は笑っているが、それが表面上だけのものであることは、最近少しばかり若者の態度や言葉に対して、察しが悪くなってきてる自覚のある俺でも判る。これは、怒っている奴の顔だぜ。あ、ごめんなさい、ふざけてないです。はい。
「いや、と言われてもなぁ……その、ほら。色々と心の準備とかあるじゃん? いや、別に逃げようとしているとかそんなんじゃなくて、本当に。逆に聞くが、いまここでよく考えていない俺の答えを、二人が欲しいとランランは本当に思っているのか?」
「うっ……それは、そうだけど……」
よし! なんとか言い逃れスキルが効きそうだぞ!
「グレン君や。逆に聞かんでも、この二人はその答えを欲しているからこそ、こうやって行動に出たんじゃないかな。ほら、二人とも覚悟が決まった顔をしているよ?」
ダメだ! じい様には俺のしょっぱい言い逃れは効きそうにねぇ! 海千山千なじい様相手じゃ、さもありなん。相手が悪かったなぁ! 俺!!
……と、心の中でふざけてみたものの、まぁここで茶化すのも違うだろうな。二十歳そこそこの娘さんとはいえ、その辺りに転がる木石にあらず。二十年生きてきて、色々と経験もしてきて、その上で考えて出した意思がそこにある。
気の迷いとか、勘違いでなどとはぐらかしたり、馬鹿にしていいもんじゃないのは、流石に俺でも分かる。だが、それでも難しいところはあるんだ。
考えても見て欲しい。確かに、表面上俺は三十八歳で、こいつらとは十八歳差くらいだ。成人を十五で迎えるこの国では、この時点で親子ほどの差がある。とはいえ、十八くらいだと珍しいけれど、話に聞かない訳じゃない。
それならいいじゃないかと思うじゃん? いや、俺前世と合算すると、精神上七十歳の爺なのよ。なんだったらグリッドルのじい様より歳上なんだ。確か、じい様今年で六十八とか言ってたから。もはや孫と爺さんなんだよ、俺とソアラの年齢差。
さっすがにどうかと思うんだよなぁ……。いや、馬鹿正直に『前世の記憶があって、実は俺は七十の爺さんなんだ』とは言わないが。
この世界は転生や転移は割りとポピュラーというか、実際にあるという言うことは、結構周知の事実である。勿論、かなり珍しいことで、そうそうお目にかかれるものでもないんだけれど、ククル王国の建国にも転移者が関わっているので、その辺りは結構そんなこともあるかぁくらいのもんだ。
だが、知っているのと実際にいるのでは、その存在価値は全然違う話である。やはり前世の記憶や知識と言うものは貴重なものであり、転移者や転生者というものは、発見され次第王宮の方へ連れていかれるそうな。そこでどんな事が行われるかは定かではないが、まぁあまり俺にとって望ましい結果があるとも考えづらい。
非道な扱いはなくなるだろうが、まず判るのは自由というものは失くなるだろう。貴重ゆえに保護をされる。保護は人に対してだけでなく、国に対してもだ。他国の間諜などに対しても、目や耳が届かない所に閉じ込められる可能性は大いにある。それなりの暮らしは確保されるだろうけども。
そんな暮らし、俺には耐えられん。
それに、今さらどの面下げて自分は転生者でございなんて宣えるのか。この場でそんな事を言っても、どう考えても苦し紛れの言い訳にしか聞こえん。三十八年隠して来た内容を語るには、あまりにも場違い過ぎる。
だからこそ、話を有耶無耶にして先延ばしにするしか、俺には答えを出せないんだ……情けねえ話だが。
そんな事を考えつつ、答えに窮していると……何やら人の足音と話し声が聞こえてきた。
その音に振り向けば、珍しい顔がそこにはあった。
「あれ? グレンじゃないか。なにやら喧嘩が怒っていると通報があり、駆けつけてみたんだが」
「あー、モンドか。すまんな、手間かけて。でも、それはなんつうか……誤解のようなもんだわ」
どうも先程のベロニカのソアラに対する態度に不安を感じた奴が通報し、街の衛兵長であるモンドが部下数名を引き連れて駆けつけてきたようだ。まぁ、そんな大袈裟なとは言わない。魔力も武力も、前世と違って割りと身近なこの世界では、喧嘩の一つや二つで死人が出かねんからな。
「誤解ならいいんだが……それでも、一応出動したからには話は聞いとかんといかんのだ。何があったんだ?」
「え? あー……うー……そのな、あれだ。どれだ?」
「それは私が聞きたいんだが……」
自分の痴話喧嘩が原因ですぅ、なんてどの口が語れんだよ。なんだ? 新手の拷問かこれ?
言い淀む俺に変わって、ランランがモンドに説明をしてくれたのだが……話の途中くらいから、モンドの俺を見る視線の温度がガンガン下がっていくのが分かる。あれ? お前さん、熱に関する属性魔術使えたっけ?
「はぁぁぁ~……グレン」
「…………なにも、言うな。モンド」
「そうはいかん。とりあえず、お前たちは警邏に戻れ。私もこの件が済めばそのまま帰宅するから、この件は私預かりで処理をしておく。ご苦労だった」
『ハッ!』
モンドの部下である衛兵たちは整った敬礼をしたあと、足早に去っていく。そういえば、駆けつけたモンドはいつもの衛兵の姿でなく、プライベートな格好をしている。
「家族で祭りを楽しんでいたところ、部下が駆けつけているのが見えてな。近くならばと同行したのだが……まさか、こんな事になっているとはな」
「ますます、手間をかけさせてすまん……」
「それは気にするな。私にとって、家族との時間も大事だが、サースフライの平和も同じくらい大事なのだ。それで、グレン。私の言いたいのはだな」
そこからハイパーお説教タイムが始まった。
家族とは精神的な支えうんぬん。結婚とは墓場ではなくかんぬん。途中から周りの奴等もどうしようかという感じになってきている。モンドは良い奴なんだが、少しばかり熱が強すぎるというか。まぁ、それだけ俺の事を真剣に考えてくれているんだろうが、ふと向けた視線の先にいるソアラとベロニカが、『もういいから帰ってくれないかしら……』という顔になっているような気がする。気のせいかもしれないが。
そんな感じで三十分近くお説教が続いていると、またしてもなにやら足音と話し声が聞こえてきた。
今度はなんだ?と、お説教タイムから逃げるように振り返ると……。
「おぉ、いたいた。探したぞ、グレン」
「げぇ!? あぁ~……こわれちゃーう……」
冒険者ギルド事務長であり、早く身を固めろ派委員会会長こと、オルセンさんが数名のギルド職員を連れてやって来た。
なんでこんなに人が集まっているんだ?と最初は訝しげな表情を浮かべるオルセンさんだったが、モンドから事情を聞いてその瞳をギラリと光らせる。
「今日は展示物の司教の話をしに来たのだが……それどころではなくなったな?」
「そ、そんなことはねえよ! 司教の話しようぜ! そう、あいつは」
「いいか、グレン。よく聞け」
リアル八方塞がりとはこれのこと。もはやグレンに逃げ場なし。
ハイパーお説教タイムがアルティメットお説教タイムになり、もう最初の若い面子も『これ、今日は話無理そうだね?』となっている。
俺としては、当初の狙い通りに有耶無耶になりそうな雰囲気が出てきたので、良いっちゃあ良いんだが……お説教タイム、どう考えても終わらない問題が発生してしまった。
もはや俺はあかべこの土産もんじゃないが、モンドやオルセンさんに参戦してきたグリッドルじい様からのお小言に、ただただ首を縦に振るBotになるしかない。そのうち首、もげるんじゃねえの?
だが、そんな雰囲気は突如として、上空からさしてきた影によって阻まれた。
見上げればからっと晴れた秋空と、二つの人影。それは、舞台の屋根の上に立って、俺たちを見下ろしていた。
「話は、」
「きかせてもらったー……でしゅ!」




