第五十一話 Cランクのおっさん、間に入る
少しクリフと席の距離とって他人の振りしーよっと。俺はそんな事を考えつつ、先程から考え込むグリッドルじい様の様子が気になっていた。とはいっても、尋ねて答えてくれそうかと言えば、そんな雰囲気もないので気になっててもわからんのだが。
ベロニカの晴れ舞台とあって、いつものじい様なら興奮とかはないにしろ、もう少しこう……喜んでも良さそうなんだが。まぁ、考えても仕方がないか。次はいよいよソアラの番だ。
一昨日にソアラとランランの二人にあった時は、まだ作戦が決まっていなかった様子だったが、俺が贈ったネックレスでなんとか頑張れそうだと言っていた。
俺としても、なんとか頑張ってほしい気持ちがある。が、今さらになって思うのが、あのネックレスで本当にソアラに釣り合うのか問題である。こういってはなんだが、ソアラはやはり元々の素材が良い。あれで同年代なら、他の男衆よろしく速攻惚れていただろう。
なので、高価な物だといっても、それがソアラに本当に似合っているのか、はたまた衣装なども含めて釣り合いがとれるのか、少し不安ではある。まぁ、それならそれで、違うものを着けてくれてもいいのだが……。
「おっ、ソアラが出てきたぞ! ほぉ? なんだか、ソアラにしちゃあ派手だな……?」
クリフがそう感想を呟いた通り、ソアラは普段の格好からはあまりイメージのできない、赤を基調とした衣装を身に纏っていた。そして、その胸元には……。
「…………そうか」
「およ? どうしたんでしゅか? おとうしゃん」
「ん? あぁ、いや。なんでもねえよ。それより、ほら。なんか応援の掛け声してやれよ」
会場では人気のある参加者ほど、審査の前のアピールの時に声援が送られる。さきほどのベロニカの時も、今日一番の声援が飛び交っていた。いまはそれを上回るんじゃないかというくらい、皆が声を出している。チルの声はかき消されるかもしれないが、こういうのは参加した思い出が大事だ。
「えーっと、えーーっと……ショアラ~! きれいでしゅよー!!」
少ない語彙の中から懸命に探した応援の言葉は、ソアラに届いたのかな?
と、その時。ふと舞台の上に立つソアラと目があった様な気がした。まぁ、舞台からこの観客席までは遠いし、たぶん気のせいだろう。
だが……なんで、お前さんはこんな晴れ舞台のうえで、そんな哀しそうな顔をしているんだ?
参加者達が舞台の上に横一列に並び、これから結果発表が行われる。
『この会場の盛り上がりを見ていただければお分かりの通り、今大会は非常にハイレベルなものであったと思います。私も王都より駆けつけ、これほどまでに美を体感できた事を光栄に思います』
舞台上では、アンジェリカが拡声の魔導倶で今回のミスコンの総評を行っていた。声を聞けば間違いなく女性だな。先程まで隣で見ていたグリッドルじい様はなんか体調が悪いと先に帰っちまったし、クリフも酔っぱらって船を漕いでる。結果発表が一番楽しみなのに、なんだこいつら……。
まぁ、今回の優勝はもう判っちまってるってのは、なんとなく皆雰囲気に出ているが。
『それでは、今大会における優勝者を発表致します。今年のミス・サースフライは……参加者番号12番、ベロニカ・オズワルドさんです! おめでとうございます!!』
会場からの拍手と声援に、笑顔で手を振って返すベロニカ。舞台上にいる皆も、拍手で優勝を讃えている。
しかし、俺は笑顔のベロニカの姿に、かつてまだ彼女らが幼い頃に見た姿を重ねていた。それは、確かソアラとベロニカがサースフライで流行り始めたボードゲームで遊んでいた時の話だ。声が出たあとだから、ソアラが十二歳くらいだったか。
ソアラと俺が宿で一緒に遊んでいたボードゲームを、ベロニカともやろうとグリッドルじい様のところへ持っていった。意外な事にベロニカはそのボードゲームを知らなくて、遊び慣れていたソアラが終始圧倒していた。それで悔しそうにするベロニカに気を遣ったソアラが、こっそりと手を抜いて負けた時に、ベロニカは激怒した。
『誰かの気遣いで譲られた勝ちを喜ぶほど、私は落ちぶれてはいませんわ!!』
目に涙を一杯に浮かべ、それでも溢れない様にぐっと奥歯を噛み締めて耐えるベロニカの表情は、とても印象的であった。
その後、ソアラは必死になって謝り、お互い抱き合ってわんわんと泣いていたのを、俺がなんとか宥めるのに苦労したのも、いまでは思い出だ。
いまのベロニカは、涙こそ浮かべていないが、その時に見せた顔にそっくりだった。
「おい、クリフ。起きろ」
「ん? んぁ? ね、寝てねえぞ? ホントウ、ホントウ」
「別に構わねえよ。ちょっとチルのこと頼んでいいか? ほら、ソアラ負けちまったし、ちょっと慰めてやりたいからさ」
「あぁ……構わんぜ。おい、チル坊。実は収穫祭の間、冒険者ギルドにいくと酒場でちょっとした賄い飯食わせてもらえるんだぜ? 一緒に行くか?」
「ほ、ほんとうでしゅか!? いきまーしゅ!」
飯に釣られて悪いおじさんに着いていくチル。ちょっとこいつ、不安になるときがあるんだよなぁ。今度、ちゃんと言い聞かせよう。あと、なにその賄い飯って? 十五年いるのに初めて聞いたんですけど? 俺もあとで貰いに行こうっと。
いや、それよりも今はあいつの所にいってやらんとな。
コンテストも終わり、メインの催し物がなくなったことで人々は会場を出ようと混雑していた。俺はその人混みの流れに逆らうように掻き分け、舞台の方へと進んでいく。
そうして、片付けるスタッフが疎らに行き来している舞台の袖を通り、裏へと回ると……。
「ふざけないでくださいまし! あれは、どういうつもりでしたの!?」
「ちょ、やめなって! 落ち着きなよ、ベロニカ!!」
俯いて座り込むソアラと、それに食いかかるベロニカ。そのベロニカをどうにか止めるべく羽交い締めをするランランに、おろおろと困っている他の参加者やスタッフの姿があった。
「間に合ったみてえだな」
「あっ! グレンさん! 助けて! ベロニカを一緒に止めて!?」
「わかったよ。おい、ベロニカ。久しぶりだな。優勝、おめでとうさん。優勝して興奮するのはわかるが、ちょっとばっかし熱くなりすぎじゃねえか?」
「っ!? ぐ、グレンさん? なぜ、ここに……?」
俺の姿を見たベロニカは、消えそうになる蝋燭の火の様に、みるみるうちに勢いを失っていった。そして、周囲の人間が自分の事をなにか恐ろしいモノでも見る目で、怯えた視線を送っていることに気がつき、頭を下げた。
「皆様、本当に申し訳ございませんでした。少し、ソアラさんと行き違いがございまして……もう大丈夫ですので」
静かな声色で頭を下げるベロニカに、周囲の人は何処かほっとしたような雰囲気になり、これ以上面倒事もごめんだとそそくさと舞台裏から立ち去っていった。
そうして、俺とソアラとベロニカとランラン。四人だけが取り残される形になった。
「さぁて。そろそろ、教えてくれてもいいんじゃねえか? なんで喧嘩みたいになっているのかも気になるが、今回二人がミスコンに出ることになった理由ってやつを」
「そ、それは……」
俺の問いに対し、あからさまに動揺を見せるベロニカ。ソアラは相変わらずだんまりだし、ランランも困った顔で言おうか言わないほうが良いかと口をパクパクさせるだけだ。
そんな中で、沈黙を破る者が背後から現れた。
「その理由は、私がお答えしようじゃないか」
振り向けばそこにいたのは、先程体調が悪いといって先に帰ったはずの、グリッドルじい様だった。
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